PLANET LAND ー 彗星から惑星へ ー 第22話 あとは、頼むきね
第22話 あとは、頼むきね
杏奈のスマホに、メッセージが表示された。
【あーし、フタバ。山根双葉です】
指が止まり、画面を見つめたまま、しばらく動けない。
今日聞いたばかりの、自分の知らないサークルメンバーの名前に、胸の奥が少しだけざわつく。
やがてゆっくり息を吐き、指先で文字を打ち込んだ。
【初めまして、田澤杏奈です】
少し考えて、もう一行。
【ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした】
送信すると、既読がつくのは早い、すぐに、返事が届いた。
【気にせんでえいです】
【あーし、幽霊メンバーやき】
【グループ参加者一覧て、あんまり見んもんね】
立て続けに、次のメッセージが届く。
【けんど、もう、あーし、抜けるき】
【あと、頼むきね】
杏奈は思わず画面を見つめ直して、返信を打ち込む。
【他の皆さんにも、連絡したんですか!】
【皆さんだったら、相談に乗ってくれると思いますよ】
スマホの画面に、フタバからの返信が表示された。
【他の子やったら、皆、止めるやいか、それが辛いがよ】
【特に、海斗にはよう言わん】
一瞬指が止まるが、すぐにまた画面に触れた。
【私だって止めますよ】
【ユズさんとミナさんに、お話を聞いて】
【ご一緒にできるのを、楽しみにしてるのに】
画面に触れる指の速度が速くなる。
ミナから聞いた、サークルの看板女優。
新体操で磨いた身体表現の演技。
飾らない気さくな人柄。
それらのすべてが、杏奈にとってフタバに対する、言いようのない魅力を感じさせずにはいられなかった。
最後の文字を入力すると、間髪入れずに送信した。
静かな病室で、フタバは画面を見つめる。
杏奈のメッセージを読み終えると、ふっと目を細めて、小さく呟いた。
「なに? 優しい子やいか」
ほんの少しだけ、口元が緩むが、すぐに静かな表情に戻り、ゆっくりと返信を打つ。
【ありがとう、けんど、今のあーしには、その言葉、辛いだけやき】
【杏奈ちゃん、出身は島根の久羽乃でね、お父さんの台本もミナからのメールで見たき】
【すごい東京弁、完璧やか】
杏奈は一瞬きょとんとしてから、思わず小さく笑った。
【標準語って言わないんですか?】
【標準語は土佐弁ながで(怒)】
「面白い人」
それから、また指を動かす。
【敬語なら出来るんです】
【崩したら方言でてしまいます】
【あーしは敬語でも、土佐弁ながですよ】
【フタバさん、面白すぎます】
【生で峯岸さんとのやりとり、見たいです】
既読はすぐについた。
【そうやお?海斗、ああ見えて頭の回転早いやか】
【返事が斜め上から飛んでくるし、結構会話が真剣勝負ながよ】
杏奈は画面を見つめながら、小さく笑った。
その時、さらにメッセージが届く。
【けどあいつ、小心者で気い使いながね】
杏奈は少し考えてから、ゆっくりと打ち込んだ。
【私は最初、峯岸さんとユズさんがお付き合いしていると思っていました】
【はたから見たら見えるでね】
【あーしも、最初は焦ったで】
【けんど途中で、あ、ユズはないわってなったがよ】
杏奈は少し首を傾げた。
【どうしてですか?】
【ユズ、面食いやもん】
その直後、思わず吹き出した杏奈が爆笑のスタンプで返すと、すかさず次のメッセージが届く。
【杏奈ちゃん、人の彼氏に対してそのリアクションは失礼やないがww】
慌ててスマホを持ち直し、笑いが残ったまま、返信を打ち込む。
【ごめんなさい、久羽乃で、ユズさん面食い全開だったので】
【あの漁師さん役の人やお?あれはユズのタイプど真ん中やね】
杏奈は続けて送った。
【あと、宮坂さんとミナさん、お付き合い始めたみたいですよ】
少し間があってから、画面にびっくりのスタンプが跳ねた。
続いてメッセージが届く。
【やっとか〜杏奈ちゃん、ゆうまのあの状態、見たことある?】
【ブラックホール状態ですね】
【ブラックホールww】
【あの状態の時、ホンマに絡んできて、ミナの事相談されて】
【本人に言いや!て追い返したが、ほいたらよ】
杏奈は画面を見つめながら、ふっと思いついたように打った。
【よしよしして、ですか?】
【相変わらずやねww】
【けんどそうか〜やっと、よしよししてもろうたがか】
スマホに現れる文字を見るたびに、杏奈の肩がスッと軽くなってくる。
はじめて接する、言葉を交わしたことのない相手に、まるでその場に一緒にいたみたいに意思を通わせ、笑い合っている。
病室のベッドの上で、フタバもきっと、同じように笑っているのだろうと思った。
画面に、次のメッセージが届いた。
【聡志は元気?】
【はい、元気ですよ】
【相変わらず、浮世離れした感じ?】
ふっと、由美加の胸で涙した姿を思い出した。
【そうでもないですよ】
【たまに弱い所も見せてくれます】
【それに、私を誘ってくれたの、聡志くんですから】
送信した瞬間、すぐに既読がつく。
【聡志くん?おやおや?】
【そんなんじゃないですよ、本人が聡志さんが嫌だって言うから】
フタバからすかさず返信。
【まあ、あんたは志織さんもお気に入りみたいやし】
【あの人は、皆に優しいじゃないですか】
フタバからの返事は、少しずつ、言葉を確かめるように届いた。
【そうでね、あーしも今、コメーテスのデザインのお手伝いで、アルバイトさせてもらいゆうき】
【下手くそやのに、ちゃんと報酬くれて、入院費も助かっちゅう】
杏奈は、その文を読みながら、志織の穏やかな笑顔を思い浮かべた。
さらにメッセージが届く。
【志織さん、言いよった】
【あーしとあんたが似いちゅうって、色々抱えちゅうって】
杏奈は、そこで少しだけ指を止めた。
自分でも、はっきり言葉にしたことのない部分を、先に見抜かれたような気がしたからだ。
それでも、ゆっくりと文字を打ち込む。
【私は、六星に入って、良い所に就職して家族に楽をさせることだけを考えていました】
送信すると、すぐに既読がつくが、なかなか返事が来ない。
沈黙の時間が、やけに長く感じられる。
少し迷い、それから続きを打ちこんだ。
【その時に聡志くんのチャップリンを見て、感動してたら声をかけられて】
【私の詩を、皆さんに褒めて貰えて、ここにいます】
【PLANET LANDも、皆さんの期待に応えたい気持ちで、書けました】
しばらくして、フタバから返事が届く。
【あーしも似たようなもんやね】
その言葉の向こうで、フタバが少しだけ肩の力を抜いた気がした。
続けて、メッセージが並ぶ。
【高校の頃、新体操で国体に選ばれてね】
【保育の時から、コーチや皆に期待されて、それが嬉しかった】
【けんど、あの競技は成人したらピークを過ぎるがよ】
【大学入って続ける勇気が無かって】
【今まで出来よった事が出来んなるって考えたら辛うなってね】
【背を向けて逃げてしもうた】
スマホを持つ手に少し力が入るのを感じた。
フタバの言葉は、どれも淡々としているのに、その奥にある悔しさが、まっすぐ伝わってくる。
【そんな時に誘うてくれたがが、海斗やったがよ】
杏奈はその文章を、しばらく見つめた。
峯岸が、あの軽口の奥にどんなふうに人を見て、どんなふうに手を差し伸べる人なのかはわかっている。
それから静かに返信を打ち始めた。
【だったらなんであんなメッセージ送ったんですか?】
【峯岸さん、すごく落ち込んでましたよ】
【ブロックまでして】
少し間があって、フタバから返事が届いた。
【自由になって欲しいが、海斗に】
【あーしにばっかり構わんと、やらなあいかん事、いっぱいあるやいか】
【あいつ、本当に気い使いやき】
【それ、自分勝手だと思います】
【フタバさんを気遣うことも、峯岸さんの毎日の活力になってると思いますよ】
【言うね、杏奈ちゃん。志織さんみたいや】
一瞬、言葉を失う。
【ごめんなさい】
【えいちや、きっとそれが正しいがやき】
【グループも抜けないで下さい】
しばらくして、フタバから返事。
【うん、けど、あーしはまだ今の皆と、海斗と向き合う勇気がないがよ】
【あーしは、六星大非公認演劇サークルの人】
【まだプラネットランドの一員になれてないき】
最後のメッセージ、そこにはフタバが抱いている感情と、望みが込められている気がした。
すぐさま返信を打ち込む。
【まだ……てことは?】
【うん、いつか治ったら、入れてください】
迷わなかった。
迷う必要はない。
【待ってます。大歓迎です】
次のメッセージが届く。
【あと、海斗にやけんど、あーしのこと忘れて自由になりやって言うちょって】
深く息を吸い、ゆっくり文字を打つ。
【わかりました、ですが】
【峯岸さんが、フタバさんを思って気遣うのも“自由”ですよね】
すぐに返信が来た。
【やられた、さすが劇作家。言葉では勝てんねえ】
【だいぶ気が楽になったき、ありがとう】
【またメッセージ入れて良い?】
【いつでも待ってます】
少し間があって、最後のメッセージが届く。
【ありがとう、本当にありがとう】
その直後――
ピコン。
フタバの元に、添付ファイルが送られてきた。
【秋の芸術祭用の台本です】
【グループには送りましたけど、フタバさん、抜けてしまったんで】
【うん、ありがとう、ゆっくり読むき】
【あと杏奈ちゃん】
【なんですか?】
【聡志、チャラいけどかなり奥手やきね】
【自分から動かんと、期待して待っても無駄でww】
杏奈は慌てて返した。
【そんなんじゃないって言うたじゃろがww】
すぐにスタンプとフタバのメッセージが帰ってきた。
【まあ、その分ゆっくり考えれるき、時間かけたらえいわ】
【おやすみ】
【おやすみなさい】
病室で、フタバはスマホを胸の上に置き、小さく微笑んだ。
それから、杏奈が送ってきた添付ファイルを開く。
画面に表示されたタイトルを見て、フタバは小さく声に出した。
「ハローライフ……」
読み進めていくうちに、フタバの目から涙がぽろぽろと落ち始める。
止めようとしても、止まらない。
肩が小さく震える。
それでも画面から目を離さず、涙で滲む文字を追いながら、フタバは小さく呟いた。
「杏奈ちゃん……」
鼻をすすりながら、少し笑みを浮かべてぽつりと続ける。
「他の皆は無理でも、あんたが卒業するまでには、帰るきね」
「その時は、あーしもプラネットランドに入れてよ」
翌日。
学生会館の端のソファ席には、いつもの場所に、六人が集まっていた。
けれど、空気はどこか重い。
テーブルの上に置かれたペットボトルも、開かれないまま並んでいる。
峯岸は背を丸め、両肘を膝についたまま項垂れていた。
誰もすぐには声をかけられない。
それぞれが何か言おうとして、結局飲み込んでしまう。
やがて聡志が、その空気を切るように口を開いた。
「芸術祭の事だけどさ、俺、今回メイン無理」
杏奈が顔を上げる。
「どうしてですか?」
「前期試験の結果で、本気で単位が、やばいんだ」
間髪入れずにミナが言う。
「あんたね」
杏奈は小さく息を吸い、少し迷ってから峯岸の方を見た。
「峯岸さんは……」
「すまんな、長丁場は、気持ちが続かんわ」
ユズが腕を組み、じっと峯岸を見る。
「しっかりしいや、フタバも本心のはずないやんか」
「分かっとるけど、ホンマすまん」
その言い方は、いつもの飄々とした様子とは違う、精神的な疲弊、もどかしさや虚しさ、納得しきれない焦り。
いろんな感情がこもっているように感じられた。
杏奈は皆の顔を見回す。
「じゃあ」
視線が、宮坂とミナに向く。
ミナが先に宮坂を見る。
「ゆうま、出来る?」
「うん、やるよ」
その即答に、ミナがふっと笑う。
「ふたつ返事、気持ちいいじゃん」
「また、よしよししてもらいたいしね」
ミナの頬が一瞬で熱を持つ。
「んな……」
言葉に詰まるミナを見て、ユズが思わず口を挟む。
「ひゅーひゅー、熱いね――」
そこまで言って、はっとしたように口を閉じた。
場の空気を思い出したのだろう。
視線が、そっと峯岸へ向く。
「ごめん」
峯岸は、そこでようやく少しだけ顔を上げた。
無理に笑おうとして、笑い切れないような表情だった。
「気にすんな、気を使われる方が辛いわ」
それからの日々は、駆け足のように過ぎていく。
ある日はセリフの読み合わせが行われ、杏奈の台本に縦線や赤字が書き込まれて行く。
また違う日には、宮坂が稽古の後に、軽音サークルの部室で佐藤の指導の元、ギターの弾き語りを特訓していた。
夜には、杏奈の元に宮坂からの、セリフの変更や追加の依頼が届く。
【どうしても、入れたい言葉だから、お願いします】
その言葉で締められるメッセージに、杏奈は舌を巻いた。
「宮坂さん……凄く読み込んでくれとる」
「こんな気持ちのこもったセリフは、うちにはわからんもんね」
「……彼氏、おったことないけぇ」
その時、ふっと聡志の笑顔が浮かんだ。
付け髭で、自分の掌にコインを乗せてくれた時の笑顔。
「……聡志くん」
さらに、久羽乃で母から聞いた言葉も思い出された。
(河瀬くんも、兵庫の大学に通うとるらしいよ)
ムスッとして、退屈そうに座る教室での横顔がこちらを向いた瞬間、視界が慌てて黒板に変わった。
「なんで?まだ思い出すんじゃろ?話もしたことないのに……」
さらに卒業式のあと、隣に並んで緊張しながらスマホのレンズだけを見つめた時。
お礼を言った、初めてみる笑顔。
「あんなふうに笑う人じゃったんね」
「普通は、うちにも写真、くれるじゃろ?」
杏奈は首を振って立ち上がり、冷蔵庫の扉を開くと、お茶を注いで口をつけた。
「兵庫の学校……どこなんじゃろう?」
芸術祭前日、大ホールでは演劇部の大掛かりなセットが組み上げられていた。
それを、田﨑と瀬良が並んで見守る。
「瀬良さん、本当にその……隣町のマダムキャラでやるんですか?」
「ジャンヌダルク」
「そのために、六友祭から役作りしてきましてよ、雅音さん」
「……エリザベートの時は……なんだっけ?」
「スポ根ヒロインでしたわね」
「そう、それ」
「どっちかと言ったら、逆ですよね」
瀬良は並べられた小道具の中から、剣を取って掲げた。
「わたくしが、外したことがありまして?」
田﨑は、鼻で息をして首を振る。
「そういや非公認の皆さん、今回は多目的室だそうです」
「今回はうちが順番後だから、見に行けませんね」
「聞いたところだと、今回の主役は宮坂と梁本さんらしいですよ」
「島根のお祭りの動画だと、大橋さんも良いお芝居だったし、みんなが上達して行きますわね」
「山根さんが帰ってきたら、脅威ですわ」
そっと、剣を置いて、甲冑の頭を撫でる瀬良。
「田澤、杏奈さん……」
「いつかわたくしも、彼女の舞台に出たいものですわね」
芸術祭当日を迎えた。
多目的室には、入りきらない程の観客が押し寄せている。
緊張気味のミナとは対照的に、宮坂は落ち着いた様子だった。
「ゆうま、あんた今日は随分リラックスしてんじゃん」
少し口元が震えているミナの手を、宮坂がそっと握って、視線を合わせる。
「やるべきことは全部やったんだ……それに」
「君を心の底から信じてるからね、ミナ」
ミナの顔が一気に赤くなり、心臓が飛び出さんばかりに跳ね上がった。
(……なに?あんたもゾーン、入っちゃった?)
(……なんか)
「カッコいいじゃん!」
「五秒前です!」
杏奈の声を合図に、ミナが一人ステージの中心に立つ。
ゆっくり深呼吸をすると、目を閉じてカウントダウンに耳を傾けた。
(ユズも、ゆうまも、なんだか覚醒しちゃってさ)
(こうなったら)
(……私も、入ってやろうじゃない)
開演のブザーが鳴ると、ミナは目を見開いた。
「ゾーンってやつにさ!」
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『ハローライフ』
開演
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