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【花火の歴史・上】ーー悪霊払いの竹から、鎮魂の祈りへ

 夜風が静かに仕込み場のトタン屋根を揺らす夏前。作業の手を止め、火薬の匂いが染みついた手ぬぐいで顔の汗を拭う親父に、十代半ばの若い弟子が素朴な疑問を投げかけた。

「親方……俺、毎日ここで火薬を捏ねてて、ふと思ったんです。そもそも花火って、いつ誰が何のために作り始めたんですかね?」

 親父は一瞬ポカンとした顔を見せた後、嬉しそうに目を細めて隣の丸椅子をぽんぽんと叩いた。

「なんだ、柄にもなく歴史に興味が出てきたか。よし、仕込みの残りは明日だ。お茶でも淹れて聞いていけ。花火ってやつのルーツはな、お前が思ってるよりずっとキナ臭くて、そしてずっと切ないんだよ」

一.悪霊払いの「竹の音」から、人を殺める「火薬」へ

「花火の本当の始まりはな、今から2,000年以上も昔の中国だ。だがな、最初から夜空に綺麗な光を咲かせてたわけじゃねぇ。その頃はただのだ」

「えっ、竹ですか? 火薬じゃなくて?」

「そうだ。竹をそのまま火にくべる。すると、竹の節目の中の空気が膨張して『パンッ!』とでかい音が響くだろ? その音で、山に棲む怪物やら悪霊やらを追い払おうとしたんだ。これが爆竹の語源さ。光じゃなく、音による魔除けの儀式だったんだな」

 弟子は「へぇ〜」と感心したように頷きながら、湯気の立つ湯呑みを親父に手渡した。

「じゃあ、火薬が使われ始めたのはいつなんですか?」

「9世紀頃だな。硝石(しょうせき)に硫黄木炭を混ぜ合わせると凄まじい勢いで燃える……つまり黒色火薬が中国で発明された。だがな、この発明が花火を一気に暗い歴史に引っ張り込む」

 親父の表情がすっと引き締まる。

「火薬はな、すぐさま軍事利用されたんだ。狼煙(のろし)で合図を送るくらいならまだしも、シルクロードを通ってヨーロッパに伝わると、大砲や鉄砲になり、人を殺傷するための兵器として世界中で使われるようになった。俺たちが毎日扱ってる火薬ってのはな、本来は人の命を一瞬で奪うための悪魔の道具だったんだよ」

「……人を殺すための道具だったものが、なんで今、俺たちの手で人を楽しませるもんになっていったんですか?」

「そこだよ。その答えが、我が国・日本の歴史にあるんだ」

二.戦国の終わり、殺生道具を「祈り」に変えた江戸の空

「日本に火薬が入ってきたのも、戦国時代の鉄砲伝来の時(1543年)だ。各地の武将が勝ち残るために必死で火薬を集めた。だが、やがて徳川家康が天下を統一して、長い戦国時代が終わるだろ? ここからが日本の凄いところだ」

 親父は指を一本立て、力を込めて言った。

「平和になった途端、職人や武士たちはもう人を撃つ必要がない火薬を、何とかして平和的に使えないかと考えた。殺し合いの道具を、人を楽しませる娯楽へガラリと作り替えたんだよ」

「へぇ……じゃあ、日本で最初に花火を見たのはやっぱり……」

「おう、記録にハッキリ残ってる一番古い鑑賞者は、あの家康公だ。1613年に駿府城で、イギリスの商人から見せられたらしい。で、その噂を聞きつけた江戸の町で、1659年に『鍵屋』っていう日本初の花火屋が誕生する。最初は葦(よし)の管に火薬を詰めた小さな玩具花火だったが、江戸っ子の間で大爆発的な人気になった」

「最初は手持ち花火からだったんですね。じゃあ、今みたいなでかい打ち上げ花火大会はいつから始まったんですか?」

 弟子が身を乗り出すと、親父は静かに頷き、遠い目をした。

「1733年……両国の川開きだ。今の隅田川花火大会だな。だがな、お前、これがどうして開催されたか知ってるか? 決して単なるお祭り騒ぎじゃなかったんだぞ」

「え……お祭りじゃなかったんですか?」

「前年の1732年、大飢饉とコレラという伝染病が江戸を襲った。道端に死体が転がるほどの惨状でな。そこで8代将軍の吉宗公が、亡くなった膨大な人々の慰霊(いれい)と、悪疫退散の願いを込めて、隅田川で花火を打ち上げさせたんだ」

 弟子は息を呑み、静まり返った仕込み場を見回した。

「慰霊……亡くなった人のための祈り、だったんですか」

「そうだ。漆黒の夜空にパッと咲いて、一瞬で消えていく花火の光に、江戸の人々は逝ってしまった家族や仲間の面影を重ね、手を合わせたんだよ。いいか、心に刻んでおけ。日本の花火ってのはな、最初からただの娯楽じゃない。『祈り』なんだ。 亡くなった人への鎮魂と、今を生きる人たちの平穏を願う気持ち……それが、俺たちの作る花火の根底にあるんだよ」

 親父の言葉に、弟子は自分のゴツゴツとした手を見つめ、深く頷いた。

「……なんか、明日からの仕込みの手の重みが、変わる気がします」

「ハハッ、分かればよろしい! だがな、歴史はここからさらに面白くなる。江戸の町を熱狂させたあの名物ライバルの登場と、衝撃的な結末の話があるんだが……長くなるから、続きは明日の作業終わりに話してやるよ」


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