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空から落ちてきた少女が俺に世界の敵と言った第14話 「辿り着けなかった未来」

第14話

白い朝の光が、静かに部屋へ差し込んでいる。

その光景は、

記憶というには温かすぎて。

現実というには優しすぎた。

窓の向こうには、赤茶けた火星の空が広がっていた。

居住ドームの透明な天蓋越しに、輸送車両が弧を描くように走っている。

朝のアナウンスが小さく流れている。

ここでは、それが当たり前だった。

キッチンから、皿を置く音。

焼いたパンの匂い。

コーヒーの湯気。

カイは椅子に座ったまま、小さく息を吐く。

「また工具そのまま」

紗那が呆れた声を出す。

振り返ると、作業机に置きっぱなしの工具を片手でまとめていた。

「あとで片付けるって」

「昨日も聞いた」

紗那は小さく笑う。

カイはその光景を見ながら、不意に妙な感覚を覚える。

――この朝を知っている。

初めてじゃない。

そしてその瞬間。

カイの視界の端に、ほんの一瞬だけ“光の残像”が走った。

何かがそこにあった気がする。

形にならない違和感だけが、視界の奥に残る。

(……なんだ?)

次の瞬間には消えていた。

奥の部屋から、小さな足音。

ぱたぱたと床を鳴らしながら、ルナが出てくる。

まだ少し眠そうな顔。

それでも真っ直ぐカイのところへ来て、服の裾を掴む。

「お父さん」

紗那がコーヒーを置きながら笑う。

「最近、起きると真っ先にあなたを探すの」

ルナは嬉しそうにカイを見上げている。

カイは小さく笑う。

「……そうか」

食器の音が遠のく。

空気がわずかに揺れる。

ルナが首をかしげる。

「今、変じゃなかった?」

カイは首を振る。

「気のせいだろ」

紗那は何も言わない。

ただ一瞬だけ、カイの顔を見て視線を止める。

「どうした?」

カイが聞く。

紗那は首を振る。

「……ううん」

紗那は小さく笑う。

だがその笑みは、ほんの一瞬だけ揺れていた。

カイは立ち上がる。

上着を取る。

「行ってくる」

紗那は頷く。

「うん。いってらっしゃい」

ルナは小さく手を振る。

「今日は早く帰ってくる?」

カイは笑う。

「当たり前だろ」

何かが聞こえた気がした。

言葉ではない。

記憶でもない。

ただ、

まだ形になっていない何かだけが残っていた。

カイは一瞬だけ眉をひそめる。

だがすぐに消える。

紗那は静かにカイを見る。

なぜか、その横顔から目を離せなかった。

カイは扉へ向かう。

手を掛ける。

振り返って笑う。

「夕飯までには戻るよ」

扉を開く。

赤茶けた火星の空。

輸送車両の軌道。

いつもの朝。

カイはその中へ歩き出す。

そして。

扉が閉まる。

静かに。

その日。

カイは帰らなかった。

事故の発生は確認された。

だが、その瞬間の記録だけが失われていた。

残された記録は、ただ一つだった。

旧火星文明遺跡区画における“観測不能事故”。

それ以上は残らなかった。

夕方。

扉は開かない。

時間だけが静かに過ぎていく。

ルナが小さく言う。

「……お父さん、まだ?」

紗那はすぐには答えない。

ただ閉じた扉を見ていた。

まだ諦めていない人の目だった。

だからきっと。

この光景は。

辿り着けたはずの未来だった。

だが、その未来に。

カイは辿り着けなかった。


辿り着けなかった未来

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