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自己紹介。自分に自信がない&老後まで自由を諦めていたワンオペイライラワーママの私が、自分を大切に思えるようになり、ニコニコ人生満喫するようになった話♡

初めまして!

MBTIは、仲良くなると変人っぷりを発揮する松村北斗さんと同じINFP😌

ゆるく楽しいの大好き✨

HSS型HSPで、ふかふかお布団とひとりカラオケ、旅行、温泉が大好きなのんびり屋♡そして、とびきり元気でやんちゃな2児のママの
らくちゃんこと岡本楽子です🩷

◎岡本楽子/夫婦円満ワクワクライフクリエイター /自由な愛されママ管理栄養士

ママの私をもっとラクに楽しく♡10年後の私に感謝される私になる♡笑顔の1日を一緒に増やしていこう♡

夫婦円満にママのワクワクライフを作る『毎日記念日』講座主宰。 (楽×恋×食がテーマ✨)

ただ知識を学ぶだけでなく、実生活への活かし方を一緒に考えサポート!

「芯のある優しさ」「涙が止まらない」「なんで私のことこんなにわかったの?」「楽ちゃんといると出来ないと思いこんでいたことが出来た✨」などの声が☺️

時間ない💦お金ない💦自信ない😢💦 来世に期待するほど人生を諦めていた自己犠牲ママ➡️ 夫婦円満・笑顔溢れる毎日に♡食事など日常を楽しみながら、非日常(単身ドバイ旅行)も楽しむフリーランスへ✨

\家族を大切にしながら、自分らしく生きる♡/

管理栄養士として、疲弊ワーママを救う「脳内メモリに余白をつくる献立術」を提案し、ココナラ献立ランキングで1位を獲得🏆 シンプルで再現性が高いレシピも評判♡

私は今、必死で家事育児をこなし、バタバタ忙しかった涙の日々から卒業し、子どもや夫と笑顔で関われる“ゆとり”のある毎日を送っています。

2児の小さい子どものママだけど、単身で国内&海外共に飛んで行け、自分のやりたいことを、家族を大切にしながらできるようになりました☺️

一生に一度は見てみたかった涅槃像も観に行けた✨(ワットポー)


何食べてもめちゃくちゃ美味しかったタイのレストラン


素敵な夜景が見えるバーで大人女子会
和気あいあいパーティー


一生忘れられないドバイの爆笑砂漠旅


「どうして行けたの!?」って何度も聞かれるドバイ旅。大切なことにたくさん気づけた。


大人になってから出会った友人。女子ばっかりの合宿


昼も、


夜も、お出かけできるように♡


平日だって遊んじゃう✨


リッツカールトンで派手派手パーティーにも参加✨


サポート生と。最初は「出来ない」と言っていたけど、あれよあれよという間にタイ🇹🇭までやってきた😆✨


もちろん家族時間も通常運転で満喫✨


元気すぎて😆家族写真は、大体ブレているか誰かいない🤣笑。


月1カラオケは、時々は家族も一緒に♡


夫と2人で居酒屋デートも♡



私は地方在住なのですが、あまりにいろんな所に現れるフットワークの軽さに

・「ママだって知らなかった」
・「都内在住だと思ってた!」
・「羽🪽生えてる!?」

って言われることが何度も🤣✨

昔の私を知っている人からは「別人に見える」と言われるような変化が起きています。

今ではこんな感じの私なのですが、つい3年ほど前までは、来世や老後に期待するほど人生を諦めていました。


1日の終わりは本当にこんな感じ。寝たのか気絶したのか


ワンオペワーママタスクをこなす日々毎日限界ギリギリ余白ゼロ💦
寝るというか気絶💦時には夜中に起きて泣きながらお皿を洗ったり😢

子どもを急かしてばかり余裕がない😢
本当はいつも笑顔の優しいママでいたいのに鬼ババのように怒ってしまう自分が嫌い😭

・自由に飲み会に行ったり、趣味のものを買ったり、いつまでも独身感覚でお金や時間を使う夫が許せない😠
・老後資金や教育費が心配で、節約至上主義。

生活を楽にしようと始めた副業は、自信がなくて進めない。お金も口コミも素直に受け取れない。人と比べては落ち込む😢
・自分に自信がない

「家族のために」と思ってしていることで、家族がギスギス
・毎日疲れ切っている。
自分時間は全然ない。自由もない。余裕がない。心から笑えない。

・「私の人生終わった。」「結婚相手を失敗した。」「人生の選択を間違えた。」「私がやりたいことをやるのは、もう老後まで無理なんだ😭」と老後&来世に期待
する。

約3年前まで、本当に人生を諦め切っていました。

これは世間の常識に縛られていた私のこじらせの歴史と、そこから抜け出そうと一歩ずつ“気づき”を得て、人生を変化させてきたお話です☺️

【こんな人に読んでほしい】

・共働きなのに家事育児を一人で抱え、いつも疲れている

・やりたいこと=目一杯寝ること。でも休むことに罪悪感がある

・頑張っているのに報われない😭もうこれ以上頑張れない

・「良い妻・良い母」でいたい

・いつしか心からの笑顔を忘れてしまった。人に気を遣いまくり作り笑いがベース

・本当は笑顔のママでいたいのに、子どもにイライラしてしまう自分が嫌い

・夫に不満がある。「離婚」の文字が頭をよぎる瞬間がある

・自分の人生を生きている感覚がない。幸せなはずなのに満たされない

・「人生失敗した」「私はもう変われない」と半分人生を諦めている

・自由になりたい!でも家族だって大切にしたい!!✨


そんな方に読んでもらえると、苦しい現実を抜け出すヒントになるかも知れません☺️💡

めちゃくちゃ長いですが、最後に特別なプレゼントもあるので、ぜひお付き合いください☺️

目次

①絶望 本当の願いに気づいた日 編
②生い立ち 心と体のコンプレックス 編
③若い時の苦労は買ってでもせよ 頑張りすぎた仕事 編
④関白宣言に勝手に振り回され 振り回した結婚生活 編
⑤今度はやりがいを求めて 編
⑥お金がなくてじっと手を見る 編
⑦更なる理想を目指して転職 編
⑧大切にしたいものを大切にするために 編
⑨最大の難関。自信がない。描いた未来と違う 編
⑩自信ない。本末転倒な家族仲からの転機 編
⑪本来の自分で生きる 編
⑫気づきとまとめ
#️⃣特別なお知らせ&プレゼント🎁



(絶望 本当の願いに気づいた日 編)

ドラマに出てくるようなワンオペワーママ。命を削る限界ギリギリの日々を過ごしているにも関わらず、私はそれが「異常」だとは1ミリも思ってもいませんでした。


「母になったらみんなこんなもの」

「みんなしている」

「仕方ない」

イライラするのは自分が未熟だから。
出来ないのは努力が足りない。
もっともっと頑張らないといけない。


むしろ全て、結婚したら、母になったら、「普通」のこと。


出来ないのは私が悪い。

そして、「これ以上望むなんて贅沢」「幸せである」と思わないといけない、思おうと自分で自分を納得させていました。


当時はいい写真だと思っていたけど、今見ると「目が全然笑ってない」な1枚。



それは、夫婦関係においても同じでした。

「結婚して数年経ったら夫婦はこんなもの」「私は幸せだ」「仲が良い」と思いたかった。



私と夫は結婚前、仲が良かったです。(←そりゃ結婚するくらいだからね😂♡)



でも、仲が良かったはずの夫。
一生、一緒に生きようと思った夫と生活を共にする中で、私は少しずつ不満を溜めていきました。

「空気読んでよ、分かるでしょ?」

して欲しいことを期待しては、思い通りにならない夫、気が利かない夫にイライラ。


察してちゃん攻撃を繰り出しては、無言の圧をかけまくる。


我慢の限界が来て、話し合い←をしたいと思っても、ケンカになることを嫌う夫は、しょっちゅう実家に逃げ帰り、私はさらに腹を立てる。(←今なら夫が逃げる理由がわかります😅)

結婚したら、自分たちで新しい家庭を築かないといけない。
自立しないといけない。


自分たちで生活の土台を築かないといけないのに、しょっちゅう実家に帰ったり、夜中まで飲みに行ったり、いつまでも独身気分で過ごしている夫のことが許せませんでした。

「自立していない」
「新しく家庭を築いた自覚がない」

「マザコンなの?」


不満はたくさんあるけれど、特に大きな問題はなく、時々腹も立つけれど、それなりに過ぎていく日々。


結婚生活って、「こんなもの」「仕方ない」と我慢を少しずつ飲み込んで、折り合いを付ける日々のことだよね?


私たちはそこまで仲が悪いわけではない。
「夫との仲は悪くない」と私は思っていました。


しばらくして待望の子どもが誕生👶✨

妊娠5~6ヶ月の時から「子ども用のタンスを新しく購入したい」と夫に言い続けたけれど、産休に入るまで対応してもらえず…。

結局大きなお腹で、一人タンスを抱えて階段を登ったことは、きっと一生忘れない思い出😌💢


妊娠中&産後の恨みは一生ってよく聞く。

腹は立つけれど、嫌いになりそうだけど、これもきっとよくある話。

結婚生活は我慢と忍耐。


子どもがいる生活が始まってからは、一緒に親になったはずなのに、この人の子どもを産んだはずなのに、なぜか評論家のような立ち位置の夫にイライラ。


子どもを保育園に預けるための毎日の送り迎えも、当たり前かのように全部私。

ご飯もお風呂も寝かしつけも、朝から晩まで、家事も育児も、全部1人。

夫は子どもの爪なんて一度も切ったことない。


同じように仕事をしているのに、家事、育児、全て私。


この人は一体いつ父親になるんだろう?

こんなのシングルマザーと変わらない。
いやむしろ、夫の帰宅時間によって生活リズムが崩れる分、夫のこともしないといけない分、今の方が大変かもしれない。


時々、頭の隅をよぎる「離婚」の2文字。


結婚生活は我慢と忍耐…。

離婚なんてダメだ。子どもが可哀想。それに自分一人で経済的に暮らせる?簡単に決断してはいけない。弱音をあげてはダメだ。


それでも、沸々と湧き上がる抑えられない感情。

周りの家庭は、子どもが小さいうちは旦那さんも早く帰ってきてくれたりしているのに😢


うちは全然協力的じゃない。

私ばっかり苦労して、私ばっかり我慢している。

私は将来のために頑張っているのに!!

夫は何も考えていない!夫だけ自由でずるい!!




嫌い!嫌い!嫌い!!!



ムカつく!!!嫌い!!!





………。



………。



……。。。でも本当は。。。






家族仲良くいつもニコニコ楽しく暮らしたい。


笑顔が素敵なお母さんでいたい😭




小さな小さな私が、泣いているような、小さな小さな声。



夫に腹を立て、イライラしていた私の心の裏側には、本当の願いがあったのです。



私は自分の母親とうまくいっていなかったこともあり、「あんなイライラしているお母さんにはならないぞ!」と、小さな頃から家庭に対して強い思いと憧れを抱いていたのに…。

なのに気づけば、私も母と同じことをやっていた。。。


自分が不甲斐ない。

本当の願いに気がついたけれど、自分が描く理想の生活は送れない。


「人生失敗した」

「結婚相手を間違えた」


もう変えられないと思い、まるで降りられないレールに乗っているような気持ちでした。

どうせ失敗した人生。


期待しても叶わないくらいなら、全てを諦めた方がマシだと感じました。

「私には、もう老後まで自由はない」
「老後か来世に期待…」


『結婚』という新天地に「期待」したけれど、『結婚生活』という、「日常」でつまずいた私。


「怒りや悲しみ」は「悪い」と思い、外ではいつも「笑顔」で武装していた私。悩みなんてなさそうだねって言われてきた私。


良い妻、良い母、良い女でありたかった。

普通の人生でいいと思い、世間一般で言われる正解ルートをずっと通ってきたはずだったのに。

結婚も出産も正社員での仕事も、普通の人が望む、普通の人の幸せを全部手に入れたはずだったのに。

高望みなんてしていないのに。

こんなに頑張っているのに。

全部を手に入れたはずだったのに、、、






…苦しい。
…おかしい。




全部を手に入れているはずなのに、何かがおかしいし、満足できない。


幸せだと思わないといけない現実が苦しい。


これ以上望むなんて贅沢だ…。私は十分幸せなんだから…。


でも、、、


不満を感じずにはいられない…。








………。



………これは私が望んでいる人生じゃない。。。


「世間の幸せ」は、「私の幸せ」ではないと気づいた瞬間。


人生失敗した。選択を間違えた。もう手遅れだ…。


どうにもならない絶望感が、この時の私を襲いました。



(生い立ち 心と体のコンプレックス 編)


私は両親、姉、私、弟の真ん中っ子として育ちました。幼い頃は決して裕福ではなく、どちらかというと平均よりちょっと下の生活をしていたと思います。狭いアパートに節約料理。おからとパンの耳をよく食べていたのを覚えています。

そして俗に言う"亭主関白”な家庭。

専業主婦だった母は明るかったですが、完璧主義で頑張り屋で心配性でルールにとても厳しい人で、時々信じられないようなヒステリーを起こしていました。

そして今思えば、料理は苦手だったと思うのですが、本を見ながらおやつも手作りのものをよく作ってくれていました。

父は仕事が忙しく、普段はほとんど家におらず家事は一切しませんでした。いる時は遊んでくれお調子者でしたが、怒るとめちゃくちゃ怖い人でした。

姉は明朗快活で、頭も良く、はっきりとものを言い、友人も多く学級委員長をするようなタイプでした。

弟は、待ちに待った待望の男の子であり存在自体が溺愛されていました。また姉と弟はスラッとしたモデル体型でした。


昔よくあった冗談「橋の下で拾ってきた」というやつ。


私実は、ちょっとだけ信じて傷ついていました😂だって体型が本当に似ていなかったから。


私は小さな頃からのんびりした性格で、ちょっと抜けていました。

学生の時は教室にネジが落ちていると「楽ちゃんのあったよ!」と持って来られるほど😅

標準体型ではあったものの、ちょっと丸かった私は、家族の中で「楽ちゃんだけ残念」と言われたり、色んな場面で話のオチにされてきました。


また、学校で生い立ちを聞いてくる宿題があると、母は笑いながら「本当は男の子がよかった」と何度も話しました。

そうだったのかもしれないけれど、この言葉は「私は望まれていなかったんだ。いらない子だったんだ」と聞くたびに私の心を傷つけました。


のんびりマイペースに、自分の世界で遊ぶことを好んでいた私と、トップクラスに勉強もでき、活発で、いつも友達の輪の中心にいるような優秀な姉。

私は、自分のやりたいことに没頭し遊ぶことが好きだったので、姉と同じように「友達と遊ぶ」ことを強要されたり、誰かと一緒にいないことで、「将来を心配される」のがとても嫌でした。

いつも比較され、姉が正解。私は不正解。

姉と違うことをやりたいと言うと父からは「お前には無理だろうな」と、ことあるごとに言われました。



今は、両親も私を傷つけようとして言った言葉ではないと理解しているけれど、その言葉はずっと私の心の中に住み着き「自分には価値がない」「自分は出来の悪い子なんだ」「早く死にたい」と思って大きくなりました。


そんな感じで自分に価値を感じられていなかったので、学校で食物連鎖や食糧問題について習った時は、ショックすぎてしばらくご飯が食べられなくなったほど😢

生きている価値のない私にご飯があって、価値があるかもしれない誰かの食べるご飯がない

そんなふうに感じ、私なんていなくなった方がいいのではと考えていました。

当時の友人に聞くと、私は勉強も運動もできていて優等生だったそうなのに、自分では全くそんなふうに思っていませんでした。(98点でバカにされる家)

「自分は出来が悪い落ちこぼれだ」と、自分のダメな所を見つけては自分を嫌いになり、自分の殻に篭り、自分のトゲで自分も周囲も傷つける。

それでも周りとなんとかうまくやっていきたい。

だから、空気を読んで、笑顔で武装。

そんな日々を過ごし、「どうやら他の家庭では、悩みをお母さんに相談しているらしい。」という常識を手に入れるも、学校の悩みを母に相談しても「あんたが悪い」で一蹴。


何度かトライするも、逆に傷つくだけ。

次第に私は相談することをやめ、自分の中で解決するようになりました。

ただただヘラヘラしてやり過ごす。

私は嫌なことをされたり言われても、「やめて」も「嫌だ」も言わず、何となくヘラヘラとその場をやり過ごす術を身につけ大きくなりました。


家庭も学校も、居心地の良い場所ではなかった。

家族にとって私は「いてもいなくてもどっちでもいい存在。むしろいない方がいいんだ」とずっと感じていました。

両親からの言いつけと、姉の人生のレールをずっと辿ってきた私が、唯一自分の意志を通したのが、大学進学の時でした。

どうしても姉と違う道を進みたくて、どうしても両親と離れたくて。

両親から出された条件は「手に職をつけること。国公立大学に進学すること」

そこで私はもともと関心の強かった食の分野、そして国家資格である管理栄養士を目指します。「ここから解放されたい」その一心でがむしゃらに頑張って、見事志望校に合格しました。

今までにない自由を感じられた大学生活は、それまでの人生の中で一番楽しかったです。



大学では、正しい栄養の知識や適切なボディイメージ、健康な食などを学びました。それは今までテレビで見てきた想像していた栄養の話とは全然違った。

今まで自分は太っていると思い、寒天ダイエットや、りんごダイエットなど当時流行っていたダイエットを色々試しては、失敗してきた私だったけれど、なぜ失敗したのかがわかり、卒業後は情報に踊らされることは皆無に


学んだ健康な食事を実践することで、急増して落とせなかった8kgもスルスルと落ち、体重は20歳から安定し、ダイエットとは無縁の生活になりました☺️


私はここでやっと自分の『体型に対するコンプレックス』が外れたのです😌


(若い時の苦労は買ってでもせよ。頑張りすぎた仕事編)

大学卒業後は、ストレートで何が何でも正社員にならねば!と思っていた私は、新卒採用された老人ホームでがむしゃらに頑張ります。

この職場は、サービス残業当たり前の環境だったため、私も周囲と同じように毎晩遅くまで働きました。



「石の上にも三年」
「若い時の苦労は買ってでもせよ」

この言葉を何度も心で唱え、(すぐに辞めたら就職先なんてそうそうない。すぐ辞める奴って思われる)と苦しくても歯を食いしばって頑張りました。



次第に努力が評価され、成績上位者に入るようになり、ボーナスに加算が付くように。


ですが、その金額は他の人よりもプラス1万円でした。

毎月80時間ほどサービス残業をして、プラス1万円。


もらえた有難さよりも評価された喜びよりも、こんなに頑張っているのに報われていないと思い、不満に感じたのを覚えています。


そのうち、ちょうど色々な辛い出来事が重なり、私は体調を崩しました。


病院には怖くて行けなかったけれど、行っていればきっと「鬱」と診断されていたと思います。


職場に行っていても、突然涙が溢れました。朝ベッドから起き上がるのが鉛のように感じ、起き上がれなくなりました。


そんな状態でも元々”くそ”がつくほど”真面目”な私は「行かないといけない」と思い、休む選択肢も、仕事を辞める選択肢も持たず、毎日仕事に行って、当たり前のように夜遅くまで働いていました。

帰宅時間が夜中になってヘトヘトでも、管理栄養士としてのプライドから、人目が気になって、コンビニや加工食品など便利なものに頼ることが出来ない

スーパーは帰宅時間には閉まっている。作る元気もないのに、便利なものも買えない。

次第に多忙と食べられないことから精神がボロボロに。毎日のように「死」について検索し、死に方を知ることで安心感を得ていました。


当時の私は20代前半。周りからは「綺麗だね」や「若さが羨ましい」「いつもニコニコしていてすごいね」と言われていました。

周りからはそんな風に見えていたのかもしれないけれど、私の心は空虚で、全然満たされていませんでした。




そんなある日。



私はどうしても生きていくのが嫌になり、人生を終わらせようとしました。さぁいよいよその時、という時。



私の頭には、あんなに嫌いだった母の笑顔がフッと浮かんだのです。


そして、次々と、父や、祖父母、姉や弟。家族の姿が頭に、映像として繋がっている線のように、どんどんと流れてきました。



私は1人で大泣きしました。


そして、「自分の代でこの命を終わらせてはいけない」


そう思いました。


この時初めて私は、『自分の命は自分だけのものではない』『もっと生きたい。死にたくない』と思えたのです。


(関白宣言に勝手に振り回され振り回した結婚生活 編)


その後紆余曲折ありながらも、「どうしても子どもが欲しい」と思い「30歳までに結婚して子どもを産まなきゃ!」と思い込んでいた私は、猛烈に婚活にコミットします。

そして、婚活開始から3ヶ月。現夫に熱烈なアプローチをされ、20代半ばで結婚しました。

婚活中、「管理栄養士」の肩書きは正直モテました。料理が上手と思われると得をしました。そんなニーズをわかった上で、私も自分の家事スペックをアピールしていました。

周りからは結婚を焦ったと言われることもありましたが、私は夫と出会えたことは今まで家族に恵まれなかった私への、神様からのプレゼントだと感じました。


見た目や肩書きだけではなく、私がニコニコしていても、していなくても、繊細でちょっと暗い私の心の内を知っても引かない。


いつだって真正面から向かってきてくれる、バファリンよりも優しさ多めの優男と夫婦になりました。


驚いたことに、優男の家族は私の実家とは声のかけ方1つとっても違いました。謙遜はせず、夫のことは「自慢の息子だ」と言っていました。

私はずっと、親から「できの悪い娘ですが」などと紹介されてきたので、義実家のあり方は衝撃であり、夫がなぜこんなに優しく育ち、こんなに自分と周りを大切にできるのか、なんとなくわかった気がしました。



優しい夫に優しい義理の家族。私は、良い妻、良い母になるため、たくさんの家事本や常識本、育児本などを読み努力しました。

「家事は女性がやるものだよね」
「やっぱり理想は亭主関白だよね」
「関白宣言のような女性が夫も理想だよね」

「服装は地味な方がいいよね」
「結婚したんだから、短パンとか履いちゃだめだよね」

「嫁なら義実家にいった時は率先して家事をするべきだよね」

「姑は嫁が嫌いに違いない。きっとあの言葉には裏があるはず」←😂


「理想像」に向かって「こうあるべき」の奔走


でもその生活は、全然私には向いていませんでした。実際は、私の望む結婚生活でも何でもありませんでした。

夫がさも当然かのように、黙ってお皿をシンクに投げ入れた瞬間に、私はブチ切れ。

結婚してわずか1週間のことでした😂


私の望む結婚生活は亭主関白ではない。私は家政婦じゃないし、ただ夫と仲良く過ごしたいだけだ』と気づいた瞬間でした。


(もっと!もっと!今度はやりがいを求めて編)


結婚して専業主婦になった私でしたが、夫のお金を使うことに遠慮があり、日中電気すら付けられずどこにも行けない。買えない。

自由がないことに耐えきれず専業主婦に向いていないと思った私は、やっぱり働こうと仕事を探します。

でも家庭も大事にしたい。子どもも欲しい。前のような多忙で責任の重い遅くまで働く職場は嫌だ。

ということで給料面は妥協して、比較的融通の効きそうな事務の仕事を始めます。(事務職の方、舐め腐った言い方すみません。)

私の入った会社の事務は、毎日ルーティーンが多く、1日1日自分で考え積み上げていく仕事ではなく、毎日決まったことを行い、1日1日リセットされ繰り返されていく。そんな感じの業務内容でした。

給料は正社員で手取り12万円。

私はこのルーティーンワークにやりがいを感じることが出来ませんでした。

前職では大変ながらも、人に喜んでもらう喜びや、自分のスキルがアップすることにやりがいを感じていましたが、この仕事は…。

今を繰り返して、60才になった自分が何を得ているのか、想像すると怖かったです。

私の人生にはやりがいが大切だ』と感じ始めた時期でした。

(お金がなくてじっと手を見る編)


ありがたいことに働きながら子どもを授かった私は、ワーママになることを選択します。

それは、「保育園に入れないと、この先10年くらい働けない!」と保育園問題を捉えたから😂

10年働けない、10年のブランクはもう職場復帰できない!とまたもやビッグな思い込みを発揮しました。


保育園に入れるのはマストだと、保育園戦争を勝ち抜くため、育休を半年で切り上げ早期職場復帰を決意。

夫婦2人の時は私の給料が手取り12万でもそれなりに暮らせていましたが、職場復帰の時、私は社員だけどパートのような時給扱いになったので、さらにガクッと給料が減りました。酷い時は手取り10万を切る月も💦

家族が増え、出費が増えているのに減る給料。

なんの罰なんだろうと思っていた、楽子、心の俳句。


子どもが熱を出した時は、病児保育に預けるためにまたお金がいりました。

病気の時くらい子どもの側にいたい。けれど、ただでさえしょっちゅう迷惑をかけているのに、また同僚に迷惑がかかることが気になってしまう。働く責任もある。

休めない。

育休復帰後、生活するためのお金がギリギリで、赤字の月が何ヶ月も続いていました。

それでも生活を回すため、買い物を切り詰め、髪も染めず、節約している私に対し、コンビニを頻繁に利用し、飲み会にも何度も行く夫。

私は将来のことを真剣に考えているのに、夫は何も考えず散財している!と感じ、あんなに仲が良かったはずなのに、神様からのプレゼントとまで思った夫と、お金のことでたくさん喧嘩しました

老後2000万問題なんてどうやって貯めれば良いんだ。
余分に使えるお金なんてこれっぽっちもない。

働けど働けど楽になれない。


世間の正解を歩いてきたはずなのに、いつどこで間違えたのか。



どうしたらいいのかわからなくて、石川啄木の歌のようにじっと手ばかり見て、手相が悪いのかと金運線を自分で引いたこともありました。

100円のお菓子すら買えない。

もっと子どもと楽しい時間を過ごしたいのに、精神的な余裕も時間も無い。

自分がやりたいことなんて、時間の面でもお金の面でもできっこない。

母親なんだから、なんせそんなの世間が許さない。

私の人生もう終わったと感じ、このあと私が楽しめるのは、老後の話だと思い老後か来世に期待していました。

かつての私は、「お金なんてなくても幸せになれる」と思っていました。でも、お金は大切だった。

「お金はやっぱり必要だ」「お金も時間ももっと欲しい」と感じた時期でした。


(更なる理想を目指して転職編)

やりがいも、お金も、子育てしやすい環境も欲しい

お金で喧嘩をするのも、余裕がなくてイライラして、子どもに当たってしまうのも嫌だったから。

私はいつも、ニコニコしているお母さんになりたかった。

どうにか環境を変えたくて、私は再度「管理栄養士」として働くこと、転職を決意します。


新しく就職した職場は、子育て世代が多く、有給を取ることにも寛容でした。子どもが熱を出した時には休むことが出来ました。給料も前職の2〜3倍になりました。

人間関係ではややこしい部分もありましたが、定時で帰れるしやりがいもある。条件にはそれなりに満足していました。

が、ある日をきっかけに、私はこの働き方でいいのか、何のために働くのかを思い悩むことになります。



それはある大雨の日のこと。


1日中大雨が降り続き、夕方、大雨警報が発令されました。保育園からは「急いで迎えに来て」と連絡が☎️。

すぐに迎えに行きたかったけれど、私はエッセンシャルワーカーであり、1人職種であり、自分の職場の避難や対応をしなければならず、すぐには駆けつけられませんでした。

夫は遠方に仕事に行っており、迎えに行けるのは私だけ。

なんとか段取りをつけて保育園に着いたのは、先生から電話があった1時間半後のことでした。

お迎えに行くと他の子はみんな帰っていて、暗い中、うちの子と園長先生だけが残って待っていました。



不安そうに待っている我が子…。



その姿を見て、私は膝から崩れ落ちそうになりました。

園長先生は、「お母さん。どうにかできなかったの?」と言いました。



無事で良かった。無事で良かった。


けれど…。


『私はなんのために仕事をしているのか。このままで大切なものを守れるのか』



この日を境に、私は私にとっての大切なものを深く自覚し、自分を責める気持ちを抱くと同時に「働き方を変えたい」と猛烈に思うようになったのでした。

(大切にしたいものを大切にするために 編)


大切にしたいものを大切にするために。

私にとって大切なのは、「自分も含めた家族が、健康で仲良く笑っていること」です。

あの大雨の日から、うっすらと自宅で働きたい、フリーランスになりたいという気持ちが芽生えていた私。

その後2人目を出産し、育休中にたまたま「ネットビジネス」というインターネットを使い、自宅で自分で仕事ができる分野があることを知ります。

そしてその業界では、時間もお金も自由に生活している人がいることを知ったのです。

たくさんのお金に関する「金持ち父さん、貧乏父さん」などの本も読み、この世の働き方には4種類あることを知り(キャッシュフロー・クワドラント)、私が理想とする生活を手に入れるためには「ビジネスオーナー」か「投資家」になる必要があると知りました。

世間一般に良いとされる道を歩いてきても、なぜ報われなかったのか。

それがこの時やっとわかりました。

怪しいかもと不安に思う気持ちもあったけれど、えい!と思い切って未知の世界に飛びこむと、そこには、なぜこんなに疑われているんだろうと思うくらい、真っ当でツールが違うだけで、そこには「仕事」が存在していました。

時間を作り、ノウハウを学び、副業としてインターネットを使った仕事を開始。自分の「得意」を見つけ、商品を作り、ココナラで献立を販売しました。この商品がココナラ献立ランキングで1位を獲得🥇

新しい世界を知り、学び、理想に向けて努力する。

「人生ってこうやって変えられるんだ」を体感。

一見、順風満帆に行けそうな雰囲気ですが、私にはまだ乗り越えなければならない「課題」がありました。

(最大の難関。自信がない。描いた未来と違う 編)


最大の難関。

自分に自信がない。

当時入っていた起業塾で、一緒に切磋琢磨していた仲間が「楽ちゃん良いよ✨」「楽ちゃんの世界観が好き🩷」と言ってくれても、私はその言葉を受け取れませんでした。


「みんなお世辞で気を遣って言ってくれている」

そう感じ、自分に自信を持てなくて、前に進むのが苦しくなりました。



どうしても商品を作るとアピールが必要になる世界



無理してアピールすることで、本当の自分と外で見せている自分の「亀裂」が大きくなっていく気がしていました。


夫には1年で結果を出すから、1年だけ頑張らせてほしいと言っていたのに、自信がなくてなかなか進めない。



少しの隙間時間も無駄にしないように、家族時間を減らして取り組んでいたのに、その分夫にも皺寄せがたくさんいっているのに、自信がなくて、怖くて、動けない。


早起きしても、夜遅く時間を作っても、起きてきてしまう子ども。

時間が上手に作れず、いつしか家族を“足かせ”のように感じていました。


「家族を大切に自由になりたい」


その未来を夢見て頑張っているのに、気づけば、家のこともビジネスも全部中途半端。


「家族と仲良く自由な未来」を夢見て副業を始めたのに、今を犠牲にして、家族のこともおざなりに夢見た未来とは程遠い現状になっていました。


(自信ない&本末転倒になりそうだった家族仲からの転機編)


そんな時、私は偶然同じような悩み(家事に追われるのではなく、自分を生きたい)を持って、それを解決しようとしている人を見つけます。そしてその方のSNSをウォッチ。追いかける中で、その方がオススメするある無料セミナーの情報を受け取ります。

無料セミナーの主宰者を、私は起業塾のセミナーで見たことがありました。

ギャルっぽい見た目からは想像できないくらい人へのアドバイスは的確で、愛がある回答をされており、頭の回転が早く、そして何より話が面白かった。

たまたまその日が休みだったので、興味本位でセミナーを見ました。そして、私は自分の心がワクワク大興奮していることに気がついたのです。

『人生を楽しむ圧倒的なパワー』

『自由に生きているライフスタイル』


生きるってワクワクしていいんだ😳✨楽しいことするのが人生なんだ😳🩷


ママになって老後まで全てを諦め、自分のことは後回しで我慢が当たり前になっていた私。

そんな私と対照的に

ママでもありえないくらい自由でパワフル😳!!しかも家族仲も良いらしい😳🩷



派手な見た目とは裏腹に『芯のある本質的な話』

その方もずっと「ちゃんとしなきゃ」と思い、世間から求められる通りに頑張ってきた人だったこと。お母さんが厳しく、親子関係が元々は拗れていたことにも親近感が沸きました。

私は、「今、学ばなければずっと自信のないままだ!理想の生き方には到達できない!」と思い、どうにか自分を変えたくて、ブルブル震えながらも勇気を出して、また新しい環境に飛んだのです。


(本来の自分で生きる✨)


今まで生きてきた世界では、決して交わることのなかった多種多様な人との出会い。

今までの価値観と、まるで逆にも感じる主宰者の言葉。


私は正直、最初に受けた時は圧倒され寝込みました😅


あまりにも自分が信じて頑張ってきたことと違いすぎて💦


例えば時間の使い方。

私はどうにかこうにか隙間時間を生み出して、タスクをたくさん詰め込み、こなしていくのが良い時間の使い方✨ダラダラ時間は無駄な時間だと思っていました


でもその講座では、「ダラダラ時間は削っちゃダメ!」と言われます。



そうじゃなくて、疑うことなく当たり前にやっている中で、本当は嫌なことをやめていく。

そうして時間を作り、本当にやりたいことだけをやっていくんだと教えてくれました🥰



また、「頑張るんじゃない!人に迷惑をかけないようにってみんな頑張っているけれど、不機嫌が1番迷惑だから!!迷惑の種類が違う!!」

と当時の私には、グサグサブッ刺さるような言葉をたくさん浴びました。


でも、これにはすごく納得🥺


私の母は、家族のためにいつも一生懸命頑張ってくれていました。

でもしょっちゅうイライラしていたし、私は毎日のように小言を言われ、怒られていた。


私は、そんな家庭が嫌だったのです。



私はそうはなりたくなかった。


母と同じことを繰り返している自分が嫌だったし、変わりたかった。



自分が信じていたものが崩れる感覚。

ショックではあったけれど、すごく可能性も希望も感じました。


最初こそ幽霊部員だったものの、少しずつ少しずつ、人を信じられるようになり、たくさんの価値観に触れ、その安心感の中で自分のことを話し、意見をもらい、行動の選択肢や実際の行動を変えていく。

本当は自分は何を思っていて、何が好きで、どうしたいのか。

最初は自分の好き嫌いすらわからなかったけれど、1つ1つ丁寧に自分と向き合っていく。

そうすることで、気づけば家族とも本音で穏やかに話せ、家庭に笑顔が増えていました☺️

自分時間なんてママになって皆無だったけれど、休むことに罪悪感があったけれど、初めは3時間からドキドキしながら始めた自分時間。

小さな小さなチャレンジを重ねていくことで、ママになったら絶対老後まで無理だと思っていた、単身海外旅行まで叶えられたのです☺️✨

以前は一人で悩みを抱え、煮詰めがちだったのが、信頼できる人ができたことで、軽い状態で相談できるように。

おかげで心も体もすごく身軽になりました✨


マインドを学ぶようになってはや3年。

自分にはできないと思っていたこと、想像もしていなかった素晴らしい経験がたくさん出来るようになりました。

人生もめちゃくちゃ楽しく✨

女子は怖い。気を遣わないとと思っていたのが、本音で話せる気の置けない友人&お互いに応援しあえる仲間がたくさんでき、一緒に遊べる友達までたくさんできました🥰

そして自由に生きているけれど、家族仲も前よりずっとよく、夫とはさらに仲良くなりました♡

今は夫に理解&応援してもらいながら前に進めており、一度は自信がなく進めなくなった自分ビジネスにも取り組むことができています☺️


(特別なお知らせ&プレゼント🎁)

ここまで読んでくれたあなたに特別なお知らせがあります💝✨

私、楽ちゃんが3年で大きく変化したきっかけは、マインドを学んだこと。

心と向き合うことでモヤモヤ悶々と悩み、動けなかった日々とおさらば✨

自分の価値観を明確にし、自分にとって大切なものを大切にすることができるようになりました☺️



苦しく老後まで諦めていた人生が、自分の手の中に戻ってきた✨


そこで、今回!

私が学んできたこと、実践してきたことをギュギュッと詰め込み、躓いたことは丁寧に補足✨管理栄養士ならではの、健康ご飯術なども詰め込んだ

新しい講座の受講生を募集します✨

(こんな人にオススメ♡)
・共働きなのに家事育児を一人で抱え、いつも疲れている
・「良い妻・良い母でいなきゃ」と自分を追い込み、休む罪悪感がある
・我慢が当たり前になり、本音が言えず、笑顔が作り笑いに
・子どもにイライラし、母親としての自分を責めてしまう
・夫に不満を抱え、夫婦仲も悪化している
・自分の人生を生きている感覚がなく、満たされない
・自分の時間を持ちたいのに、家族が“足かせ”のように感じてしまい、自分を嫌になる
・健康や食事は大切にしたい
・家族も大切にしたいけど、自分らしくも生きたい

▼この講座を受講すると起こること♡

・自分の人生と笑顔を取り戻し、自分も家族も大切にできるように♡
・休むことに罪悪感がなくなり、自然体で家庭や家族を楽しめるように♡
・「私の家庭って心地いい」と家族みんなが思える
・家族にイライラしない、穏やかで優しい自分になれる
・夫婦関係が改善し、応援してもらいながら自分の夢にもチャレンジできる
・子どもって可愛い、結婚して良かったなと思える♡
・毎日のご飯作りに悩まなくなる
・美味しく健康的なご飯がパパッと冷蔵庫にあるもので作れるようになる♡



泣いたり、嘆いたり、怒りで叫びたくなるような日も色々ありますが(人間だもの🥹)後悔しても日々は戻ってこない。


もし、理想があるなら、

なりたい未来があるなら、

それは、今日から変えていくしかない☺️


「優しいママ」と「そうじゃないママ」がいるんじゃなくて、
「できるママ」と「できないママ」がいるんじゃなくて、

「余裕がある」か「余裕がない」か💡

私はこれでしかないと思っています。


母になり私自身が苦しんだから、
苦しい子ども時代を過ごしたから、

私はママに笑っていてほしい。自分自身の人生を楽しく生きてほしい。

と思います。




「ママが笑顔で、家族も楽しく暮らせる」


これを実現する家庭を一つでも増やすために、
私は講座をしています


もしあなたが

・もっと家族に優しくなりたい
・夫には「期待しない」と思っているけれど、「このままでいいのか私」という思いもある。
・自分と家庭、本当はどちらもあきらめたくない


そう感じているなら、ぜひLINEでつながってください。

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いつだって「今日が1番若い✨」のです♡

どれだけ長生きしても、今日より若い日はもう2度とやってこない❤️


未来を嘆いても、未来を夢みても。

不満だらけの1日を過ごしても、笑顔だらけの1日を過ごしても。


どれも人生の1ページ📗


同じ「時」を過ごすなら。


「ハハハハハー😆✨」と笑顔で、大切な人を大切にしながら生きたい♡


あなたの理想の人生はどんな人生ですか?

私は、笑顔のママを、笑顔の子どもを、世界に笑顔を増やしたいので発信をしています☺️

今の延長が未来。「幸せな今」の延長に「幸せな未来」がある✨


一緒に、笑える日を1日でも増やしていこう
🥰


めちゃくちゃ長い記事を、最後まで読んでくれてありがとうございました🩷
なんらかのヒントになっていたら嬉しいです。

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今日も明日もたくさん笑って素敵な1日に🩷

あなたにたくさんの良いことがありますように✨スキ❤️&フォロー😍&チップ🍪もよろしくお願いします!


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以上、楽ちゃん(らくちゃん)こと岡本楽子でした🥰🩷


読んでくれてありがとうございます🥰


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◎岡本楽子/夫婦円満ワクワクライフクリエイター /自由な愛されママ管理栄養士

ママの私をもっとラクに楽しく♡10年後の私に感謝される私になる♡笑顔の1日を一緒に増やしていこう♡

『毎日記念日』講座主宰。 (楽×恋×食がテーマ✨)
講座では、ただ知識を学ぶだけでなく、実際の生活への活かし方を一緒に考えサポート!

サポート生からは、「芯のある優しさ」「涙が止まらない」「なんで私のことこんなにわかったの?」「楽ちゃんといると出来ないと思いこんでいたことが出来た✨」などの声が。安心感と信頼を大切にしながら、前向きな一歩を後押ししています☺️

時間ない💦お金ない💦自信ない😢💦 来世に期待するほど人生を諦めていた自己犠牲ママから、 夫婦円満・日々を楽しみ単身ドバイ旅行までできるフリーランスへ✨

自分を満たして、家族も満たす♡疲弊ワーママを救う「脳内メモリに余白をつくる献立術」を提案し、当時のココナラ献立ランキングで1位を獲得🏆 シンプルで再現性が高いレシピが評判♡

介護施設で献立作成や栄養&健康管理に長年携わる。
幼い頃から食料問題に関心が強く、日本の廃棄量と世界の飢えのアンバランスに心を痛めてきた。フードロス解決の一歩を家庭から!みんなが笑って心地いい暮らしを叶えたい♡



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夫婦円満ワクワクライフクリエイター岡本楽子♡1日3膳1日100笑♡食べて笑って恋をして♡ 読んでくれてありがとうございます♡ 「おもしろかった!」「共感できた!」「お疲れさま!」 ジュース1本奢る感覚でサポートを頂けたら、 めちゃくちゃ喜びます♡これからもフッと心が柔らかくなるような発信を続けていくので、 応援よろしくお願いします♡

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