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PLANET LAND ー 彗星から惑星へ ー 第20話 サテライトゆうま

第20話 サテライトゆうま

 久羽乃の最後の夜。
 今は集落活動センターとして使われている、山あいの小学校の体育館は、長机と折り畳み椅子が並び、即席の宴会場に変わっていた。
 澄水座とプラネットランドの面々が入り混じり、あちこちで笑い声が上がる。
 舞台の成功を祝う宴会であると同時に、惜別の宴でもあった。
 笑い声が重なり、反響していく。
 そんな時、由美加が小皿を持ったまま、周囲を見回して首を傾げた。

「杏奈、どうしたんじゃろ?」

 ミナが思い出したように答える。

「声はかけたんですけど……もう一度行ってきます」
「すごい勢いで、タブレット打ち込んでたんで」

 それを聞いて、幸弘が紙コップを机に置いて、立ち上がった。

「大丈夫だよ、私が行ってくる」
「ミナさんは、ゆっくり楽しんでいると良い」

 そう言いながら、ふと足を止める。
 その視線の先には、聡志がいた。

(待てよ?このままでも良いんじゃなかろうか)

 テーブルの向こうで、由美加に唐揚げを差し出されている。

「ほら、聡志くん。食べんさい」

「え、いや……」

「あーん」

 聡志は照れたように笑いながら、口を開けた。
 その横で、梨夏がすっかり懐いた様子で聡志の腕にしがみつく。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」

 幸弘はその光景を見ながら、小さく息を吐いた。

「やっぱり呼んでこよう」

 幸弘が、宿舎の学生たちの部屋の前に立つと、カタカタとキーを打ち込む音が聞こえる。
 目的の部屋の前で足を止めると、扉を軽く叩いた。

 トン、トン。

 返事はない。

 トン、トン、トン。

 それでも返答はなかった。
 幸弘は少し声を張る。

「田澤、杏奈くん!」

 次の瞬間、部屋の中から声が弾けた。

「あーーーっ!」

 勢いよく扉が開き、タブレットを抱えたまま飛び出してくる杏奈。

「待てぃ!」

 思わず幸弘が声を上げると、杏奈は父の姿に気づき、はっと立ち止まった。

「お父さん! ごめん! 時計見てなかった」

「それはええが」
「タブレットは、お父さんがあずかる」

「なんで?」

「その様子じゃったら、今晩寝れんじゃろが」

 杏奈は一瞬だけ考えてから頷き、タブレットを差し出した。

「うん、わかった」

 受け取った幸弘は、顎で体育館の方を示した。

「早う、行きんさい」

 杏奈はそのまま廊下を駆け出した。

「廊下を走るな! まったく」

 そう言いながらも、幸弘の口元は笑みを浮かべ、手元のタブレットに視線を落とす。

「な〜んちゅうてな」
「どんな話を書いとったんじゃ?」

 小さく笑って、指先で画面を操作しはじめると、表示されたタイトルを見て、目を細めた。

「ハロー……ライフ、か」

 画面を追ううちに、その表情がふっとやわらいでいく。
 幸弘はひとり、静かに笑った。

「父さん、母さん、あんたらの孫、大したもんじゃろ」
「そっちからも、応援したりんさいよ」

 体育館に戻ると、宴会の熱気はますます高まっていた。
 その入口に杏奈が姿を見せた瞬間、真っ先に声を上げたのは梨夏だった。

「お姉ちゃん、おそーい!」

 杏奈は少し息を切らしながら、ぺこりと頭を下げる。

「皆さん、ごめんなさい」

 するとミナが笑いながら手を振った。

「大丈夫よ、みんな出来上がってるから」

 そう言いながら、少し声を落とす。

「ただ」

「ただ?」

 ミナは体育館の奥をちらりと見た。

「杏奈ちゃんもマスターもいないから、アレが」

「……まさか」

 ミナは小さく肩をすくめた。

「今はまだ、パワーを溜め込んでる感じかな?」

 宮坂の様子に気づき、杏奈はそっと視線を向けた。
 テーブルの端で、焼き鳥の串を器用に束ねている。
 指先で角度を整え、バランスを見ながら組み上げていき、あっという間に小さな鳥居へと姿を変え、それを机の上に立てて、満足げに眺めたあと、急に声を震わせた。

「帰り、たくないな……帰りたく、ないよぉ」

 そう言いながら、きょろきょろと周囲を見回す。
 テーブルの向こうでは、峯岸が真剣な顔で、久保崎の話に耳を傾けていた。
 宮坂は二人を順番に見て、最後にゆっくり不敵な笑みを浮かべる。
 その様子を見たミナが、慌てて声を上げた。

「流石にそれは、まずいって!」

 別のテーブルでは。

「ゆ・う・ご・さ・ん♡」

「どうしたの?ユズさ……」

 振り向いた雄吾が、ぎょっとしたように言葉を止めた。
 両手に顎をつけたユズが、きらきらと輝く瞳をまっすぐ向けている。
 口元には、いちごポッキーを咥え、左右に小さく頭を傾けながら、時に上目遣い、時に熱っぽい視線を送りながら、それを雄吾の鼻先へ近づけては、また少し引く。
 秀然が感心したように頷いた。

「素晴らしい、まさに煩悩そのものだ」
「それ以外の言葉が浮かびません」

 健作も腕を組みながら、しみじみと言う。

「ええのう、雄吾さんは」
「わしもあと五年若かったらの」

 少し離れたところで、聡志と梨夏、由美加がそれを眺めていた。

「ゾーン、入ってんな〜」

「ユズさん、かわいい〜」

「梨夏、あんまり見たらいけんよ」

 当のユズの目には、もはや一人の男しか入っていなかった。
 すっと目を閉じ、そのまま思い切りのけぞる雄吾の顔に、ゆっくり近づいていく。

 その瞬間、猛然と早歩きでミナが横を通り抜けた。
 ユズはびくっとして、思わず口元のいちごポッキーを噛んでしまい、折れたそれが、ぽろりと床に落ちてしまった。

 串で作った小さな鳥居を机の上に立てたまま、宮坂がふらりと立ち上がる。
 目はすでに、峯岸と話している久保崎のほうへ向いていた。
 ミナがその場に素早く歩み寄り、宮坂の腕をがしっとつかむ。
 宮坂はきょとんとした顔で振り返った。

「やあ、ミナたん、来てくれたの?」
「よしよし、してくれるの?」

「するわけないじゃん!」

 ミナは即答し、そのまま腕を離さず、ぐいと引く。

「こっち来て!」

「えっ、なに、どうしたの、そんな強引な……」

「いいから!」

 有無を言わせぬ勢いで、ミナは宮坂を体育館の出口へ引っ張っていく。
 校庭に出ると、光は体育館の扉の隙間から、ぼんやりと漏れているだけだ。
 虫の声が、辺り一面に響いている。
 宮坂はまだ少し赤い顔のまま、へにゃっと笑った。

「ミナたん、二人きり?」

「……あんたね」

 ミナは腕を組んだ。

「久保崎さんのところに行って、何するつもりだったの?」

「……すごい人だから、僕、久保崎監督の映画、たくさん見たから……」
「色々教えてほしくて……映画のこと」

 ミナは腕を組んだまま、宮坂をじっと見ていた。

「あんたさ、散々言われてきてまだわかんないの?」
「酔ったあんたが、どれだけ迷惑か……」

 宮坂は少しうつむき、靴の先で土を軽く蹴った。

「……だって、覚えてないし」

「あー、はいはい」
「そうだね、あんたそんな奴だよね」
「ちっちゃい時から……」

 宮坂がはっとした顔でミナを向くと、どこか失望したような眼差しを向けられていた。

「あんたはさ、幼稚園の時から何でもできた」
「絵も、工作も器用でさ、劇の頭に被るクマさん、私の分も作ってくれたよね」

 宮坂は黙って耳を傾けている。

「あの時は嬉しかったから、ついよしよししちゃったよ」
「小学校からは、勉強も教えてくれて」
「はっきり言って、六星に入れたのもあんたのおかげだと思ってるくらいだから」

「……ミナ」

「けど、肝心な所でとぼけてばっかり」

 ミナは腕を組み直し、まっすぐ睨んだ。
 その声は少し震えている。

「酒の力借りなきゃ、自分の気持ちなんも言えないわけ!?」

「え?」

「ちっちゃい時からさ、ちょっと離れた場所で、私の周りをぐるぐる回ってさ」
「私を見るなら、ちゃんと真っ直ぐ見なよ!」
「そんな酒で濁った目じゃなくてさ!」

 宮坂は言葉を失ったまま立ち尽くす。

「ミナ……?」

 ミナは拳をぎゅっと握り、吐き出すように言った。

「……どんだけ待ってると思ってんの?」

 宮坂は、足元をゆっくり見ながら口を開く。

「僕は……近くにいられれば、それでよかったんだ」
「衛星みたいに」

「私はやだよ!」
「はっきりさせなきゃ、進めないじゃん!」

 宮坂が戸惑ったように眉を寄せると、ミナは一瞬だけ言葉を探した。

「……進むって?」

「恋でも、友達でも、他人でも!」
「なんでもいいからさ!」
「ちゃんと決めなきゃ、前に行けないでしょ!」

 そこに、体育館の扉がそっと開いた。
 様子を見に来た杏奈が、校庭の二人を見つけて足を止める。
 思わず目を丸くし、その場で固まった。
 ミナは視線を落としたまま、ぽつりと続ける。

「これでも……」
「これでも、あんたに気を使ってんだよ」
「私が他の誰かとくっついていいわけ?」
「例えば聡志とか」

 その名前に、扉の陰の杏奈がびくっと肩を揺らし、思わず息を呑む。
 ミナはその気配に気づいたのか、ちらりと杏奈のほうを見て、小さくウィンクすると、何事もなかったかのように、宮坂へ視線を戻す。

「公認の田﨑さん、落ち着いていて素敵だよね」
「弓道部の久島さんも、年上の余裕があるし」
「うちの大学、ほんと良い男多いよね」
「私だって、そろそろ彼氏欲しいし……」
「本格的に動いちゃおうかな?」

 宮坂は、肩を震わせながら、反射みたいに顔を上げる。

「やだ、絶対」

「じゃあなんて言うの」

 宮坂は口を開きかけて、閉じる。
 喉の奥で言葉を探しているのがわかった。
 やがて、ようやく言葉を絞り出す。

「一緒に……いたい」

 その瞬間、ミナの表情がふっとほどけた。
 そして一歩踏み出して、そのまま宮坂をぎゅっと抱きしめる。

「よく、出来ました」
「よしよししたげるよ」

 杏奈が、呆気に取られた様子で、二人を眺めていると、いつの間にか隣に由美加の姿があった。

「青春じゃね」
「昔を思い出してしもうた」

「……お父さんとのこと?」

 由美加は、杏奈に視線を合わせて微笑む。
 はにかむような、懐かしむような表情で、ポツリとつぶやいた。

「あの人は、超絶奥手じゃったから……」
「自分の中では全部決めちょるくせに、こっちが先回りしてあげんと、何も動かん人じゃったわ」

「へえ……今は商工会とか、観光協会とか、なんでもやっとるのに……」
「やっぱり、お母さんと一緒におって変わったんよ」

「そうじゃとええけど」

 すると、今度は由美加が思い出したように手を叩いた。

「そう言えば、あんたのクラス、弓道部の子、何人おった?」

 杏奈は一瞬心臓が止まらんばかりに驚いた。
 それは、ほのかに憧れを抱いていた、河瀬のことに他ならない。

「……ひとり、じゃけどなんで?」

「昨日、お芝居が終わって晩御飯取りに店に戻ったじゃろう?」
「その時に、弓を持ったあんたのクラスメイトがおったんよ」
「食べに来てくれてたのに、お休みにしとって悪いことしたわ」

「へ、へえ〜河瀬くん、久羽乃まで来とったんね?」

 その気配に、由美加が何かを察したようだった。

「河瀬くん、ちゅうんかいね?」
「爽やかで礼儀正しい子じゃね」
「文化会館の隣に弓道場あるけ、練習しよったんじゃなかろうか?」

(……近くに、おったんじゃ)

「なんでも、河瀬くんも兵庫の大学に通っとるらしいよ」

 また驚いて母の顔を覗くと、由美加は含みのある表情を返した。

「近くの学校じゃったらええね」

「……え?いや、そ、そうじゃね」

 杏奈は思考が追いつかず、まとまらない返事をするだけだった。

 翌朝。
 いずみ亭の前では、一台の車のそばに、皆が集まり、一歩前に出た聡志が深く頭を下げる。

「本当にお世話になりました」

 幸弘は穏やかに頷いた。

「うん、帰り気をつけてな」

 由美加が紙袋を差し出す。

「これ、サンドイッチ、車で食べて」

「ありがとう、お母さん」

 ミナは梨夏と目線を合わせた。

「梨夏ちゃん、またね」

「私もまた遊びに行きます!」

 宮坂も頭を下げると、秀然と健作が応える。

「本当にありがとうございました」

「また、助っ人に来てくださいね」

「本当に楽しかったです」

 ユズが雄吾の腕をぎゅっと掴み、手を振ると間髪入れず峯岸が突っ込んだ。

「ほな、みんな気いつけてな〜」

「なんでやねん!」

 雄吾が感心したように笑う。

「流石に、関西の人はツッコミのキレが違うね」

「雄吾さん、うちのこと、忘れんといて下さいね」

「うん、また一緒にやろうね」

 ユズはその言葉を聞いた瞬間、顔をしかめて掴む手に力を込めた。

「やっぱり嫌や〜帰りたない〜」

「ほら、行くよ!」

 ミナに背中を押されて荷物を積み込み、全員が車へ乗り込む。
 そのとき、幸弘がふと杏奈を呼び止めた。

「杏奈」

「何、お父さん?」

 幸弘は空を少し見上げて、笑いながら静かに言った。

「爺ちゃんも、婆ちゃんも、楽しみにしよるぞ」

「なんでわかるん?」

「それが、親子じゃけえの」

「うん」

 帰りの車の中。
 山道を抜け、海沿いの道に出た頃だった。

 ピコン。
 ピコン。
 ピコン。

 スマホの通知音が、ほぼ同時に鳴り響き、ミナが画面を見る。

「みんながここにいるってことは……」

 ユズも身を乗り出す。

「退院できるんかな?」

 運転席の峯岸が落ち着かない様子で言った。

「なんて書いとる?」

 助手席の杏奈がスマホを見て、きょとんとする。

「え……」

 後部座席で聡志が、低く呟いた。

「まじかよ」

 グループチャットの画面には、杏奈には見慣れない、フタバという名前のものだった。

【みんなあの、お祭り動画すごい良かったで】
【けんど、あーしは、どんどん置いてけぼりで、辛いちや】
【あーし、もう、無理かもしれんき】
【ゴメンで】

 車内の空気が、一瞬で凍りついた。
 峯岸の声が、かすれる。

「……フタバ」

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