カーブドッチ物語 #06|帰ってきたら一大事
資本金が集まり、製造場の用地も見つかり、ようやく会社設立の目処が立ちました。次のステップは、海外研修と称した旅行。行き先は、フランスのボルドーとブルゴーニュ、そしてドイツです。
ワインの二大産地を巡り、製造機器を発注する10日間の旅でした。ワインづくりに関しては、専門家の落さんを除けばド素人の集まり。ですが、最高級のワインが生まれる現場を見れば、素人でも得るものがあるに違いないと考えたのです。
いざ、ワインの本場へ
最初に訪れたのは、フランスの大西洋沿岸に広がる銘醸地・ボルドーです。
シャトー(ワイナリー)は、どこもお城のような建物ばかり! オーナーには、貴族の名門一族やギリシャの船舶王、アメリカのIT長者、有名ファッションブランドなど、名だたる顔ぶれが並びます。


この地のシャトーを所有することが、世界の成功者たちの最後の望み。自家用ヘリで贅を尽くしたシャトーを訪れるのが、彼らの楽しみなのだそう。観光客を受け入れているにも関わらず、ワインは売ってもらえませんでした。すでに世界中に買い手が決まっているからです。
ローマ時代から続く歴史と圧倒的な格式。スケールが大きすぎて、全く参考にならず、ただただ圧倒されるばかりです。ボルドーのシャトーは、新参者の私たちにはあまりに遠い存在でした。

まん丸でミルクのように美味でした
家庭的で素朴なブルゴーニュ
一旦パリに戻り、特急列車で南へ約二時間。次に向かったブルゴーニュは、ボルドーとは違う空気をまとった産地でした。
ワイン産地の中心「黄金の丘(コート・ドール)」にあるヴォーネ・ロマネ村。この地域では、ワイナリーはドメーヌと呼ばれ、ほとんどが家族経営です。
ぶどうの栽培から醸造まで、ワイン農家が一貫して手掛けていました。

知人の紹介で伺ったのは、1620年創業の名門ドメーヌ「モンジャール・ミニュレ」。7代目の当主ジャンさんご夫妻が、温かく迎えてくださいました。造り手自らの手で注がれるワインに、じんわりと感動したのを覚えています。
ちょうどその時、小学校から帰ってきたお孫さんが玄関に飛び込んできました。ジャンさんはうれしそうにその子を抱きかかえ、「やっと新しいのを買ってやったんだ」とピカピカの運動靴を見せてくれたのです。
その家庭的で質素な暮らしぶりと、英国の女王陛下にも届けられるというワインとのギャップ。目の前の光景が、にわかには信じられませんでした。

サクサクして赤ワインとよく合いました
製造機器の手配と、ドイツの家系図
その後、パリからドイツ・フランクフルトへ移動し、タンクやぶどうしぼり機、除梗破砕機、ろ過機といった製造機器の発注も無事完了。訪問したのは5月だったので、約一年後の夏には船便で新潟に届くはずです。
ドイツにもワイナリーがたくさんあります。両隣も、お向かいも、あちこちワイナリーばかりが当たり前。

家の壁には大きな家系図が掲げられ、10世代以上にわたるワイン農家の歴史が記されています。大きく枝を広げたぶどうの木の、末端の枝先が自分たちの代ということでした。お客様も代々変わらず、まさにワインと共に生きる土地。ここでも、連綿と続く歴史と伝統に驚くばかりでした。
これなら私たちにもできるのでは
ヨーロッパには、長い時間をかけて育まれたワイン文化が根付いていました。買い支えてくれる地元の顧客、整備された販売ルート、栽培と醸造に集中できる体制。とてもじゃないけれど、真似できるものではありません。
新参者の私たちには、やはり難しい…。そう思いかけた時、「ナパ・バレーが面白いらしい」という噂を耳にします。
無名だったカリフォルニアの地が、世界的なワイン産地として注目されている。そんな話に胸を躍らせ、再び旅支度を整えました。
アメリカで見つけた「ワインの楽園」
ナパに到着してみると、そこはまさにワインの楽園でした。

一面のぶどう畑に、点在するワイナリー。周辺にはレストランやホテル、ワインマルシェ、料理学校、美術館にスパ。観光列車「ワイントレイン」に乗れば、美味しいランチとナパのワインを楽しみながらぶどう畑を一周できます。
一年を通じてフェスが開催され、空には気球が浮かび、まさにテーマパークのような賑わいでした。
造りはヨーロッパ、魅せ方はナパから
でも、テーマパークがナパ・バレーに敵わないのは、ワイン造りという確かな「生業(なりわい)」があること。
世界中のワインラバーたちがワイナリーをまわり、お気に入りのワインを見つけてはまとめ買いしていきます。どこにいてもぶどう畑が借景で、建物はオーナーの出身国ごとの個性が光るデザインで…。「なんて素敵なんだろう!」と心から思いました。

ワインそのもののつくり方は、ヨーロッパをお手本に。産地の見せ方やブランドの築き方は、ナパ・バレーのように。そうすれば、私たちにもできるかも! 今度は確かな手応えを得て、日本に帰ってきたのです。
【ワインの違い】
ボルドーとブルゴーニュのワインの違いは、ワインの輸入専門店によると、以下の通り。
[ボルドー]
カベルネソーヴィニヨンを主体にして複数の品種をブレンドしている。濃紫赤色で、味わいは力強く濃厚。熟成と共に渋みが柔らかくなる長熟タイプ。
[ブルゴーニュ]
ピノ・ノアール、シャルドネなどの単一品種で造ることが多い。透き通るほどに淡く、鮮やか。エレガントで若いうちから美味しく、熟成と共にさらに優美で絹のような滑らかさが増す。
帰ってきたら一大事
海外研修の熱も冷めやらぬうち、落さんの資産家の友人から電話が。
「まずいことになった。家業が思わしくなくて、親父から『遊んでいる場合じゃない』と叱られて…」
要するに、ワイン事業からは手を引きたい。出資金もできれば返してほしい、と言うのです。
これは大ピンチ! 資本金で土地を買ってしまったし、これから運転資金も必要です。製造場の設計もできています。さらにこの話を聞いて、当然のことながらバス会社からも同じ申し入れがありました。
頼りにしていた二人が同時に降り、残った8人は頭を抱えます。自分のお金はこれ以上は出せないというのが大方の意見でした。「今なら被害もないから辞められる」と、ここからが早かった。一人、二人と離脱して連絡が取れなくなり、あっという間に空中分解してしまったのです。
あんなにみんなやる気になっていたのに…。さて、私はどうしましょう?
あっという間の人生が終わる前に
確かに、今なら引き返せます。まだ私の会社であるミズ・ファクトリーが健在。知らん顔して鎌倉に戻れば、何もなかったことにできそうです。けれども、3,000本も植えたぶどう畑はどうしよう。
本音を言うと、立ち上げが順調で、利益が出るようになれば、将来は左うちわ。老後も安心。そう考えていました。
でも、そんな甘い話はなかった。やっぱり自己資金なしで新規事業なんて、無謀だったのでしょうか?
その時、社長の落さんが言いました。「事業は、自分のお金でやるもんじゃない。人のお金で立ち上げて、儲けたら恩返しすればいい。お金が貯まるのを待っていたら人生が終わっちゃうよ。楽しいことをやれば、絶対にお金は付いてくる」
無心になって、欲を捨てる。楽しいことのために動く。なんとも楽天的ですが、不思議と納得しました。
失敗しても、失うものは何もない
そんな矢先、鎌倉に居た弟が「姉貴、失業しちゃったよ。上司とそりが合わなくて辞表を出したんだ。何か仕事ない?」と言うではありませんか。
「新潟でぶどう栽培、やってみる?」と聞くと、「いいね」と思わぬ答え。他に仕事が見つかるまで、単身で引っ越してもいいと非常に協力的です。
諦めるのは、まだ早い。元々財産があるわけではないから、失うものもありません。失敗しても、命までは取られない。それに、つくり手の落さんがいるのだから何とかなりそうです。そう思えた瞬間、腹が決まりました。
最終的に出した答えは、シンプルです。
1.事業のオーナーシップは捨てる
2.株式会社の経営者としてやってみる
3.必要な資金を集め、銀行に融資を頼む
残ったのは、落さんと、その弟。そして私と、私の弟。楽天的なふたりと、献身的な身内のふたり。4人で、もう一度始めてみることにしたのです。
今回はここまで。次回もお楽しみに。
