かなえたい夢は、暮らしの中にあった
この記事はnoteの企画
#かなえたい夢 をテーマに書きました
「あなたのかなえたい夢はなんですか?」
そう聞かれると、わたしはいつも言葉に詰まる。
夢を持っていないわけじゃない。
でも将来の肩書きや、はっきりしたゴールを答えることがむずかしい。
それがなぜなのか。
最近になり少しわかった気がしている。
肩書きそのものよりも、その先にある日々の暮らしや在り方こそが、わたしの夢の正体なのかもしれない。
この一年の間に「これをやるために、わたしはここにいるのかもしれない!」
はっきりとそう思えた瞬間がいくつかあった。
こども合唱団での舞台
5人の子どもたちが、大きなステージに立った大人数でもなく、特別な演出があるわけでもない。
それでも歌い終えたあと、子どもたちの顔は達成感でいっぱいだった。
うまくできた!
届いた!
みんなで頑張れた!
そんな感情が、言葉にならないまま表情にあふれていた。あの顔を見たとき「ああ、これだ。これを大切にするために、わたしは音楽を続けていたんだ」と感じた日の記録。
娘が『トゥモロー』を一人で歌った日
歌い終えた瞬間、会場からスタンディングオベーションが起きた。中には涙を流す方もいた。
娘が自分の声で、誰かの心を動かした。
そういった体験をしたことが、何より嬉しかった。
音楽は、評価や上手さのためだけにあるのではない。誰かの人生に、確かに触れる力がある。
それを、娘が身体で知ってくれたこと。
母としても、音楽に関わる者としても、胸がいっぱいになる時間だった。
NICU卒業児のためのリトミック
ある大学病院のNICU看護師さんのお声がけで院内イベントを開催したこともわたしのなかで大きな転機だった。
わたしは障がいのある兄をもつ妹として育った。言葉にできない緊張や、不安。祈るような気持ち。
兄と過ごした日常のがわたしを作っている。
だからこそ
小さな変化に気づくこと
急がせないこと
ただ一緒に、待つこと
それが音楽と結びついたとき。
わたしにしかできない関わり方がある
そう感じられて、とても嬉しかった。
体験が重なり、時間も積み重なり。
気づけばいま確かな手応えが残っている。
叶えたい夢は、身近にある
これらの経験を重ねて今、わたしがかなえたいと思う夢は、有名になることでも大きな成果を残すことでもない。
音楽を通して、人が自分のままでいていい !と感じられる瞬間にたくさん立ち会い続けること。
それは子どもたちが、自分の音を信じられるようになることであったり、親がわが子を「この子らしくていいな」と思える時間が増えることだったり。。
人と人を音楽でやさしく結べるようなことを探して、行動していきたい。
夢は、遠くに掲げる目標ではなく
もうすでに、この暮らしの中にある。
それらをこれからも大切に育んで、人と人の輪を広げていきたい。
今日もまた、誰かの中で音楽とともに
心が前を向く瞬間に立ち会えますように。
それが毎日叶えていきたいわたしの夢だ。
