天地人組織論―組織を動かす三つの力と志―
組織を動かすもの
組織という名の生き物を動かしているものは何だろうか。
優れた戦略だろうか。
卓越したリーダーシップだろうか。
それとも、そこで働く人々の情熱だろうか。
確かに、それらはいずれも重要である。
しかし現実には、優れた戦略があっても動かない組織がある。
強い指導者がいても、その人が去れば変革が止まる組織がある。
優秀な人材が集まっていても、十分な成果を生み出せない組織もある。
一方で、特定の英雄に頼らずとも、一人ひとりが力を発揮し、着実に成果を積み重ねる組織がある。
その違いは、どこにあるのだろうか。
私はこの問いを考えるために、古来の概念である「天地人」を用いてみたい。
もちろん、ここでいう天地人は、兵法の概念をそのまま組織へ当てはめたものではない。
現代の組織を読み解くための枠組みとして、あらためて捉え直したものである。
天地人とは
まず、組織を成立させる三つの次元から考えてみたい。
第一に、組織は必ず社会の中に存在する。
どのような組織も、時代の変化、市場の動き、技術革新、人口動態、法制度といった外部環境から逃れることはできない。
第二に、組織は単なる人の集まりではない。
役割や権限、制度やルール、意思決定や情報共有の仕組みによって形づくられた構造体でもある。
第三に、組織を実際に機能させるのは人である。
人は制度に従うだけの存在ではない。状況を理解し、他者と対話し、判断し、行動する主体である。
つまり組織とは、
環境の中に存在し、構造によって形づくられ、人によって動かされる存在
なのである。
私は、この三つを次のように定義する。
天とは、組織を取り巻く時代の要請である。
地とは、その要請を組織の行動へ翻訳する体制である。
人とは、対話を通じて共通理解を形成し、行動する構成員である。
重要なのは、どれか一つが優れていれば組織が動くわけではないということである。
組織の成否を決めるのは、天・地・人それぞれの強さだけではない。
三者がどのように結びついているかという、接続の質なのである。
天とは何か
天とは、組織を取り巻く時代の流れである。
社会の価値観
市場環境
人口動態
技術革新
法制度
国際情勢
組織の外側では、常に何らかの変化が起きている。
どれほど過去に成功した組織であっても、その成功を永続的なものとみなした瞬間に、環境とのずれが始まる。
過去に適していた戦略が、現在も適しているとは限らない。
かつて機能した制度が、これからも人を支えるとは限らない。
社会から求められていた価値が、時代の変化によって意味を失うこともある。
組織にとって重要なのは、自らの正しさを当然視することではない。
社会が何を求め、何が変わりつつあるのかを理解することである。
ただし、天を読むことは、時代の流れに無条件で従うことではない。
変化の中で何を受け入れ、何を守り、何を変えるべきかを見極めることである。
時代の要請を読み違えた組織は、やがて市場や社会との接点を失う。
組織が生き続けるためには、まず天を見なければならない。
地とは何か
時代の変化を理解しただけでは組織は変わらない。
変化の兆しを受け止め、それを具体的な行動へ変換する構造が必要である。
それが地である。
組織図
役割分担
権限設計
意思決定の手順
会議と合意形成の仕組み
情報共有の仕組み
評価制度
これらはすべて、組織を支える骨格である。
組織にはしばしば、「分かっているのに変われない」という状態が生まれる。
危機は理解している。
変革の必要性も認識している。
それでも、行動へ移せない。
それは意識だけの問題ではない。
多くの場合、理解された必要性を具体的な行動へ変える構造の問題でもある。
誰が決めるのかが明確でない。
役割と責任が定まっていない。
現場に必要な権限が与えられていない。
評価制度が従来の行動を促したままになっている。
このような状態では、いくら変革の必要性を訴えても、組織は思うように動かない。
地が機能しなければ、天から受け取った変化の要請は、組織の行動へ翻訳されないのである。
一方で、地が硬直しすぎれば、組織を支える骨格は変化を阻む壁となる。
良い構造とは、人を管理することだけを目的とした仕組みではない。
人が変化を理解し、自ら判断し、安定して行動できるように支える仕組みである。
人とは何か
そして、組織を実際に動かすのは人である。
どれほど優れた制度や仕組みが整っていても、それを理解し、運用し、必要に応じて改善する人がいなければ、組織は機能しない。
ここでいう人とは、単なる人数や能力の総量ではない。
異なる立場から対話を重ね、組織の目的と置かれた状況について共通理解を形成しながら行動する構成員を指している。
制度は、意味を理解されなければ形骸化する。
方針は、納得されなければ実行されない。
変革は、当事者の経験や判断と結びつかなければ定着しない。
しかし、人の和とは、全員が同じ考えを持つことではない。
異なる経験、価値観、専門性を持つ人々が、違いを残したまま対話し、何を目指すのかについて合意できることに意味がある。
共通理解は、一度つくれば終わるものではない。
環境が変わり、組織の体制が変われば、対話を通じて何度でも形成し直さなければならない。
組織の生命力は、意見の一致そのものではなく、共通理解をつくり直す対話の力によって保たれるのである。
接続が失われるとき
多くの組織問題は、天・地・人のいずれかが完全に存在しないために起きるのではない。
それぞれが存在していても、互いに接続されていないために起きる。
天と地が接続されていない
社会の変化や危機は認識されている。
しかし、その認識が制度、役割、意思決定、予算配分といった組織体制へ反映されていない。
天は見えているが、地へ翻訳されていない状態である。
必要性は語られていても、実行する主体と仕組みがなければ、変化は掛け声のまま終わる。
地と人が接続されていない
担当部署、会議体、制度、手順は整えられている。
しかし、その仕組みが何のために存在するのかを人々が理解していない。
あるいは、現場の判断や行動を支えるものになっていない。
地はあるが、人の理解と行動につながっていない状態である。
このとき制度は、目的を実現する手段ではなく、守ること自体が目的となった形式へ変わる。
人と天が接続されていない
時代は大きく変化している。
しかし、その変化が組織で働く一人ひとりの認識に届いていない。
外部環境で何が起きているのか、それが自分たちの仕事にどのような意味を持つのかが共有されていないため、危機感にも判断にもばらつきが生まれる。
人はそこにいるが、人の認識が天とつながっていない状態である。
人が動いていても、地が支えていない
現場には問題を理解し、変化を起こそうとする人がいる。
しかし、その行動が正式な役割、権限、意思決定、組織的な学習へ結びついていない。
この場合、変革は一部の熱意ある人の努力に依存する。
成果が生まれたとしても、個人が異動したり疲弊したりすれば、その活動は止まってしまう。
人と天はつながっていても、地が両者を媒介していないのである。
このように考えると、組織の問題は、単純な人材不足や制度不足として説明できるものばかりではないことが分かる。
問題の本質は、それぞれの要素が存在するかどうかだけではない。
要素と要素の間に、意味と行動が通っているかどうかである。
組織の病理とは、多くの場合、接続の病理なのである。
天地人がそろうとき
天地人がそろうとは、三つの条件を一度に満たすことではない。
天・地・人の間を、意味、情報、判断、行動が循環している状態を指す。
天に現れた変化の兆しを、地が制度や役割へ翻訳する。
地は、人がその変化に向き合い、判断し、行動できるよう支える。
人は、現場で得られた経験や知見を組織へ返し、地を更新する。
そして、人と組織の行動が社会へ新たな価値を届け、ときには天そのものへ変化をもたらす。
時代が組織を変える。
組織が人の行動を支える。
人の行動が組織を学習させる。
組織の営みが社会へ働きかける。
天・地・人は、固定された三つの箱ではない。
相互に影響を与えながら変化し続ける循環なのである。
優れた組織とは、天・地・人のどれか一つが突出した組織ではない。
時代の変化を理解し、その理解を組織の構造へ落とし込み、その構造の意味を人々が共有し、実際の行動へつなげられる組織である。
さらに、行動の結果から学び、制度や共通理解を更新していく組織である。
組織の強さは、保有する資源の量だけでは決まらない。
戦略の美しさだけでも、人材の優秀さだけでも決まらない。
組織の成否を決めるのは、天の変化が地へ翻訳され、地が人を支え、人が天へ応答するという接続の質である。
この接続が循環し続けるとき、組織は一時的な成功を超え、自ら学び、変化する生命体となる。
私は、その接続原理こそが、現代の組織における「天地人」の意味だと考えている。
天地人を導くもの
しかし、ここで一つの問いが残る。
天・地・人が見事に接続されていれば、それだけで望ましい組織だと言えるのだろうか。
三者が効率よく連動していたとしても、その組織がどこへ向かうのかが定まっていなければ、それは単に、よく動く力のある集団にすぎない。
組織が持つ力を何のために使うのか。
社会にどのような価値を届けたいのか。
何を守り、何を変え、どのような未来をつくりたいのか。
組織には、こうした問いに対する答えが必要である。
私は、それを「志」と呼びたい。
志とは、経営理念やミッションという言葉に置き換えることもできる。
しかし、志は単に掲げられた標語ではない。
何を選び、何を捨てるのか。
どの方向へ進み、どのような価値を生み出すのか。
困難な状況で何を優先し、何を譲らないのか。
志とは、意思決定を支える判断の軸である。
天は変わる。
地も変わる。
人も入れ替わり、学び、成長する。
その中で志は、組織が何のために存在するのかを問い続ける。
志の核は、目先の変化によって容易に揺らいではならない。
しかし、志を実現するための方法は、天・地・人の変化に応じて更新されなければならない。
守るべきものと、変えるべきものを見分ける。
その基準を与えるのが志である。
だから志は、天・地・人と並ぶ四つ目の要素ではない。
変化の中で組織の進む方向を示す、北極星のような存在である。
組織論には、数多くの知見がある。
戦略論がある。
組織設計論がある。
リーダーシップ論がある。
それらは、組織を強くし、適切に動かすための重要な知恵である。
しかし、どれほど優れた理論を学んだとしても、忘れてはならない問いがある。
「私たちは、何を志す組織なのか。」
その問いに向き合うことから、天を読み、地を築き、人を結ぶ営みが始まる。
志は、天を読み解く視座を与える。
志は、地に方向を与える。
志は、人を結びつける。
そして、その志を現実の力へ変えるのが、天・地・人の接続である。
志なき天地人は空虚であり
天地人なき志は実現しない
組織とは、志を中心として天・地・人が循環する生命体である。
それが、私の考える天地人組織論である。
関連記事
孫子とサボタージュマニュアルを比較。
組織の強さと弱さの本質を考察組織の崩壊と瓦礫に残るものとは
―瓦解の荒野から学ぶ継承と再生の条件―