PLANET LAND ー 彗星から惑星へ ー 第25話 システィーナホール
第25話 システィーナホール
客席に人がいなくなり、撤収作業に取り掛かろうとした時、学生課の職員から一通の大きな封筒が、渡された。
宛名は紛れもなく、プラネットランドに対してだ、差出人の名前を、宮坂がじっと見つめる。
「四国、国際、芸術祭実行委員会?」
その言葉に、ユズとミナがすぐに身を寄せた。
「開けてみよか?」
「うん、まずは中を見なきゃ」
聡志は腕を組んだまま、少し眉をひそめる。
「また何か波乱の予感じゃね?」
宮坂がそっと封を切ると、中にはクリアファイルに包まれた紙の束と、リーフレットが収められている。
一番上の白い紙を取り出して、読み始めた。
六星大学演劇サークル プラネットランド 御中
拝啓
秋冷の候、皆様におかれましてはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
この度ご連絡を差し上げましたのは、先日配信されました貴団体の公演作品。
『PLANET LAND』を拝見し、当方といたしましては、深い感銘を受けた次第です。
つきましては、本年末開催予定の**「四国国際芸術祭」演劇部門**におきまして、ぜひご出演を賜りたく、ここにご案内申し上げます。
なお、公演は途中休憩を含む約二時間を予定しており、会場は徳島県鳴門市・大塚国際美術館内 システィーナホールを予定しております。
何卒ご検討のほど、よろしくお願い申し上げます。
敬具
宮坂が案内状から顔を上げた瞬間、目を丸くした聡志と目が合った。
「おい、これって」
「僕たちに……出演依頼?」
ユズとミナが目を丸くして、声のトーンが一段上がる。
「しかも、国際芸術祭?」
「そんな場所で?」
宮坂が思わず聞き返した、その次の瞬間だった。
「えーーーーー!!!」
四人の声が一気に重なり、舞台袖に大きく響く。
その声に、少し離れたところにいた杏奈と峯岸が、驚いたようにこちらを振り向き、駆け寄ってきた。
「どうしたんですか?大きな声出して」
「せやで、びっくりするやんけ」
ユズは興奮を抑えきれないまま、手にした案内状を二人へ差し出した。
「これ!これ見てみ」
杏奈と峯岸が、並んで紙面を覗き込む。
会場名。
芸術祭名。
招待公演の文字。
二人の目が、みるみるうちに見開かれていく。
「え、えーーーーー!!!」
今度は二人の声が重なると、聡志はその反応を見て息をつき、全員を見渡した。
「ま、そうなるよな」
「で、どうする?国際芸術祭に呼んでもらえるなんて、こんなチャンス、二度と来ないかもしれない」
杏奈は視線を落とした。
「けど、2時間って、私そんな長い台本書いたこと、ないです」
宮坂が冷静に続ける。
「あと2ヶ月か、準備期間もタイトだね」
ユズが腕を組み、ミナがため息をこぼした。
「小道具も一から作るのは厳しいなあ」
「衣装もね」
聡志がぼそっと呟く。
「俺も、後期試験、大丈夫かな?」
それぞれが現実を口にする中で、峯岸だけが手元の紙を見つめたまま動かない。
「………大塚国際美術館、システィーナホール」
ユズが不思議そうに顔を覗き込む。
「どしたん?」
「フタバが好きな場所や」
その一言で、場の空気が静まり、誰もすぐには言葉を返せない。
峯岸の視線が、少しだけ遠くへ向くと、ある日の記憶がふっと浮かび上がった。
ルノワール、モネ、フェルメール。
名だたる名画の並ぶ広い館内に明るい声が響くと、フタバが嬉しそうに峯岸に振り返る。
「ほら〜海斗、凄いろう?」
「ホンマ凄いな、これ、触れるん?」
「世界の名画を、陶板印刷で再現したがやき、触れるがで」
フタバが得意げに笑うと、峯岸が半信半疑で手を伸ばす。
「俺、モナリザに触ってもうたやんけ」
「あはは、テンション上がっちゅうねえ」
「次はこっち」
フタバがくるりと振り返り、先へ進む。
ルーベンスの大きな絵の前で、二人は立ち止まった。
「これって……」
峯岸が言いかけると、フタバは、少し肩を落として悲しそうな顔をつくる。
「……海斗……疲れたろう?ボクも疲れたよ」
「なんだかとっても眠いんだ……てか?」
フタバは一瞬だけきょとんとして、それから小さく噴き出した。
「なんで泣きゆうが?」
峯岸は、視線を逸らしたまま答える。
「……あの二人が最後に見た絵、こんなに悲しい絵やったんやな」
フタバは少しだけ顔をしかめた。
「いらんこと言いなや、こっちが悲しゅうなるやいか」
そう言いながら、また歩き出す。
「次はメインイベントで」
大きな空間に足を踏み入れた瞬間、思わず声が漏れた。
「こりゃあ、凄いな」
天井いっぱいに広がる圧倒的な絵。
視界を埋め尽くすような光景に、言葉が追いつかない。
フタバは、誇らしげに胸を張った。
「システィーナホール」
「バチカンのシスティーナ大聖堂のミケランジェロの天井画を完全再現しちゅうがよ」
ゆっくりと見上げながら続ける。
「ここで、横綱の結婚式とか、歌舞伎の公演もあるがで」
「ほんまに、四国の誇りちや、ここは」
峯岸は、その空間を見渡したまま、小さく呟いた。
「俺らも、やってみたいな」
フタバは天井画に目を細めながら、呟くように答えた。
「そうやねえ」
記憶は、そこで途切れ、現実に戻る。
手元には、同じ場所の名前が記された封書。
現実に引き戻された空気の中で、宮坂がぽつりと口を開いた。
「で、どうする?」
その一言に、誰もすぐには答えられない。
その沈黙を破ったのは、後ろから近づいてきた声だった。
「面白そうじゃん」
「学外のイベントだと配信は厳しいだろうけど、メイキング動画上げられそうだし」
映像研の宮西だった、すかさず佐藤と日崎も呼応する。
「舞台音楽も要るよね」
「管弦楽も合うよ、またプロジェクトPL、集まろうよ」
背中を押す言葉に、メンバーの心境が変わって行った。
聡志が、少しだけ困ったように笑う。
「ありがとうございます、でも、みなさん後期試験は?」
佐藤はあっさりと肩をすくめた。
「俺ら授業ったってゼミくらいだし」
「卒業の単位はとってるから」
日崎もすぐに続く。
「こんな経験、学生のうちだけだよ」
「俺たち四回生にとったら、こんな機会最初で最後だよ」
聡志は、思わず小さく笑った。
「はは、まいったな」
その横で、ミナが腕を組んだまま、一切の迷いのない声を上げた。
「みんな、腹、決めよう!」
聡志は一瞬だけ言葉に詰まり、すぐに背筋を伸ばす。
「は、はい」
周りが一気に前のめりになっていく中で、峯岸だけが少し離れたところから、その様子を眺めていた。
「やれやれ、みんな盛り上がっとんなあ」
肩をすくめて呆れたように笑うと、杏奈が、その横にそっと近づいた。
「これは、フタバさんには知らせない方が良いですよね」
峯岸は一瞬だけ目を伏せ、静かに頷く。
「スマンな、こんな話聞いたら」
「あいつ、またどんどん殻にこもってしまうさかい、黙っといてくれ」
「わかりました」
その夜。
聡志のワンルームは、いつもより少しだけ静かだった。
ベッドに腰を下ろしてスマホを手に取ると、少しだけ迷ってから、メッセージを打ち込んだ。
【母さん、どうしよう?】
【杏奈ちゃんにフラれたの?】
【ちげーよww】
【じゃあ何よ】
一瞬だけ言葉を止めてから返信する。
【留年したら、ごめんね】
【それは聞捨てならないわね】
聡志は、今日の出来事を順番に説明していった。
芸術祭。
招待公演。
そして、残された時間の少なさ。
画面の向こうで、しばらく既読が止まる。
固唾を飲み込み待っていると、やがて返事が来た。
【まあ、人生の一年なんてたいした時間じゃないけどさ】
【ごめん】
【出来ることはやんなさいよ】
【うす】
少しだけ、胸の奥が軽くなると、不意に話題が変わった。
【久羽乃はどうだった?】
【その事だけどさ、聞いたよ】
【何を?】
その問いに、聡志はゆっくりと打ち込む。
【彗星群とお袋の事、マスター、杏奈の父さんから】
既読がついたまま、動かない。
画面の向こうで、時間が止まったようだった。
聡志は、画面を見つめたまま、一つ息を吐く。
そして、静かに続けた。
彗星群が封じられた経緯など、自分が聞かされたことをひとつずつ。
【母さん、杏奈怒ってたよ、志織おかあさんって呼ばせて、選ばなかった人生を自分に映してるんじゃないかって】
打ち終えた瞬間、聡志は少しだけ視線を落とした。
画面の向こうで、ようやくメッセージが返ってくる。
【返す言葉もないわね】
聡志は小さく息を吐く。
【でも大丈夫、わだかまりは全部、ゆみかん母さんが流してくれたから】
少しだけ軽く書いたつもりだった。
けれどすぐに返事が来る。
【杏奈ちゃんのお母さん?】
【そこ、気になる?】
【うるさいよ】
思わず肩が揺れる。
【ごめん、でも、すげー人だよ】
聡志はスマートフォンを見つめたまま、静かに次の言葉を待った。
既読の表示だけが、静かに画面に残る。
聡志は、痺れを切らせてもう一度指を動かした。
【母さんみたな綺麗な人に、惚れられたマスターを誇りに思えって、杏奈に】
今度はすぐに返ってくる。
【いや、そんなんじゃないから】
聡志は、続ける。
【母さんみたいな、綺麗な人よりマスターに選ばれた私すげーって】
画面の向こうで、言葉が止まっているのが分かる。
【親父だった人と、母さんの名前がついた俺の名前は、母さんにとって呪いかも、て言ったら】
【子供が親の呪いになるはずないって】
【死に物狂いで、俺を育てた母さんを誇りにしろって】
既読はつくが、まだ返事は来ない。
画面の向こうで、志織が言葉を失っているのが伝わってくる。
聡志は、もう一度だけ息を吐いて、続けた。
【俺にゆみかん母さんって呼べって】
【だったらあいこだから、杏奈に志織おかあさんって呼びなさいって言ってた】
ようやく返信が届いた。
【そう、なんだか器の大きい人なんだね】
【まあ、あんたはやることちゃんとやんなさいよ】
聡志は、少しだけ笑って打ち返す。
【うん、じゃあおやすみ】
既読がつくが、それきり、画面は動かなかった。
聡志はスマホを置き、天井を見上げる。
やることは、山ほどあるものの、少しだけ前を向ける気がした。
その頃。
志織は、静かな部屋でスマホを見つめていた。
「ふう、ゆみかんさんか……」
ぽつりと呟く。
指先で画面を操作し、ある写真を開いた。
いずみ亭のログに残された一枚。
幸弘と由美加が並ぶ写真だった。
自然な距離で、当たり前のように笑っている二人。
志織は、その写真をしばらく見つめてから、苦笑まじりに小さく息をついた。
「……そりゃあそうよね」
「それくらいの器がないと」
「あの面倒くさい人と、20年も一緒に居れないよね」
誰に聞かせるでもない言葉が、静かな部屋に落ちた。
翌日の昼、演劇部の部室で女子部員の広原が、憔悴し切った様子で項垂れながら田﨑と向き合っていた。
テーブルには退部届が置かれている。
田﨑は困り顔で頭をかいた。
「……理由、教えてくれないかな?」
「それは……お話できません」
田﨑は目を伏せてため息を吐いた。
「……あのサークルの奴らに、関係あるのかい?」
広原は思わず顔を上げて首を振る。
「違います!あの人達は……良い人たちです」
「私の、一身上の都合です」
田﨑の目つきが鋭くなった。
「……そんなはずが、ないやろがい」
はっとして、また穏やかな顔に戻す。
「ごめん……実は君が、あいつらと居酒屋に入って行くのを見た人がいてね」
「君はまだ入学したてだったから……」
「あいつら、スキーは名目で、普段からナンパしてコンパするだけのサークルなんだ」
すると、広原はボロボロと涙を流し始めるものの、口は固く閉じたままだ。
そこに、紺色のスーツに身を包んだ瀬良が入室して来た。
「お疲れ様です、瀬良さん」
「今日は随分とかしこまっちゃって、あ、院の面接でしたか」
瀬良は田﨑には目もくれず駆け寄り、広原を抱きしめた。
「……ごめんね、ちゃんと守ってあげられなくて」
その言葉に、堪えきれずに声を上げて泣き出す広原。
きょとんとする田﨑に向かって、瀬良が目線で退室を促した。
「……なんとかするから、退部や自主退学は待ってて」
「……絶対に……だから、話を聞かせてちょうだい」
何かを察した田﨑は、すぐに退室。
ひたすら声を上げて泣き続ける広原の背中を、優しくさする瀬良。
しかし、自身も目を腫らして唇を噛み締めていた。
学食の一角で、身なりからして軽薄な三人の男たちが、テーブルを囲んで下卑た会話を続けていた。
「こないだのは、ハズレだったな」
ひとりがスマホを覗き込む。
「……まったくだよ、売り上げもイマイチだしよ」
「けど……大丈夫かな?演劇部だろ?部長の瀬良って、法学の首席じゃん」
ひとりが声に出して笑い出した。
「あんだけ釘刺しときゃ大丈夫だよ」
「お父さんやお母さんに、知られたくないだろ?て言ったら、絶対に言わないっつったじゃん」
その時、ひとりが学食の奥を指差した。
「おい、あの子って……」
その先には、一人静かに昼食をとる杏奈の姿。
「あのサークルの新入生」
「再生回数20万たたきだしたっていう……」
「やっべえ、めちゃくちゃ可愛いじゃん」
ひとりがスマホを向けて、料理を口に運ぶ杏奈を写真におさめた。
「あのサークルにゃ、苦い思い出があるし」
「学生生活最後の思い出に、しちゃいますか」
三人が顔を合わせて、にたりと頷き合い、立ちあがろうとした。
「おい、ちょっと待て」
ひとりが制止した。
杏奈の向かいの空席に、一人の男が歩み寄っていたのだ。
「ここ、空いてますか」
ふいに声をかけられた杏奈は、顔を上げることなく軽く頷いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
向かいの席から、椅子を引く音が聞こえた、その直後だった。
「あれ?田澤さん?」
聞き覚えのある声に、杏奈ははっとして顔を上げる。
「やっぱり、田澤さんじゃ、六星じゃったんや!久しぶりじゃのう」
少し訛りのある口調に記憶がつながる。
杏奈は目を瞬かせた。
「河瀬……くん?」
第26話はこちらから↓
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