#41.タイムラインのジャングルでスワヒリ語に会う
スワヒリ語は「どれくらい大きな言語」なのか
スワヒリ語は、アフリカの中でも間違いなく大言語の一つだ。
母語話者はおよそ 500万人、
第二言語話者を含めると 3,000万人〜5,000万規模とも言われている。
主に話されている国は ケニア、タンザニア、ウガンダ。
特にタンザニアでは事実上の国民語として機能している。
ただ、私がこの言語に強い印象を持つようになったきっかけは、教科書でも統計でもなかった。
きっかけは X(旧Twitter)のタイムラインだった。
普通の人が見ない場所で見たスワヒリ語
2024年ごろ、Xを観察していると、東アフリカ系のいわゆる
「インプレゾンビ」と呼ばれる集団が目につくようになった。
彼らは日本語で大量のスパム的リプライを書き散らす一方で、
東アフリカのインプレゾンビたちは自分たち同士のやり取りで
スワヒリ語を使っていた。
しかも、そこに出てくるスワヒリ語が普通ではない。
英語が混ざり、文法が崩れ、スワヒリ語なのか英語なのか一瞬迷うような、ハイブリッド言語だった。
正直に言えば、普通の人は、こんな場所を見ない。
まるで魚釣りをしにきて、水辺の石をひっくり返したら
訳のわからない節足動物がワッと這い出してきたような感覚。
私自身も、言語に興味がなければ絶対に気づかなかったと思う。
だが、その「タイムラインの裏側」で、
遠いアフリカで使われてるはずのスワヒリ語は
確かに生きた大言語として機能していたのである。
「バントゥー語」という巨大な世界の一部
スワヒリ語は、バントゥー諸語に属する。
日本ではあまり聞き慣れないが、
これはアフリカを代表する巨大な言語グループだ。
さらに大きな枠組みで見ると、スワヒリ語は
ニジェール・コンゴ語族
という、地理的にも話者数的にもアフリカ最大の語族に含まれている。
他のアフリカの語族に関しての細かい話は違う記事に譲ろうと思う。
下記の地図を見て、茶色が全てスワヒリ語の仲間であり、
「とても広い!」

この語族はあまりにも多様すぎるため、一括りに語るのが難しい。
大まかに見ると、
西アフリカ側:声調が強く、単語が比較的独立する傾向にあるが、特殊な言語も多い。例えばきもち悪い文法、略してキモ文法を持つウォロフ語やman languageとwoman langageに分類し、使用者の生物学的な性別に合わせて、使う社会言語学的にも人類学的にも興味深いウバン語のような言葉がある。
東・南アフリカ側(バントゥー諸語):
名詞クラスが発達
単語がパズルのように結合
文全体が「一語」に近づく
という対照が見えてくる。
スワヒリ語は、はっきりと後者だ。
「私はスワヒリ語を勉強している」が一語になる言語
英語なら
I study Swahili
日本語なら
私はスワヒリ語を勉強している
だが、スワヒリ語ではこうなる。
Ninasoma Kiswahili.
後半の Kiswahili は分かりやすい。
問題は前半の Ninasoma だ。
これを分解すると、
Ni-:私(主語)
-na-:現在形
-soma:勉強する・読む
つまり、「私は勉強している」が一つの動詞の塊になっている。
さらにやっかいなのは、否定には否定専用の接頭辞もあることだ。
語彙を覚える以前に、「頭」を大量に覚えなければならない。
最初に触れたとき、
「これは語学というより、組み立て作業では?」
と本気で思った。
アラビア語の影が濃く残る言語
とはいえ、スワヒリ語は完全に閉じた世界ではない。
この言語は、バントゥー語を基盤に、アラビア語との長い接触の中で形成された言語だ。
そのため、
数字
宗教語彙
日常語
の至る所に、アラビア語由来の単語が入り込んでいる。
アラビア語を学んだ経験がある人なら、
「あ、これ見たことがある」
と感じる瞬間が確実にある。
地方によっては「よりバントゥー的なスワヒリ語」が残っているとも聞く。
が、実際にどこまで差があるのかは、まだ私自身も確かめ切れていない。
じわりじわりと増えるスワヒリ語
最近はアフリカンフェスティバルも増えてきて、
スワヒリ語圏の人と出会うことも増えたように思う。
関西にはスワヒリ語圏のレストランもある。
「日本でスワヒリ語に触れる機会なんてない」
と思われがちだが、実はそうでもなくなってきている日本なのである。
そして驚くことに、日本では
スワヒリ語スピーチコンテストが35回以上開催されている。
静かだが、確実に存在感を増している言語だと感じる。
どんな人にスワヒリ語はおすすめか
スワヒリ語は、構造理解と名詞クラスの仕組みの勉強に
時間がかかるし、致命的なことに「役に立つから学ぶ言語」ではない。
だからこそ、向いている人と向いていない人が、かなりはっきり分かれる。
① 語学を「構造」で楽しめる人
単語を暗記するよりも、
「なぜこうなるのか」
「どう組み立てられているのか」
を考えるのが好きな人には、スワヒリ語は相性がいい。
主語・時制・否定が、動詞の中にパズルのように組み込まれていく感覚は、
英語やヨーロッパ諸語ではなかなか味わえない。
語学というより、
構文を組み立てる作業が楽しい人に向いている。
② 英語・アラビア語を少しでも触ったことがある人
文法の発想はバントゥー的でまったく別物だが、
語彙の一部にはアラビア語由来の単語が大量にある。
アラビア語をかじったことがある人なら、
「見覚えのある単語」が思いがけないところで出てくる。
また、現代のスワヒリ語は英語との接触も激しい。
英語に慣れている人ほど、実際の使用場面では戸惑いにくい。
③ ヨーロッパ語に少し飽きてきた人
フランス語、ドイツ語、スペイン語。
一通り触ってきて、
「また同じような文法だな」
と感じ始めた人には、スワヒリ語は強い刺激になる。
語順、語形変化、名詞クラス。
発想そのものが違うので、言語観が一段階広がり、楽しい。
語学に飽きてきたマンネリを打破できるかもしれない。
④ 少数派であることを気にしない人
日本でスワヒリ語を学んでいる人は、正直かなり少ない。
話せても、披露する場は限られる。
それでも、
「誰もやっていないからこそ面白い」
と思える人には、これ以上ない言語だ。
誰もが特別になり、アフリカに行っても、
スワヒリ語を話すアジア人は面白がられるはずだ。
じゃあ、向いていない人は?
逆に、
すぐ使える実用性を求める人
単語暗記中心で進めたい人
短期間で成果が欲しい人
には、スワヒリ語はかなり厳しい。というかやめたほうがいい。
この言語は、先に述べたように
急がせてくれない。
東アフリカに転勤にならない限り、
このような上昇思考のニーズを埋めてくれるのは難しいのでは。
どうやって学ぶ?
あえてそんな世界に飛び込んでみよう、かじってみようと思った
そこのあなたのために、本を3冊紹介しておこう。
日本語で学ぶなら、次の3冊を役割分担して併用するのが現実的。
『ニューエクスプレスプラス スワヒリ語』(竹村景子)
→ 無理のないペースで文法を押さえるメイン教材
『スワヒリ語(大阪大学 世界の言語シリーズ)』(小森淳子)
→ 語彙量が多く、副教材として優秀
『スワヒリ語文法』(中島久)
→ 細かい文法確認・リファレンス用
一冊で完結させようとすると挫折しやすい。
役割を分けるのがコツだ。
中島の本は文法書なので硬いが、
「名詞クラスときびだんご」の話のように
ユニークなエッセイが書かれているのも魅力であるy
まとめ
スワヒリ語は、
教科書で見ると難解
文法はパズル的
意外とインプレゾンビが使っていた
そんな、一筋縄ではいかない言語だ。
それでも、
アフリカの都市、SNS、音楽、移動の現場で、
この言語は確かに「生きている」。
しかも、スワヒリ語をはじめ、他の言語が混じった
シェン語というピジン言語のようなものも
現地では発達しているらしい。
私にとってスワヒリ語は、
アフリカではなく、SNSで出会った言語だった。
普通の人が見なくてもいい場所を見て、
普通の人が聞かなくてもいい会話を聞いて、
そこで生きている言語に出会ったのである。
きれいではないが、
確かに現実の中にある言語。
アフリカのゾンビの喧騒の中にある言語。
しかし、アフリカ有数の歴史があり、
最大のバントゥー語の一つでもある。
そんな言語とXのタイムラインのジャングルで
出会ってしまった。
しかし、それはゾンビの言語ではなく
まさしく人間らしい言語であったのである。
コロナの時と文筆スタイル全然変わってて自分でも笑う
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