【認知行動療法(CBT)】コラム法でこころが晴れるコツ
はじめに 大切なお知らせ
まず、僕は医者でもカウンセラーでもありません。僕は、過去何度も休職を繰り返していたころ、辛くて認知行動療法(CBT)の「コラム法」に取り組みました。この有料記事は、僕が「こころが晴れる」体験をするために必要だったと思うことを、同志に共有したい思いで書いたものです。僕の場合、こう取り組んだらラクになった、ということを書いています。特定の治療法を推奨したり、医学的な診断を提供したりするものではありません。
僕は今もメンタルクリニックに通い続けています。自助グループも、僕にとてもマッチしており、通いつめていた時期があります。ただ、「コラム法」はそこで教わったものではありません。信頼のおける人からもらった認知行動療法(CBT)の本で知り、自主的に取り組んだものです。
この記事を読んでくださった方が、記事内で紹介する僕のアプローチを試したいと思った場合、ご自身の体調を優先し、無理のない範囲でお願いします。この記事の内容によって生じた結果については、筆者である僕は責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。
対象読者について
この有料記事は、メンタル不調をキッカケに認知行動療法の「コラム法」にトライしたものの、「こころが晴れる」体験をしたことがない方や、単なる面倒な作業になって投げ出してしまった方に、ぜひ読んでみてほしいなと思います。
僕は運よく、10 年以上前に「こころが晴れる」を体験できたクチです。そしてそれを足掛かりに、成長の機会を得られていると思います。
でも、この「コラム法」の取り組み自体、「ハマって脱落」する人が多いのではないかと想像しました。だって、ルールや解説が多くて、一言でいうと面倒くさいんですもの。
ちなみに、僕の萎え方は以下のような感じでした。
よく知らない「コラム法」に、苦しみの末に辿り着いた。僕はもともと、読解力、集中力が弱いのもよくなかっただろう。
それに加えて、朝、目覚めた時から、気分や感情によりエネルギーが枯渇していた頃。そこに、僕が面倒くささを感じやすい、簡単に覚えられないルール付きの取り組みが現れた。
もっと簡単に「こころが晴れる」を手に入れたいのに。
当時の僕にとって、「ハマって脱落」は「苦しみや生きづらさの出口が、全く見えない」を意味していたため、コワかったです。
この有料記事に書くことは、冒頭でもお伝えしたとおりで、医学的に正しいかどうかは分かりません。本当に分からないです。しかし、しかしですよ?なぜ取り組むのか?ということです。
ルールを守るために取り組むわけではないということ。僕がこの記事で最もお伝えしたいのはそこです。要は、自分のこころが軽くなればイイということです。
ぜひ、その点を忘れずにいてほしいと思います。
僕は放っておくと、自意識過剰にやられる
僕は、前職も現職も合わせて、何度も休職しました。その理由に、強い思い込みと自意識過剰があると思います。
小さなことですが、例えば、周囲の人が親切心から「休むのも仕事」と言ってくれたことがある。当時の僕は、これに強い嫌悪感を覚えました。雲の上から何の不安もない奴らが、負け組の僕に向けて放つ優越感のように聞こえるからです。親切心に聞こえない。
そして僕は、厄介なことに体がめちゃくちゃ丈夫です。風邪も引かない。もっと弱々しくありたい。当時の僕からすれば、簡単にいうと、説得力が無い見た目をしていた。「健康に見える奴がサボっている」という勝手な罪悪感に苛まれました。腹から笑えることにも躊躇し、できるだけやつれて見せる「病み演出」に気を回して疲れました。
とても、僕らしい一面です。
休職しまくりで、小さなころの夏休み以上の長期休暇を余裕で得ているのに、苦しむ時間を長く過ごすなんてホントにアホらしい。
今は、こういう「贅沢な」時間の過ごし方がだいぶ減りました。
僕が「こころが晴れない」時に必要だったこと
休職中に、大野裕さんの『こころが晴れるノート うつと不安の認知療法自習帳』という本に出会いました。この本を読んで、「コラム法」を知りました。地区センターの自習エリアに通い、これを実践し、自分と向き合う時間。当時の僕の生活に「意味」を与えてくれる光の1つでした。
ところがーーー、ぜんっっっぜん、こころが晴れなかったのです。
本のサンプルの通りに書くも、こころは微動だにしない。ガイドを見ても、「お前の書き方がダメ」と言われているようで、雲行きは怪しくなっていきました。何も実感を得られないまま、面倒な「ごっこ遊び」をやっているような感覚。
ただ、何度も休職している僕はたまたま、「生き物としてこんな弱い自分がイヤすぎる」「すぐ苦しむのをどうしてもなんとかしたい」「克服しないと先がない」といった、本能的な危機感を強く持てていました。なので、なんとか投げ出さず、踏みとどまることができました。これはとてもラッキーなことでした。
焦りやイライラや不安からすぐに質の悪い行動に繋げずに、とりあえず「コラム法」に向き合い続けた当時の自分に、「ナイス選択」と言ってあげたいです。
このおかげで、たとえば仕事で「顧客より、計画より、チームより、いま俺が安心安全であるほうが 100 億倍大事」など、一般的には違和感を覚えそうな正直さを、今では堂々と思えるようになりました。これは、自分の中に「必ず自分の味方でいてくれる自分」を見つけられたからです。当時の僕が匙を投げて、この味方を見つけられていなかったらーーーと思うと、ゾッとします。
当時の僕の失敗を共有したい
当時の僕が書いた、実際の失敗レコードを共有することによって、「そうそう自分もそんな感じ」といった共感が生まれるといいなと思います。
そして「今の僕が当時の僕なら」というコメントを添えました。つまり、失敗レコードを書いてあってるのかあってないのか悶々としていた当時の僕に、必要だった内容を書き添えています。
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