【連載⑤】マッキンゼー流のロジックで、離職率60%の絶望施設を再生させた話 【第4章・第5章】会議を「決める場」に変える
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著:高坂涼介(社会福祉法人いちご会)
介護職員の働きやすい職場環境づくり内閣総理大臣表彰及び厚生労働大臣表彰 厚生労働大臣奨励賞受賞・介護労働安定センター理事長表彰 最優秀賞(日本一)受賞
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会議を「決める場」に変える
1.5時間の報告会が、30分でひらく日まで
【第4章】会議を「決める場」に変える
1.5時間、誰も発言しない部屋
入職して、最初に出たのは、リーダー会議だった。
15人が集まる、月に一度の会議。
予定された時間は、1.5時間。
僕は、末席に座って、ただ見ていた。
開始時刻になっても、全員は揃わない。
「現場が回らないので」と欠席の連絡が入る。
集まったリーダーたちの顔は、疲れ切っていた。
足を組んでいる人がいる。
帽子をかぶったままの人がいる。
腕を組んで、天井を見ている人がいる。
施設長が、資料を読み上げ始めた。
先月の入退居者数。感染症の発生状況。
シフトの変更連絡。
一方向の言葉が、ただ流れていく。
「何か意見はありますか」
その問いに、誰も答えない。
沈黙が、部屋の温度を下げる。
施設長は、次の議題に進む。
議案は、参加者から事前に集めていなかった。
集めても、出てこなかったのかもしれない。
会議は、終了時刻になっても終わらなかった。
1.5時間。報告を聞いただけで、何も決まらなかった。
会議という名前のついた、ただの報告会だった。
僕は、1.5時間、ひとことも発しなかった。
口を開く前に、見なければならないものが多すぎた。
――――――――――――――――――――
前職で、僕は「決める会議」の中にいた。
マッキンゼーが主導するプロジェクトで、太陽薬品側の責任者として毎週副社長へ進捗を報告していた。
あの部屋では、会議は決定の装置だった。
論点を絞る。事実を出す。結論を出す。
次の一手を決める。
決まらない会議は、存在を許されなかった。
その世界から来た僕の目に、この1.5時間は、別の生き物のように映った。
「会議のやり方を、知らないだけだ」
黙って座りながら、この部屋の何が壊れているのかを、考え続けた。
やがて、ひとつの言葉が、胸の中に落ちた。
『この人たちは、会議のやり方を、知らないだけだ。』
やる気がないのではない。能力が低いのでもない。
ただ、誰からも、会議とは何かを教わってこなかった。それだけだ。
この見立ては、決定的だった。
「やる気のない人たち」と診れば、責めることになる。
「やり方を知らない人たち」と診れば、教えることになる。
責めるか、教えるか。
この違いが、その後の全部を決める。
――――――――――――――――――――
まず、会議の主催者に聞いた。
「この会議は、何のためにやっているんですか」
返ってきた答えは、2つだった。
「毎月やるって、決められているから」
「大事なことは、伝えないといけないから」
その2つで、すべてを理解した。
ひとつ目の答えは、この会議には目的がない、ということだ。
前からやっているからという理由だけの会議がある。
それだけ。
中身は、問われていない。
ふたつ目の答えは、この会議は「上から下へ伝える装置」だ、ということだ。
参加者は、受け身。
貢献する人ではない。
リーダーたちが、疲れた顔で足を組んでいた理由が、ここにあった。
あの会議は、最初から、彼らのためのものではなかったのだ。
組織は頭から腐る
僕には、1つ、譲れない考えがある。
組織は、頭から腐る。
幹部は、それなりの給料をもらっている。だ
から、部下の見本にならなければならない。
人の三倍は働かなければならない。
その考えは、入職した日から変わっていない。
だから、会議そのものに手をつける前に、まず、頭に手をつけた。
施設長と、2人の介護統括。
この3人に、「会議とは何か」を教えた。
会議とは、決めることだ。
『5W1H 』誰が、何を、いつ、どこで、なぜ、どうやるのか。
それを決めて、初めて会議だ。
報告を読み上げる時間は、会議とは呼ばない。
3人には、抵抗と戸惑いがあった。
無理もない。
そもそも会議が何かを、理解できていなかったのだから。
だから、こう伝えた。
「やり方を教えます。まずは、それを真似してください」
理解は、後からでいい。
まず、真似る。
これは、第三章で書いたCKP (ちょっと変えて、ぱくる) と同じことだった。
教えても、すぐには変わらない
教え方には、順番をつけた。
いきなり本番はやらせない。
1.まず、ロールプレイで僕が手本を見せた。
2.次に、講義をした。
「なぜ、会議をやるのか」
3.そして、会議の準備の仕方を教えた。
議案を、いつまでに、どうやって参加者へ配るのか。
守るべきルールは、絞った。
1つ、終了時刻を、必ず守る。
1つ、開始時刻には、全員が揃っている。
1つ、議案を、事前に配る。
たった、これだけ。
それでも、すぐには変わらなかった。
教育したあとの会議でも、うまくいかない。
当たり前だった。
人は、一度教わっただけでは、できるようにならない。
だから、もうひとつ仕組みを足した。
4.会議が終わるたびに、主催者を集めて、フィードバックをした。
まず、「お疲れさまでした」と、ねぎらう。
次に、よくできた点を、具体的に挙げて評価する。
そのあとで、「もう少し、こうしたほうがよかったかもしれません」と、改善点を渡す。
順番を、間違えない。
承認から入って、改善で出る。
これは、幹部面談でも使っていた型と同じだった。
基準は厳しく。渡し方は、温かく。
――――――――――――――――――――
そのサイクルを、回し続けた。
最初に変わったのは、参加者ではなかった。
主催者だった。
一方向の報告だけだったところに、リーダーたちへの問いかけが出てきた。
提案が出てきた。
会議が、すこしずつ「決める場」に近づいていった。
参加者の態度は変わらない。
足を組む、帽子をかぶったまま、、、この時点では、あえて指摘しなかった。
順番があったからだ。
主催者が、まだリーダーたちの手本になりきれていないうちに、参加者を責めても、意味がない。
頭が手本になる。
それを見て、現場が変わる。
その順番でしか、組織は変わらない。
「いちご会の歴史に、名前が残る仕事ですよ」
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