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王神愁位伝 第4章【葬華なる銀昏架】 第8話 鳥の巣の雛たち

第8話 鳥の巣の雛たち

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王神愁位伝 設定資料集【ココロのノート】





"アオーーン!!"

月が冷たく光り、狼たちの遠吠えが夜の闇を切り裂く。 そこは、鬱蒼うっそうと生い茂る木々に遮られ、月の光さえ地上に届くのを拒まれる場所。 湿った土の匂いと、獣の気配が濃く漂う。

見上げれば、つたを編み上げて作られた、異形な三つの塔。 細長く、天を突くその尖塔のいただきには、”鳥の巣・・・” を思わせる円状のかごが据えられている。 その一つの塔からは、絶え間なく子供たちの啜り泣きが漏れていた。 静寂の中に溶け込むその声は、まるで終わりのない葬列のようだ。

そして、その反対側——。ここでは ”西塔・・” と呼ばれる場所からも、別の声が響いていた。


「おれは・・・っ!!兄貴あにきを探しにいく!!」
「ま、待って、乖理かいり。1人じゃ危ないわ。」
「そんなこと言ったって、兄貴がいなくなってから、もうどれだけたったと思ってるんだよ!!このままじゃ・・・このままじゃ、兄貴は・・・っ!!!」

頭に、薄汚れたバンダナ・・・・を付けた幼い少年がそこにいた。その少年の瞳には、こぼれそうなほどの涙が溜まっている。 あの日、自分を庇って月族・らんに連れ去られた幸十さちと。 兄のように慕っていた幸十が消えて以来、乖理は狼たちの監視を縫うようにして、この西塔に住む謎の少女・志都しづのもとへ通い詰めていた。

「・・・っい、痛っ!!」
乖理の額にできた、痛々しい裂傷を消毒する志都しづ。 昨日、乖理かいりは勇気を振り絞り、らんに幸十の行方を尋ねたのだ。しかし、幼い少年に返ってきたのは、言葉ではなく、逆上したらんが振るう冷酷なむちだった。

志都は、その痛々しい傷跡に、震える手で薬を塗り込む。 西塔を訪れるたびに増えている、幼い少年の傷。 その傷跡の一つひとつが、幸十にも付けられていた沢山の傷跡を連想させ、志都の胸をナイフで抉るように痛ませた。

「・・・分かってる。分かってるんだけど・・・」
志都は、薬の入った木箱のふちを白くなるほど強く握りしめ、顔を伏せた。




"無力な私たちに、一体何ができるというの?"



喉元まで出かかったその言葉を、彼女は必死に飲み込んだ。月族・ らんやオルカの圧倒的な力。それを見せつけられるたび、自分たちはただ怯え、這いつくばって従うことしかできない。唯一、この場所で立ち向かっていた幸十でさえ、連れていかれ、彼の生死さえ分からない。そんな彼に守られていた自分たち。

乖理の流す血は、まだ温かい。 けれど、この閉ざされた森の中で、二人の希望だけが体温を失い、凍りついていくようだった。


"ギュッ"
「・・・?」
しかし、乖理のまだ小さな、けれど熱を帯びた手が志都の指先を掴んだ。
志都が驚いて顔を上げると、そこには射抜くような強い光を宿した、乖理の瞳があった。 それは、絶望を知らぬ者の輝きではなく、絶望の底でなお、前を向こうと足掻く者の輝きだった。

「母ちゃんが言ってたんだ。あきらめなければ、いつかきっと、ぜっこうのタイミングが来るって!どんな状況でも!そうすれば、太陽神様は絶対こたえてくれるんだ!」

頼りにしていた幸十を奪われ、体中を傷だらけにされながらも尚、この少年はどうして腐らずにいられるのか。 志都がその強さに圧倒された、次の瞬間だった。

"バッ!"
「か、乖理?」
乖理は弾かれたように立ち上がると、迷いなく扉へ向かった。

「おれは!絶対あきらめない!」
「ちょ、ちょっと!まだ傷の消毒が・・・っ!」
志都の制止も聞かず、幼い少年はまだ血の滲む体で、階段を駆け降りていく。

(兄貴は・・・兄貴は絶対生きてる!生きてるんだ!!)
視界を覆う涙を乱暴に拭い、乖理は西塔の出口へと飛び出した。

"ガチャ!"
「・・・っ!」
西塔の重い扉を開けた途端、乖理は心臓が止まりそうになった。月の光すら拒絶する深い闇。その中に、”誰か・・” が立っている。
——らんだろうか。それとも、オルカだろうか。
全身に嫌な汗が吹き出し、喉がヒリつく。呼吸を止めて、その人影を見据えると・・・



「・・・何してるの?」



闇に目が慣れてきた時、聞こえてきたのは聞き慣れた、少し不機嫌そうな少女の声だった。 乖理は、崩れ落ちそうになる膝を必死に支え、安堵の息を吐く。

「・・・はぁ。なんだよ、ピンクのひと・・・・・・か。」
「ピンクのひとじゃない!わたしはコハル・・・だよ!そろそろ名前、おぼえてよ!」
「はいはい。」
頬を膨らませて怒るその少女は、乖理と同い年くらいのピンク髪の女の子、コハルだった。 乖理は興味なさそうに答えると、東塔・・を目指して歩き出す。その後ろを、コハルが慌てて追いかけてきた。

「ねぇ。」
「・・・・。」
「ねぇってば!」
「なんだよ。このあいだから、ちょこちょこついてきてさ。」
「ん!!」
痺れを切らしたコハルが、乖理の前に回り込んで、小さな手を突き出した。 そこには、鼻をツンと突く独特な匂いのする、古びた小箱があった。

「・・・今日も、あの狼男にむち打たれてたでしょ。それ、キズクスリ。ちゃんとぬらないと、死んじゃうよ。」
「・・・ありがとう。」
ぶっきらぼうに礼を言い、乖理は箱をポケットに突っ込んで再び歩き出す。しかし同時に、コハルの声が背中に突き刺さった。

「ねぇ!も、もう西塔あそこ、いかない方がいいよ!あそこには ”怖いかいぶつ” がいるんだから!!」
「・・・・。」
コハルの忠告など無視して、歩きつづける乖理。中々相手にされず、瞳に涙を浮かべ始めながらも、コハルは続けた。

「そ・・・それに!!また、狼たちにひどい目にあわされるよ!!体だって・・・そんなボロボロで・・・。オレンジのお兄ちゃんも、それで死んじゃったじゃない!!!」
「っ!!!」
その言葉に、乖理は足を止め、振り向きざまに怒鳴りつけた。

「おれは!!!お前らみたいに、泣いてすごすつもりはない!!兄貴は生きてる!!!さがして、いっしょに母ちゃんの元に帰るんだ!!」
「・・・っ!!」
突然の剣幕に、コハルの瞳から涙が溢れ出した。しかし負けじと、彼女は声を震わせながら叫び返す。

「・・・っひくっ・・・ぐすっ・・・わ・・・わたしだって・・・わたしだって、いたくん・・・・の元に帰りたい!!・・・ぅうっ・・・なっちゃん・・・・・風くん・・・はるちゃん・・・・・に会いたい・・・夕貴のお姉ちゃん・・・・・・・・に・・・抱きしめてほしいよぉ・・・っ!」
泣きじゃくり、溜め込んでいた想いを吐き出すコハル。 その姿に、乖理の瞳にも熱いものが込み上げる。けれど、幼い少年はそれを無理やり奥へ押し込んだ。

「だ・・・っぐす・・・だったら、泣いてばっかいるなよ!!!」
震える声で、彼は叫ぶ。

「怖くたって・・・ぐすっ・・・まってるだけじゃ、なにも変わんないだろ!!!よ・・・ぐすっ・・・よわくたって、いためつけられたって!!な、なんどでも立ち上がってやるんだ!!おれは、母ちゃんみたくつよいんだ!!!あきらめない・・・兄貴と ”やくそく” したんだ!!また会おうって・・・っぐす・・・お、おれは!!絶対、負けないんだ!!!」

最後は叫びに近い声を残し、乖理は一度も振り返らずに東塔へと走り去った。 一人残されたコハルの瞳からは、いつの間にか涙が消えていた。 その胸の奥には、乖理が放った ”光” のように輝く言葉たちが、静かに灯っていた。





♢♢♢♢♢♢♢♢🌙♢♢♢♢♢♢♢







"チャポン"
「・・・よし。ここから "コウモリの翼" で行こう。」
「うん。」
静寂に包まれた宝石湖に、龍型の一隻の小舟が進んでいく。 太陽城専属の船乗り・𦪷もくの操る小舟が、ようやく対岸へと辿り着いた。

紫戯しぎ琥樹こたつ洋一よういち・ミドリの安否を確認しに、タイヤン地方へ向かうこととなった幸十とココロ。
いつもの様に、太陽城専属の船乗りである𦪷もくに船を出してもらい、宝石湖を渡り終えると、コウモリの翼を広げ始めた。
すると——


「やぁ!」
背後から投げかけられた、場にそぐわないほど陽気な声。 振り返った二人の目に飛び込んできたのは、あろうことか星王子の姿だった。

「え、あ、星王子様?!?」
驚愕に目を見開く二人。だが、次の瞬間、王子の傍らに控えていた星族の参謀・右京うきょうが、恐ろしい剣幕で幸十へと詰め寄ってきた。

"グリグリグリ!"
「い、痛っ・・・」
無慈悲に繰り出された拳が、幸十のこめかみを容赦なく抉る。

「お前は!はるか様に助けていただいたと言うのに、黙って出ていくとはどう言うことだ!!ぁあ?!」
「い、いた・・・」
「こらこら、右京。また賭けに負けたからって、さっちゃんが痛そうじゃないか。」
「遥様・・・その、今回の賭けは無効で・・・うぅん!!!それより、こいつに甘すぎます!星族でもない太陽族など、取るに足らないでしょう!!特にこいつは!!!この予測のできない行動ばかりするこれは!!!」
発狂寸前の右京を前に、星王子は困ったように首を傾げると、隣の維澄いずみへ視線で合図を送った。
すると——

"バシッ!!"
「っが!!」
"ドサッ・・・"

「え。」
刹那、維澄の手刀が右京の首筋を捉えた。 右京は白目を剥き、言葉を失って地面へと崩れ落ちる。あまりに鮮やかな手際に絶句するココロへ、維澄は表情一つ変えずに告げた。

「お気になさらず。」
(この人・・・本当に星族の参謀さんぼうなんだよな?)
足元で倒れ伏す参謀を憐れみの目で見ていたココロに、星王子の柔らかな、けれど逃げ場のない声が向けられる。

「さっちゃんたちは、どこ行くの?」
「え、あ、いや・・・」
他族にどこまで情報を開示すべきか。ココロが答えに窮していると、星王子の瞳が、どこか鋭い光を帯びて細められた。

「タイヤン地方かな?」
図星を突かれ、ココロの心臓が跳ねる。星王子はふわりと歩み寄ると、彼の肩にぽんと手を置いた。

「いやぁ~、仲間が心配だねぇ~。"銀の狼"たちにやられてないといいね~。」
楽しげな口調の裏に、抗いがたい王族の威厳が滲む。ココロは思わず息を呑み、覚悟を決めて問いかけた。

「何を・・・お望みですか?」
「——ん?どうして、そう思うの?」
「絶対中立を貫く星族が、他族の動向にこれほど干渉してくるはずがありません。・・・何か、私たちに求めることが、あるのではないでしょうか。」
ココロの必死の問いに、星王子はパチパチと嬉しそうに手を叩いた。

「へぇ!君!頭の回転早いね!!すごいすごい!右京の百倍凄いよー!」
無邪気に笑う王子の顔が、ゆっくりと近づく。その虹色に輝く瞳の奥にある真意を読もうと、ココロは唾を飲み込んだ。




それ、同行させて?咲夜うちの子も。




「・・・え?」
星王子が背中を押す先に視線を向ければ、そこにはいつの間にか、相変わらず ”影の薄い” 咲夜さくやが立っていた。彼は不機嫌そうに眉を顰めている。 唖然とする一同をよそに、星王子は幸十の肩を抱いた。

「いいだろう?咲夜はね、プライマルだし、影も薄いんだけど・・・」
「余計なお世話だ!!!」
「セカンド並みに身体能力もあってね。頼りになるよ~。影薄いから、敵にも気づかれにくいよー!」
「だから、やめろ!!」
不機嫌そうな咲夜を前面に押し出す星王子。

「うん。いい・・・むぐっ」
「ちょっと待て、幸十!独断で決めるわけには・・・」
二つ返事で頷こうとした幸十の口を、ココロが慌てて塞いだ。

「あ、ダリィの許可はとってるから、大丈夫だよ。」
「ダリィ?」
「うん。君たちのボス!」
「え、坂上さんが・・・?いつのまに・・・」
「ささっ!」
星王子は、嫌がる咲夜の背中を強引に押し、二人の間へと放り込んだ。

「な、何というか・・・嫌がってる様に見えますが・・・」
「・・・別に。」
咲夜は鋭い瞳で二人を射抜くと、吐き捨てるように言った。 これから始まる旅路の困難を予感し、出発前から胃のあたりに重いものを感じるココロ。

そんな彼たちのやり取りをよそに、星王子はふと、視線を近くの茂みへと移した。 奥に潜む”何か”をじっと見つめると、彼は今日一番の、意味深な笑みを浮かべた。

「・・・どうやら、僕らと同じで、連れてって欲しい人がもう一人・・・・、居るみたいだよ?」
星王子の言葉に、ココロが眉をひそめた直後だった。

"ガサッ・・・"
「・・・っ!?」
「あ」
茂みをかき分け、音を立てて現れた人影。そこに立っていたのは、ソール軍副隊長・拝理はいりの姿だった。 鳥界境ちょうかいきょうでの激闘で負った傷は塞がっているようだが、失われた右腕の袖は空っぽで、風に虚しく揺れている。 誇り高き隊服は脱ぎ捨てられ、その表情にはかつての威圧感など微塵もなかった。

「・・・・・。」
残された左腕で、頭を覆うバンダナをいじり、気まずそうに視線を彷徨わせる拝理はいり

かつて対立した相手を前に沈黙が流れる中、痺れを切らした幸十がひょいと声をかけた。
「・・・?おばさん、どうしたの?」

その言葉が引き金だった。

"バッ!!!"
「っ?!」
拝理は、地面にめり込むほどの勢いで深々と頭を下げた。

「”太陽たいようかく”では、本当にすまなかった!いや・・・謝って済む話ではないと思っている。本当に反省してる。副隊長も辞めてきた。」
「え?」
ココロの驚きをよそに、拝理は顔を上げ、自身の右腕の付け根を強く握りしめた。

「私は弓使いだ。腕を失えば、もはや戦力にはなれない。それに・・・セカンドとしてあるまじき虚偽を重ねた。今の私がソール軍に居座るなど、到底許されないことだ。」
そして、彼女はすがるような瞳で幸十を見つめた。

「その・・・タイヤンへ向かうと聞いた。ロストチャイルドの再調査・・・その任務に、私を同行させてほしい。虫が良いのは百も承知だ。だが・・・どうしても・・・あの子だけは、乖理かいりだけは諦められないんだ! 頼む!!」
再び、絞り出すような声で頭を下げる拝理。 その必死な姿に、ココロは冷静な判断を下そうと葛藤する。

(副隊長クラスにいた人だ。心強いが・・・鳥界境での出来事を考えると、正直不安が残る・・・。また子供のためだと、勝手な行動をされたら・・・)
リスクを懸念するココロ。だが、その隣で、幸十は迷いのない瞳で拝理を見つめ、口を開いた。

「いいよ。」
「え・・・」
「ちょ!幸十!!」
勝手に許可する幸十に、ココロが止めた。

「今回の任務は本当に危ないんだ!手負いのセカンドをつれてったり、どんな行動をするか分からない人を連れて行けるわけないだろう!ましてや、一歩間違えれば”太陽の核”で俺たちは・・・」
ココロが言うも、幸十は一歩、拝理へと歩み寄る。

「・・・それだけ、カゾクが・・・乖理が大事なんでしょ?」
拝理が息を呑む。 幸十の言葉には、恨みも拒絶もなかった。ただ、同じ”大切な人を想う者”としての共鳴があるだけだった。

皆んな、大事なものは違うから。・・・でも、今回は一緒だ。
幸十は屈めていた腰を伸ばし、拝理に向けてそっと右手を差し出した。

「ほら、一緒に行こう。俺も、乖理に会いにいくって約束してるから。」
「・・・・っ!」
拝理の瞳に、堪えきれない涙が溢れ出す。彼女はそれを左腕で乱暴に拭うと、幸十のその手を、壊れ物を扱うように優しく、強く握りしめた。

「ありがとう・・・ありがとう!幸十くん!」
笑顔を見せる拝理に、ココロは止められないと諦めた。

"グィッ!"
「いやー、やっぱり、さっちゃんは最高だね!タイヤンの件が済んだら、本当にうち来なよ!毎日沢山美味しいもの食べさせてあげる!!」
「・・・っふが!!!絶対絶対だめです!!!私が破産します!!!」
「もう寸前だろ。」
「黙れ!影薄坊主!!!」
感動のシーンに割り込み、幸十に抱きつく星王子。同時に、何か危機を察知したように、右京が目覚め、再び騒ぎ出した。その騒がしさに視線を移した拝理は、星族たちに目を見開く。

「え、あ、え?ほ、星族?!」
「・・・・・・はぁあ。」
これ以上は面倒になりそうなことを察知したココロは、コウモリの翼を広げた。

"バサッ!"
「幸十、翼を広げて。咲夜・・・くんは、幸十の翼に乗ってください。拝理さんは風使いのセカンドですよね?まだ飛ぶことはできますか?」
「え、あ、ぁあ、問題ない。」
幸十に抱きつく星王子が気になりながらも、ココロの質問に答える拝理。

「じゃあ、行きましょう。ほら、早く。」
「なんかココロ、疲れてる?」
「・・・疲れてない。」
準備し、飛び立つ幸十たち。

「ありがとう!咲夜のこと、存分にこき使って良いからねー!」
「ちょ、おい!変なこと言うな!!」


背後から届く星王子の能天気な声。 太陽族の幸十とココロ、星族の咲夜、そしてソール軍を抜けた拝理。 バラバラな四人の、けれど目的地だけは同じ旅路が、今ここから始まった。




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