コードが書けないまま休職した私が、転職先にSESを選んだ理由
「このまま働き続けられない」と思った日のこと
社会人3年目のとき、私は心身に不調をきたして休職しました。
そこに至るまでの数ヶ月、はっきりとした一つの出来事があったわけではありません。少しずつ消耗していくなかで、朝が来るたびに「今日も行かなければ」と自分に言い聞かせていました。職場の人間関係は、正直良好とは言えない状態でした。ただ、それを友人に相談しようとしても、うまく言葉になりません。「人間関係がしんどい」という一言では、自分の中で起きていることを説明できていない気がしていました。
外から見ると、私のキャリアパスは悪くなかったはずです。上流工程の仕事も任せてもらえるようになっていて、会社や上司としては評価してくれていましたと思います。だからこそ、辞めたいという気持ちを口に出しづらい。「せっかく任せてもらっているのに」と言われてしまえば、それ以上返す気力がありませんでした。
結局、限界が来るまで動けませんでした。休職に入ったのは2024年の8月頃です。今振り返れば、もっと早く動く選択肢もあったはずですが、当時の自分にはその判断ができませんでした。
同じように、辞めたいのに辞められない理由を抱えている人はいると思います。周りから見れば恵まれているように見える。だから相談しづらい。では、その状態からどうやって抜け出せばいいのか。当時の私が一番知りたかったのはそこでした。
「もう少し頑張れば」が、なぜ答えにならなかったのか
休職する前、私が何度も自分に言い聞かせていたのは「もう少し頑張れば状況は変わる」という言葉でした。実際、そう考えるだけの根拠はあったつもりです。要件定義や新人指導、新しいツールの導入なども任せてもらえるようになり、上司からは出世コースに乗っているとフィードバックをいただいていました。このまま続けていれば、いずれ待遇も追いついてくるはずだと思い込もうとしていました。
ただ、その「いずれ」がいつなのかは、誰も教えてくれません。前職での年収は、ボーナスを含めて300万円ちょっとでした。3年目としてありえない数字ではないでしょう。しかし年功序列の前職で、この先どのくらいのペースで上がっていくかを考えると、頑張りと数字が結びついている実感はありませんでした。
さらに、キャリアプランについても悩みの種でした。評価されている方向が、自分の進みたい方向と同じとは限りません。私が本来やりたかったのは、自分でも手を動かせるエンジニアになることでした。評価されている方向と、自分が進みたい方向がずれている。この状態で「もう少し頑張る」と、ずれた方向にさらに深く進むことになります。
つまり、頑張ることが解決にならない場面がある、ということです。むしろ頑張れば頑張るほど、その場所に固定されていく。当時の私が抜け出せなかったのは、この構造に気づいていなかったからでした。
ちなみに、転職した先で今どうなっているかについては、別の記事に書いています。
その構造に気づけたのは、休職して立ち止まったあとでした。4ヶ月弱の時間で何が変わったのか、順を追って書いていきます。
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