王神愁位伝 第4章【葬華なる銀昏架】 第5話 深まる謎
第5話 深まる謎
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王神愁位伝 設定資料集【ココロのノート】
「・・・・以上が、我々調査部隊が策定した ”ロストチャイルド事件” 解決に向けた新方針です。」
"ザワザワザワザワ・・・"
伊久磨の声が、高い天井に吸い込まれていく。 直後、しんと静まり返っていた大会議室に、さざ波のような私語が広がった。
場所は太陽城、”空の宮殿” 。 そこでは今、参謀本部、研究部、軍部の重鎮たちが一堂に会し、緊急会議が開かれていた。議題は、長年未解決のまま太陽族を蝕む ”ロストチャイルド事件” の再調査について。

参謀本部から突きつけられた ”一週間で方針をまとめろ” という無理難題。それを形にしたのは、太陽王直下調査部隊——通称、コウモリ部隊だ。今日がその、審判の日である。
伊久磨は眼鏡のブリッジを押し上げ、冷静な眼差しで正面を見据えた。 その視線の先で、報告書を忌々しそうに眺めているのは、参謀本部総長 ノブレ・ボッサム。彼は太い眉毛を苛立たしげに人差し指でかくと、地を這うような低い声で口を開いた。
「・・・幸十が話した内容は、どこまで信用に値するものかね。」
ノブレの言葉に、伊久磨は澱みなく答えた。
「信憑性はかなり高いです。子供がロストチャイルドにあっている ”元・シャムス地方庁長”と、”ソール軍副隊長”。それぞれのお子さんが消えた時期と、隊員・幸十が ”鳥の巣城” でその子供たちを目撃したと主張する時期が、完璧に合致しています。」
「ふん、そんなものは、過去の失踪記録を洗えば誰にでも分かることだ。特に、ロストチャイルドの調査資料など、コウモリ部隊が一番持ってるだろうからな。」
他の参謀本部の者が咄嗟に指摘する。その直後、伊久磨の脳裏に、四六時中食べ物のことしか考えていない、あの ”歩く食欲” のような幸十の顔が浮かんだ。
(そんな器用なことが、あいつに出来るわけねえだろ・・・。おかげで、こっちはアイツの腹を満たすのに精一杯なんだよ!!)
そんな心の叫びを鋼の理性で押し殺し、彼は淡々と事実を突きつけた。
「・・・ぅうん。彼は、字が読めません。」
「なんだと?」
予想外の回答に、会議室が水を打ったように静まり返る。
「それに、その2件の情報は、私たちも事前に持ち得ていませんでした。ですから、不可能です。それに・・・」
伊久磨は報告書に差し込まれた、一枚のスケッチを指し示した。
「この ”鳥の巣城” のイラストを見てください。蔦を編み、天を突くようなこの異様な構造体。文字も読めず、歴史も知らない人間が、想像力だけでこれほど具体的かつ奇妙な建物を描き出すことなど、到底不可能だと断言します。」

眼鏡の奥の瞳が、疑い深い老人たちを射抜く。 証拠は揃っている。あとは、この ”動かぬ事実” を認めさせるだけだ。
伊久磨の鮮やかな反論によって、静まり返った参謀本部。その重苦しい沈黙を切り裂いたのは、軍部元帥・多聞の野太い声だった。
「そうだあな・・・。特に、この鳥仮面野郎。こいつは休戦直前に、タイヤンを地獄に変えた月族の天神だあ。」
「・・・っ!それは本当ですか?!」
伊久磨は椅子から身を乗り出した。隣に座るバンも、あまりの衝撃に言葉を失っている。多聞は大きな煙管をくゆらせ、紫煙の向こう側から、報告書のイラストを射抜くような目で見つめた。
「ぁあ。軍部の前元帥であり、一時期タイヤン軍隊長を勤めていた嵐牙前元帥を、再起不能の寝たきりに追い込んだ張本人だあ。」
「寝たきり・・・?」
会議室の空気が、一気に氷点下まで下がった。 かつて最強と謳われた男が、一人の敵によって無惨に壊されたという事実。その重圧が一同を襲う。
「では、嵐牙前元帥に同時の話を聞こうではないか。特徴など聞いて・・・」
ノブレが打開策を提案するが、多聞は首を横に振った。
「無理だろうなぁ。なあ、ナバディ。」
話を振られた研究部部長・ナバディは、不敵に脚を組んだまま、冷徹な光を眼鏡の奥に宿した。
「でしょうね。あの方は今や、 ”正気” というものを完全に失っているわ。」
「正気がないだと?精神的な後遺症ということか?」
「ぇえ。一種のトラウマというやつでしょうね。あんなに精神の強かった方が、あそこまでやられちゃあねぇ。流石に可笑しくなるわよ。」
「その・・・前元帥は、どんな・・・」
伊久磨が恐る恐る尋ねると、ナバディは口角を吊り上げ、手にしていたメスの刃を狂気じみた仕草でなぞった。
「聞いちゃう?そうねぇ・・・ひっどい戦いで内臓なんて、ぐっちゃぐちゃだったんだけど。それ以上に異常だったのはね・・・血が抜かれてたのよ。全身のね。」
「・・・え?」
「ち、血だと?」
「そう。まるで巨大な注射器で、一滴残らず吸い尽くしたようにね。幸い、血管自体に傷一つなかったから、即座に輸血を行って命だけは繋ぎ止めたけれど。」
「外傷がないのに血を抜かれた、ということですか?」
坂上の問いに、ナバディの笑みがさらに深く、不気味に歪んだ。
「そうよ~。不思議よね~。どこか切った訳でもない。まぁ、多少の切り傷はあったけど、あんな所から大量の血なんて流れないわよ。本当に、綺麗に血だけが、ね。しかも面白いのは、その血管、よーーーーく見ると、青い鎖型の奇妙な模様がびっしりと刻まれていたのよ~。」
(鎖型の模様?・・・っ、そうだ!)
伊久磨の脳裏に、強烈な記憶がフラッシュバックした。
(——ヌチの心臓にも、青い鎖型の模様がなかったか?)
鳥界境での死闘。最後に残った敵・ヌチの心臓に刻まれていた、不気味な紋様を思い出したのだ。当時は、戦闘に必死だったが、伊久磨の記憶の断片が、鮮明になっていく。
その最中、ナバディは重々しい口調で続けた。
「それに、命は助かったけど、精神は壊れて・・・”とある言葉” しか言わないわ。」
「とある言葉?」
「"王神愁位伝に選ばれろ"・・・ってね。」
「・・・っ!?」
会議室を襲ったのは、先ほどまでとは比較にならない、異様なまでの沈黙だった。同時に、 伊久磨の全身に、ざわつきが走る。それは、鳥界境で狂乱したヌチも、叫び散らしていた言葉。
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『俺たちは選ばれたんだ!!!王神愁位伝に!!』
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(ヌチも・・・そんなこと・・・)
「王神愁位伝。」
暫くして、会議室に流れていた沈黙を破ったのは、コウモリ部隊隊長の坂上だった。
「その所有者になった者は、どんな願いも叶えられる伝説の書物、でしたね。」
"バンッ!"
「空想話は結構。そんな、あるかも分からない物が何だと言うのだ!」
机を叩き、怒鳴るノブレの様子を、じっと見つめる坂上。
「どうでしょう?一説では、太陽族と月族の戦争が起こった原因は、この ”王神愁位伝” を獲得するためだったと記している歴史書があります。獲得した族が、必ず勝利をおさめてきたとかなんとか。むしろ・・・その書物を奪うために、戦争が絶えず行われていたなんかも・・・」
「そんなのは、単なる神話だろう!”太陽の記録”にもない、空想話を重要な会議に出すのではない!」
「まぁ、この言葉の意味は、嵐牙前元帥しか分からないわ。でも、普通に話せる状態じゃないから、誰にも分からないわ。」
すると、とある参謀本部の隊員が閃いたかのように、声高らかに言った。
「ぁあ!では、その息子に聞いてみるのはどうでしょう?」
「息子?」
伊久磨が首を傾げていると、ナバディが呆れた様子で言った。
「・・・現・タイヤン軍の軍隊長に聞けばって?そんなん、家族でテレパシーかなんやら使えれば、分かるかもね。」
馬鹿にしたように、メスを振りながら言うも、ノブレが口を挟んだ。
「多聞元帥、タイヤン軍の玲王軍隊長を呼べますかな?」
「・・・難しい、だろうなあ。」
「どうしてですか?ただでさえタイヤン地方は今、”銀の狼”で大変なのに、タイヤン軍は全く対処をしないと、苦情も出ております。その申し開きも含めて、連れてきてください。」
そう話すノブレに、多聞が苦々しい表情で頭を掻いていると——
「・・・あのぉ~。」
坂上が手を挙げた。
「・・・なんだね。」
ノブレが関わりたくなさそうに聞くも、坂上は笑顔で続けた。
「その件、私たちに一任いただけますか?今、私たちの隊員が数人、タイヤン地方におります。」
「何でコウモリが・・・。また何か、変な企みを・・・」
「そんなこと、あるわけないじゃないですか~。ただ、タイヤン地方が大変だと、うちの ”最強のコウモリ”、紫戯くんが心を大っっっっ層痛めて行っているまでです。」
(・・・ったく、タイヤン軍隊長の力を借りて、月族に殴り込むためだろ。紫戯に聞かれたら、シバかれるぞ。)
坂上の話にバンはため息をついた。
「もちろん、タイヤン軍の軍隊長にも挨拶に伺う予定でして。一緒に聞いてきましょうか。」
「いや、それは・・・」
「ね?」
「お前たちには・・・」
「ね?」
「あ、ぁあ・・・。」
坂上の笑顔に、最終的に負けたのはノブレだった。
♢♢♢♢♢♢♢☀♢♢♢♢♢♢♢
"もきゅ、もきゅ、もきゅ"
"カンカンカンカンカン!!"
"もきゅ、もきゅ、もきゅ"
"カンカン!ジュウ・・・"
"もきゅ、もきゅ、もきゅ"
"ガキン!カンカン!"
”雲の宮殿”、そこにはコウモリたちの寮が兼ね備えられている。そのとある一室。
"岳の武器庫"
「・・・ふぅ。うん。いい感じだ。」
大量のノートと器具が散らばる部屋で、岳は、雀と千鶴から預かった武器をメンテナンスしていた。
坂上にコウモリ部隊専属の武器職人を打診された後、岳専用の部屋が作られ、本格的に武器職人の第一歩を踏み出していた。
エプロンをかけ、頑丈そうな茶色の手袋で、付けていたゴーグルを取り、千鶴の武器を満足そうに見た。
"もきゅ、もきゅ、もきゅ、"
その少し離れた場所で、やることのない幸十は、岳のメンテナンスする様子をじっと見つめていた。
岳は岳で、相変わらず武器を前にすると周りが見えなくなるのか、幸十の視線など気にせず作業していた。
「岳。」
「ん?何?」
そんな岳に、話しかける幸十。
「食べる?」
そう言って、手元にある大量のおむすびを差し出した。
幸十は帰ってから、余計に空腹になることが増え、コウモリの食堂では、休む間もなく、豆じいと旬稲がせっせと料理をしていた。
「え、あはは。じゃあ、貰おうかな。」
ひと段落した岳は、幸十の隣に行くと、手袋を外し、おむすびを手に取った。
「うん、相変わらず美味しい。」
笑顔を向ける岳に、幸十も頷いた。
「うん。でも、このおむすびは甘くない。」
「あはは。前はごめんね。塩と砂糖、間違えちゃって。」
「・・・?あれはあれで、美味しかった。」
「そ、そっか。よかった。じいちゃんに怒られちゃったから。えへへ。」
暫く食べていると、岳が話し始めた。
「・・・幸十も、タイヤン地方に行くの?」
「——?わかんない。休めとだけ言われてる。澄徳の血錬は、身体に良いらしいから、続けてるけど。」
「そっか。・・・今度は、ちゃんとした武器を渡したいんだ。今、幸十の武器もメンテナンスしてて、あとちょっとだから・・・。ちゃんと皆んなを支えて、守ってくれる、そんな武器を・・・。」
視線を下げ、手元を見つめる岳。
そんな岳の様子に、幸十は岳の頭に手を置いた。
「うん。よろしく。」
「っ、うん!!任せて!!」
嬉しそうにする岳は、再び立ち上がり武器のメンテナンスを再開しようとした。その様子を見ながら、幸十はふと聞いた。
「そう言えば、タイヤン地方ってどんなところなの?」
「タイヤン地方?んー、月族領地と唯一面してる地方かなあ。だから、戦争も一番激化しやすい場所でもあるんだけど・・・。そうそう!タイヤンは、優秀な武器職人が集まる場所でもあるんだ!タイヤン軍も、数で言えば一番セカンドを抱えてる軍でもあって、戦うことも多いから、武器職人の需要が高いんだ。タイヤンで作られる武器は、どこよりも一番頑丈で強いんだよ。どんな戦いでも、滅多に壊れたりしなくてね。緑色に発光するのが特徴なんだ!なんでそうなるのか、どんなに考えても分からないんだけどね。タイヤンの職人しか知りえない、武器ロマンスだよ!」
相変わらず、武器のこととなると饒舌になる岳。
「へぇ。」
「それに、セカンドの武器だけじゃなくてね、プライマルたちが使える武器もあるんだよ!」
「プライマルが使う武器?」
「そう!”コウモリの翼”の麻痺針の発想もね、そこからもらったんだけど。タイヤン地方庁には、プライマルがマダムたちを倒せる”タイヤンの緑砲”があるんだ!」
「倒せるの?プライマルが?」
「そうなんだ!大砲の中に、セカンドの力を溜め込んでるんじゃないかと思うんだけど、緑砲で打つと、数匹を一気に倒しちゃうくらい、威力が強いんだ。でも、セカンドの力って、ある一定数濃いと、プライマルにとって害になるんだよね。だから、麻痺針は、マダムを動けなくするくらいの威力にしか出来なかったんだけど・・・。緑砲は出来ちゃうんだ!不思議だけど、世紀の大発明だよ!!いつか、タイヤン地方の武器職人と会ってみたいなぁ。」
岳が、タイヤン地方の話しに花咲かせていると——
"コンコンッ"
「?」
誰かが部屋のドアにノックした。
岳が急ぎ開けると、そこにいたのはココロだった。
「ココロさん?」
「あ、岳。武器のメンテナンスは順調?」
「はい!この部屋も、とっても快適です!」
「そっか、良かった。」
ココロが、嬉しそうにする岳の頭を撫でていると、岳が不思議そうに聞いた。
「何かありました?」
「あ、そうそう。幸十知らない?」
「あ、幸十ならここに居ますよ!」
岳の言葉に、ココロが部屋を覗くと、大量のおむすびを抱えた幸十の姿が目に入った。
「やっぱり、ここにいたか。——っというか、また食べてるのか?幸十、食べる量、異常じゃないか?」
「うーん。でも、お腹空いちゃうんだよね。澄徳の血錬、続けてるからかな?」
「いや、それにしても・・・まあいいや。それよりも、幸十にお客さんだよ。」
「きゃく?」
「ぁあ。星の国から。」
