家庭用ゲーム回顧録 第12回〜さらば我が友、永遠の50勝50敗。ふたつの約束の行方は…。
1992年6月10日。
ファミコンショップオープン時間にスーパーファミコン版「ストリートファイター II」を買いに行く。待ちに待った発売日。とりあえず近所の在庫の多そうな店舗に到着。
レジの後ろは「スト II」のパッケージが一面に飾らせていて店の親父がドヤ顔で今思うとすしざんまいの社長みたいに「100本入荷してん。凄いやろ!」と手を振りながら言う。
「予約してないですけどありますか?」と聞くと「100本全部予約やねん!」と言われる。
とりあえず考えられる店を何軒も行ってみたが売り切れ。…これは失敗した。と思った。

前年、ハマっていたカプコンの「ファイナルファイト」の続編リリースのニュースが出てそれがタイマンの対戦格闘ゲームになると知ってこれは凄いのが来そうだ。の直感的中。完全固定画面故のバラエティに溢れたキャラクターパターン。すぐに「グラディウス II」以来の大ムーブメントを巻き起こし自分もハマった。「スト II」が凄かったのはその後普通のプレイがひと段落してからの対戦ブームが到来しインベーダー以来の社会現象とも言える対戦格闘大ブームに発展したことだった。それから1年後、待望のスーパーファミコンの移植版発売の日だった。
朝からメシも食わずにショップ巡りしたがない。夕方にダメ元で寂れたスーパーのゲーム売り場を覗くと-----売っていた…。喜びと疲れが半々。
家に帰って遊んだが充分満足できる完成度だった。やりたかった波動拳と昇竜拳の練習が始まった。
そんなある日、同い年の会社の同僚KWが遊びに来た。彼は数少ない近所に住む自分と対等にマニアックなゲーム話が出来るゲーマーだった。
もちろん彼もゲーセンで「スト II」をやり込んでいたので対戦しよう、ということになった。当時の彼女も居たので立ち会い人になってもらい対戦スタート。
お互い慣れないキャラも使っての真剣勝負。一進一退の攻防が続く。ほぼ連勝もないまま対戦は終わらない。彼女も白熱の大接戦に「見ていられない」と言ったくらいアツい戦いだった。
そして対戦成績が50勝50敗になったところで「ま、ちょうど良いか」「決着はまた今度つけよう」とお互い言い合い解散となった。
その後、KWは会社のストレスで胃潰瘍になり入院。お見舞いに病院に行くとファミコンを持ち込んで遊んでいて「暇だからドラクエIIIを貸して欲しい」と言われたものの「病気悪化するから退院したらな」と約束した。
後日、彼は会社を自主退職。
会えない日がしばらく続いたが不在時に何度か母から「電話あったよ」と聞いていた。
そしてある日、会社で「KWが亡くなったらしい」という話を耳にした。嘘に決まってると思いながら彼の自宅に会社の公衆電話から電話すると親戚の方から「亡くなりました」と耳を疑う言葉を聞くことに。。。
お互いまだ20代中盤、早過ぎる別れだった…。
葬式に何とか間に合ったものの顔を見ることは出来ず(会社の先輩の結婚式の二次会から移動するときに事故で亡くなった為、最後のお別れはなかった)、ただただ泣いた。人目を憚らず号泣した。連絡くれていたのに何故電話を掛けなかったのか自分を責めて後悔だけが残った。
しばらくしてKWの自宅に連絡して伺わせてもらうと両親と親戚の方がわざわざ迎えて頂いた。見せてもらった彼の折れた眼鏡が切なかった。
仏壇に手を合わせて連絡を何度かもらっていたのに会えなかった謝罪の手紙と封筒に入れた約束の「ドラゴンクエストIII」。

いつか奴に直接返してもらうからそれで良い。
もうあれから34年経った。
彼が元気で居てくれたら今でも付き合いもあったと思うしお互いバイクに乗っていたので泊まりでツーリングにも行ったかもしれない。何より沢山の思い出に彼が参加していたはずだった。私の人生においても大きな損失であり、暫く虚無感に包まれた日々を送ることになった。
もう一つの約束を果たす日はいつになるだろうか。天国の門が見えるようになったら久しぶりに「スト II」の特訓を開始するつもりだ。まぁ首を洗って待っておけ、とだけ言っておく。俺はスーパーゲーマー(自称)だから対戦相手が女、子供、故人であっても容赦はしない。
