コトノハ物語|物語を動かさなかった、その先で
人の機嫌が、
そのまま自分の価値みたいに感じていた頃がある。
相手が少し黙るだけで、
「あれ、私なにしたんやろう?」と考えるのが通常運転だった。
視線に過敏で、
比べては落ち込み、
勝手に意味を拾いにいく。
自分は自分、相手は相手。
そんな当たり前の線が、
うまく引けなかった。
今、こうして書きながら、
その頃の私を少し遠くから見ている私がいる。
そして今日。
あの頃ならきっとチクッとしていた場面で、
私は拍子抜けするくらい、
ふつうに立っていた。
これは、
頑張って変わった話ではなくて、
気づいたら、
少しだけ進んでいた話。
見かけるたびに、
胸の奥がチクっとする人がいたんです。
「会ったらどうしよう」
「どう振る舞えばいいやろう」
「また無視されたら…」
まだ起きてもいない未来を先に想像して、
勝手に不安になって、
勝手に傷ついていた。
以前、そのことを書いた記事はコチラにあります。
偶然、久しぶりに顔を合わせることになったんです。
子ども同士が先に声をかけ合って、
私はその流れに乗っただけだった。
「あ、」と身構える間もなく、
空気は固まらず、
会話はふつうに始まった。
拍子抜けするくらい、
ふつうだった。
相手が変わったのかどうかは分からない。
それは、きっとこれからも分からない。
でもひとつ分かったことがある。
私は、今日、
何も回収しなかった。
相手の表情の意味も、
声のトーンの裏側も、
「どっちが悪い」とか、
「誤解は解いたほうがいい」とか。
握ろうとしなかった。
少し前の私なら、
「波動が上がったのかも」と
言っていたかもしれない。
でも今回の感覚は、
もっと生活の延長にあった
ただ、
吸収しなかっただけ。
以前の記事で、私はこう書いた。
「何かあったらどうしよう?」と先を案ずるより、
何かあったときは、
何かあったときの私が考えればいい。
今日も呼吸が、ちゃんと続いている。
雲の上には、空が待ってくれている。
あのとき、
それ以上どうにかしようとせず、
「何かあったらその時、考えよう」と、
天に投げるみたいにして、
正直、忘れていた。
今日の再会は、
その続きみたいに感じた。
私が整えたわけじゃない。
準備したわけでもない。
ただ、
今日の私がそこにいただけ。
思い返せば、
ここまでの毎日は静かではなかった。
長男のことに揺れた私を完了させたり、
夫とのやり取りでハッとしたり、
次男と向き合いながら、
「それ、本当に私のせい?」と
何度も立ち止まった。
変わりたい、と願っていた頃は
何も変わらなかった。
でも、
一歩だけ違う選択をしてみたり、
ひとつだけ思い込みをほどいてみたり、
未来の自分を、今の私に連れてきたり、
派手な変化じゃないけれど、
地味に、真面目に、
自分と向き合ってきた時間があった。
そして自分の気分をよくすることを
中心に毎日を過ごし、
その積み重なりの先に、
今日があったのかもしれない。
だから、
今日うまくできた、って訳ではなく、
今日までの私が、
そこにただ、立っていただけ。
だからといって、
違和感がゼロになったわけではない。
ほんの少し残っているそれは、
シワくちゃに畳んでしまったシャツみたいなもの。
着た瞬間、
「あ、シワあるな」と気づく。
でも、
シャツはシャツ。
それ以上でも、それ以下でもない。
無理に伸ばさない日があっていい。
ピンとした日があってもいい。
結果は、
取りにいかなくても、
向こうから歩いてくることがある。
今日も呼吸が、ちゃんと続いている。
雲の上には、空が待ってくれている。
#コトノハものがたり #ナラティブ思考 #自分との対話 #人間関係の距離感 #在り方が変わる #回収しない #積み重ねの先
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これからも続けて書いていくので、
また読みに来てもらえたらうれしいです(^o^)
