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書いているのは自分ではなく、20年のログだった──「優しいまま壊れない」という人生の構造化

正直に言う。

私はこの三か月、自分が記事を書いているのだと思っていた。

PM論を書き、AI論を書き、アイドルの組織論を書き、人間関係を書き、五十代の生き方を書いた。題材はばらばらで、その日の関心の赴くままに、手当たり次第に書き散らしていた。書くことが趣味であり、せいぜい頭の整理になればいいと思っていた。読者のために、少しでも役に立つ何かを残せれば上等だ、と。

ところが、三か月分を並べて読み返したとき、私は奇妙なことに気づいた。題材はばらばらなのに、すべての記事の根っこが、たった一点に向かって収束していたのである。人を責めるより、構造を見る。そして、そのさらに奥に、優しいまま、壊れないこと、という言葉が静かに沈んでいた。私は記事を書いていたのではなかった。何百本もの対話と文章を通して、自分自身を、後からゆっくり構造化していたのである。

一 偶然の収束と、必然の収束を切り分ける

結論を急ぐ前に、切り分けたい。

ばらばらの記事が一点に集まったとき、それには二つの解釈がある。ひとつは、偶然の収束だ。たまたま似たような話を繰り返していただけで、深い意味はない、という見方。もうひとつは、必然の収束だ。こちらが本題である。

技術者の言葉を借りるなら、これはログ分析に似ている。稼働しているシステムは、日々、雑多なログを吐き続ける。一行一行は、その時々のばらばらな出来事の記録にすぎない。だが、三か月分のログを集計して傾向を分析すると、そこに本人すら気づいていなかったパターンが浮かび上がる。このサーバーは、こういう負荷のときに、決まってこう振る舞う、という固有の癖だ。それは設計書には書かれていない。実際に動かして、ログを溜めて、後から集計して初めて見える、稼働の実体である。

私の三か月の記事は、まさにこのログだった。一本ずつは、その日の関心を書いただけだ。だが集計してみると、私というシステムが、どんな負荷に対しても決まって「人を責めるより構造を見る」「優しいまま壊れない」へ向かう、という揺るがぬ癖が見えた。これは偶然ではない。私が二十年かけて獲得した、自分という稼働システムの、固有の振る舞いパターンだったのだ。書く前から私はそういう人間だった。ただ、ログを集計するまで、自分でそれを知らなかっただけである。

二 なぜ「優しい」と「壊れない」は、両立しないと思われているのか

ここで、最も興味深い構造を取り出したい。普通、優しさと壊れなさは両立しない、とされている。

優しい人ほど、抱え込み、我慢し、無理をし、相手に合わせる。そして疲弊して、ある日ぷつりと折れる。二十年プロジェクトを見てきて、私はこの種の人を数えきれないほど見送った。優秀で、責任感が強く、いい人。そういう人ほど先に潰れていく。優しさは美徳とされながら、構造的には自己破壊のプログラムを内包している。優しさのコードには、自分自身のリソース監視という処理が、なぜか抜け落ちているのだ。

技術者なら、この症状に覚えがあるはずだ。リクエストを一つも断らないサーバーは、一見、親切で優秀に見える。だが、自分のメモリ使用率を監視せず、来た要求をすべて受け続けたサーバーは、いずれメモリを食い尽くして落ちる。優しすぎるサーバーは、優しさゆえに、最も簡単に停止する。人間の優しい人が潰れるのも、構造はまったく同じだ。他者のリクエストばかりを処理し、自分のメモリ使用率というアラートを、優しさの名のもとに無視し続けるからである。

つまり、優しさと壊れなさが両立しないのは、優しさが本質的にそうだからではない。多くの優しい人が、自己のリソース監視という一行を、コードに書き忘れているからにすぎない。その一行さえあれば、優しさは自己破壊と切り離せる。問題は優しさではなく、監視の欠落なのである。

三 不器用さが、なぜ長期残存価値になるのか

ここで、少し笑ってしまう話をしたい。私は、優しいまま壊れずにここまで来られた理由が、自分の美徳ではなく、自分の不器用さにあったのではないか、と気づいたのである。

私は、人に合わせるのが、あまり得意ではない。空気を読んですべてを抱え込むような器用さを、持ち合わせていない。だから結果として、全部を引き受けられない。無理ができない。気づけば自分の巡航速度を守ってしまう。若い頃は、この不器用さを、自分の欠陥として恥じていた。もっと器用に、もっと全部を受け止められる人間になりたかった。

ところが、構造として眺めると、話はまるで逆だった。私の不器用さは、無意識のリソース監視として機能していたのだ。器用な人が優しさのあまりメモリを食い尽くして落ちていく横で、私は不器用だからこそ要求を捌ききれず、結果として自分のメモリを守り、落ちずに二十年稼働し続けた。優しさに自己監視を後から足すのは難しい。だが私の場合、不器用さという形で、その監視が最初から組み込まれていた。欠陥だと思っていたものが、長期残存価値の正体だったのである。短期評価では、不器用さは減点だ。だが長期残存価値では、それが私を生き延びさせた、最大の冗長設計だった。

そして気づく。優しいまま壊れないとは、優しいのに無理をすることではない。優しいからこそ、自分も大切にすることだ。組織のために命を削らない。仕事が終われば他のことに時間を使う。会社より人との関係を、正しさより信頼を選ぶ。これらはばらばらの処世術ではなく、すべて同じ一点、自分のリソースを監視しながら優しくある、という単一の設計から派生していた。

四 自分を後から構造化したい人への、三つの設計

では、この経験から持ち帰れるものは何か。三つに絞りたい。

第一に、自分のログを溜めること。自分が何者かは、考えて決めるものではなく、後から集計して気づくものだ。日々、思ったことを書き残す。一本ずつに意味がなくてもいい。三か月、半年と溜めて読み返したとき、あなたが本当はどういう負荷にどう反応する人間なのかが、設計書ではなく稼働実績として浮かび上がる。自分探しとは、内省ではなく、ログ分析である。

第二に、優しさに自己監視を足すこと。あなたが優しい人なら、優しさそのものは変えなくていい。ただ、自分のメモリ使用率を見る一行を足す。今、自分は抱えすぎていないか。このリクエストを受けたら、自分が落ちないか。優しさを捨てる必要はない。落ちない優しさへ、設計を更新するだけだ。自分を責めるより、メモリ使用率を見る。

第三に、欠陥だと思っている性質を、構造として読み直すこと。あなたが恥じている不器用さ、要領の悪さ、断れなさの裏返しの距離の取り方。それは短期評価では減点でも、長期残存価値では、あなたを守ってきた冗長設計かもしれない。欠陥を直す前に、それが何を防いできたかを、一度、構造として眺めてみる価値がある。

五 最近、何者かになろうと、焦らなくなったなぁ

少し、構造から離れた話をして終わりたい。

この三か月の記事は、読者のために書いたものだと思っていた。だが今は、こうも思う。あれは、五十代のPMおじさんが、自分の人生を後から振り返りながら書いた、静かな自伝でもあったのだ、と。炎上案件、理不尽な顧客対応、組織の矛盾、推し活、AI、五十代になったこと。その全部を通り抜けた後で、ログを集計して、ああ、自分はそういう人間だったのか、と気づいた。優しいまま壊れない、という答えは、自己啓発書で読んだのでも、誰かに教わったのでもない。二十年生きた稼働実績の、集計結果として出力されたものだった。

最近、私は「何者かになろう」と焦らなくなった。若い頃は、まだ何者でもない自分を埋めようと、必死で外側に答えを探していた。だが、自分という固有の振る舞いは、これから獲得するものではなく、二十年かけてすでに稼働してきた実績の中に、最初から記録されていた。だとすれば、これからの十年は、何者かになろうとする十年ではない。自分が何者だったのかを、溜まったログから静かに言葉にしていく十年だ。

AIは、これからますます精緻に「あなたはこういう人です」と分析してくれるだろう。だが、AIが集計できるのは、私が吐いたログだけだ。そのログを生んだ二十年の負荷、炎上の夜の眠れなさ、裏切られた朝の冷たさ、推しに救われた瞬間の熱は、AIには一度も走っていない処理だ。AIは私のログを読めても、私のログを生きることはできない。自分を構造化するという作業の、いちばん深いところだけは、最後まで、自分にしか書けない。

その旅は、もう始まっている。優しいまま、壊れずに。自分のメモリ使用率を、これからも静かに見ながら。

気合や根性ではなく構造として自分を運用する。人を責めるより、構造を見る。自分を責めるより、構造を見る。優しいまま、壊れないこと。

誰かに勝つ輝きではなく、自分を壊さず誰かを少し安心させられる光。短期評価ではなく長期残存価値である。


日々書き溜めたばらばらの文章や、予測不能なトラブルに満ちた現場の記録は、あとから振り返ったとき、自分というシステムがどう動き、どう命を守ってきたのかを証明する唯一無二のログとなります。

優しさを捨てずに、自分のリソースを静かに見守りながら生きること。何者かになるための焦りを手放し、これまでの足跡をそのまま構造として受け入れること。

それこそが、私たちが長い旅路の果てに見つける、最も優しく強かな「長期残存価値」なのだと思います。


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