【連載③】マッキンゼー流のロジックで、離職率60%の絶望施設を再生させた話【第2章】80人を歩く
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https://note.com/ready_turtle5896/n/na69079ef92c8
著:高坂涼介(社会福祉法人いちご会)
介護職員の働きやすい職場環境づくり内閣総理大臣表彰及び厚生労働大臣表彰 厚生労働大臣奨励賞受賞・介護労働安定センター理事長表彰 最優秀賞(日本一)受賞
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ただ、実際に歩き始めてみると、想像より難しかった。
声をかけにくい雰囲気があった。
廊下で目が合っても、職員はすぐ視線を外す。
僕が近づくと、急に手元の仕事に集中し始める。
「お疲れさまです」と声をかけても、「……お疲れさまです」と返すだけで、それ以上は続かない。
壁があった。
それは敵意ではなかった。ただ、信用がなかった。理事長の息子が来た。
介護も知らないのに。どうせすぐ辞めるんだろ。どうせ何も変わらないって。
そういう空気が、壁を作っていた。
「歩く」と書いたメモの意味が、ここで変わった。
歩けば話せると思っていた。
でも、歩くだけでは話せなかった。
『歩き続けること、顔を見せ続けること、挨拶をし続けること』
その積み重ねが、壁を薄くしていくのだと気づくまでに、しばらくかかった。
出勤簿と、ハンコと、令和の話
翌日、施設長の犬塚に呼ばれた。
「これが出勤簿です。出勤の時と退勤の時に、ハンコをここに押してください」
2020年5月。令和2年の話だ。
タイムカードが存在しない会社があることに、まず驚いた。
ハンコを押す欄が印刷された紙の出勤簿を、全職員が毎日手書きで埋める。一人ひとりの出勤時刻と退勤時刻は、その紙の上にしか残らない。
嫌な予感がした。
その予感は、5月末の勤怠締め作業で、確信に変わった。
―――――――――――――――――――――
河村さんに「一緒に勤怠チェックをやる」と約束した以上、僕もやる。
一人ひとりの出勤簿を、予定のシフトと照らし合わせていく。
従業員は81人。
ひどかった。。。
予想を、はるかに超えていた。
月初に出勤簿が事務所に出てきていない。
現場のリーダーが回収してこない。
リーダーが回収してもノーチェックで出してくる。
ハンコを押していない日がある。
出勤日じゃない日にハンコが押してある。
勝手にシフトが変わっている。
遅刻しても早退してもハンコが押してあれば、紙の上では正常勤務に見える。
このチェックだけで、丸1日かかった。
(なんだ、この無駄な作業は、、、)
父に聞いてみた。
「開設以来ずっとこれだよ」と言われた。
そりゃ事務員も辞めるわな、と思った。
手書きの残業申請書と、36協定の闇
出勤簿のチェックが終われば、次は残業申請書だ。
A5用紙をさらに半分に切った、手書きの申請書。
(これ、誰が作ったんだ。えらいコンパクトだな)
最初に手に取ったとき、そう思った。
そして、なぜかちょっと笑ってしまった。
提出ボックスから申請書を回収し、一人ひとり集計していく。
上長の承認はいい加減だ。
ハンコを押しているリーダーに確認しても
「わからない」
「覚えていない」
「その日いなかったから知らない」
が続く。
本当に残業したのかどうか、誰も確認していない。
出したもん勝ちだ。
まじめに働いて残業を出さなかった職員が損をする。
頑張っている職員が損をする会社だった。
残業の集計だけで、また丸1日。
それでも集計を続けていたら、妙な数字に気づいた。
月の残業時間の合計が合わない。
おかしいと思って調べると、前月に残業した時間が翌月に「繰り越し」されて処理されていた。
犬塚に聞いた。
「知らない、わかんない」
(・・・)自分で調べるしかない。
調べてみると、原因がわかった。
三六協定だった。
月の残業を20時間で労基に届出していたが、当月に20時間を超えた分を、翌月の残業として処理していたのだ。
法的にはグレーゾーン、運用としては完全に誤りだった。
すぐに三六協定を30時間で届け直した。
地味な修正だが、これが労務改革の第一歩だった。
派手さはゼロだが、大事なことだった。
「郷に入っては郷に従え」なんてできない
河村さんに、率直に聞いた。
「こんな勤怠処理、楽しい?」
河村さんは、首を必要以上に横に振った。
聞けば、ずっと訴えてきたのだという。前任の事務員にも、犬塚にも。
返ってきたのはいつも同じ言葉だったという。
「前からこれでやっているから、このやり方でやればいい」
これはダメな組織でよく聞くフレーズだ。
惰性が伝統の顔をして座っている。
令和の時代に、紙の出勤簿とハンコで81人を管理している。クラウド勤怠システムが当たり前のこの時代に。
「郷に入っては郷に従え」という言葉がある。
でも、ここでそれをやったら、僕も狂う。
思いついたら即行動が、僕の信条だ。
クラウド勤怠システムの会社と数社打ち合わせをした。見積もりを取り、1社に決めた。入社して二ヶ月後には、クラウド勤怠の導入が完了した。
だが、導入した翌日、現場を回った。
誰も喜んでいなかった。
介護の現場は、IT難民が多い。スマートフォンは持っているが、クラウドにログインしたことがない。
メールアドレスすら持っていない職員もいた。
「意味がわからない」
「なんで今まで通りじゃダメなの」
「めんどくさい」
反感は、相当だった。
予想はしていた。
変化には、必ず摩擦が起きる。
最初から「理解してもらおう」とは思わなかった。
「慣れてもらおう」と思っていた。
理解は、慣れた後についてくる。
マニュアルを1枚にまとめた。
写真付きで、手順を三ステップにした。
わからない人には、個別に何度でも教えた。
二ヶ月後、月末のチェック作業が半日で終わるようになった。
河村さんの業務量が、目に見えて減った。
本部を嫌っていた現場が、本部を通るようになった
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「また、辞めた」——そのLINEに慣れてしまった管理職へ。 離職率60.3%(業界平均の4倍)。慢性的な赤字。どこから見ても崩壊寸前だっ…
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