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PLANET LAND ー 彗星から惑星へ ー 第24話 とんでもないことに.....

第24話 とんでもないことに.....  

 六星大多目的ホールでは舞台の中央に、宮坂とミナが、手を取り合い並んで立っていた。
 舞台を照らすスポットライトの中で二人は、ゆっくりと客席に向かって、深く頭を下げる。
 しかし、客席は沈黙に包まれていた。
 その静寂の中で、客席のある場所から、鼻を啜る音が聞こえる。
 すると、また別の場所では小さな嗚咽。

「……これ、やばっ……」

 ぼそっと涙交じりの小声。
 暗闇の客席で、ハンカチを目に当てる人影がいくつも動く。
 ミナは、ゆっくりと顔を上げて、潤んだ目で客席を見渡した。
 宮坂は、落ち着いた涼やかな目で手を振る。
 二人がもう一度一礼をし、舞台袖へ歩き始めた瞬間だった。
 突然割れんばかりの拍手がホールを揺らす。
 客席の照明が灯ると、観客は皆立ち上がり拍手を送っていた。
 舞台袖に引っ込むと、宮坂が勢いよくミナを抱きしめる。

「やったね」
「やり切ったよ、僕たち」

 ミナは、少し笑って、宮坂の頭を撫でる。

「うん」
「よしよし」

 そこへ、聡志と峯岸が歩み寄ってきた。

「完璧じゃん」

「良かったで」

 ミナは腕を組んで、じっと二人を見る。

「聡志、海斗」
「あんたら、嘘ついたでしょ?」

 峯岸が、とぼけた顔をする。

「なんのことや?」

 ミナは呆れたように笑う。

「なにが“単位がやばい”よ」
「なにが“気が乗らない”よ」
「いつもの迫真の演技だし、しっかり役作りもしてんじゃん」

 杏奈がくすっと笑った。

「宮坂さんに、頼まれたんですよ」
「この台本、ミナさんとやりたいって」

 ミナが、ゆっくり宮坂に向くと、照れながら頬をかいていた。

「だからセリフもね」
「聡志から、僕向けに」
「田澤さんが変えてくれたんだ」

 ミナが目を瞬かせる。

「杏奈ちゃんが?」

 杏奈は首を横に振った。

「ほとんど宮坂さんが、セリフを決めてくれました」
「ミナさんに、自分の言葉をセリフにして伝えたいって」

 ユズが、にやっと口元を上げる。

「ゆうまも、ちゃんと向き合うたら大胆になるんやな」

 ミナはふうん、と小さく息を漏らしながら、宮坂を見つめた。

「ふーん」
「そう……」
「……そうなんだ」

 宮坂はまた、照れくさそうに頭をかいた。

「いやあ……」

 そう言いかけたところで、ミナがすっと一歩近づく。

「ゆうまって、彼女に隠れて、他の女の子に連絡したりするんだ」
「ふ〜ん」

 宮坂の顔が一気に強張った。

「あ、いや……ごめん」

 次の瞬間、ミナが吹き出した。

「嘘だよ」

 宮坂がぽかんとすると、ミナはいたずらっぽく笑って舌を出す。
 周りでは、ユズは腹を抱え、聡志は肩をすくめ、峯岸は壁に手をついて笑っていた。
 宮坂だけが、しばらく状況を飲み込めずに立ち尽くしていたが、やがて大きく息を吐いて、その場にしゃがみ込む。

 「寿命、縮んだよ……」

 その情けない声に、今度はミナがいちばん大きく笑った。
 すると、廊下の向こうから映像研の代表・宮西が近づいてくる。

「ありがとうね」
「今日も配信させてもらえて」
「ライブもまた、かなりカウンター稼いでたよ」

 聡志が、すぐに笑って返した。

「こちらこそ、舞台転換とか手伝ってもらって助かりましたよ」

 その後ろから、軽音の佐藤がひょいと顔を出す。

「宮坂くん、ギター上達したな」

 宮坂はまだしゃがみこんだまま、照れくさそうに頭をかいた。
 そこへ、管弦楽の日崎が腕を組んだまま口を挟む。

「うちの作曲も、なかなかだったろ!」

 舞台袖は、サークルは違えど、同じ物を作り上げようとする仲間たちの熱気に溢れていた。
 そんな中、杏奈は拍手の止まない客席を、じっと見つめる。
 その光景に、胸の奥が震えるのを感じた。

「宮坂さんからミナさんに……」
「たった一人に伝えたい言葉が、こんなにもたくさんの人の心を、動かすんじゃね」

 たったひとりの言葉を、目の前の誰かに届けようとしたことだけだった。
 杏奈は息を飲む。

「言葉って、すごい」

 一方その頃、病室のベッドの上では、フタバがタブレット越しにその光景を見つめていた。

 舞台の熱、客席の拍手、すべてが小さな画面から、フタバの胸にはまっすぐ届いていた。
 気がつけば、頬を涙が伝っている。

「……すごい」

「ゆうまも……ミナも……すごいやか」

 震える指で、まだ拍手が鳴り止まない画面をなぞり、唇を噛みしめた。

「すごい……」
「……あーしも」

 息を吸うと、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、前を見る。

「あーしも……」

 その声、その目線は、涙に濡れながらも、新たな輝きを宿しはじめていた。

 大ホールの楽屋では、銀の甲冑を身に纏った瀬良と、つけ髭に西洋貴族の衣装の田﨑が、ノートパソコンの前で言葉を失う。
 瀬良が、ため息をこぼした。

「宮坂くん……監督やプロデューサーかと思ってたのに……梁本さんも、気持ちの込め方が違うじゃない……」

 田﨑が苦笑した。

「マダムはどこに行ったんですか?」
「本番直前に、素に戻られたら困りますよ」

 口を尖らせた瀬良が、ひとつ咳払いをする。

「……台本ですわね」

「と、言うと?」

 瀬良は、腕に甲冑の甲を装着しながら続けた。

「宮坂くんと梁本さん、お二人に寄せた役、人物設定にしてますわよ」
「それが、お二人のレベルアップと合わさって、観客の没入感を増幅させてますわ」

「確かに、史劇やミュージカルの、決まった話ばかりのうちじゃあ……」

 瀬良は田﨑を一瞥する。

「だから、わたくしは、自分がやりたいキャラになってやってますのよ」
「そのままと言うのも、つまらないじゃありませんこと?」

「なるほど……マダムのジャンヌ、期待してますよ」

 楽屋に、出番を知らせる演劇部員が現れると、二人は席を立った。

「あなたも、たまには地を出したらどうかしら?」
「ヤンキーのシャルル7世、受けるんじゃなくて?」

 田﨑はバツが悪そうに、口元のつけ髭をねじり上げる。

「瀬良はん、それを言うたらあきまへん」
「ワテの……黒歴史やさかいに」

 瀬良はふっと笑うと、剣を掲げて叫んだ。

「さあ!わたくしたちは、伝統の六大演劇部!」
「非公認の皆さんに、負けてたまるものですか!」

 周りにいる部員たちが、声を合わせた。

「わたくしは、恐れませんことよ!」
「進めば、神が導いてくださるんですもの」

(入ったな、マダムもジャンヌダルクも)

 別人の表情になった瀬良を見て、田﨑はマントをひるがえす。
 やがて、二人をはじめとする部員たちは、楽屋をあとにした。

 感動の余韻がおさまり始めた客席。
 その光景を見ながら、杏奈はスマホを取り出し、フタバにメッセージを送る。

【配信、ご覧になって下さいましたか?】

【うん、あれゆうまが自分でやるって言うたが?】
【あの裏方オタクが?】

 杏奈はくすっと笑った。

【はい、セリフも全部ご自分で決めてましたよ】
【ミナさんに、伝えたいって】

【愛の力やねww】

 杏奈は続けて打ちこむ。

【戻って来る元気、でました?】

 病室のベッドの上で、フタバが画面を見つめている。

「悪気は無いんやろうけど」
「グサグサ刺して来るがやね、この子」

 ため息と共に指が動く。

【まあ、やっと皆んなあが、あーしと張れるようになってきたやいかww】
【あーしが帰る頃には、ぼっちりになっちゅうかもしれんね】

 その返信を見て、杏奈はほっと息をついた。

「良かった……」
「元気になってくれよるみたい」

 その時だった。

「杏奈ちゃん、どしたん?」

 振り向くと、峯岸が立っていた。
 杏奈はスマホを見ながら慌てて打つ。

【フタバさん、ちょっと待っててください】

 そして、通話ボタンを押した。
 峯岸が不思議そうな顔をする。

「何や、誰に電話?」

 杏奈は人差し指を口に当てた。
 そして"動くな"とジェスチャーを送ると、峯岸は首を傾げる。

「?」

 数秒後、病室のフタバが、迷った末に通話を取る。

「……もしもし」

 杏奈は少し緊張した声で言った。

「山根……双葉さんですか?」
「田澤杏奈です」
「初めまして」

 その瞬間、横にいた峯岸の顔色が変わった。

「!」

 フタバは一瞬黙る。

「初めまして」

「どういたが?」

 その時だった。
 杏奈の後ろから、峯岸が思わず叫ぶ。

「フタバか!?」
「フタバなんか!?」

 電話の向こうで、小さく息を呑む音が聞こえた。

「……海斗」

 峯岸は一歩近づいた。

「なあ、なんや、あのメッセージ」
「それにブロックって」
「なんでなんや?」
「なあ!」

 電話の向こうの声は、急に冷たくなった。

「あんたと話すことは何ちゃあ無いき」

 その一言を残して、プツッと通話が切れた。
 峯岸は、呆然と立ち尽くす。

「……フタバ?」

 杏奈にスマホを返すと、メッセージが届いた。

【あんたに何が分かるが?】
【余計なことせんとって!】

 杏奈の胸が、ぎゅっと締め付けられる。

「フタバさん……」

 一方その頃。
 病室のフタバは、スマホを見つめたまま俯いて呟く。

「ごめん」
「ごめんで、杏奈ちゃん」

(苦しい時の決断は、ろくな結果にならないよ)

「そうやけど……」
「……分かるけど」

 フタバは、唇を噛みしめた。

「あーしは……」

 峯岸は気の抜けた顔で、杏奈を見つめた。

「杏奈ちゃん、君、フタバとは……?」

 杏奈は少し迷ってから頷いた。

「実は……峯岸さんなら良いですよね、彼氏だし」

「うん、できたら詳しゅう聞きたい」

 杏奈はスマートフォンの画面を開き、フタバとのメッセージのやり取りを見せた。
 峯岸は目で追いながら、やがて小さく息を吐いた。

「あちゃあ……そうか」
「杏奈ちゃん、これはやってもうたな」

 杏奈は目を丸くする。

「やって、もうた?」

 峯岸はスマホを見つめたまま、静かに頷いた。

「あいつはな、なんか一つの事に、とことん集中するタイプなんや」
「……それを、自分のアイデンティティやと思うとる」
「ほんまは、何でも出来るのに、自分はそれしか出来んと思うんや」
「無駄に完璧主義やしな」

 杏奈は、はっとしたように峯岸を見る。

「……そうだったんですか」

 峯岸は遠くを見るような目になった。

「大学入ったばっかりの頃は、ほんま無気力やってな」
「新体操が、年齢的なピークを迎えて頭打ちになるっちゅうんが、絶望やったんや」
「そんな時に誘うたんや、サークルに」

 杏奈が小さく身を乗り出す。

「それで……?」

 峯岸は少しだけ笑った。

「何しろ無気力で、心ここにあらずでついて来てな」
「何が得意か聞いたら、新体操や言うから」
「君の詩の時と一緒や」
「ちょっと演技してもろたら、皆んなが褒め称えてな」

 その時のことを思い出したのか、峯岸の目が少し柔らかくなる。

「目に、力が宿ったんや」

 しかし、その表情はすぐに曇った。

「けど、今度は病気で、芝居も取られてもうた」「今のあいつは、自分を、なんの取り柄もない空っぽな人間やと思うとる」

 杏奈は、顔を曇らせてポツリと呟く。

「……ごめんなさい、私」

 峯岸は首を振った。

「君は知らんかったんやから、仕方ない」
「今は、そっとしとったってくれ」

「……はい」
「でも、峯岸さんは心配じゃないんですか?フタバさんが」

「そら心配やわ」
「やけど、そこに書いとるやろ?俺が心配することが、あいつはつらいねん」
「せやったら、俺も普段通りおらんとな」
「病気が治って帰ってきたら、なんも無かったみたいに——」
「海斗〜!あーしよ、治ったちや〜!」
「言うて、ベタベタしてくるやろ」

 杏奈は思わず微笑んだ。

「峯岸さんて、本当に人を大事にするんですね」

 峯岸は軽く手を振って笑った。

「誰でも彼でもやないで」
「俺の周りにおる、信頼できる人らだけや」
「君もやで、杏奈ちゃん」

 杏奈の頬がほんのり赤くなると、峯岸はそれを見て笑った。

「ははっ、俺に惚れても無駄やで、俺はフタバ一筋やさかいな」

「そんなんじゃ、ないです」

 少し離れたところで、そのやり取りを見ていた聡志が、思わず歯ぎしりする。

「ぐぎぎ……海斗あいつ」

 ユズが肩をすくめた。

「まあまあ。海斗のあのナチュラルさは武器やんな」
「あれでフタバもやられたんやから」

 ミナが聡志の方を見る。

「あんたも腹決めな。ゆうまだって出来たんだよ」

「うるせーよ」

 その時、学生課の職員が声をかけてきた。

「お疲れ様、君らに郵便きとったで」

 宮坂が受け取る。

「ありがとうございます」

 封筒の宛名を見ると、そこには、

 プラネットランド 御中

 そして差出人は……

 四国国際芸術祭実行委員会

 そう記されていた。

第25話はこちらから

↓マガジンに全話収録されてます

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