【中編】運命を左右した「4時間」の話
1月後半、滑り止め受験。
2月前半、第一志望の前期試験。
結果は、それぞれ約2週間後に分かる。
滑り止め校の結果は、合格だった。
――ここまでは、よかった。
けれど、本当の問題はその先にあった。
第一志望校の前期合格発表日と、
滑り止め校の入学金振込締切日が、
まったく同じ日だったのだ。
滑り止め校の入学金は約25万円。
決して裕福とは言えない我が家にとって、痛すぎる金額だった。
もし第一志望に受かっていれば、このお金は無駄になる。
だから私は、まず合否を確認してから、入金に向かってもらことに決めた。
第一志望校の合格発表は午前10時。
滑り止め校の入学金振込締切は午後2時。
その間、4時間。
私が住んでいるのは、田舎の車社会。
最寄りの郵便局までは車で約30分ある。
「4時間もあれば余裕だろう」
そう信じて疑わなかった。
そして迎えた、第一志望校の合格発表当日。
午前10時。
祈るようにパソコンを開く。
表示された文字は――不合格。
息が詰まった。
視界がにじむ。
だけど、中期と後期はまだ残っている。
落ち込むのは後だ、と自分に言い聞かせた。
ただ、ここで入学金を払わなければ、
状況は一気に“完全一本勝負”へと変わる。
もし中期・後期で少しでもミスすれば、浪人は避けられない。
それでも親は、迷いなく言った。
「保険は持っておいたほうがいい」
親のその言葉を支えに、申し訳なさを胸に押し込んで、振り込みに向かってもらった。
郵便局に向かってもらったのは、午前11時前だった。
まだ十分間に合うはず――
そう思っていた。
けれどその日は、記録的な大雪だった。
空から落ちてくる雪は、
景色を白く染める、なんて甘いものじゃない。
世界の形が失わせるほどに、
音も飲み込むほどに降り続いていた。
外を見ると、道路にはすでに何台もの車が並び、列はどんどん伸びていく。
まるで時間ごと凍りついたように、車が一切動かない。
私は家で、ひたすら時計と合否の画面を見つめていた。
第一志望校が不合格だった悔しさと、
中期・後期を絶対に落とせない恐怖。
それに加えて、車が全く動かないという新たな不安が、胸の中で渦を巻いていた。
「なんで今日に限って……」
何十回も心の中で呟いた。
まもなく、13時。
入金締め切りの1時間前。
親からは、
「車が全く動かない」との連絡が。
やはりそっちでもそうなのか。
嫌な汗が背中を伝う。
もう、歩ける距離じゃない。
歩いても間に合わない。
車を捨てて向かわせるわけにもいかない。
外に出たら、凍えるほどの寒さだ。
時間だけが、ただただ溶けていく。
振込締切の14時が、容赦なく迫ってくる。
13時45分頃。
絶望が形を帯び始める。
親からの電話。
「だめだ。道が全然動かない。
このままじゃ、間に合わないかもしれない。」
その現実が喉を塞いだ。
息が浅くなる。
そして、
残酷な知らせが届いた。
「ごめん……間に合わなかった」
親の声は震えていた。
終わった。
ほんとうに、終わった。
あれほど必死に選んだ“保険”という盾は――
一瞬で、雪に埋もれた。
私はその場で崩れ落ちた。
あれだけ反対されていた完全な一本勝負が、
現実になってしまったのだ。
気づけば、手が震えていた。
何も考えられなかった。
そしてようやく、思い知らされる。
「保険がない」という事実が、どれほど心を追い詰めるのか。
ただ流れる涙をどうすることもできず、
担任の先生に電話をした。
電話越しでも分かるほど、先生は驚いていた。
でもすぐに、いつもと同じ低い声で、はっきりと言った。
「大丈夫。お前ならやれる」
模試でE判定しか出なくても、
担任はいつも、私を信じてくれていた。
その言葉に、また涙があふれた。
――信じてくれている人がいる。
崖っぷちでも、見捨てずにいてくれる人がいる。
それだけで、私はもう一度ペンを握れる気がした。
ここからだ。
本当の戦いは。
私は再び、机に向かった。
中期・後期試験まで、もう1ヶ月もない。
ここからの1ヶ月弱が、私の人生を左右する。
そう思った瞬間、怖さも焦りも、
全部どこかへ消えていった。
残ったのはただひとつ。
――もう、やるしかない。
泣きながらでも、落ち込みながらも、
ただひたすら机に向かった。
そして迎えた、中期試験当日。
震える手でペンを握り、
これまで積み上げてきたもの全部を解答用紙に叩きつけた。
結果は―― 補欠合格。
※補欠合格とは、正規の合格者が入学を辞退した場合に、その空いた定員を埋めるために追加で合格となる可能性のある候補者として選ばれることである。
まさに、「宙ぶらりん」とは、こういうことか。
落ちたわけではない。
でも、受かったわけでもない。
首の皮一枚で繋がっているような、
針の先に立たされているような、
そんな残酷な場所に、私は放り出された。
希望と絶望のあいだで、
心臓が休まる瞬間なんてひとつもない。
それでも――前を向くしかなかった。
まだ後期が残っている。
補欠という言葉に、少しだけ救われそうになったけれど、安心していい状況じゃない。
落ちたと思って勉強する。
それくらいの覚悟でいなきゃ、勝ち取れない。
悔しさと不安を引きずったまま、
私はまた机に向かった。
そしてまた、事件が起きる。
後期試験が目前に迫ったある日、
突然、首と顎に激痛が走った。
首が、動かない。
口も、開かない。
食べることも、横になることすら、
まともにできなかった。
すぐに病院へ行き、精密検査を受けた。
医師は静かに告げた。
「おそらく、強いストレスが原因ですね」
今思えば、
私は自分で思っていた以上に、
深く深く追い詰められていた。
振り返れば、
いつ倒れてもおかしくない状況の中で、
それでも前に進もうとしていた。
なのに、よりによってこのタイミングで
体が悲鳴を上げるなんて。
なんで今なの。
神様は、どこまで私を試せば気が済むの。
何度泣いただろう。
もし、これ以上ひどくなったら?
勉強どころじゃなくなったら?
後期まで辿り着けなかったら?
これまでにない不安が一気に押し寄せてきた。
怖かった。
あまりにも不幸が集中して襲ってきていることが。
それでも――
立ち止まれば終わることを、私は知っていた。
泣きながら教科書を開き、
痛み止めを飲み込み、机にへばりついた。
試験は、待ってくれない。
そうして身体が限界を訴え続けたまま、
後期試験当日を迎えた。
.......【後編】に続く
最後までお読みいただきありがとうございます。🫶
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