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【短編小説】赤門に散る恋(語り手・同じ見世の女郎)

   あの子のこと、いまでも思い出しんす。
 吉原の夜がどれほど紅いか、行灯の下で笑っていたあの子がどれほど儚かったか──お上には申せやせんが、ここでは少しばかりお話しさせていただきんすえ。

 あの子はまだ十六でこの見世に売られてきんした。細い体に、目だけが真っ直ぐで、客筋もすぐにつきんしたよ。あちきから見れば憎らしいくらい器量がよく、けれど世間知らずで、ひとの言葉をそのまま信じる子でありんした。

 町場の職人風情と通い合うようになったのも、時間の問題でござんした。あちきは何度も忠告しんしたものです、「そんなことをしたってろくなことになりんせん」とね。けれどあの子は笑って、「あの人はきっとあちきを連れ出してくれんす」と言う。あちきにはそれが夢物語にしか聞こえやせんでした。

 秋も深まったある晩、噂が立ちんした。「二人が赤門から逃げんした」と。
 あちきは見世の奥からその騒ぎを聞いておりんした。外では捕り方の怒号が響き、行灯が揺れ、赤い花弁が舞ったと人は申しておりんした。真偽は知りんせんが、翌朝には二人が捕らえられたと聞かされんした。処刑されたのかどうかも、あちきは見ておりんせん。ただ、その日の夕暮れ、橋の袂に赤い彼岸花が一輪だけ咲いているのを、あちきは確かに見んした。

 その後のことは、もうあちきの口からは申せやせん。ただ、逢瀬に向かう男女の影が橋を渡るたび、あの赤い花弁が風に揺れるのを、あちきは幾度となく見てきんした。まるであの子がそこに立って、哀しい愛を見届けているかのように──。


あとがき

この文章は、芥川龍之介「地獄変」の語り手視点を意識して描いてみた作品になります。
“偏った視点”で描くことで、彼岸花の精の物語をまた違った解釈で捉える試みにしてみました。

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