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ポッター《交響曲全集 第4集》 ベートーヴェンに認められ、ワーグナーが見出した魅力

今晩は、2026年8月13日にcpoからリリースされた、ハワード・グリフィス指揮、BBCウェールズ・ナショナル管弦楽団による、シプリアーニ・ポッターの《交響曲全集 第4集》を聴きます。

収録作品は以下の通り。

シプリアーニ・ポッター(1792–1871)
交響曲 ト短調(1832)
1.Allegro con fuoco
2.Andante con moto
3.Scherzo. Vivace
4.Finale. Allegro assai

交響曲 ニ長調(1834)
5.Moderato assai
6.Andante
7.Scherzo. Allegro
8.Finale. Presto

ヴァイオリン、ピアノと管弦楽のための《協奏的二重奏曲》イ長調 作品14
9.Allegro con brio
10.Andantino
11.Rondo. Allegretto

アリジャン・シュネル(ヴァイオリン)
ジュリアン・トレヴェリアン(ピアノ)
BBCウェールズ・ナショナル管弦楽団
ハワード・グリフィス(指揮)
録音:2023年11月13〜15日、2024年2月14日
カーディフ、BBCホディノット・ホール

久しぶりにcpoの新譜。超マニアックな作曲家をいい演奏で聴かせてくれるので、時々チェックしています。なにしろApple MusicやQobuzのニュー・リリース情報にも、マイナーすぎてなかなか出てこないので、レーベルをチェックしてやっと知るという具合。

今回はシプリアーニ・ポッターの《交響曲全集》第4集。とは言っても、ポッターという作曲家は知りません。ハリー・ポッターとも関係はなさそう(汗)。

cpoにはいつもものすごく詳しい解説がついていますが、今回のブックレットは収録作品の楽譜を校訂したベルト・ハーゲルスが書いていて、ちょっとした読み物になっています。そしてまず驚いたのが、その家系。祖父は、古典フルートを調べているとしばしば名前を目にする楽器製作者リチャード・ポッター。18世紀後半のロンドンでフルートのキーや調律機構などを改良した重要な製作者で、現在でも彼の楽器をモデルにした古典フルートが数多く作られています。その孫がシプリアーニ・ポッターだったとは驚きました。

シプリアーニはエルガーよりもはるか前、ベートーヴェンと同時代に生きた英国の作曲家。若い頃にはウィーンでベートーヴェンを何度も訪ね、自作の総譜を見てもらい、作曲上の助言も受けています。1818年3月5日、ベートーヴェンはフェルディナント・リース宛ての手紙で、ポッターについて「善良な人物のように思われるし、作曲の才能がある」と書いています。

ベートーヴェンとポッターのことを調べていたらすごく興味深いことが次々とわかってきたので、ちょっと長くなりますが聴く前に書いてみます。

調べていくと、ポッターは「ベートーヴェンに一度会った」という程度ではなく、1817〜18年のウィーン滞在中にかなり直接的な交流をしていました。

ポッターは1817年にウィーンへやって来た際、何人かのベートーヴェンへの紹介状を持っていました。ところが、「ベートーヴェンは無愛想で気難しい」という噂をさんざん聞いていたため、なんと2週間も訪問をためらっています。紹介者のところで「まだベートーヴェンに会っていないのか」と聞かれ、事情を話すと、「そんなのは馬鹿げた話だ。きっと親切に迎えてくれる」と言われ、ポッターは「では今すぐ行こう!」と出かけたそうです。

そしていよいよベートーヴェンを訪問し、紹介状を渡すと、ベートーヴェンは打って変わって心を開き、いきなり「君の曲を見せなさい」と言ったとのこと。ポッターは自作の序曲の総譜を見せます。ベートーヴェンはその総譜をものすごい速さでめくっていったので、ポッターは、「これは礼儀としてざっと眺めているだけだな」と思ったらしい。

ところがベートーヴェンは突然、総譜のある場所を指して、ファゴットに書かれた低い嬰ヘ音(F♯)は演奏できないと指摘したのです。さらに同じような具体的な指摘をいくつもしたので、ポッターはそこで初めて、「この人はあの速度で、本当に総譜を全部読んでいたのか」と驚いたそうです。やはりベートーヴェンの音楽的能力は並外れていたのでしょう。

ベートーヴェンはポッターに、きちんと作曲の先生について勉強するよう勧め、ベートーヴェンの推薦で、ポッターはアロイス・フェルスターに師事することになります。ベートーヴェン自身は「私はレッスンはしない」としながらも、「君の作品なら全部見てやろう」と言っています。

しばらくフェルスターに学んだ後、フェルスターがポッターに、「もう十分勉強した。あとは自分で作曲を実践すればよい」と言ったそうです。それをベートーヴェンに話すと、

誰だって勉強をやめてはいけない。私自身だって十分に勉強していない

と言ったとか。ベートーヴェンらしいですね。常に努力をし続けた。

そして「フェルスターに、あの老いぼれのお世辞屋め、と伝えておけ!」と言ったそうで、ポッターは本当にフェルスターに伝えたそうで、フェルスターはそれを聴いて笑ったとのこと。楽しいエピソードです。

さらにポッターに対する作曲上の助言が残っています。

ベートーヴェンは、「作曲するときには、ピアノの置いてある部屋で書くな」と忠告しています。なぜなら、ピアノがそばにあると、すぐ楽器で音を確かめたくなるから。まず頭の中で作曲し、作品が完成したあとならピアノで試してもよい。オーケストラをいつでも用意するわけにはいかないのだから、という考えです。これは勿論ベートーヴェンは耳が悪かったからということもあるかもしれませんが、非常に重要だと思います。

またポッターはベートーヴェンと一緒に、ウィーン郊外を歩くこともありました。ベートーヴェンは歩いている途中でしばしば立ち止まり、周囲を眺めて、自然への愛情を口にしたとポッターは回想しています。やはり「田園」の作曲家ですね、自然からインスピレーションを得ていた。

そこでポッターが、とんでもなくストレートな質問をしています。

「あなた自身を除いて、現在生きている最大の作曲家は誰ですか?」

ベートーヴェンは少し考え、「ケルビーニ!」と答えたそう。へぇ。

さらにポッターが、

「では、亡くなった作曲家では?」

と尋ねる。

ベートーヴェンは、以前ならモーツァルトを第一としていたが、ヘンデルを知るようになってからはヘンデルを頂点に置くようになったと答えています。

初めて会った日から、ベートーヴェンは政治の話を始め、オーストリア政府をかなり激しく批判したそうです。そしてイギリスへ行くことに非常に興味を持っており、「下院(House of Commons)を見てみたい」と言い、さらにイギリス人について、君たちイギリス人は、ちゃんと肩の上に頭が載っている。」と言ったとか。ドイツの政治家への批判でもあるのでしょう。

そして意外なことなんですが、ポッターによれば、ベートーヴェンはイタリア語をかなり流暢に話し、フランス語より得意だったそうです。そのためポッターとベートーヴェンは主にイタリア語で会話したとのこと。へぇ。なんかイメージが違いますね。

ただしすでにベートーヴェンの耳はかなり悪かったので、ポッターは両手を口の前に置き、手を「メガホン」のようにして話したそうです。

そしてポッターはベートーヴェンの《七重奏曲》作品20を初めて聴いたとき非常に感動した、と本人に伝えました。

ところがベートーヴェンは、「あれを書いた頃、私はまだ作曲の仕方を知らなかった」という趣旨の返答をしています。

そして、「今はもっと良いものを書いている」と言った。

その頃ベートーヴェンが書いていたのが、まさにピアノ・ソナタ第29番《ハンマークラヴィーア》作品106なんですね。確かにセプテットと29番を比べると、音楽の深さがまったく違います。

ポッターとの会話でベートーヴェンの素顔に一瞬触れられたような気がします。シンドラーよりも余程信頼がおけますね。

とついつい面白くて長くなってしまいました。音楽を聴いてみます。

まず1832年の交響曲 ト短調。指揮はcpoではお馴染み、またAlphaレーベルの次世代のモーツァルト演奏家を取り上げるシリーズでも中心的な役割を担っているハワード・グリフィス。何度か書いていますが、私はこの方の演奏がとても好き。この演奏でも非常に引き締まった音楽で、この知られざる交響曲の魅力を引き出しています。

第1楽章 Allegro con fuocoは、緩徐な序奏を置かず、いきなりト短調の力強い主題で始まります。冒頭の短い動機が楽章全体を支配し、移行部、第2主題群、展開部にも姿を変えながら現れる、かなり緊密に作られたソナタ形式。ベートーヴェンの交響曲を思わせる強い推進力がありますが、響きはそれほど重くなく、弦の運動性の中に木管が明瞭に絡みます。展開部も充実していて、再現部の後には第二の展開部のような長いコーダ。なかなか堂々とした第1楽章です。

第2楽章 Andante con motoはニ短調。付点リズムを持つ冒頭は葬送行進曲を思わせますが、今回のグリフィスはアラ・ブレーヴェを生かして、大きな2拍子でかなり流れよく進めています。

この楽章にはまた面白いエピソードがあります。1855年5月28日、この交響曲をロンドンで指揮したのが、なんとリヒャルト・ワーグナー。当時ポッターは62歳、ワーグナーは42歳でした。ポッターはこの楽章を遅く演奏すると聴衆が退屈するのではないかと心配し、かなり速いテンポを望んでいたのですが、ワーグナーは旋律をもっと歌わせるテンポを主張します。ワーグナーが実際に旋律を歌ってみせると、ポッターは「あなたが歌った、その通りに私はこの曲を書いたのです」と答えたという話まで残っています。

今回のグリフィスは、むしろAndante con motoとアラ・ブレーヴェを生かした動きのある演奏。ワーグナーが実際にどの程度のテンポで振ったのかは分かりませんが、少し違ったニュアンスだったのかもしれません。むしろグリフィスの方が、ポッターが当初求めた「前へ進む」方向に近いようにも感じられます。中間では葬送行進曲的な性格が英雄的なものへと大きく広がり、後半では独奏チェロ、コーダでは独奏ヴァイオリンが印象的です。

第3楽章 Scherzo Vivaceは再びト短調。突然の強奏や休止、アクセントのずれなど、かなりベートーヴェン的なスケルツォ。一方、変ホ長調のトリオは長いレガートの旋律を持つ穏やかな舞曲となり、この対照が面白い。

終楽章 Allegro assaiは2/4拍子で、16分音符がほとんど休むことなく走り続けます。展開部ではその細かな動きが対位法的に扱われ、最後は長いコーダで一気にクライマックスへ。なかなか爽快な終楽章です。

交響曲全体を通して、ベートーヴェン以後の交響曲であることを強く感じますが、それをそのまま模倣しているわけではなく、より軽快で明晰な音楽になっています。ワーグナーも自伝『わが生涯』でポッターを「古風ではあるが、なかなか愛すべき作曲家」と書き、この交響曲の明晰な対位法的書法を好意的に評価しています。

続いて1834年の交響曲 ニ長調。現存する交響曲を年代順に並べると、これがポッター最後の交響曲になります。

第1楽章はModerato assaiの序奏から始まり、ここに現れる上行する8分音符と、その反転形である下行音型が、続くAllegroでもさまざまな形で使われていきます。単なる序奏ではなく、楽章全体の素材を提示しているのですね。ト短調交響曲に比べると、こちらはニ長調らしい明るさと伸びやかさがありますが、構成はかなり緻密。一つの小さな動機から大きな楽章を組み立てるところには、やはりベートーヴェンから学んだものを感じます。

第2楽章 Andanteはヘ長調、6/8拍子。ホルンが静かに旋律を奏で、それを弦や木管が受けていく穏やかな間奏曲のような音楽。中央部では短調に移って少し緊張しますが、全体として非常に優雅で、この交響曲の中では特に美しい楽章だと思います。

第3楽章はニ短調のScherzoで、弱音で走り回る8分音符と突然現れる全合奏のファンファーレが鮮やか。

終楽章 Prestoはニ長調、6/8拍子。強烈な和音と細かな音符が駆け回る部分が交互に現れ、最初から最後まで運動性が途切れません。いったんロ短調へ大きく迂回するところなど和声の動きも面白く、最後は長いコーダで堂々と締めくくられます。

二つの交響曲を比べると、個人的にはト短調の方がより劇的で印象に残りますが、ニ長調の方は構成がさらに洗練され、ポッターの作曲技法がよく分かる作品だと感じました。

そして最後は《ヴァイオリン、ピアノと管弦楽のための協奏的二重奏曲》イ長調 作品14。これが意外に楽しい作品。ヴァイオリンとピアノの二重協奏曲のように見えますが、実際には二つの独奏楽器による二重奏が中心にあり、オーケストラはその区切りや転換点を作る役割を担っています。

第1楽章 Allegro con brioは、冒頭の管弦楽がわずか数拍で終わり、すぐにヴァイオリンとピアノが入ってくる。最初はまるでロマン派の甘いピアノ伴奏のヴァイオリン・ソナタのようで、これが新鮮です。二つの楽器が旋律を受け渡しながら華やかに進み、中盤ではそれまで短い区切り役だったオーケストラが比較的長く演奏し、独奏とオーケストラの関係が一度逆転します。

第2楽章 Andantinoはニ短調。ヴァイオリンとピアノが感傷的で美しいメロディをゆったりと歌い、中間部ではニ長調へ明るく変化します。室内楽のようでありながらバックにオーケストラが入ってくるところが面白い。

終楽章 Rondo. Allegrettoはイ長調。華やかなロンド主題が戻ってくる間に異なるエピソードが入り、最後はPiù prestoとなって一気に駆け抜ける。これは普通に楽しく聴ける曲ですね。

アリジャン・シュネルのヴァイオリンも、ジュリアン・トレヴェリアンのピアノも過度にソリスティックになりすぎず、二人のアンサンブルを大切にしています。

トレヴェリアンは以前以下でも取り上げました。知られていないけれど、とてもいいピアニストです。

そして今回もハワード・グリフィスの指揮がいい。こういう古典派から初期ロマン派の知られざる作品を演奏させると、本当に上手い人ですね。テンポを必要以上に重くせず、オーケストラをきちんと引き締めているので、ポッターの音楽が持つ構造や対位法的な動きがよく聞こえます。私が印象的だったフェルディナント・リースの交響曲全集もそうですが、こうした知られざる19世紀前半の管弦楽作品は、まさに得意分野なのでしょう。

BBCウェールズ・ナショナル管弦楽団もよく応えていて、各声部の動きが明瞭。録音も非常にいい。さすがcpoです。弦がぼやけず、木管やホルンの細かな動きもよく聞こえ、それでいてオーケストラが鳴り切ったところには十分な迫力があります。《協奏的二重奏曲》でもヴァイオリンとピアノが美しく捉えられています。

ということで、今回もかなり長くなってしまいました。ベートーヴェンやワーグナーとのエピソードも面白いですが、音楽もなかなか充実しています。《交響曲全集》第4集ということですが、第1集から通して聴いてみたくなりました。ワーグナーが実際に指揮した1832年のト短調交響曲、現存する最後の交響曲となる1834年のニ長調、そしてヴァイオリンとピアノによる楽しい《協奏的二重奏曲》。珍しい作曲家を発掘するという資料的な面白さだけではなく、音楽そのものを十分楽しませてくれるアルバムでありました。


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