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【盆踊りの歴史・下】ーー江戸のレクリエーションから不屈の復興、そして世界遺産へ

二.夜の静寂を破る太鼓と、受け継がれる熱狂

 提灯のコードを解きながら、拓也はワクワクした表情で健二の顔をのぞき込んだ。

拓也:「健二さん、提灯もってきました! さっきの続き、教えてください。江戸時代に盆踊りが爆発的に面白くなったってどういうことですか?」

健二:「よし、じゃあ手を休めず聞くんだぞ。江戸時代っていうのはな、戦争がなくなって庶民の暮らしに少しだけゆとりが生まれた時代だ。そこで盆踊りは単なる仏教行事を超えて、農村や町人たちの年に一度の一大レクリエーションとして弾けたんだよ」

拓也:「レクリエーション! 当時の人たちにとって、相当楽しみなイベントだったんですね」

健二:「なんと言っても、当時は電気もない時代だ。普段は日没とともに寝ていた庶民が、お盆の夜だけは提灯や月明かりの下で、夜通し集まって踊ることが許された。しかも当時の盆踊りは、日々の農作業の疲れを癒やす場であると同時に、若者たちの出会いの場でもあったんだ」

拓也:「へぇ! 今でいう街コンとかフェスみたいな役割も果たしていたんですか?」

健二:「まさにそうだな。着物に趣向を凝らしたり、手ぬぐいで顔を隠して男と女が踊りの輪の中で視線を交わしたり……。身分や普段の厳しいルールも、お盆の夜だけはちょっとだけ緩くなる。そういう甘酸っぱくて解放的な熱気が、日本全国の村や町に広がっていったんだよ」

拓也:「なるほどなぁ。ご先祖様を迎える厳かな気持ちと、生きている自分たちが命を謳歌するエネルギーが一緒になっていたんですね」

健二:「その通り。だがな拓也くん、そんな大盛り上がりの盆踊りにも、大きなピンチが訪れるんだ。明治時代に入ったときのことだ」

拓也:「ピンチ? 何があったんですか?」

健二:「明治政府が成立して、西洋化や近代化を急速に進めただろう? 政府から見ると、夜通し男女が集まって無礼講で踊り明かす江戸以来の盆踊りは『風紀を乱す怠惰な風習』に見えたんだ。それで、全国で盆踊り禁止令が出されたり、厳しい規制がかかったりしたんだよ」

拓也:「えっ、禁止されちゃったんですか!? じゃあ、なんで今でもこうやって踊り継がれているんですか?」

健二:「ここからが民衆の強いところでね。地域の人たちは『ご先祖様を供養し、みんなで集まるこの大切な文化を消してたまるか』と立ち上がった。踊りの歌詞を上品なものに改めたり、警察の許可を取って地元の青年会が秩序正しく運営するようにスタイルを変えたりして、大正から昭和初期にかけて見事に復活させたんだ」

拓也:「へえ……! 時代に合わせて形を変えながら、命脈をつないできたんですね」

健二:「そして戦後の復興期には、地域の結びつきを取り戻すためや、みんなを元気づけるために全国でさらに親しまれるようになった。炭坑節東京音頭なんかは、この昭和の時代にレコードの普及とともに全国へ広まったんだぞ」

拓也:「『炭坑節』僕も知ってますけど、昭和の歴史なんですね!」

健二:「そうなんだ。そして時代は巡って現代——。2022年には、秋田の『西馬音内(にしもない)盆踊り』や岐阜の『郡上踊り』をはじめ、全国37の伝統的な『風流踊(ふりゅうおどり)』が、まとめてユネスコ無形文化遺産に登録されたんだ」

拓也:「平安時代の念仏踊りから始まって、明治の禁止令を乗り越えて、ついに世界遺産にまで……! すごいストーリーですね」

健二:「だろ? 時代ごとに理由は違えど、誰かを想い、人と繋がり、夜の明かりの下で同じ音に合わせて踊るという本質は、千年変わっていないんだ。……ほら拓也くん、感心してないで最後の提灯、櫓のてっぺんに取り付けるぞ!」

拓也:「あ、すみません! でも健二さん、歴史を知ったら今夜叩く太鼓の音も、なんだか違って聞こえそうです。よし、完璧な櫓に仕上げましょう!」


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