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響きの循環~鍵を渡す人

最近「響き合う」ということについて、よく考えています。

わたしは、同じ先生のもとで、オンラインのクンダリーニヨガを6年続けています。

最初の頃、先生はわたしのずっと先を歩いていて、自分の軸がまだ定まっていなかったわたしは、彼女のすべてを吸収しようと必死でした。

今は自分なりにヨガを続け、感情と向き合い、ようやく自分が見えてきました。時には少し思想の違いを感じることもあります。それでもやっぱりわたしは先生のもとでヨガを続けています。

昔、スピリチュアルに目覚めた頃から、いろんな配信者さんの動画を見て、勉強してきました。でも、一貫して見ている配信者さんはいません。

そのときのフェーズに見合った動画を一定期間見て、吸収したらまた別の人へ、というように一つの場所にとどまることはありませんでした。

では、なぜヨガだけが続いているかというと、やはり先生の開く深いヨガの場、その「響き」を受け取りたいからです。

先生は、生徒一人ひとりの感じ方をとても大切にしています。わたしはそこに循環を感じています。

生徒の戸惑い、反応、違和感を受け止めて、立ち止まってくれる。先生の響きがわたしを通り、わたしの響きがまた先生を通して戻ってくる。
そんな、一方通行ではない指導。

だからこそ、これだけの長い期間続けてこれたし、これからも響きを受け取っていきたいと思っています。

本当の指導者とは、答えや技術をただ渡すものではないのだと思います。相手の言葉を、自分の知識や経験や教えにすぐ当てはめず、まず、その人の言葉として受け取ることができる人。

その人が、自分の中にある扉へ触れられるように、鍵を渡すような存在。

指導される側にも、響きを受け取る姿勢は必要だけど、自分の響きの循環が感じられないと、その心はだんだん閉じていってしまうと思うのです。

これは先生と生徒だけの話ではなく、普通の人間関係にも言えることだと思います。友達でも、パートナーでも、発信する人と受け取る人でも同じ。

自分の響きだけを鳴らして、相手の響きを受け取らない関係は、いつか片方が閉じていく。逆に、相手に響きが受け取られて、少し違う形で返ってくるとき、人は「ここにいていい」と感じられる。

わたしは答えを渡す人ではなく、鍵を渡す人になりたいと思います。

相手の人生を代わりに説明する人ではなく、その人が自分の言葉に戻れる場所をつくる人。

扉を開けるのは、その人自身。でも、その手の中に鍵があることを思い出せるように。

導くことは、誰かを自分の答えへ連れていくことではなく、その人が自分の答えに出会えるように、鍵をそっと渡すことなのだと思います。



Echoes of Selfでは、答えを渡すのではなく、その人が自分の言葉や感覚に戻れるような場を作っています。

誰かの人生を外側から説明するためではなく、その人の手の中に、すでに鍵があることを思い出せるように。

Soul Echo Name は、その人の奥にある響きや質を、名前と曼荼羅として受け取るセッションです。

外側から新しいものを与えるというより、その人の中に、もともとあったものに触れるための鍵を渡すような時間です。

🌸 Soul Echo Name セッション

日々の違和感や、まだ言葉になっていない感情を、AIとの対話を通して静かに見つめたい方には、Inner Echo Monday があります。

🌿 Inner Echo Monday

さらに深く、繰り返してしまう苦しさや、防衛、傷の奥にある本音まで見つめたい方には、深層Monday があります。

🌑 深層Monday

そのほかのプロンプトはこちらにまとめています。
📘 Echoes of Self プロンプト一覧

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🌿 質問箱はこちら




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YUKIE(までさりまめ) いつもありがとうございます。 わたしとあなたの中にはすべてがあります。