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二十年PMが見てきた。「何者かにならなくてもいい」——タモリに学ぶ、人生後半の構造

プロローグ

正直に言う。

若い頃の私は、何者かにならなければいけないと思っていた。出世しなければ、成功しなければ、周りに認められなければ、もっとすごい人にならなければ。そんなことばかり考えていた。資格を取り、肩書きを増やし、名刺の余白を埋めることに必死だった。誰かに「何をしている人ですか」と聞かれたとき、一言で説明できる肩書きを持っていないと、自分の存在が証明できないように感じていた。

しかし二十年以上現場にいると、まったく違うことが見えてくる。人生は、何者かになるための競争ではない。そして、その境地を最も静かに、最も長く体現してきた人物がいる。タモリさんである。本シリーズで取り上げてきた五賢人のなかでも、実は一番深い人かもしれない。本記事では、二十年の現場経験と、タモリさんという稀有な存在を重ねながら、AI時代における「何者にもならないという戦略」について考えていきたい。

第一章 タモリは「上」を目指していない

タモリさんは不思議な人である。熱血ではない。野心を語らない。夢を語らない。努力を語らない。勝負を語らない。芸能界という、本来は自己主張と上昇志向で成り立っているはずの世界の中で、これだけ「上」を目指していない素振りを見せる人は珍しい。

なのに、半世紀近く第一線にいる。そして、誰からもあまり嫌われない。これは奇跡的なことだと思う。普通、長く第一線にいる人は、必ずどこかで敵を作る。野心が強ければ反発を買い、主張が鋭ければ味方も限定される。しかしタモリさんには、その種の摩擦がほとんど見えない。理由はおそらく、本人が「勝とう」としていないからだ。勝とうとしない人とは、誰も戦いようがない。これは戦略ではなく、生き方として完成された態度である。

第二章 「やる気」がなくてもいい

タモリさんの言葉で有名なのが「やる気のある奴は去れ」である。若い頃は、もちろん冗談だと思っていた。番組内の軽口だと受け流していた。

しかし五十代になると、この言葉の意味が少し分かってくる。やる気が強すぎる人ほど、人を追い込む。自分も追い込む。正しさを押し付ける。そして、壊れる。やる気そのものが悪いのではない。やる気を周囲に強制し始めた瞬間、それは暴力に近いものに変質する。「なぜお前はもっと頑張らないのか」「なぜ自分と同じ熱量を持たないのか」。この問いが現場に持ち込まれた瞬間、チームは静かに壊れていく。

タモリさんの「やる気のある奴は去れ」は、おそらく彼自身が長年の現場で見てきた真実なのだと思う。熱量の押し付けは、最終的に誰も幸せにしない。だから、やる気がなくてもいい。淡々と、自分の仕事を、自分のペースでこなす。それだけで、十分にプロフェッショナルである。

第三章 PMの現場も同じだった

二十年PMをやってきて、しみじみ思うことがある。本当に安心できる上司は、熱血な人ではなかった、ということだ。

「まあ、なんとかなるよ。」「ダメだったら考えよう。」「別に会社なんて他にもあるし。」そんなことを軽く言う人だった。会議で熱弁を振るうわけでもなく、檄を飛ばすわけでもなく、ただそこにいて、少し冗談を言って、淡々と判断を下す。そういう上司の下では、不思議とみんなが少し安心し、力を発揮できる。

逆に、熱血で「絶対にやり遂げるぞ」と毎日叫ぶ上司の下では、メンバーは疲弊していく。プレッシャーで動く人間は、長くは持たない。安心で動く人間の方が、結果的に成果も出る。タモリさんが半世紀にわたって誰かと一緒に番組を作り続けてこられたのは、彼の周りが「安心の場」だったからだと思う。あの人がいると、なぜか肩の力が抜ける。この空気を作れる能力は、PMにとっても、上司にとっても、最高の資質である。

第四章 世の中のほとんどは「どうでもいい」

タモリさんは「世の中、ほとんどどうでもいい」という感覚を持っているように見える。もちろん、仕事を投げ出せという話ではない。真面目に考えるべきことは考えるし、やるべきことはやる。

しかし、深刻にはならない。この距離感が絶妙なのだ。客ガチャ、上司ガチャ、理不尽、人災、評価の不公平。二十年もやれば、そんなものはいくらでも経験する。一つひとつを人生の一大事として受け止めていたら、心がいくつあっても足りない。

「世の中、ほとんどどうでもいい」というのは、無関心とは違う。重要なことと、そうでないことを、冷静に仕分ける技術である。今日の会議での小さな失言。誰かが自分について言っていた陰口。一度きりの理不尽な評価。これらは十年後には誰も覚えていない。だから、今この瞬間に深刻になる必要もない。本当に深刻に考えるべきことは、人生に数えるほどしかない。そのことを知っている人だけが、長く現場にいられる。

第五章 AI時代に消えない価値

AIは、もっと効率化する。もっと最適化する。もっと正しい答えを出す。そして、迷わない。揺らがない。脱線しない。

しかし、タモリさんのような「力の抜けた知性」は、簡単には真似できない。余白、遊び、ズレ、無駄。番組の本筋から少し外れたところで生まれる一言の面白さ。誰も予想していなかった連想で繋がる雑談。そういうものが、人間らしさの最後の領域なのだと思う。

AIは目的に向かって最短距離を走る。しかし人間の魅力は、しばしば最短距離の外側に生まれる。タモリさんがブラタモリで歩いていた場所、空耳アワーで笑っていた瞬間、いいともで何でもない雑談をしていた時間。あれらはすべて、最短距離からの逸脱である。そして、逸脱の中にしか宿らないものが、確かにある。AI時代に最も希少になるのは、目的のない時間を楽しめる人間の能力かもしれない。

エピローグ

二十年PMが見てきた結論を、もう一度書いておきたい。

人生後半で大切なのは、何者かになることではない。誰かに勝つことでもない。もっと上に行くことでもない。自分の巡航速度で、少し笑いながら、優しいまま壊れず、長く生きること。それだけが、最後まで自分の手元に残る。

タモリさんを見ていると、人生とは、頑張って何者かになる物語ではなく、そのままの自分で面白く生きる物語なのかもしれないと思う。肩書きを増やすことよりも、肩の力を抜くこと。何かになろうとすることよりも、すでにある自分を面白がること。それが、半世紀第一線にいる人の到達点だった。

本シリーズで取り上げてきた五人を並べてみると、誰一人として「もっと頑張れ」とは言っていないことに気づく。明石家さんまの「生きてるだけで丸儲け」、所ジョージの「巡航速度」、高田純次の「真面目に考える、でも深刻にならない」、水木しげるの「無理をしない戦略」、そしてタモリの「何者かにならなくてもいい」。この五人は偶然ではなく、一つの思想を共有する人生後半の五賢人である。そして二十年PMをやってきた今の私には、彼らの態度が怠惰ではなく、長く生き残るための知恵に見える。

気合や根性ではなく、構造として自分を運用する。何者かになろうとせず、すでにある自分を面白がる。優しいまま、壊れないこと。それが、AI時代に長く残るための、もっとも静かで、もっとも自由な戦略である。

本記事を含む一連の記事は、書籍化を視野に入れながら執筆を続けている。

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本記事はshiraco個人の20年のPMおよびITコンサル現場経験に基づく解釈・分析であり、特定の組織、業界、年齢層、人物を批判する意図はない。記事内で使用する「老害」「毒まんじゅう」「汚い現場」といった表現は、現場感を伝えるための便宜的な言語選択であり、特定の個人や属性を貶めるものではない。読者各位の現場状況に応じて、本記事の知見を適宜翻訳・適用いただきたい。

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