見出し画像

SP2(無償追補パック第二弾 Ver.5)

おことわり

※ この「SP2」は7/10公開の下記note記事、「SP1」を踏まえた続編になっています。6月の拙著『中国の変調とその背景』刊行以降7月までの出来事はSP1に収め、8月以降の出来事についてはこのSP2に収録してゆきます。
当記事だけでも完結して読めるようになっていますが、より詳しくお知りになりたい方は下記のリンク先「SP1」ならびに、既刊の前掲書を併せてご覧ください。「SP1」には本書の正誤表も収録しています。

1. はじめに

※ 以下の「1.はじめに」は上掲「SP1」の「1.はじめに」と同文を挿入したものですので、「SP1」から続けてご覧になる場合には飛ばしていただき、「2.今回の加筆内容」からご覧ください。

この度は拙著のご購入、誠に有難うございました。「はしがき」「あとがき」に予告しましたとおり、なにぶん本書はまだ史書ではなく、現在進行中の現実が相手ですので、当面の期間、このサイトを本書の訂正・増補のための特設サイトとし、愛読者サービスとして、こちらで本書の内容を随時補ってゆきます。ログインも不要な無償でのご提供とさせていただき、本書の改訂版が出るさいに、その本文に反映させる予定でいます。いうなれば、デジタル空間上で「成長する本」という趣向であります。
更新は不定期となりますが、本書を最初に読了されるまでの間、またその後も気になられたさいに、ときどきチェックしていただけましたら幸いです。


2. 25年9月以降の主要な出来事

なお以下で㉘等の、途中から始まっている数字は、前掲書の各章の続きとしての通し番号になっています(たとえば真下の場合であれば、当記事に先行する前掲の追補版「SP1」の第4章第1節の加筆分が㉗番までで終わっており、その続きとしての㉘番という意味)。

〔 第4章(人民解放軍篇)第1節の続編 〕
9月12日、全国人民代表大会(全人代)常務委員会は、人民武装警察部隊(武警、機動隊に相当)の王春寧前司令官の全人代代表(国会議員に相当)の任を解くと発表した

㉙ 10月16日、全人代は、この王春寧の解任理由について「重大な規律違反」であったことを公表する。

10月17日、四中全会(第20期中央委員会第4回全体会議)を週明けに控え、中国国防部(国防省)は中央軍事委員会の何衛東副主席以下の上将(大将に相当)9人について、その党籍と軍籍を剝奪すると発表した。CCTVはこれを定時のニュースで伝えなかった。

㉛ 10月20日から開催された四中全会において、中央委員の資格をもつ現役の軍幹部と元幹部42人中、6割を超える27人が欠席した。

㉜ 11月5日、海南省で中国海軍の3隻めとなる空母「福建」の就役式典が開催され、習近平が中央軍事委員会主席として出席したものの、副主席の張又侠は欠席した。その一方、同月9日に広東省で開幕した第15回全国運動会(国民スポーツ大会)の開会式のスポーツ界の代表との記念撮影では張又侠は習近平の隣席に座った。

〔 第4章第2節の続編 〕
㉘㉙に関連して、王春寧(本書p.58参照)は党中央委員でもありました。なおこのさいに併せて張林(中央軍事委 後勤保障部部長)、高大光(聯勤保障部隊 政治委員)、汪志斌(ロケット軍共産党規律検査委 書記)の3名も全人代代表の職務を罷免されています。王春寧は上将で、それ以外の3名はいずれも中将でした。
㉘は翌週月曜日からの四中全会開催をにらんで前週の木曜日に、㉙は金曜日を選んで公表されたもので、四中全会に向けた布石として前もって行われた措置です。これを承けて四中全会の会期中に、後任の補充が行われるわけですから、この処分はすでに後任の人選までもが事前に済んでいることを意味しています。

㉚㉛についてもまとめて扱います。何衛東以下については本書(pp.61-62)にも詳述したとおり、すでに実質的には失脚していましたので、それがこのタイミングで確定したというだけで、何の驚きもありません。もっとも、㉚で四中全会を待たずに軍の側から何衛東以下の処分が公表されていることに関しては、プロセスとしてあきらかに軍の側の党に対する越権であり、中央軍事委員会の上席の副主席である張又侠の軍に対する指導権が、主席の習近平を凌駕していると取ることもできます。何衛東以下に対する処分が四中全会で決して覆されないように、張又侠が先手を取ったとも解釈できるからです

図 1. 異例の欠席者数
(出所:  「4中全会の党幹部欠席は49人」『日本経済新聞』2025年10月24日付け
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM23BZH0T21C25A0000000/)

図1は習政権3期(1期5年)の全会の欠席者数を示すもので、棒グラフの最初の7本が第1期、中間の7本が第2期、そして最後の4本が今期の分です。ここからは今回の全会の欠席率が異様に高いことが分かりますし、仔細に見れば各期の終わりにかけて欠席者(高齢者が5年の任期のうちに亡くなってゆく場合も含むが、多くは失脚者ならびに反腐敗闘争により取り調べられている者)が増えてゆく傾向が読み取れ、それにしても今期はまだ全会を4回しか開催していないにも関わらず、過去2回の任期と比較すれば政権はすでに末期的な状態を呈していることも分かります。1年前の三中全会が、いかに大きな転機であったかを数量的に如実に示すものです。またこれと㉛を突き合わせれば、軍関連の委員に関する摘発があまりにも多いことが見て取れます。
さて今回の四中全会(10/20-23)では、㉙㉚として前週に示されていた以上の大きな人事は発表されませんでした。注目点としては、失脚した何衛東に代わる、中央軍事委員会の副主席(同委ナンバー3、制服組としては張又侠に次ぐナンバー2)として古株の張昇民(軍紀律検査委員会書記)が昇格したことぐらいです。事前の具体的な人名を挙げた観測としては、相対的に年少の劉振立(中央軍事委員会連合参謀部参謀長)が何衛東の後釜に昇格するとの見方や、張昇民はせいぜい苗華(やはり失脚した同委ナンバー5)の後任の政治工作部主任留まりといったものが出ていました。張昇民は上席の副主席である張又侠の元部下ですから、張又侠による人民解放軍の掌握はますます堅固なものとなっています
このさいにも、中央軍事委の委員の新規の補充は行われず、定員7名中で欠員3名という異常事態は解消されていませんので、今回の全会では従来からあまり大きく軌道修正を図ることはできなかったということがいえます。5年ごとに開催される党大会の合間に開催される全会は7回ですので、党大会を待たずに次の五中全会において重大な決定がなされる可能性は残っています(もっとも三中全会が1年遅れで開催されたあおりで、今回の四中全会は本来は五中全会で取り上げられるべき5ヶ年計画を討議していますので、今期は六中全会までで、最後の七中全会は開催されないかもしれません)。
党と軍の現役のトップ層である政治局員や中央軍事委員の数が次々に減ってゆくばかりで、いっこうに補充されないという習政権のミステリーについては、図1からも読み取れるように次の新体制の発足を待っているからに他ならないからでしょう。今の習政権に先がないことは明らかで、中途半端な委員の差し替えによる政権の延命は認められていないのです。そしておそらくそれは、勢力を盛り返して実質的な権力を握った温家宝・胡錦濤らの長老グループによるものでしょう。今日の中国の指導部は集団的な鄧小平指導体制のようなもので、背後にいる長老の指図によって重要な事柄は決定されており、習への権力の委任はほぼ終わってしまっているのです。そう考えれば唯一、この事態は説明がつきます。さもなければ日経の中沢氏のように、周囲による習近平個人への異様な忖度という珍妙な説明にしかなりません *1)

中国では、党の暴力装置としての人民解放軍を押さえることなく、党を支配することはできません。これまでの展開を誰が見たとしても、習派はすでに軍の上層部から一掃されており、もはや習近平は軍内の手足を完全にもがれた形です。国内の大マスコミは依然として「習近平独裁」といった記事を掲げていて、今回の四中全会前の習派の軍幹部の一掃があたかも習近平中央軍事委員会主席の意思で行われたという論調が目立ちますが、習派が依然として実権を握っているのであれば、自派の幹部を全員切るような人事がなされるはずはありません。習近平は表向き、従来どおりに党と軍のトップに収まっているのですが、1970年代の華国鋒体制の後期と同様、その実権はすでに奪われてしまっていて、実態はお飾りの状態です。この辺りが同じ社会主義を標榜していても旧ソ連と中国が違うところで、トップがやがて権力を失ったとしても、文化大革命とか天安門事件のような動乱の渦中でないかぎりは、にわかに解任されることはないのです。国家の対面が重視されます。
何衛東は今期(第20期)の軍指導部の陣容として、習による異例の抜擢*2)によって中央軍事委員会(人民解放軍の指導部)のナンバー3である副主席に引き上げられており、習派の軍掌握の最大の要となる人物でした。上述のそれ以外の軍幹部もまた、軍の主要な部隊のトップや、人事・統制面でのトップという軍掌握の要ばかりであり、長らく取り調べを受けていた彼らが今回、一斉に解任されたということはすなわち、習派が軍権を完全に失ったことを意味しています。
何衛東は17名いる政治局員の一人で、現役の政治局員が失脚するのは2017年に権力闘争に敗れて重慶市書記を解任された孫政才以来であり、まして現役の中央軍事委副主席が失脚するのは文化大革命の初期まで遡らないと先例がないのですから、この四中全会の序曲としての展開だけでも大変な事態です
何衛東以下の9名の解任理由は、いずれも汚職とされています。本書で再三述べてきたように、中国の要人は習近平以下、その出世の過程で大なり小なり収賄を繰り返して蓄財してきていますので、叩けば埃が出る人物ばかりです。したがって、これまでは黙認されてきた規律違反は本当の解任理由ではなく、本当の理由は習派の権勢の衰えによって、彼らがもはやそのポストには留まれなくなったことによるものです。軍籍はともかく、党籍まで剥奪するのは、中国ではさまざまな特権を失ってただの人になることで、一般人と変わらない身分に落ちることですから、彼らが人生で積み上げてきたものの全否定となります。これまでに前例がないわけではありませんが、きわめて重い処分です(p.28参照)。
実際には何衛東は25年3月の全国人民代表大会以来、重要な行事に姿を見せておらず、その動静は半年以上も途絶えていましたので(p.49他)、この間に取り調べが進んでいたことはあきらかで、外部からは事実上失脚したものと見なされていました。
この期に及んでもなお、「習近平一強」という過去の幻想に囚われたまま、中央軍事委員会主席(軍のトップ)である習の意思によってこの種の腐敗摘発の人事がなされているという仮定に立って、いつまでも報道に当たっている勘の悪い記者たちは、いい加減に目を覚ますべきです。もろもろの状況証拠から、習派はもはや権力を失ってしまっていると観るのが自然なものの見方というものです。以下に、何衛東・王春寧以外の失脚者7名の一覧を掲げておきましょう。
苗華(p.47参照、軍内序列5位の政治局員・中央軍事委員会前委員ながら24年11月に停職、政治工作部元主任)、何宏軍(p.63、政治工作部の元常務副主任)、王秀斌(p.36、軍事委聯合作戦指揮センター前常務副主任)、林向陽(東部戦区前司令官)、秦樹桐(p.57、陸軍前政治委員)、袁華智(p.58、海軍前政治委員)、王厚斌(ロケット軍前司令官)。このうち、王厚斌を除く全員が、今回の四中全会のメンバーである党の中央委員の任にありました。

㉜はこれまた、中国の最高指導部における権力闘争の大きなミステリーを提示しています。張又侠は何衛東の後任として新任の中央軍事委副主席に就いた張昇民に、新造空母の式典を任せる一方で自身は意図的にこれを欠席して存在感を示したと取れるからです。しかも前回の第二空母の就役にさいしては、5千人の海軍軍人を動員したにも関わらず、今回は2千人しか動員しておらず、主席としての習近平の扱いを意図的に格下げしている可能性があります。主要メディアがこの式典について2日間報道しなかったことも、憶測を呼んでいます。
また直後に開催された全国運動会(4年に一度開催)には、党中央を仕切る中央弁公室主任が必ず出席してきましたが、今回は中央弁公室主任の蔡奇(中央政治局常務委員)が欠席しています。張又侠の職務はスポーツと何の関わりもありませんから、彼の出席は奇異に感じられますが、これについては前回も中央軍事委副主席が習の隣に座っていましたので、各界を代表しての参加ということで不思議はありません。本当の問題は当日の席次です。

画像1. 今回の全国運動会の席次
画像2. 前回(第14回)当時の席次

2枚の画像で、唯一着座している1列めの要人の配置を対比すれば、前回は中央軍事委主席と副主席の席は他の要人と等間隔でしたが、今回は習と張の間だけが特に空けられていて、同格の立場にある両者が別格の扱いを受けていることを示す空間配置になっています。蔡奇の異例の欠席とともに、このことがさまざまな憶測を呼んでおり、張又侠の権力の増大に加えて、国家イベントでの習近平の随員が格下げされたことの現れとも、習の最側近である蔡奇までもが取り調べを受けていることを示すものとも取り沙汰されているのです。

〔 第5章(国務院篇)第1節の続編 〕
⑮ 8月22日、英ロイター通信は習近平主席が10月下旬に開催されるASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議に出席する可能性が低く、代わりに李強総理が代表団を率いると報じた
⑯ 11月13日、農業農村部(農業省)は雲南省で貧困脱却住民の就労と雇用に関する会議を開催した。

〔 第5章第2節の続編 〕
⑮について、ロイターは2名の事情通の話として伝えています。本書中でFTが報道した内容はあとになって成就していると記しましたが(本書p.46)、ロイターにしても英米の権威あるメディアがここまで報道するからには、複数の異なるルートの信頼できるソースからの裏取りをして確証を得たうえでのことです。
ロイターの原文では、この箇所は「two regional sources」という表現になっており、また前後してマレーシア首相府に対してアンワル首相が与えた指示について述べていることから*3)、ロイターの得ているソースは中国側のものではなく、中国外交部(外務省)の高いレベルから連絡を受けた主催国マレーシア政府側のものと推定されます。そしてソースが2系統あるとすれば、1つは同国外務省で、もう1つは首相府に接触して得た情報でしょう。
米中はそれぞれASEANと包括的戦略パートナーシップ関係にあり、双方のトップは必ずしも毎年この首脳会議に出席してきたわけではありませんが、トランプ米大統領は習主席との首脳会談を通じて、国際的な関税問題を大筋で決着したい意向を有しており、主催国のアンワル首相はそれまで、同会議に習氏とトランプ氏の双方が出席するという見通しを述べていました。これは第2期トランプ政権で初の米中首脳会談となるはずでした。
中国指導部が重視してきた、この種の定例開催される主要な国際会議への対応としては、2023年9月の同首脳会議の欠席(中国の国家主席としては初)ならびに、上記SP1の第5章⑫に述べた、本年6月のBRICS首脳会議での習の欠席が想起されます。10月31日から韓国で開催されるAPEC首脳会議については出席しましたので、26日からのASEAN首脳会議については、それと日程が近接しすぎていたということかもしれません(たとえば24年の場合には、ASEANは10月の上旬でしたが、APECの方は11月の半ばの開催でした)。
さすがに外交は替え玉では務まりませんから、以上は権力から下りるに降りられなくなっている習近平当人の健康不安が年ごとに増していることの反映といえるでしょう。一方で、現時点ではまだ中国の最高指導者とされている人物が、BRICS以降のこの種の主要な国際会議に一切出席しないということは好ましくないことはいうまでもありません。
関連して、このAPECの席上で米中首脳会談が開かれ、米側は中国側のレアアースの輸出制限の緩和や米国産農産物の輸入再開等と引き換えに、関税のさらなる引き上げを延期しました。奔放なトランプ氏は翌月にワシントンでこの日のことを振り返って、習近平の側近たちは極度に緊張していて、トランプ氏が話を振っても答えようとはせず、習が一人で喋っていたという感想をジョークを交えて述べています。ホワイトハウスに与党の上院議員を招いた朝食会の場でのスピーチで*4)、誇張はあるにしても、メディアを通じてはうかがい知ることのできない1時間半の会談の機微を伝えるものといえます。
ただ、この首脳会談はセレモニー的な色彩が強く、日韓に先行してトランプ氏が訪れたマレーシアで、米中の実務者による大筋の合意は済んでいましたから、習近平は事前に周囲から振り付けられた以上の事柄には踏み込まなかったはずです。中国が最大のライバルと見なす米国に侮られないように、習の振る舞いはあたかも彼が実権を握り続けているように演じることが求められていたはずで、彼の随員(蔡奇政治局常務委員・王毅外相を含む)たちは緊張していたにしても、それは習近平が余計なことまで発言しないかという恐れによるもので、トランプはそれを誤解していたという辺りが、ことの真相といえるでしょう。

⑯について、この会議は毎年この時期に、地方の省の持ち回りで、農相級が出席して開催されているものですが、前年のテーマは下水道の整備や水洗トイレの普及を柱とした、住みやすく働きやすい農村建設に関するものでしたから、今回のテーマは一見すると唐突の印象を与えます。もっとも、昨年は11月に入ると、まるで例年の春節(旧正月)期間の休暇のように、農民工(出稼ぎ労働者)が大挙して帰郷し始めて社会問題化していましたから、それに対応した動きなのでした。
会議では農村の再貧困化を回避するために、農村部での労働力の需給ギャップを埋める就労支援が強調されましたが、そもそもこの秋に春節よりも3ヶ月も早く帰郷が本格化したのは、都市部にいても仕事がないからであり、彼らの相当部分は春節が明けても都市部には戻らないでしょう。働き口の見込みもないままに都市部に暮らしていても、生活費がかさむだけだからです。地方政府の財務はとうに傷んでいて、住宅販売の目処が立たないまま新規の国有地の不動産開発を続けて公共工事を行うには限度がありますから、中央政府はできもしないことを地方に対して求めているのですが、実際には笛吹けど踊らず状態で、2月に春節が明ける頃には各地で失業者の大量滞留が社会問題として表面化することは目に見えています
不動産開発頼みの経済発展モデルの限界については、22年6月刊の前著以来警鐘を鳴らしてきたところですが、この農村部での失業者の滞留は、党中央の恐れる社会不安の新たな大きな火種であり、事態はいよいよ末期的になっています。22年11月の白紙運動や、翌23年2月の白髪革命以来の争乱となるはずですが、今回の場合、就業前の若者や退職後の老人ではなく、現役の勤労世代が引き起こす事件であり、また先行する事件が大都市で起きたのに対して、農民工の供給元である田舎で起きることになる点は大きく異なります。前著にも指摘したとおり、共産党は農村部を地盤として都市部の国民党政権に対抗していたゲリラの上がりなのですから(pp.121-122)、実際にこうした動きが広まってゆけば、我々外部の人間が感じる以上に、党中央にとっては堪えるはずです。

この火種の発火点の一つが、雲南省や貴州省といった低開発の内陸部の省の農村部において、昨年来頻発している火葬反対運動です。伝統的な土葬を望む住民に対して、地方政府が火葬への移行を強要して実力行使し、それに住民が反発することで、日本の前近代でいえば農村一揆のような現象が頻発しているのです。土葬を妨害したり、遺体を奪取して荼毘に付そうとする当局の実力行使(これには墓の掘り返しまで含む)に対して、住民が花火等を用いて抗戦するさまをスマホで録画した、派手な合戦の様相を呈した動画が、ローカルのSNSに多数出回っては削除されています *5)。大規模な争議には千人単位の住民が参加しており、1ヶ月以上に及んで未だに収束が見通せない場合まであります。
こう述べれば、公衆衛生の増進を目的とする近代化に対して、頑迷固陋の農民が抵抗しているという単純な習俗にまつわる図式にみえますが、話はそう単純ではありません。この問題の本質はやはり土地問題であり、国有地の売却にまつわるものなのです。土地の売却に伴う歳入の減少に窮した地方政府が火葬用の墓地を造成して、それを農民に押し付けようとしているのです。
農地の一角に土葬すれば費用は一切かかりませんが、火葬のうえで地方政府が指定する要件を備えた専用の墓地に埋葬すれば、余計な出費を迫られることになります。さらに都会生活で広い視野を持ち、権利意識にも目覚めた農民工、換言すれば地方に滞留したままの帰省失業者が加わることで、この種の抗議運動が活発化している側面があります。経済成長の止まった都市部での失業問題が、農村部に滞留人口を生み、これが社会不安を増しているのです。こうした動きが続けば、地方政府は住民から浮き上がり、共産党政権による地方の掌握は危うくなってゆきます。行き着く先は地方の自立です。中国社会は歴代の王朝の交代期に相当する、混沌とした様相を呈してきました。
この反火葬闘争は、農村部の共産党幹部が私腹を肥やすことで住民の反発を招いて一揆化するという従来型の地方での騒乱と異なって、省のレベルで政府が介入して地域の首長の首をすげ替えるという手法で解決できるものでもなく、中央政府にとって頭の痛い問題です。ことは先述した農村の近代化とか、土地を媒介とする社会主義市場経済といった、中央政府の掲げてきた主要な政策テーマと関わる事柄であるからです

これ以外にも、財政難の地方政府が地元で何とかして金を取り立てようと画策して軋轢を生んでいる事例は枚挙に暇がありません。極端な事例としては、各地の複数の地方政府が企業に対して過去に税金の滞納があったと主張し、警察と連携して1990年代にまで遡って、ひどい場合には30数年分の未納分の追加徴税を行っているとの報道がなされています *6)。この背景には中国では脱税に関する時効が存在しないことがあります。各種の罰金が税収に匹敵するほど多く徴収されていたり、税収の半ばに達している都市が存在しています。 これまたかつては税収に匹敵する歳入源であった、国有地の売却収益という錬金術(pp.120-121)が通用しなくなって追い込まれた地方政府が、苦肉の策として財源を他に求めているわけですが、こうした行為が住民の反発と、現在の共産党体制に対する見限りに拍車をかけていることは言うまでもありません。

〔 第6章(中国共産党篇)第1節の続編 〕
⑩ 8月7日、米紙ウォール・ストリート・ジャーナル電子版は、中国共産党の対外交流部門、中央対外連絡部(中連部)の劉建超部長が当局に拘束されたと報じた。劉は前任者の失脚によって空席のままになっている次期外相の有力候補と目されていた。

〔 第6章第2節の続編 〕
⑩について、劉は海外出張からの帰国直後に連行されて、尋問を受けているといいます。 早くも2023年7月の時点で秦剛前外相は解任されており、この間は秦の前任の外相で政治局委員の王毅がピンチヒッター的に外相を兼務してきました(本書p.81)。王は70歳を超えていて、外相よりも上席の党側の外交担当者ですから、変則的な形がすでに2年以上も続いていることになります。
これに関連して述べれば、失脚後の秦剛の動静は2年以上もの間ずっと伝えられていませんでしたが、四中全会初日の10月20日に至って突如として、秦剛が音楽祭に出席したことを香港紙各紙が報じており、あまりのタイミングの一致から、さまざまな観測がなされています。見ようによってはこれは、秦剛の復権の兆しであり、彼を外相に抜擢しておきながら、何らかの理由で半年後に忌避して解任した習近平の権力が決定的に衰えたことの証とも取れるからです。
さて劉は英国留学組の外務官僚でしたが、習政権の1期めの15年から党中央規律検査委員会国際協力局長に転じ、外交官の腐敗摘発の責任者でした。さらに17年5月から現職に着任するまでの5年間を浙江省の党規律検査委員会書記として過ごしました。本書に詳述したとおり習近平の権力が失墜した今となっては、当時習が熱心に進めていた腐敗摘発の拠点であった規律検査関係の職歴はマイナスにしかならず、くわえて浙江省もまた上海市を経て中央に戻るまでの習の主要な地盤でしたから(p.85)、そこでのコネクションもまた今となってはマイナスに働いてしまい、一介の外務官僚のキャリアの途中から習との抱き合い心中の形になってしまった劉にとっては不運であったという外ありません。

3. 今後の展望

今回の四中全会の経緯

ひるがえって、2024年7月に開催された三中全会が、今日に至る習近平の権力喪失の大きな転機でした。今回の四中全会は、本来は五中全会のテーマである5カ年計画について討議されました。先述のように、そもそもこれは経済政策をテーマとする上記の三中全会が、中国経済の不振から開くに開けず、延期を重ねた末に24年7月開催となったことの皺寄せによるものです。社会主義国の計画経済の根幹である次期5カ年計画(今回であれば今年26年から30年にかけての経済政策の方針を定める第15次5カ年計画)を議論することが本来の趣旨ですが、今回、事前の軍内の習派の幹部の一斉処分という事態を承けて、全会のメンバーでもある中央委員の欠員補充に追われることになりました。
二中全会から三中全会にかけての間が空きすぎていたのですから、四中全会をもっと早く開催すべきだったのですが、三中全会後の新事態、つまりは個人に権限を集中させすぎていた現政権の限界の露呈を承けて、大規模な権力闘争が展開される中で、新しい体制への方向性を見出すには1年では足りなかったということでしょう。今回の四中全会の開催が10月と決まったのも、三中全会からさらに 1年以上も経った昨年8月のことでした。
ここでさらに習近平の退陣だとか、以下に述べるその権限の移譲といった次の大きなテーマまで、一度の全会で片付けることはできなかったのです。習派の全面的な敗退を露呈させる軍高官の大規模な処分に加えて、党と国家、軍のトップのすげ替えという決定的な人事を一度に公表することによる、人心の混乱を恐れたともいえます。後者にまで至れば、それはもはや政変となるからです。
今回の全会では、先述のように直前に国防部(省)から異例の発表があり、人民解放軍の習近平系の要人9名がごっそりメンバー(中央委員)から解任されていましたので、インパクトは人民解放軍発で、開会前に来ていた形でした。

三位一体のポストの行方

今後の今期の残された全会(五中全会以降となり、本来は七中全会まであるが残りの任期ではすべてやり切れない公算が大)、もしくは次の党大会(こちらは臨時党大会を開催しないかぎりは間違いなく27年10月開催で、すでに2年を切っている)での注目点について、以下に記しておきます。中国の経済と政治の行き詰まりは深刻であり、本来は次の党大会で新体制を発表していたのでは間に合いません。遅くも次の五中全会を早めに開催して、そこで習の退陣という抜本的な軌道修正を図るべきですが、いずれにせよ崩れゆく体制です。1990年代初めの欧州における社会主義政権の連鎖的倒壊のさいと同様に、対応が後手後手に回ってしまったとしても、それは避けられないことともいえます。
中国の場合、体制が極度に面子を重んじることから、今期の三中全会から四中全会にかけての流れのように、対外的には国内の結束を装いながら、ゆっくりと日数をかけて重大な権力の変動が進行してゆきます。今回の四中全会開催日時の決定にしても、決定的な節目となった前回の三中全会から1年を空けるという時の流れが、関係者には強く意識されているのです。最高権力者の失権という現在進行している事態は、趙紫陽総書記が失脚した天安門事件以来とすれば36年ぶり、先述した華国鋒の最終的な失権となった党主席からの転落以来とするならば44年ぶりのことです。華国鋒の失権にしても、それに至るプロセスは2年半という歳月を要しています。中国の場合、体制の崩壊に直面しても、かつての東欧の体制以上に、対応が後手に回る局面も出てくることでしょう。

最大の注目点はいうまでもなく、これまで三代の国家主席が任期中に一身に兼ね備えてきた3つのポストに関する進退です。その3つとはいうまでもなく、党のトップとしての総書記(他国での書記長に相当)、軍のトップとしての中央軍事委員会主席、国家のトップとしての国家主席(国家元首、日本でいえば明文化されてはいないが天皇が実質的に担っている)です。
国家型の社会主義政権の本家本元であった旧ソ連邦にあっては、「トロイカ体制」ということがしきりに言われており、国家元首・党書記長・首相は基本的に分業体制になっていて、権力は分権化されていました。独裁者であったスターリンでさえも国家元首であるソビエト最高会議(つまり国家の「最高ソビエト」)幹部会議長を兼務していませんでしたが、経済の停滞が表面化した70年代後半のブレジネフ期以降は、党書記長が最高会議幹部会議長を兼務することが常態化します。フルシチョフ時代を除けば集権化しており、
したがって一概にスターリン独裁の反省に立って分権化していたともいえない面があるのです。
中国の場合、通常は首相は国家主席や党総書記とは分離されていて分権体制にはなっています(華国鋒はこれも兼務していた)。人民解放軍は党の軍隊ということになっていますが、毛沢東の「政権は銃口から生まれる」という言葉にも現されているように、実際には軍のトップである先述の中央軍事委員会主席がすべての権力の要です。したがって同委副主席の張又侠が軍の実権を掌握しているとすれば、習近平の権力はすでに終わっているのです
一度も総書記には就かなかったものの、多年にわたり「中国の最高指導者」と呼ばれていた鄧小平が唯一手放さなかったのが、この中央軍事委主席のポストであり、高齢となった鄧が天安門事件の後の政権を託した江沢民もまた、総書記・国家主席からの退陣にさいしてただちには胡錦濤に中央軍事委員会主席の座だけは譲らず、しばらくは居座って軍への影響力を保った事実が、そのことを物語っています。

今後のシナリオ

これまでに述べてきたように、すでに肝心の軍内から習派は一掃されていて、軍の自立の度合いが著しく高まっていることから、ありうべきシナリオとしては、次の五中全会なり次期党大会のタイミングで、
(1) 中央軍事委員会主席から習近平が退任することが表明される

その場合には当座は主席の座を職業軍人のトップで、紅二代の閥族でもある実力者、張又侠(ちょうゆうきょう)中央軍事委副主席が担わざるをえず、これは中国の権力の決定的な分権化を意味します。

(2) 中央軍事委員会主席にくわえて、総書記からも習近平が退任することが表明される
その場合には、前期に序列4位の政治局常務委員であったが政治協商会議主席を花道に前期にすでに引退している汪洋(おうよう)、前期の政治局員で国務院副総理を務め、今期の総理(首相)の呼び声もかかりながら政治局員からヒラの中央委員に降格させられ、現在は政治協商会議副主席の任にある胡春華(こしゅんか)、今期の序列6位の政治局常務委員で筆頭の副総理である丁薛祥(ていせっしょう)といった辺りから総書記が選出されることになるでしょう。
なお汪洋と胡春華は団派(共産主義青年団、胡錦濤の系譜)、丁薛祥は上海閥の習派であり、このどちらに権力が傾くかは、習派の勢力が今もどの程度保たれているか次第です。胡春華にいきなり総書記は荷が重いということになれば、浙江閥の習派の大番頭である李強に代わって胡春華が総理に就くというシナリオもありえます。この場合には汪洋または丁薛祥辺りが総書記となる中国版のトロイカ体制となって、分権化がさらに進むことになります。
現総理の李強は、習近平が浙江省の書記(省のトップ)だった時代の秘書長で、習の覚えがめでたいというだけの理由で、中央政府でのキャリアを欠いたまま、3期めの習政権のナンバー2である首相に大抜擢された人物です。経験と能力の不足から政府運営が満足にできておらず、中国経済の不振の原因の一つともなっています。朝鮮労働党創建80周年の記念行事に出席した今回の北朝鮮訪問(10/9-11)でも、習の名代として訪問したにも関わらず、はるか年下の金正恩総書記から軽視され、帰国にさいして金総書記がポケットに手を突っ込んだまま見送りをしたとして、物議を醸しているほどです。北朝鮮は独自のソースから、今日の中国の権力構造を見抜いていて、格下の人形として李を遇したというわけです。

(3) 習近平が名誉職の国家主席までも手放して、完全引退を表明する
かつての華国鋒退陣に準じる失脚となりますが、この場合には病気・体調が理由に挙げられることでしょう。

(4) 習近平が従来どおり三位一体の権力のトップに留まるが、もはや実権は手放して、それぞれ(1)(2)に述べた人物が担い、実質的な集団指導体制に移行する
現実はすでにこれに近い状況ですから、これは唯一、表面的には今日の状況と変わらないままのシナリオとなります。

上述したように、三中全会以来のこの1年間で習近平の権力は大きく削がれていますので、上記の(1)から(4)のうちいずれも起こらないということはありえません。四中全会前の情勢を踏まえて、著者としてはシナリオ(1)または(2)のいずれかの展開になると展望していますが、この続きについてはまた随時、加筆してゆくことにします。

4. 脚注

*1) たとえばhttps://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD156GH0V11C25A2000000/

*2) 何衛東は大学や軍のアカデミーを経ずに、中学を修えた15歳で1兵卒として入隊しており、直前の東部戦区(軍区)司令官の時点では党の政治局員はおろか中央委員でもなかったことから、本来ここまでの昇進を遂げる境遇にはなかった。多くの習派の要人と同様、習近平の地方勤務時代(何の場合は福建省)に習の知遇を得たことが、彼の運命を変えている。今回失脚があきらかとなったうちで、他に苗華・林向陽もまた福建閥であった。

*3) 
ロイターによる8月22日付記事。

https://www.reuters.com/world/china/chinas-xi-likely-skip-october-asean-leaders-summit-sources-say-2025-08-22/

*4) CNNによる動画投稿、

ならびに

*5) たとえば

*6) たとえばhttps://www.bloomberg.com/news/articles/2024-06-17/china-hands-firms-decades-old-tax-bills-hinting-at-funding-woes


なお冒頭画像の出所は下記。



いいなと思ったら応援しよう!

政治経済学綜合note: 有賀敏之(福山大学教授/大阪公立大学名誉教授)公式I 記事全般を気に入っていただいて、当方の言論活動をサポートしていただけましたら、有難く存じます。 特典としてサポートしていただいた段階に応じ、 個人LINEのやり取り→お電話での直接の交流→年に1回、実際にお会いしてのご会食 等の交流企画を考えております。宜しくお願い致します。