#21|大企業の意思決定を、毎週止めずに回す方法
今回からBuilder連載は、第2章「実践編」へ入ります。
第1章で言語化した「見立てる・つなぐ・形にする」を、実際の仕事でどう使ったのか。AIとの具体的な協働方法まで含めて紹介していきます。
【この記事で学べること】
少人数で160を超えるタスクを束ね、大企業の意思決定を毎週前へ進める方法。
【1分でわかる、この記事のポイント】
・大手企業の新規事業PoCで、企画、営業、マーケティング、調査のプロを束ね、広告主開拓、機材設置、現場運用、アンケート、収支試算まで、160を超えるタスクを少人数で同時に動かした。
・水曜に専門家の情報を集め、木曜にクライアントと検討。会議で生まれた論点を、AIで即座に議事録、WBS、次の資料へ反映し、金曜に共有、月曜の社内報告へつなぐサイクルを毎週回し続けた。
・AIの出力を変えるのは、プロンプトの巧さだけではない。「誰が、いつ、何を決めるのか」から逆算し、AIを資料作成者ではなく、意思決定を前へ進める基盤として使ったというお話。
Builder|Issue #21
第2章|Builderの実践――正解のない仕事をどう動かすか
木曜午前の会議が終わった。次の締切は、翌日だった
木曜午前、大手企業と進める新規広告事業の定例会議が終わった瞬間、次の締切が決まりました。
翌日の金曜午後です。
私はこれまで、大手企業の新規事業や、多くの関係者が動くプロジェクトをいくつも経験してきました。短期間のPoCほど、予定外の論点や判断が次々に生まれることも分かっています。
それでも、今回のプロジェクトは別格でした。
事業化する場合、どれほどの費用がかかるのか。広告主を獲得するための営業工数を、収支へどう織り込むのか。施設を増やしたとき、現場の運用は本当に回るのか。
それだけではありません。
「自社のブランド価値を毀損しないか」
「競合企業や取引先との関係に影響しないか」
「グループ会社が進める別の取り組みと競合しないか」
現場担当者だけでは答えを出せず、社内の関係部署や責任者へ確認しなければ進められない論点も、次々に出てきました。
そのたびに、クライアントは社内会議へ議題を上げ、判断を仰ぐ必要があります。
ところが、その会議に必要な資料の一次提出は、翌日の金曜午後。さらに、その資料を使った社内報告が月曜午前に控えていました。担当者が週末前に内容を確認し、自分の言葉で説明できる状態にしておく時間も必要です。
木曜の会議で生まれた問いを、翌日には社内の判断材料へ変える。
残された時間は、実質一日でした。
金曜に間に合わなければ、月曜の検討材料が不足する。月曜に判断できなければ、プロジェクトの意思決定は次の機会まで持ち越されます。
私たちにとっての締切は、契約書に書かれた納品日ではありませんでした。私たちの締切は
クライアントが、次に社内で説明し、判断する日。
そこから逆算し、木曜に生まれた論点を、金曜までに次の判断材料へ変え続けなければならなかったのです。
「広告を流す」だけでは、PoCにならない
このプロジェクトのもう1つの特徴は、広告を配信する先が自社媒体ではなく取引先の場所を使う事でした。
まずPoCの舞台として選んだのは、富裕層や企業経営者も多く訪れるゴルフ場です。二つの施設にディスプレイを設置し、広告を配信。来場者や広告主の反応を確かめます。
一見すると、やることは単純に見えます。
しかし、ディスプレイに広告を流しただけでは、事業化の判断はできません。
媒体として価値があるのか。広告主を継続的に獲得できるのか。施設の現場で無理なく運用できるのか。設置先を増やしたとき、採算が成り立つのか。
PoCで確かめるべきなのは、「広告を掲出できたか」ではありません。
何が分かれば、この事業を続けるか、やめるかを判断できるのか。
最終的な意思決定から逆算し、PoC全体を設計する必要がありました。
WBSに並んだ、160を超えるタスク
このプロジェクトには、企画、営業、マーケティング、調査の各分野で経験を持つプロを集めました。
私は、それぞれの専門家を一つのチームとして束ね、プロジェクト全体を前へ進める役割を担います。限られた期間と予算のなかで、最初にAIと行ったのは、広告のアイデアを考えることではありませんでした。
プロジェクトに必要な仕事を徹底的に洗い出し、WBSへ落とし込むことです。
完成したWBSには、160を超えるタスクが並びました。
事業モデルとPoCの設計。施設との調整。広告主候補の選定と営業。広告審査。機材の調達と設置。配信設定。アンケートの設計。現場への運用説明。結果分析。収支試算。最終報告書。
さらに、その一つひとつに、担当者、期限、前後の依存関係、クライアント社内の報告予定がひもづきます。
難しいのは、160個のタスクを書き出すことではありません。
どのタスクが、誰の、どの判断につながっているのかを見えるようにすることでした。
AIへ単に「PoCのタスクを洗い出して」と頼めば、一般的な一覧はつくれます。
そこで、事業化判断の期限、関係者、社内報告の順番、検証したい仮説まで伝えました。そのうえで、AIへ繰り返し問いかけます。
この事業の判断が途中で止まるとしたら、何が足りないか。
AIで抜け漏れの候補を広げ、各分野の専門家が現実に合わせて選び直す。
AIに計画を任せたのではありません。人間が判断するための地図を、AIと一緒につくったのです。
私たちの一週間は、水曜10時から始まった
クライアントとの定例会議は、毎週木曜の午前でした。
しかし、私たちの一週間は、その前日の水曜10時から始まります。
水曜のチーム定例では、企画、営業、マーケティング、調査の担当者が、前週の会議後に起きた変化を持ち寄りました。
確認するのは、単なる進捗率ではありません。
・前週と比べて、何が変わったのか
・当初の前提と異なる事実は出ていないか
・木曜の会議で、何を決めてもらう必要があるか
・その判断に必要な材料は揃っているか
営業担当がつかんだ広告主の反応。調査担当が見つけた来場者の変化。運用担当が感じた施設現場の違和感。
それらを個別の報告で終わらせず、「事業化の可能性をどう変える情報なのか」まで整理し、翌日の議題へ変換しました。
木曜の会議が終わると、文字起こしとメモをすぐにAIへ渡します。
決定事項、未決事項、前週から変わった前提、新しく生まれたタスクを抽出。WBSと役割分担を更新し、修正が必要な資料を洗い出します。
そして金曜午後までに、次の社内報告に必要な形へ変えて共有する。
水曜に情報をそろえる。
↓
木曜にクライアントと検討する。
↓
金曜までに次の形へ変える。
↓
月曜の社内報告で、次の判断へ進む。
このサイクルを、毎週止めずに回しました。AIがなければ難しかったのは、資料をきれいにつくることではありません。
会議のたびに生まれる大量の論点を拾い、既存のWBSや複数の資料へ反映し、わずか一日で次の意思決定につなげ続けることでした。
AIに任せたのは、判断ではなく「判断の前処理」だった
このプロジェクトでは、AIを幅広く使いました。PoCの進め方の壁打ち、タスクの洗い出し、WBSや役割分担表の更新、要件定義書や営業資料のたたき台、アンケート設問、回答分析、競合調査、価格案、収支試算、議事録、資料レビュー、最終報告書の構成などです。
こうして並べると、AIがプロジェクトを動かしたように見えるかもしれません。しかし、AIが広告主と交渉したわけでも、現場と運用を調整したわけでも、事業化の可否を決めたわけでもありません。
営業のプロが相手の反応を読み、調査のプロが設問を考え、現場を見たメンバーが違和感を持ち帰る。私はそれらを一つのプロジェクトとして捉え、次に何を判断すべきかを考える。
AIが担ったのは、その判断を速く、抜け漏れなく行うための「判断の前処理」でした。
特に効果が大きかったのは、会議を議事録で終わらせなかったことです。会話からタスクを抜き出すだけでなく、「どの前提が変わったか」「既存資料のどこを直すか」「次の社内報告で何を聞かれそうか」までAIと確認しました。
会議を記録するのではなく、次の判断へ変換する。AIはそのための共通基盤になっていきました。
今なら、AIへこう指示する
この事例を今の私がもう一度進めるなら、AIへ最初から完成した資料を求めません。次の意思決定と期限を伝え、そこへたどり着くために何が必要かを考えさせます。
例えば、木曜の定例会議が終わったあとであれば、次のように依頼します。
以下は、新規事業PoCの定例会議の文字起こしです。
次の社内報告は月曜午前、資料の一次提出は金曜午後です。
1.決定事項、未決事項、前週から変わった前提を分けてください。
2.月曜の判断に足りない情報を指摘してください。
3.金曜までにつくる成果物、担当者、期限を一覧にしてください。
4.既存資料のうち、修正が必要な箇所を示してください。
事実として確認できない内容は、推測で埋めず「要確認」としてください。
大切なのは、「議事録をつくって」とだけ頼んでいないことです。AIに伝えているのは、会議の用途、次の意思決定、期限、必要な材料です。それが分かることで、AIは発言の要約ではなく、次の仕事につながる整理ができます。
資料をレビューさせるときも同じです。「分かりやすく直して」ではなく、「月曜の会議で、PoCを次の段階へ進めるか判断してもらう資料です。判断できない箇所、根拠が弱い箇所、質問されそうな箇所を指摘してください」と伝える。
AIのアウトプットに差が出るのは、特別な呪文を知っているからではありません。仕事の目的、相手の立場、判断の期限、必要な材料を、どこまで具体的に渡せているか。その前段の見立てによって、答えの質が変わります。
もちろん、AIの指摘をそのまま使うわけではありません。文字起こしには誤認識がありますし、もっともらしい因果関係を補うこともあります。最終的には、実際に会議へ参加した人が事実を確かめ、採用する内容を決める必要があります。
後から振り返ると、つくっていたのは「意思決定のリズム」だった
このプロジェクトで依頼されたのは、新しい広告事業のPoCでした。実際につくったものは、広告媒体、営業資料、アンケート、WBS、報告書など数多くあります。
しかし、後から振り返ると、本当に価値があったのは、それらの成果物だけではありませんでした。
水曜に専門家の知見を集め、木曜にクライアントと確認し、金曜までに次の形へ変え、月曜の社内説明へつなぐ。この「意思決定のリズム」をつくり、毎週止めずに回したことが、私たちの仕事だったのだと思います。
AIによって速くなったのは、資料作成だけではありません。木曜の会議で生まれた問いを、月曜の意思決定へ届けるまでの時間でした。
あなたが今つくっている資料は、誰が、いつ、何を決めるためのものでしょうか。
このPoCでは、来場者から600件を超える反応が集まり、媒体としての手応えも得られました。それでも、事業化を決めるには別の条件が足りませんでした。次回は、反応数だけでは判断できなかった理由をご紹介します。
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