考えるって難しいね
今日もメモ帳から抜粋しながら、昨日の続きを書いていきます。メモ帳に書いた時点の事を書いているので、”考え”自体は決定させていません。予測は可能性、”結び付け”でしかない、とも思う部分があるからです。
(大事な内容だけど、シモの事なので、苦手な方は避けて下さいね)
・・・
火曜日、朝の通常の排泄から、いきなりの残便感。暫く座った、長らく座り続けた。”引っ込みがつかない”錯覚に陥ってしまった。
私がまだ子供の頃、”母が対処に苦労した事がある”と言っていた事はハッキリと憶えている。キレた事はないけど必要以上に力まない様に、でもこの残っている感覚には耐えられず、トイレを出たり入ったりを1~2度くり返し、これは”しまうしかない”と思って、強引にその”感覚”に抵抗した。気持ちの悪さMAX、脂汗ジト~の最悪。
⦅一体、どうなっちゃったんだよ…⦆
そりゃ、思うわ。一気に何も分からなくなってしまったから。夕方から夜には微熱、寝る前には解熱鎮痛剤を服用した。
「腹」から感じるいつもの便意は全くない。オシリにある違和感だけ。これがもう強烈で姿勢によっては何度も刺激され本当に苦しかった。変に調べて思い込むのもアレと思い、見ていなかった情報を少し検索してみる。該当する病名は確かにあるけども、仮診断(チェック)すると殆どが当てはまらなくなる…。
そこから、「”ソコ”に意識を向けすぎて、神経を過敏にさせてしまった」と思い、できるだけ違う所へ意識を向け始めた。定期的に大きな”違和感”に強い刺激を受けて、何回かに一度はトイレに行った。粗相があってもいい様にナプキンは付けるようにしていた。
飲み食いする気が起きなくても、入れなければ仕方がない。
”食べる気がない”食欲不振、そして完全に消耗している自分、そんな中でもお腹は空いた合図を何度も送ってくる。そして弱く”食べたい”と思ったその時は見逃さなかった。朝昼に少量のおじやを食べた。
タマゴの味が非常に濃く感じていた。
いつもと変わらないはずの、今や”高級玉子”。この濃厚な味は最後の一口まで変わらなかった。それだけ一旦、感覚が遮断されていたという事だ。お昼も鎮痛剤を服用した。
⦅これ、運動しなけりゃマズいでしょう…⦆
誰にも会わない自宅の周辺だけワン散歩に行こう、一応パフォーマンスのマスクを付けて散歩へ。
少し気も晴れる。勿論ワン達は喜ぶ。できない時は仕方ないと思いつつ、でもやっぱりいつも思うのは、「やってあげたいと思っている事が”できたことに”自分が嬉しいと感じる事」、こんな時でさえ。
自分の事ができる事と、他者へのその行いとの間に「境」はない、そう思った。
ワン達はそれを喜んだのか、いつもと変わりない”散歩”を喜んだのか…、言ってしまえばそれは、こちらの結び付けでそう感じている話になるので、ここ迄で(笑)
帰宅して自律神経を落ち着かせるように呼吸をした。お茶を飲んで尿意を引き出すように”準備”しておいた。
呼吸によって間もなく眠くなり、30~40分夕寝。ピースの吠え声に何度も目覚めながら起床、尿意を感じてトイレへ。自然と行われた。
この後は、自分の”感覚間違いの矯正”と思い、違う方へ盛んに意識を向け続けた。
迷ったのには幾つも理由があった。
(痛みは感じなくても)タイミング的に”中間痛”の起こるあたり、下腹部に多少の張りが出てもいいタイミングだった。その時膀胱は圧迫される。通常便意を感じる場所に感じていない、だけどどこかが緊張状態なのか”大きな塊”がある事は始めから触って確認できている。この辺りの諸々が散々重なりに重なり過ぎて、「どこに・何を」を特定できずにいた。
たまに出る小さな塊。それで気分は少し楽になる。でもオシリに広がる違和感・痛みは解消されず、強い刺激が襲ってくる事に変わりはなく、まだ「分かっていなかった」私は、”引っ込め作戦”に動作を傾けていた。
トイレに行く度苦しさにもがき、脂汗。本当に何度も「助けてくれ」と思った(笑)
今月の20日(火)という今年の超ラッキーデーに絶不調になった事は、私は”必然”と受け取っていた。わざわざこの日にこんな目に遭うって、あり得ないから。そして、しっかりと「健康」という重ねwordも届いていてそれを強く確信していた。
そして、21日(水)の夜、違和感の刺激が頻繁に押し寄せ、今まで通りにしている事が難しくなって、何度かトイレに行き来を繰り返した挙句。遅い時間に漸く、その時がきた。
長い時間かけて、今までのオシリの刺激に別のシゲキが加わる感覚。「これはホンモノだろう」と感じ、粘る。出ない、シゲキ、粘る…。ポロポロっとがせいぜい。「力むといけない」という所で、力みたいのに逆の力を働かせるという、散々な動作を、身体がしてしまう。
個室が熱くて、ドアノブに手を伸ばして少し開けた、、?
⦅あれ、なんかシゲキが良い!イケるかも!!⦆
右手で、左手で、『助けて~~』のポーズをとり、自然な押し出しの力を使って、酷く尻は力む事なく確実な”生み出し”に成功した。やっと生まれたものを確認し、れっきとした「”便秘”だろう」と思った。
強烈な便秘と分かった瞬間、「風邪薬か」と結びついた。
オシリの違和感は一気になくなり(当たり前だ(笑))、スッキリして落ち着いてから調べた。
説明書には分かりやすくは書いていなかったけど、ネットで調べると結構”有名”である事を知って、ビックリした。
いやきっと、私もどこか遠くでは経験があるか、知っているから”結びついた”のだと思うのだけども、「抗ヒスタミンは、腸の働きも抑制する」という事を私は知らなかった。
今回は、珍しくこの風邪薬をいつもよりは多く飲んだ事、薬は18日(日)の夜までで終わらせていた事、他、前出のような他の条件も重なって、私は何も分かる事ができなかった、という事が分かった。
いつもが健康でいられる事は、本当に恵まれているし、有難い事と思っている。
だけど、それによってさえも、”完全な無知になってしまう”という事をかなり苦しい思いをして経験させられた。
そしてこの”経験”だけでなく、この”ケツ論”に行きつくまでに得た情報の方にも結構大切と思う事はあって、座る時間が長くなっている事、腸をきちんと動かすことを意識する様に、それに関する運動を心がける事をしようと思った。
便秘と思った時に”下剤”が頭をよぎったものの、大して食べていない事による”カサ”の量を考えて、少し意識的に食べるという事へも注意をし直した。
・・・
今回のこの6月。
私にとっては、「身体」の事にしっかりと意識を向けさせられる様な出来事が起きている。
”予測”って、結構当たる時があります。
私に”不足”していると思われる感覚の事が浮かんでいた。
そしてそれは、最近までに、聴覚・嗅覚と意識に上がっていて、「触覚・味覚は実感がない」と感じていた。
今回の中にそれらを感じる事が入って来て、「やっぱり”感覚”か…」と思った。
感覚の中には神経の誤作動による”錯覚”もある。それも併せて考えないとやっぱり分からないものがある。そして更に。
初めての事は全てが”可能性”だけで、全く予測がつかない、という事。
だから、やってみた事しか分からないし、経験者しか分からないという事を思い知った。
(あとで、神に文句言ったるからな(-_-メ))
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