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日本ではマイナーな美食の街・揚州には、もう一つの早茶がある

 毎週記事を書くと宣言しながら前回から一ヶ月も空いてしまったが、中国の美食を巡る連載の六回目だ。今回は隠れた美食の都、揚州のグルメについて紹介する。この国に転居してから、それなりに多くの都市で美味しいものを食べてきたが、今のところ私は揚州の食べ物が一番好きだ。日本での知名度は低いものの、日本人の口に合う料理が多い。二回に分けて書くつもりで、今回は早茶、次回は揚州炒飯と深夜食堂を紹介する。

 揚州の早茶は広東のものと比べて大幅に知名度が劣るが、精緻な造りの点心と緑茶の組み合わせは文人的で、私の心を掴んで離さない。上海旅行のついでに立ち寄ることも可能なので、自信をもっておすすめしたい。


何もしないための街、揚州


 随分と前の旅行記にも書いたが、揚州は江蘇省の北部を代表する都市の一つだ。上海からは新幹線で二時間程度で行ける。豊かな歴史と文化を誇る街で、隋の時代に北京と杭州を結ぶ大運河が開かれ、揚州はその中継地として大いに栄えてきた。江南一帯のどこにでもある文人庭園の数々に加えて、清朝の康熙帝が度々訪れた痩西湖があるし、清朝後期には揚州八怪と称される個性的な画家たちも輩出している。

煬帝の陵墓。
痩西湖。
逸圃。

 だから、揚州で観光しようと思えば、いろいろと楽しみ方はある。歴史に興味がある人であれば、十年ほど前にようやく見つかった隋の煬帝の陵墓に訪れたらいいし、美景が好きな人であれば、痩西湖に加えて、民国初期の清雅な庭園・逸圃などに行けばいい。

 しかし、揚州での観光はあくまで時間潰しに過ぎない。それが上海や杭州のような大都市との大きな違いで、ただ旧フランス租界を歩いているだけでも瀟洒な街並みが視界に入って面白いとか、西湖のほとりでベンチに座って人々が憩う様をぼんやりと眺めているだけで癒されるとか、そうした外部から勝手に供給される楽しみは揚州に存在しない。この街にも観光地は多々あるが、大抵は一時間もあれば見終わってしまう。

 結局、この街に行く意義は、何もしないことに尽きる。揚州において「何もしないこと」が意味するのは、ただ飯を喰らい、風呂に浸かることだ。揚州人はこの街の暮らしを「早上皮包水、晚上水包皮」という言葉で巧みにまとめている。直訳すれば「朝は皮が水を包み、夜は水が皮を包む」だ。前者は早茶の様子、すなわち急須の茶や包子を、後者は公衆浴場で人々が風呂に浸かっている様を喩えている。

百年以上続く明星浴室。ネタなのかリテラシーの問題なのか分からないが、中国の地図アプリでは「室浴星明」と登録されていた。

 早茶は以下で紙幅を割いて解説することとして、揚州の入浴文化はなかなか面白い。浴室とか澡堂とか呼ばれる公衆浴場が至るところにあるのだが、誤解を恐れずに簡略化すれば、これは三助さん付きの銭湯だ。浴場の一角には整骨院のベッドみたいなものが並んでいて、そこに行けばアカスリ、按摩、洗髪などのサービスが受けられる。男湯の三助さんは上裸の初老男性であることが多く、場合によっては全裸だ。

 以前、日本人の友人と入浴した時、二人で並んで長椅子に横たわり、上裸の爺さんたちに身体のあらゆるところを布で力強くこすられた。普段は二人で社会や政治などについてよく話している分、ただ無心になって老人に身を任せ、時に揃って情けない声を出したのは実に愉快だった。

 何にせよ、揚州は日頃の疲れが溜まった時に何も考えないまま行くと楽しい街で、上海の夜景を見てキャピキャピしたい若人たちにはまだ早いかもしれない。

快楽は朝の早茶から始まる

 下らない話はさておき、揚州の朝食文化である早茶は文人らしい気品に満ちている。早茶といえば一般的に広東のものがよく知られているし、その素晴らしさも承知しているのだが、ひねくれ者で王道を避ける私はやはり揚州式早茶に心惹かれてしまう。二つの早茶の違いを絵画に喩えれば、広州の早茶は色彩豊かな印象派で、揚州の早茶は白黒の水墨画だ。しかし、水墨画に二色しか無いからといって、描かれた世界が豊かでないなどと誰に言えるだろうか。

 広東式早茶と比較した時、揚州式早茶には大きな特徴が二点ある。第一に点心だ。広州式早茶ではエビ焼売やらマーラーカオ、鶏の爪など、様々な点心が玉手箱のように出てくるが、揚州式早茶では食べ物の種類が限られている。小麦粉を使った蒸し物が大半を占め、それに多少の小皿料理を合わせるスタイルを取っている。卓上では小麦の白と醤油の黒が目立つので、先ほど水墨画と喩えたのには視覚的な意味もある。

 第二に茶だ。広東の早茶は烏龍茶や普洱茶と合わせることが多いのに対して、揚州は地元特産の緑揚春を中心とした緑茶を合わせるのが基本だ。ただ、朝は点心、昼以降は普通の料理を中心に提供するスタイルなのは、広東も揚州も同じだ。

 揚州式早茶の代表的な食べ物を紹介しよう。第一に燙干絲である。過去の記事でも紹介したが、これは半干しにした豆腐を薄い層状に切り、それをさらに糸状に切ったものだ。揚州では概ね二通りの食べ方があり、醤油味の鶏がらスープに干しエビを加え、上から糸切り生姜やパクチーを乗せたもので、二つ目は白濁したスープで中華ハムや河エビと一緒に煮込んだものだが、早茶で一般的に食べるのは前者だ。

 深皿になみなみと注がれた醤油色のスープに、柔らかい白色の糸切り豆腐が険しい山のように積み重なっている様は、食卓にささやかな気品を添えてくれる。口の中でほろほろと豆腐が崩れ、スープの澄み切った塩気や香味野菜の香りが伴う味わいも、見た目に劣らず、朝にふさわしい凛とした品格をたたえている。

 ちなみに、恐らく中国でも一店舗だけだと思うが、揚州には燙干絲の屋台がある。湾子街というローカル感たっぷりの細長い通りに店を出していて、間に合わせのテーブルが一台だけ通りに置いてある。ここの燙干絲がなかなか魅力的で、レストランで出てくる大概のものよりも美味しい。

 店主のおじさんはもともと国営企業で働いていたのだが、九十年代に大規模なリストラの煽りを受けて失職し、それから燙干絲だけで生計を立てている苦労人だ。したがって料理の修行を積んだ人ではないのだが、多くの早茶店が機械で干豆腐を切っているのに対して、おじさんは包丁一本で燙干絲を作り続けており、これが味に決定的な差を付けている。機械で作った干豆腐は食感が均一になるが、包丁で作ったものは一本一本の形に微妙な揺らぎが生じるので、食べていて飽きが来ない。

 むろん、レストランでも多少追加でお金を出せば手で切ったものを出してくれるようだが、所詮豆腐はどこまでも豆腐なので、私はおじさんのところで食べ続ければそれでいいと思っている。

 しかも、このおじさんは燙干絲の地方発送まで対応しているので、私は隔週に一度くらいの頻度で蘇州までクール便で送ってもらっている(気になる方はX経由でご連絡ください)。美味しいだけでなくカロリーも控えめなので、減量の時にもありがたい食べ物だ。

翡翠焼売。

 続いては小麦粉を使った蒸し物各種である。揚州の点心類でも代表的な二品が翡翠焼売と千層油糕で、あまり由緒のある呼び方ではないのだろうが、合わせて「揚州双絶」と称されている。翡翠焼売は主にナズナなどの葉物野菜を刻み、細切りにした中華ハムと一緒に包んだ焼売だ。薄皮を齧ると少し甘めの餡が口内に飛び出してくるのだが、野菜の爽やかな香りにハムの旨味が加わり、均衡の取れた豊かな味わいが広がる。

千層油糕。

 千層油糕はラードと砂糖入りの生地をミルクレープのように何層も重ねて蒸し揚げ、菱形に切って飾り砂糖を乗せたものだ。ほんのりと甘い生地が口の中で柔らかく崩れるのが食べていて心地良い。中に何かが入っているわけでもないので、一見何ということはない点心なのだが、生地の良し悪しや成形の技術が直接問われる分、高い技術が必要な一品だ。

 包子だって主役級の役者だ。中身のバリエーションは非常に豊富だが、特に有名なのは三丁包、五丁包だろう。三丁包は賽の目切りにした豚肉、鶏肉、たけのこを餡にしたもので、五丁包はそれに河エビとナマコが加わる。どちらも味付けは日本の肉まんにかなり似ているが、中からごろごろした具材が出てくるのは揚州特有だ。個人的には三丁包がオススメで、五丁包は材料が増える分値段も高くなるうえ、下手な店だと海鮮の生臭みで味が台無しになるリスクがある。

灌湯蒸餃。

 他にも豆沙包(あんまん)、芝麻包(黒胡麻まん)、青菜包、蟹黄包(上海蟹入り肉まん)など、包子の種類は枚挙にいとまがない。揚州人にザリガニ包も美味いと言われたことがあるものの、まだ試せていない。また、巨大な蒸し餃子の灌湯蒸餃は、二、三個食べれば満腹になってしまうリスクがあるものの、生地にパンパンに詰まったスープが口内で炸裂して痛快だ。

 揚州の点心は、精緻の一言に尽きる。蒸し物類は包み方が非常に丁寧で、頂点に向かって均等に揃ったひだを見ているだけで愉快だし、箸や手で掴んだ時にハリのある生地が柔らかな抵抗を表すのも実に艶かしい。日本でも中国でも包子など実にありふれているが、真剣に作ればここまで優雅になれるのだと誇示しているのが、揚州式早茶なのだ。

 他にも脇役たちが控えている。揚州市内の高郵で特産の咸鴨蛋(アヒルの卵の塩漬け)はざらりとした黄身に濃厚な旨みが詰まっているし、揚州の南にある鎮江で発祥した肴肉(豚肉のにこごり)も炭水化物ばかりの早茶にアクセントを添えてくれる。かけそばの陽春麺も揚州名物で、醤油味の鶏がらスープにエビの卵を加えて黒胡椒を効かせ、平たい細麺を入れたものだ。かなり胡椒の味が強いので面食らうかもしれないが、時たま食べると案外悪くない。小さな海老ワンタンを加えることだってできる。

早茶デビューにおすすめの店


 揚州の早茶店は無限にあるが、主要な店は三春(富春、冶春、共和春)三園(趣園、怡園、香園)と総称されている。私もまだ自分の中での正解を探りつつある段階だが、とりあえず上記のうち共和春以外には足を運んでいるので、その中から三店を早茶デビューに勧めたい。

1. 趣園茶社

 揚州迎賓館の中にあるレストランで、点心の出来や環境の良さなどを総合的に判断すれば、揚州一の早茶と呼んでもあながち間違いではあるまい。揚州の飲食界では、揚城一味という悪党みたいな名前のグループが一大勢力を築いていて、この店は彼らのフラッグシップの一つだ。

 この店はとにかく調理技術が高く、前菜のきゅうりなども極めて細かく正確に刻んで蛇腹状にしてしまうし、豆沙包の餡は中国で平均的なものとかけ離れてきめ細かく、甘さが控えめなところに高級店の自負を感じさせてくれる。また、この店を含めて揚城一味が出している翡翠焼売はとりわけ美味しく、中国でさまざまな点心を食べた中で一番好きなのがこれだ。

 普通の早茶の倍くらいの値段はするので一部の人民からは非難轟々なのだが、一人で点心を腹一杯食べても三千円以内には収まるので、平均的な日本人からすれば許容範囲内だろう。朝、昼、夜と営業しているが、夜の部で出てくる淮揚料理はただ割高なだけで、特に感動するほどの味でもないので、お得に点心が楽しめる朝の時間帯に行くことを勧めたい。

 ただ、この店の問題は席の確保だ。事前にネットで高めのセットメニューを頼んでおけば席は確保できるらしいが、早茶をアラカルトで堪能したければ、朝その場で整理券を取るしかない。特に土日は相当早起きしなければ食事にありつけないらしいので、私は平日に行くことにしている。これまで二回ほど揚州迎賓館に泊まり、広大な敷地内を散歩して悠々と趣園茶社に向かったことがあるが、あれは実に優雅なひと時だった。

2. 怡園酒店

 趣園茶社は独自の高級路線を行っているが、オーソドックスな早茶が特に美味しいのが怡園酒店だ。包子類の生地が絶妙にもちもちしていてたまらないし、きちんと甘い豆沙包は至福の味わいだ。千層油糕も生地の繊細さは趣園茶社ほどではないが、上に乗っている飾り砂糖が緑と赤のクリスマスカラーで何となく明るい気分にさせてくれるし、口にすればふんわりとした甘さが広がる。味だけで言えばこちらの方が美味しい。

 ここは昼や夜に食事をしに行っても満足できる店で、タウナギとニラの炒め煮などは教科書的な美味しさで安心できる。良い意味で趣園茶社と毛並みが違うので、私は今後この二店をローテーションすればそれでいいのではと思い始めている。

 ロケーションも抜群で、揚州のランドマーク的な古建築である四望亭(南宋か明の頃に建てられたらしい)がガラス越しによく見える。ちなみにここもホテル内のレストランなので、泊まれば順番待ちをスキップして食事にありつけるらしい。趣園茶社ほど混まないので、いつ行っても多少待てば座れるが、しかしエレベーターを降ればこの早茶が待っている体験は一度味わってみたいものだ。

3. 富春茶社


 この二店に次いで富春茶社も悪くない。上述の店舗の中では最も歴史がある店の一つで、1885年に創業している。燙干絲はきちんと包丁で切っているし、どの点心も及第点の味わいだ。独自にブレンドした緑茶の魁龍珠も香ばしい味わいで点心によく合う。ちなみに、小林秀雄が戦時中にわざわざ上海から汽車に乗って訪れたのがこの店だ。「蟹まんじゅう」というエッセイに綴られていて、短いながら面白いので、興味があれば読んでみてほしい(所収はこちら)。

おまけ:緑茶が買いたくなったら

 揚州で緑茶が買いたくなったら、老舗の緑楊春で購入を検討してもいいだろう。市内に何店舗もあるので気軽に買える。中央政府も認定した老舗なのだが、驚くほど商売っ気がない。やる気のないおばちゃん店員たちが、田舎のふりかけみたいなプラスチックの袋に茶葉をバサっと入れて販売してくれるが、味はそんなに悪くない。私が買ったのは安めのものだったが、きちんとした新茶などを買えばもっと美味しいのだろう。個人的には杭州の龍井茶や蘇州の碧螺春茶に比べて個性が埋没している気もするが、しかし別に悪いというわけでもない。

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