実写映画「ルックバック」はアニメ版を超えたかもしれない……!
秋田の自然の美しさ、青春のみずみずしさ、エモーショナルな音楽に、何度も何度も目頭が熱くなりました。
高槻アレックスシネマ・スクリーン1の良席は?
実写版「ルックバック」、鑑賞したのは高槻アレックスシネマのスクリーン1番。映画館のお気に入りの座席をシェアするウェブアプリ「シネファボ」で検索すると、通路直後のG列がベストな列で、13番が左右ど真ん中らしいです(わたしの過去の投稿なのですが・笑)。
すでにG列13番は過去に座ったことがあるので、その隣でも鑑賞体験に変化がないか知りたかったので、今回はG列12番を購入しました。
この日は日曜日でしたが、劇場内はガラガラ。元々高槻アレックスシネマが混んでいることの方が珍しいのですが、最近はちいかわをはじめ、ヒット作が多く、夏休みという時期も重なっていつも混雑していたのですが、夏も終わり、さすがにオデュッセイアを観に来るのはある程度年齢層が限られるでしょう。いわば通常営業に戻った感じです。しかし、地元びいきではないですが、高槻アレックスシネマのスクリーンや音響のクオリティは非常に高いです。ScreenXやDolbyなんとかといった特殊装置は一切ありませんが、その分、堅実でトラブルも少なく、座席も取りやすい(空いている、という意味だけでなく、予約のキャンセルが可能である点も含めて)、良い映画館です。
それはさておき、座席についてですが、G列12番は、若干左寄りに感じますが、鑑賞中は全く気になりません。前後距離も最適。また、ここ最近、万条の館内で鑑賞することが多く、前の座席に誰かがいることが当たり前の環境が続きましたが、前が通路だと、足元が広いことだけでなく、前の座席を蹴りそうにならない点も、非常に落ち着きます。わたしは足癖が悪く、上映中に何度も足を組み替えてしまうのですが、その度に前の座席を蹴らないように警戒するのがちょっとした負担で、特に109のIMAXだと、エグゼクティブシート以外は、長時間だと膝が痛くなるほど座席の前の空間が狭いので、この日は改めて通路直後の快適さを実感しました。

映像と音楽が生み出すエモーションに浸り切る
さて本作について。
原作は少年ジャンプ+に掲載された時に読み、心を鷲掴みにされました。その後、炎上騒ぎでセリフの書き換えが起こり、その時点で興味が一旦鎮火したのですが、アニメ映画の予告を観て再燃。言うまでもなく傑作だったアニメはわたしもやはり感動し、入場者特典のコンテを手に入れるために2度目の鑑賞をして、2度目も感動してしまいました。
理想的なアニメ化を終え、「ルックバック」は完結したと思っていたら、まさかの、しかも今年はすでに「箱の中の羊」を公開した是枝監督による実写版の予告が劇場で流れ、驚くと同時に、大きな不安がよぎりました。なにせ、漫画の実写化ということ自体が成功率の高いものではないですし、ましてや先行するアニメ化も、漫画と切り離してさえ名作と言えるほどの完成度だったわけですから。
わたしには、大成功する絵が浮かびませんでした。だから、初めは見に行かずにいようと思っていました。ただ、予告で流れる音楽と、予告のラストカットでの、デスクに向かって漫画を描いている藤野のシーンだけで、なぜか目頭が熱くなったので、もしかすると……とも思っており、娘(絵の学校に通う高校生)を誘って「うん」と言ったら行くことにしました。
娘が行くと言ってくれて良かった。本作、素晴らしい傑作でした。
小学校のシーンの、何気ない日常の雰囲気から、もう引き込まれました。校内放送で「精進」を読み間違えるくだりの微笑ましさ、宮藤官九郎の先生ぶりの本物っぽさの、なんと心地よいことか。秋田ののどかな環境の、澄んだ空気をともに吸い込むような気分になりました。
そして、最初のハードルとも言える、京本との初対面から、雨の中の帰り道のシーン。アニメでは語り草になるようなスキップのシーンが有名ですが、本作では、藤野が雨の中、田んぼの上に立つ鳥と目を合わせ、次の瞬間に走り出します。それも、坂東祐大によるテーマ曲が流れ、それを藤野が口ずさみながら。このテーマ曲が劇中、何度も反復されますが、この曲がやたらとエモい。予告の時点から、この曲が流れるだけで心を動かされてしまうのですが、それを口ずさみながら走る藤野の姿は、それだけで涙が出そうなほど染みてしまいました。
一つひとつのカットが日々の藤野と京本の姿を丁寧に描いており、その、普通の生活の切り取りでありながら、魅力的でみずみずしいカットの積み重ねが、ふたりの友情を作品の中からスクリーンの外側まで、しっかりと浸透させます。ふたりが別れる時のさびしさ、そして、それが一生の別れとなる決定的な瞬間からの哀しさが、観客にしっかりと伝わるように。
ふたりが賞金で街に遊びにいくシーンで、地下から上がる時、ためらう京本の手を取り、交差点に向かって駆け出すシーンも、スローモーションにしてテーマ曲を流します。もう、あざといほどに泣かせにかかっているのですが、わたしはもう、作品の世界にどっぷりと浸かってしまったので、抵抗する気もなく、ウルウルした目でスクリーンを見つめていました(笑)。
ふたりが別れ、藤野がひとりで連載を始め、徐々にアシスタントも増え、人気も出て、作品のアニメ化が決まった時、担当編集者が藤野に「さびしいでしょ?」と聞くシーン。「え?」と聞き返す藤野は、京本がいないことを言っているのだという顔をしますが、実際には、作品が成長していくことで自分の手から離れていくことの寂しさについてでした。この、本作独自のシーンは、ふたりのつながりの強さ、深さを思わせる、印象的なシーンでした。
これまで聞こえなかった「京本からのメッセージ」が聞こえた
そして、事件が起こり、「もし、藤野が京本を部屋から出さなかったら」のシーン。漫画で読んでも、アニメで観ても、何度観ても、心のどこかで、この「もし」を信じてしまう自分がいます。実写で観ても、やはりそう信じたくて仕方がありませんでした。
飛び蹴りのシーンは、さすがに漫画的なシーンなので、実写では滑稽に見えてしまったと言わざるを得ないでしょう。でも、その後、京本が漫画を描いて、風に煽られて藤野の手元に届いたところを観た時、わたしはこれまでそう感じたことがなかったのですが、京本が「藤野のせいではない、むしろ、楽しい日々を送れたことに感謝している」と言っているように見えました。
ふたりが漫画を描いているシーンは、本当にGペンを使って描いていて、全て描き切るまでの時間は、そんなに短くない。描き損じてやる気をなくしたり、取材のために写真を撮りに行ったり。だから、描き終わったシーンを観た時、わたしたちも「描き終わった!」と達成感を少し味わうことができます。ふたりで街に出るシーンも、クレープを食べ、名画座でポップコーンを食べながら映画を観て、ジュンク堂で男鹿和雄の画集を見る。全てがリアルで、本物。実写の力の強さがそこにはあり、是枝監督とは、そういった強さを熟知し、作品に昇華することができる監督なのであり、その強さによって、物語の最後、架空の京本は、現実の京本の代弁者として、藤野を彼女の部屋へと誘い込んだのです。
原作を読んだ時、最後までやるせなさが残りました。終わり方も、そんな余韻を引きずる終わり方です。それは、作者の意図がそうなのであるし、藤本タツキとは、そういう作風の作家だとも思います。それでも、本作では、そのやるせない気持ちに、改変ではなく、「コマとコマの間を丁寧に描く」ことで、ある種、観る者の気持ちに決着をつけるようなことをしてのけたのではないでしょうか。それは、賛否があるのかもしれませんが、わたしは、救われた気持ちになりました。
実写化すればリアルなわけではありません。どうすればリアルになるのか。何を描けば観客はリアルと感じるのか。「ルックバック」という、先行する傑作と勝負させられるような形での作品を観たことで、是枝監督のすごさを、改めて実感しました。
パンフレットの仕様

B5 60P 平綴じ
表紙・表四1色刷、本文4色刷
表紙の厚み:0.14mm 本文の厚み:0.17mm
価格:2,000円(税込)
デザイン:石井勇一(OTUA)
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