おれは「社会課題を解決する人」ではない - 学生たちのアンケートを読んで、あらためて考えたこと
先日参加した丸の内サマーカレッジ2026。学生の皆さんからいただいたたくさんのコメントが事務局から届きました。感激。
以下は、「学生からのコメントの一部」として事務局が抜き出してくれたものです。
・「誇りある就労」という考え方への強い関心
・障がいのある方、外国にルーツのある方、RDワーカーなど、自分とは異なる環境や背景を持つ人について「まず知ること」の重要性への気づき
・自分の「当たり前」が他の人にとっては当たり前ではないことへの気づき
・相手を一括りにせず、一人ひとりを「個」として理解しようとする姿勢への共感
なぜおれは、社会の「ちょっと気になる事柄」に首を突っ込むようになったのか。
なぜ「言葉にして発信し始めたのか」。なぜ「答えを求めすぎないようになったのか」。
なぜ……。
いくつもの答えがあるのだろうけれど、もう一度考えて、いまの自分の言葉にしてみます。

■ 「答えを出す能力」より「答えが出ない状態に留まる能力」
いまでも、つい「では、それを一言で言うと?」みたいな質問をしてしまうこともあるのですが、おれは基本的に「簡単でわかりやすい説明」をあまり信用していません。
だって、世の中、そんなに簡単にわかるものなんてないから。
「簡単さ・わかりやすさ」が、「興味の入り口」についてもらうためや「理解のプロセス」を組み立てるために必要なことは知っています。だから、「簡単さ・わかりやすさ」の持つ意味や価値も理解してはいます。
でも、同時に理解しておくべきは、「わかりやすさのために、大事な何かが削ぎ落とされてはいないか」という視点。
これは、自分が物事を真摯に説明しようとした経験があれば、わかりますよね。
理解しやすさを重視して、この話はここではしないでおこう——。そんなバーター的な現象が生じることは、知っておいた方がいい。
だから、簡単にわかった気にならないことが、大切。
そして実際、なにかを深く理解したときって、自分がなにを理解できていなかったかを、そしてまだなにを理解できていないかを、同時に気づかされることが多いと感じています。
だから、「そんなの簡単です」と言われたら、疑う。
「AI時代となり、すぐに答えが手に入るようになりました」——。最近よく目や耳にするこの言葉には、疑い深く付き合いたい。
「その答えは、誰にとっての答えですか?」と。
「まずは自分で試してみます」って。

…とはいえ、わからないままの状態でいるのって気持ち悪いですよね。「早くわかりたい」って思うのも自然なことだと思います。
ここ数年で「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉が一般的に知られるようになりました。
それも、そんな世の中の流れがあってのことでしょう。
それについて書かれている本やオンライン記事も増えてきたので、ネガティブ・ケイパビリティを鍛えたい人は、参考になりそうなものや自分に合いそうなアプローチを探してみるのもいいかもしれませんね。
ただし、簡単に見つかる答えには…(もう書かなくてもいいですよね?)
おれの場合は、答えに飛びつかないというか、根が捻くれ者なので「それって本当かな?」とすぐ思っちゃうんですよね。
そして、誰かに「そんなの無理ですよ」と言われても、「無理か無理じゃないかでは決めません。やりたいことはやるし、やりたくないことはやらないので」となってしまうのです。これはもう…性質?
成功するだろうからやるわけじゃなくて、成功しないだろうなと思っても、それがやりたければやる。未来を決めず動いている間に、違う出会いが訪れ、次の可能性が開いていくことも多いってことを、経験から学んできたから。
だから「無駄な努力かも」「役に立たないかも」みたいな、未来予測や結果の想像・決めつけは、しっくりこない。
ひとまず、小さく試す。
「答えを見つけて解決すること」を目的にするんじゃなくて、「答えを求めて考え続けられる状態を作ること」を目的としてもいいんじゃないかな。
「障害のある人の社会参画」も「外国ルーツの人たちの活躍」も「RDワーカーの流行語大賞ノミネーション」も、実際そうなって欲しいと思っているけれど、それを目的として意識しているわけではないんですよね。
もちろん、それが実現したらすごく嬉しいけれど、でも実現しなくても、それを目指して活動していること自体が、価値あることだと思うから。そして、活動していれば次の可能性が開いていくから。
これを書いている理由も同じ、かな。
この記事を多くの人が読んでくれたら嬉しいけれど、一人二人しかいなくても、次のおれの、あるいは読んでくれた人の、新しい何かにつながる可能性は、書かないときの何十倍も何百倍も広がると思うから。
だから、書く。
なーんて。わかったように書いたけど、わからないから書いているのです。
「答えを見つける」のもいいけど、「問いを持ったまま動く」のも、すごく楽しいよ!
