日々の観察|体と心を感じる時間|自分のリズムを整える
あっという間、という言葉が、だんだん使えなくなった。
最近は一日が、一週間が、ちゃんと重さを持って過ぎていく。
あっという間じゃない。
それが、嬉しくてたまらない。
忙しさの中で曖昧になっていた「時間の感触」が、少しずつ戻ってきた。
一日一日が、大切な瞬間になっている。
誰かに会わなくても、どこかへ行かなくても。
流行りのスイーツを食べなくても、新しい服を買わなくても。
それでも、ちゃんと満ちている。
以前読んだ本に、「幸せには2種類ある」と書かれていた。
ひとつはセロトニン的な幸せ、もうひとつはドーパミン的な幸せ。
セロトニン的な幸せとは、
・朝に光を浴びる
・体を動かす
・整った食事をとる
といった、日々のリズムから生まれる穏やかな幸福。
ドーパミン的な幸せは、
目標を達成したり、認められたりする“高揚の幸福”。
いまはこのセロトニン的な幸せを、
「追いかける」というより「育てている」感じが近い。
この幸せは“映えない”
けれど、確実に自分の中に根づいていく。
そして、物理的に距離が近い人たちにも、静かに影響していく。
まず、自分が変わった。
朝起きる時間が早くなり、朝散歩やストレッチ、ヨガをする。
バタバタしなくなり、家事が回り、外食が減った。
「ADHDなのかも」と真剣に悩んだときもあったが、実は時間が足りなかっただけだと気づいた。
ひとつひとつに実感をもって取り組むと、
振り返る余白が生まれ、成果も見える。
それが少しずつ、自信を取り戻してくれた。
傍目には自信満々に見えていたけれど、
本当は、目に見える“証拠”が欲しかっただけなのかもしれない。
毎日の小さな儀式のあとで
朝の調子で、自分の状態がわかるようになった。疲れが取れていない日もある。
でも、静かで穏やかな朝に、
足元で眠る猫のぬくもりを感じられるだけで、胸の奥がじんわりする。
じわじわと、幸せが満ちてくる。
季節の変わり目に必ずひいていた風邪もなくなった。
体が整うと、心も落ち着く。
「病は気から」というけれど、
気こそが、体をつくるのだと実感する。
心の余裕は、ものへの愛着も変える。
身の回りのものを、手入れして、使い切る。
そうしているうちに、不思議と壊れ物や紛失が減った。
以前は何もないミニマルな空間が好きだったけれど、
今は“お気に入りに囲まれた暮らし”が、心地よい。
穏やかな朝を迎えるたびに、ふと思う。
この静けさは、あの頃の自分には想像もつかなかったな、と。
一年365日、休みもなく働いていた日々。
体は動き、ときどきどーんと落ち込むことがあっても、
完全にダメージを負うことはなく、心も折れなかった——。
でも、どこかで何かがすり減っていた。
体も心もギリギリで、
「そのうち怪我しますよ」と言われても、
自分の理想のために、ただ前を向いていた。
家族も、仕事も、なんとか回っていた。
だからこそ、気づけなかったのかもしれない。
このままでは、どこかで──
とてつもなく大切な何かを失ってしまうかも。
そんな予感だけが、静かに積もっていった。
動き続けることが楽しかったし、動ける自分が誇らしかった。
動けば動くほど認められてる感覚。
「承認欲求」という言葉もなかった少し前の世の中だったけど、
名前のないこの焦燥感と安堵感の繰り返しを
『承認欲求』という言葉がすくい上げてくれたとき、
なんだかホッとした。
自分だけじゃないんだ。
それでも、心のどこかでずっと「このままでいいのか」と問いがあった。
でも、立ち止まる理由が見つからなかった。
動いていれば安心で、止まることが怖かった。
そんな日々の延長線上に、ある朝ふと、
“静かにしていたい自分”
に気づいた。
一日も完全なオフがなく、気を張り詰めていた日々。
平日の一日を「自分を取り戻す日」にしたのは、その頃。
仕事がなく予定のない日をつくることに、最初は落ち着かなかった。
でも、その静けさが、少しずつ自分を整えてくれた。
平日というのが大事。
世の中の人々は働いているけど、
自分だけは別のことをしてもいいというエクスキューズ。
何もせず休むことすら人目を気にして、
休んだら休んだで「どんな充実した時間を過ごしたのか」を語らずにいられない──。
何もしていなくてもいいんだ。
休むことに理由なんか、いらない。
その感覚を、ようやく手に入れた気がする。
がむしゃらに頑張る毎日から少し離れ、
体と心、人との距離、時間の使い方を観察しながら過ごしている。
のめり込みすぎず、投げ出さず。
時々リズムに乗れなかったり、変調もあるけれど、
それもいまの自分の一部として受け入れている。
このnoteでは、そんな日々の観察や思考を綴る。
劇的な変化はなくても、少し見え方が変わるだけで、
毎日は静かに違って見える。
その感覚を、ここに記していきたい。
唯一無二の自分なのに、もっと違う【私】がいると思ってた頃のお話し
