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【連載小説】 何を知る #103 甘い顔で笑うから ⑤

 一睡もできないまま迎えた朝、一人の部屋で朝の支度をして、いつもより早く学校に向かった。教室に行く前に職員室に寄った。
 「昨日は、すみませんでした……」
 顔を上げると、少し驚いた顔の谷町先生がいた。
 「片付けを途中で放り投げてしまって、コンサートの前なのに練習もしないで……。すみませんでした」
 「ううん……。ちゃんと言わなかった私も、悪かったよね。ごめんね」
 谷町先生が、わたしの顔をしっかり見ながらそう言った。
 「それでね、美衣羽……。歌穂がいなくなったから、パート分けを変えなくちゃいけないの。昨日みんなには伝えたんだけど……」
 そう言われ、谷町先生がアレンジした新しい楽譜を渡された。
 「……わかりました。ありがとうございます」
 ……怒られなくてよかった。
 とほっとしながら、朝の職員室を出た。教室に入り、鞄から教科書とノートを出して引き出しにしまう。鞄の奥から出てきたものを見て、あっ、と思った。それは今朝、朝日が顔を出した頃に作った、小野田へ渡そうと思って作ったお菓子セットだった。その中身はティーバッグの紅茶が1個、わたしが好きないちごミルク味のキャンディが2つ、チョコでコーティングされたクッキーが1枚。
 ……ちょっと足りない気がするんだよな……。
 ラッピングしている透明の袋が少し大きいので、余計にスカスカに見える。
 「美衣羽、おはよー」
 と言いながら頼架が近づいてきて、わたしはスカスカなお菓子セットを急いで鞄にしまいながら「おはよ」と答えた。
 「……ねえ頼架、購買行かない?」
 「あ、うん、いいよ」
 財布を持って、頼架と購買に行く。
 「ちょうど、パンが食べたかったんだよねー」
 朝からご機嫌な頼架は、購買に着くとおばちゃんと喋り始めた。わたしはお菓子コーナーの棚の前でしばらく悩み、グレープ味かレモン味かを『天の神様』に決めてもらって、グレープ味のグミを買った。
 教室に戻り、頼架がスマホをいじりながらパンにかじりついている間に、鞄の中でお菓子セットのラッピングを解いて、売店で買ったグミを入れた。
 ……こうなると、クッキーは要らないかな。1枚だけあっても中途半端だし。
 リボンを適当に結んで、改めてお菓子セットを見た。グレープ味のグミはピンクのパッケージで、ブルーベリーカシスフレーバーの紅茶もピンク色の袋に入っている。いちごミルクキャンディもピンクの包み紙だ。
 なんか、ピンクすぎる……。
 ……ま、いっか。あの人、月曜日はピンクのシャツ着てるし。今日は火曜日だけど。
 ピンクのお菓子セットをしまった鞄を机に引っ掛けたところで、朝のホームルーム5分前のチャイムが鳴った。
 
 ●・○・●・○・●・○・●・○・●
 
 昼休みに昼寝をしたので、授業中に寝てしまうこともなく7時間の授業を乗り切った。放課後はクリスマスコンサートの練習に最後まで参加した。正直眠たかったけど、昨日サボったので今日はサボれなかった。
 「じゃあね、また明日っ」
 「お疲れ」
 スクールバスで通っている菜乃は少しでも早い時間のバスに乗りたいようで、終礼が終わると谷町先生より先に音楽室を出ていく。
 急ぐ理由のないわたしは先輩と後輩と一緒に、ゆっくりと廊下を歩いていた。
 「そういえば歌穂ちゃんって……ピアノの試験には合格できたの?」
 先輩に訊ねられ、「えっと……」と言いながら、いなくなる直前の歌穂ちゃんの行動を思い出す。
 音楽科ではピアノ専攻以外の子は全員、副専攻としてピアノを選択することになっている。2年生になると3回の実技試験が行われ、1つでも落とすと3年生に上がれず留年になる。
 小さいころに数年ピアノを習っただけの歌穂ちゃんは、ピアノがあまり得意ではなかった。1学期の実技試験は数回チャレンジをしてようやく合格したと、あとから聞いた。2学期の試験は修学旅行から帰ってきたあとくらいに行われたが、歌穂ちゃんはそのとき中間試験の追試で手いっぱいで、「ピアノの練習まで手が回らない」と言っていたような気がする。その後何度か再試験をしてもらっているみたいで、「今日はピアノの練習するから、あとでね」と言って、わたしと別の音楽室に入っていったことが時々あった。
 「先週、再試験だったはずなんですけど……」
 「……でも、谷町先生って先週3日くらいいなかったよね」
 「はい……」
 歌穂ちゃんの再試験が何曜日だったのかわたしは知らないが、
 「受けてないような気がします……。歌穂ちゃん、数Aと化学の期末試験の再追試に行くって言ってて、それ以外の日はわたしとずっと一緒にいたので……」
 『化学』というワードで、はっと思い出した。
 「……あ、ごめんなさい。ちょっと用事思い出して……。ちょっと、行ってきます。先帰ってもらって大丈夫です。お疲れ様でした」
 「あ、うん、お疲れ」
 「お疲れ様です」
 みんなに追いつかれる前に急いで階段を下りて、特別教室棟の1階に走る。


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桜串 あや │ 『何を知る』完結しました! 頂いたサポートは、執筆のお供のコーヒー代に当てさせていただきます!