人から不満を言われるのは悪いことじゃない
一般的に、人から不満を言われるのは良くないことのように思われてる気がする。
言われてる人がダメだから不満を言われてる
人から不満を言われるのは恥ずかしい
前の自分はそういう風に思っていた。
でも、不満を「言う」側の人にとってどうだろうか?それを考えてみると、違った側面も見える。
自分が辛いことを分かって欲しい
自分はこうしたいと分かって欲しい
こういう気持ちがあるから不満を言うんだと思う。
だって、この人は分かってくれないと思ったら、普通は不満を言わない。この人には言えば分かってくれる、という期待があるから不満を言う。

自分はそれを分からなくて、ずいぶん遠回りをした。不満を押さえつけようとしたこともある。昔はそれが多かったと思う。
職場では押さえつければ、押さえつけるほど関係が悪くなって、みんな仕事をしなくなる。ある日、急に職場に来なくなる。急に怒鳴られたこともある。そういう経験をしてきた。
そんな時、ジャック・ウェルチという、アメリカで「経営の神様」と呼ばれる人の本を読んで、考えが変わった(『わが経営』、日本経済新聞社)。

ウェルチはチームの机で上下を問わず、意見をぶつけ合い、それをディスカッションとして楽しんでいた。
グッドアイデアは反対意見でも取り入れ、発展させていった。
そうすると、みな自由闊達にディスカッションをするようになり、質の高い意見が集まっていったそうだ。
何よりも、チームメンバーの納得感が違う。やる気が出る。こうして、彼はアメリカで経営の神様となる土台を造っていった。
これを読んで、私は非常に感銘を受けた。何かこの考えはいけるような気がしたのだ。
実際にやってみると、最初は遠慮がある。
でも、意見をぶつけると、相手からは何かしら反応がある。それで「あなたの意見は多分、こうだよね?確かにそうだと思うから、取り入れていこう」と呼びかける。

こんなことを繰り返していくうちに、お互い思ったことを言えるようになり、すごくしっかりした業務の方向性ができていった。
外部の人にとっても自信を持って説明ができるし、何よりもやってる自分たちの納得感が違った。そして楽しかった。職場を休む人はいなくなり、皆、自然な人間の顔になっていった。
もちろん、そういう過程の中で言い合いになったことは数知れない。怒りのあまり、職場から出ていったこともある。
でも、そこで取り入れられるところはないか、変えられるところはないか、絶対に譲れないのはどこなのか。
そうやってお互いの意見を調整していけば、それは自分だけでは絶対に出せない、バランスの取れた意見ができ上がる。みんなが幸せになれる考え方の完成過程なのかもしれない。
改めて思うのは、意見の言えない職場には行きたくないし、辞めたい。そう多くの人が思ってるということだ。
人と人が関わる以上、不満は出る。それを抑え込むことは、あふれそうなゴミ箱に無理やりふたをするようなものだ。
こういう不満があるんだよ、って意見を要望として受け止めて、それを少しでも叶えられるように関わっていけば、相手の幸福度は上がる。
この人は受け止めてくれる、解決してくれる、という前向きな信頼関係ができるのだと思ってる。
