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特殊詐欺に遭って、全額戻るまで

※これは実際に私たちが体験した、ある“特殊詐欺”事件の記録です。



第1章:突然のネットバンク停止

3月▲▲日、妻がスマホでネットバンクにアクセスしようとしたところ、ログインできず、「窓口へ来てください」と表示された。

翌日、妻は銀行の窓口へ出向き、ネットバンクが使えなくなったことを説明した。しばらく待たされた後、応対した行員から「最近、高額なお買い物をされましたか?」と尋ねられたという。
その報告を聞いて、私はすぐにiPadのことが思い浮かんだ。

3月〇日、たしかに妻はiPadを購入していた。価格はおよそ17万円だったはずで、カード決済したと言っていた。
妻がその旨を行員に伝えると、今度は「そのとき、銀行口座の番号などを入力した覚えはありますか?」と聞かれたという。
正直、細かいことは覚えていなかったようで、その場で購入先のショップに電話して確認した。

ショップにはカード決済の記録が残っており、金額は167,800円だったと確認が取れた。
一方で、銀行で通帳を記帳してもらったところ、明らかに異常な送金履歴が見つかった。

──3月〇日の夜、私たちの口座から
9万9999円と19万9999円、あわせて29万9998円が、ゆうちょ銀行宛に送金されていた。

送金された名義は、どう見ても外国人の名前だった。
その段階で、銀行のコンピューターが「異常送金」と判断し、口座を自動的にネットバンクロックしていたことが分かった。

この時点では、まだ私も妻も、何が起きたのか把握できていなかった。
だがこの後、妻の記憶の奥底から、ある「出来事」が掘り起こされていく──。


第2章:気づかぬうちに偽サイトに誘導され

その異常な送金履歴を前に、妻がふと思い出したことがあった。
iPadを購入したその夜、スマートフォンに一通の銀行を語るSMSが届いていたというのだ。

「お客様の口座から不正に送金される形跡が確認されました。ご確認のうえ手続きを行ってください」

銀行を語るSMS

妻はそのSMSの画面をスマートフォンに表示させ、行員に見せながら説明した。すると、行員は小さく首を振りながら、残念そうな表情でこう言った。「当行では、そのようなSMSは送っておりません」

その言葉を聞いて、ようやく、あのSMSが偽物だったことに気がつくこととなる。

以前、ドコモカードの不正利用に関する警告SMSを受け取った経験があった。そのときは念のためカードを止めたこともあり、今回も「またか」と思い込み、深く疑うことなく記載されたリンクを開いてしまったようだ。

画面に表示されたのは、見慣れた銀行のログイン画面だった。ロゴ、デザイン、入力欄──どれも普段使っているネットバンクと瓜二つだったそうだ。妻はそこに、いつも通り口座番号とパスワードを入力した。その後、「手続きは正常に提出されました。72時間はセキュリティ保護のためログインできません」と表示され、それを見て安心してしまったという。

高額な買い物をした直後に、まるでそれを見計らったかのような警告メッセージが届く──。私はその偶然に身震いした。

たしかに、167,800円という買い物は高額だ。「身に覚えはあるが、それが“異常取引”と判断されたのかもしれない」と思い込んでしまうのも無理はない。冷静に考えれば、iPadはカード決済であり、銀行口座からの直接振込ではない。だが、そのときは矛盾に気づく余裕などなかった。

今回の“偶然”は、詐欺グループのシナリオと見事に噛み合っていた。高額購入直後にSMS、精巧な偽サイト──心理を突く構成が整っていた。

私たちは、本物そっくりのサイトに信じ込み、冷静な判断力を奪われ、巧妙に設計された罠にかかってしまったのだった。


第3章:妻の動揺と警察でのやりとり

2025年3月▲◆日、妻は銀行窓口で異常な送金履歴を知らされ、その場から私に電話をかけてきた。

声は怒りと混乱に震えており、半ばパニック状態だった。

「口座から勝手に送金されてるの。なんで? どうしよう……」

私は「え!ちょっと待って、そっちにいくから、一緒に警察に行こう」と伝え、午後半休を取って職場を出た。そして銀行で合流し、銀行側からも事情を聞いて、その足で警察署へ向かった。

対応してくれたのは若い刑事だった。丁寧で落ち着いた物腰で、妻の話をじっくりと聞いてくれた。

「まず、被害者は銀行なんです。お金は“預金”ではなく“貸付金”扱いなので、被害届は銀行からでないと出せません。」

その説明に、私たちは驚かされた。

私たちは明らかに被害者だと思っていたが、法律上の扱いではそうではないらしい。
私たちにできるのは、「相談記録」としての届け出にとどまるという。

とはいえ、刑事は丁寧に事情を聴き取ってくれた。
私たちの承認を得て通帳や身分を証明するために免許証のコピーを取り、スマホに残るSMSの画面もその場で撮影した。

「あ、ここ見てください。“〇▲sona”じゃなくて“〇▲nona”になってますよ」


そう指摘されたとき、妻は「あっ、ほんとだ……バカみたい」とつぶやいて顔を覆った。

私は言葉にしなかったが、「うわーバカだなー」と内心思っていた。
だが刑事は優しく言った。

「奥さんは何も悪くありませんよ。自分を責めないで。これは誰でも騙されます。悪いのは、こいつらですからね。」

刑事はさらに、SMSが届いた“時刻”にも注目した。

通帳記帳で確認できた送金のタイミングと、SMSの受信時刻が一致していたのだ。

「送金が行われたのは3月〇日の19時ですね。SMSが届いたのもその直前。つまり、ログイン情報を入力してすぐ使われたということです。これは証拠になりますよ。」

その言葉を聞いて、私たちは少し救われた気持ちになった。

削除せず残していたSMSの画面。送金の記録。刑事による詳細な相談記録。

それらすべてが、のちに銀行補償審査の重要な材料になっていくことになる。


第4章:銀行対応との落差と怒り

数日後、警察から「事件番号が発行された」と連絡が入った。私は仕事だったため、妻がひとりで銀行に向かった。

前回と同じ行員が対応に出て、妻は事件番号を伝え、尋ねた。「今後、補償の対象になるかどうかを教えていただきたいです」と。

しかし、返ってきたのは思っていたのとは全く違う言葉だった。

「全額戻るとは限りません。というより……まず、戻らないと思ってください」

それを聞いた瞬間、妻は絶句したという。

警察では「あなたに非はない。補償するのは銀行の責任です」と言ってもらえた。だが銀行の対応は冷たかった。

「被害者は銀行ですから。お客様は“顧客”であって、被害者ではないと警察でも言われたと思います」

そう言われ、妻はまた怒りがこみ上げてきた。たしかに“被害届”は出せなかった。でも、実際に失ったのは私たちの30万円だ。

形式上の理屈とは裏腹に、通報や送金先口座の凍結といった実務的な手続きは、私たちがすべて行っていた。

「口座凍結は銀行側では行えないので、お客様から直接ゆうちょ銀行に依頼してください。その際に警察から聞いた事件番号が必要になります」──そう案内されたとき、理屈と現実のギャップに納得しかねる思いが残った。

加害者でもなく、被害者でもない──そんな曖昧な立場に置かれながら、私たちは自分たちの損失を証明しようとしていた。

行員の説明によれば、補償には以下のような懸念があるという:

  • 偽サイトにログイン情報を入力してしまったことが「過失」と判断されれば、補償が減額・無効になる可能性

  • 詐欺口座が凍結されても、そこに残高がなければ返金の原資がない

  • 通報までの時間が遅いと、「共犯の可能性」が疑われることもある

つまり、詐欺に遭った被害者が、逆に疑われるリスクすらあるというのだ。

妻は怒りの矛先を銀行に向けることすらためらっていたが、自分を責め続ける日々に理不尽さを感じていた。


第5章:我が家のタブーと口座凍結

仕事の帰り道に電話で話す妻は言葉少なだった。

「30万円あったら、旅行も行けたし、家電も買い替えられたよね、はぁ…」

そうつぶやいた後、ため息だけが残る。

自宅に戻ってからも、詐欺の話題はほとんど口にしなくなった。テレビやネットで「特殊詐欺」のニュースが流れると、妻は無言でリモコンを取り、チャンネルを変えた。あるいは、テレビを消してしまうこともあった。

あの一件は、私たち夫婦にとって「触れてはいけない話題」になりつつあった。

その日のうちに私は、警察から渡された事件番号をもとに、送金先であるゆうちょ銀行のコールセンターに連絡を入れた。口座名義と番号を伝えると、まだその口座には被害届が提出されていない状態だという。つまり、生きていた。

私はすぐさま凍結を依頼した。

ただし、凍結されたからといって残高が戻ってくる保証はない。詐欺グループの手口は、金を引き出したら即座に口座を空にして無効化するというものだと聞かされていた。

残っていたとしても、それを他の被害者たちと分配する形になるという。補償審査には数か月から半年ほどかかる可能性があるとのことだった。

ちょうどその頃、私たちはゴールデンウィークの家族旅行を計画していた。だが、妻はこう言った。

「今年は猫もいるし……どこにも行かなくていいんじゃない?」

我が家では年明けに子猫を飼い始めていた。旅行をキャンセルした表向きの理由はその猫の存在だったが、本当は、ただ気分的に旅行どころではなかったのだ。

行こうと思えば、行けないわけではなかった。けれど、お金を失ったという事実よりも、「騙された」という悔しさが、心に闇を落としていた。

旅行はぜいたくな計画ではない。今年はスパリゾートハワイアンズを予定していた。私たちにとって、ゴールデンウィークのレジャーは年に一度のささやかな楽しみだった。

それをあきらめることになって、私はあらためて痛感した。

たった30万円──されど、我が家にとっては“家族の時間”を失うことになるほどの大金だった。


第6章:7月×日──銀行からの連絡

それまで、銀行からは一切の連絡がなかった。私たちが被害に気づいたのは、妻がたまたまネットバンクを利用したことでようやく判明したにすぎない。

銀行はすでに不正送金を把握しネットバンクを停止していたにもかかわらず、具体的な説明もなく、顧客側から気づくのを待つような対応だった。

おそらく、内部の規定や情報管理上の制限から、内容を明示できなかったのだろう。だからこそ、「記帳してみましょう」と促すことで、間接的に知らせた──そのようにも思えた。

それでも、不正送金が行われた事実をこちらが知るまでには、いくつもの偶然が重なっていた。もし妻が銀行に行っていなければ、もし通帳を持参していなければ、私たちはまだ何も知らないままだったかもしれない。

異常を検知していながら、沈黙を保った銀行の姿勢には、今でも釈然としない思いが残っている。

そして7月×日、すべてを忘れかけていた頃に、銀行から電話がかかってきた。

受話器越しに聞こえてきたのは、信じられないような言葉だった。

「審査の結果、振込手数料を含めて、全額補償いたします」

思わず、「本当ですか?」と聞き返した。

私はてっきり、過失があるという理由で減額されるか、最悪の場合、戻ってこないものだと覚悟していた。

たしかに、これは“得をした”わけではない。私たちのお金が“元に戻った”だけのことだ。

けれど、その“だけ”が、どれほど大きな救いだったか。

思い返せば──妻が削除せずに残していた、あの詐欺SMSの画面。そして、警察署で刑事が丁寧に記録してくれた相談報告書。

あの時のやり取りが、銀行の審査にとって大きな判断材料になったことは間違いない。

「こういうの、残してる人って、本当に少ないんですよ」

刑事がそう言って、スマホの画面をカメラで撮影してくれたときの光景が、今も鮮明に思い出される。

当時は「こんな銀行、もう信用できない」と怒りをぶつけていた。「解約してやる」と息巻いたこともあった。

けれど今思えば、たった2回の不審な送金で、すぐに口座をロックした銀行の判断は、冷静に見て適切だった。

送金額は、9万9999円と19万9999円。あまりに不自然な金額だったからこそ、銀行側のシステムが反応し、ブロックしてくれたのだ。

もしこれが、9万7800円や19万3800円といった“自然な金額”だったら、どうだっただろう。

おそらくシステムも反応せず、口座は空になり、ある日突然、電気代の引き落としができずに「おかしい」と気づく──そんな最悪の展開もあったかもしれない。

補償返金手続きはこれから、後日に行うことになるので、これまでの経緯を聞けるだろう。


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