博士課程1年11月|学園祭で研究紹介2
5月に引き続き、大学の学園祭企画で発表しました。
今回のテーマは、ナノコーティングを利用した材料研究についてです。前回より自分がやっている研究に近い話です。
自然から学び,”表面”を科学する
自然から学んだ新しい材料の研究をしています.材料の表面や界面の性質を変えることで,材料全体の性質が変わります.表面の性質を変える方法に「ナノコーティング」があります.茶渋,おはぐろ,インク,草木染めなどは,身近なナノコーティングです.これらの仕組みを真似た技術で,貼って剥がせるナノコーティングを研究しています.

まずは、表面とは何かをお話しし、そのあとに自然から学んだ表面、その応用研究についてお話ししてきます。
1. 表面に注目する理由
モノの表面・界面というのはとても大事です。モノと空気、材料内部の成分同士、異なるものが接する面を馴染みやすくしたり馴染みにくくしたりすることで、モノ全体の雰囲気が大きく変わってきます。
人と人の境界は、人間関係とも言えるでしょう。個人間の仲の良さ、仲の悪さは、人が集まったとき、その集団の全体の雰囲気に影響します。このように、個別に表面・界面の性質を変えると、モノ全体の性質まで変えてしまうのです。

材料の研究では、さまざまなスケールの表面・界面を扱います。
例えば、ビニール袋や食品容器は、ポリエチレンと呼ばれる材料から作られています。製品の表面も、もちろん重要です。また、素材をより細かく見てみると、分子の鎖が集まってできており、その鎖は炭素、酸素、水素の原子が並んだ構造をしています。集まった原子や分子がお互いの界面でどう影響を与えるかでも、材料の特性が変わります。
研究では、どういう成分からできているかを変えるだけでなく、材料内部の微細な構造を制御することで、新しい特性、性能を持つ材料を作っています。その微細構造で大事な部分の一つが、表面や界面になります。

それでは、表面や界面を、自由にコントロールする方法は何があるでしょう。
例えば、ケーキ。ただのスポンジケーキに生クリームを絞ると、ケーキになります。これは、スポンジの表面を生クリームで覆っている、コーティングしている、と言えるでしょう。コーティングによって、スポンジからケーキに、モノそのものを変えることができます。
コーティングは、モノの表面を薄く覆うことで、とても重要な技術です。コーティングによって、いろいろな効果が得られます。

また、生クリームでコーティングすることによって、
見た目が綺麗になる → 物理的機能
味がより美味しくなる → 化学的機能
生クリームをベースにして、いちごを乗せられる → 修飾性
スポンジを重ねられる → 接着性
ケーキが崩れるのを防ぐ → 耐久性
といった効果が得られます。これらは、スポンジの表面に、物理的・化学的な機能を与えていると言え、表面の修飾性、接着性、耐久性を向上させていると言い換えることもできます。

このようにコーティングは、モノの表面や、モノとモノの境界である「界面」の性質を変えることができるだけでなく、モノの自体も変えることができます。つまり、狙った特徴を持つ材料を作るためには、材料の表面をコントロールすることが重要で、その方法の一つがコーティング(被覆)なのです。

2. コーティングの実用
このコーティングを材料に応用するにあたって注目されているのが、ナノコーティング技術です。ナノメートル程度の、とても薄いコーティングを指します。ナノは、髪の毛の太さよりも小さなサイズの単位です。

ナノコーティングは、とても薄いために、小さな隙間にも入り込んで素材としっかりくっつくこと、元の素材の特徴を損なわないこと、耐摩耗性、耐久性が高いといった特徴があります。コーティングしても、小さな凹凸を潰してしまうことがないため、とても小さなものもコーティングできます。よって、細胞やウイルスといったスケールのものから、車やスマホの液晶画面まで、さまざまな大きさの材料に対してナノコーティングが利用されています。


3. 自然から学ぶコーティング
このようなナノコーティングですが、実は古くから、身の回りでも利用されてきました。ここに挙げた、おはぐろ、古典インク、草木染めは、全て同じ仕組みのナノコーティングが使われています。

それは、ポリフェノールと金属の組み合わせによる錯体コーティングです。ポリフェノールを溶かした溶液と、金属イオンを溶かした溶液を混ぜ合わせると、瞬時に、水に溶けない安定したコーティングが得られます。

先ほど例に挙げた、おはぐろ、古典インク、草木染めは、五倍子粉(ふし粉) + 鉄奬水、オークの虫こぶ(没食子酸) + 硫酸鉄、ヤシャブシ + 鉄媒染の組み合わせで作られています。どれも天然のポリフェノールと、鉄釘などを煮詰めて得られた鉄イオンとの錯体コーティングなのです。

コーティングの原料について詳しく見ていきましょう。
ポリフェノールというのは、ほぼすべての植物が持つ苦味や渋味、色素の成分です。カテキンなどもポリフェノールの一種です。赤ワインやコーヒー、お茶に多く含まれ、健康によい成分と言われています。

化学構造で見ると、ポリフェノールとは、たくさん(ポリ)のフェノールを含む物質を指します。フェノールとは、六角形のベンゼン環についたヒドロキシ基(-OH)です。没食子酸やタンニン酸など、大小さまざま、たくさんの種類のポリフェノールがあります。定義としては、1分子中にフェノール性水酸基(-OH)を2つ以上もつ化合物をポリフェノールと呼んでいます。

ポリフェノールにたくさん含まれるフェノールは、他のモノと化学的に結合できる特徴を持ちます。例えば、水素結合、静電相互作用、金属配位、ベンゼン環自体もπ-π相互作用が挙げられます。このように、フェノールは様々な種類の化学結合が可能な構造であるため、様々な種類の物質とくっつくことができます。このポリフェノールの接着性によって、ポリフェノールを使ったナノコーティングは、モノの表面にくっつくことができるのです。


ポリフェノールと金属のイオンが混ざると、金属イオンの周りに、いくつかのポリフェノールの分子が結合(配位)し、錯体を形成します。
例えば、ポリフェノールとしてタンニン酸、金属イオンとして鉄イオンを混ぜ合わせると、鉄イオン1個のまわりにタンニン酸が3つ結合した錯体ができます。化学構造を見ると、タンニン酸の先端にあるフェノール基が、鉄イオンと配位結合しているのがわかります。これがたくさん集まって、錯体のネットワークを作ることで、膜状になります。

以上をまとめると、ポリフェノールと金属を混ぜ合わせることでできるナノコーティングは、ポリフェノールの接着性によってモノの表面にくっつき、金属との錯体ネットワークによって膜になります。
ポリフェノールだけでもコーティングを作ることはできますが、金属と錯体を作ることで、空気による酸化や水洗いなどに強い、より安定したコーティングになっています。また、ポリフェノールも金属も環境や生体内に悪影響が少なく、安全です。
実験例
ポリフェノールと金属の錯体コーティングを実演してみます。
ここでは、ポリフェノールとしてタンニン酸(TA)、金属イオンとして3価の鉄イオンを使いました。薬局で購入したガーゼを、タンニン酸溶液に浸し、しっかり浸透させたら取り出して、次に鉄イオン溶液に浸して取り出すと、黒に近い青紫色に染まります。

単純にタンニン酸溶液と鉄イオン溶液を混ぜると、数秒で色が変わります。
実際に混合したときの動画↓
4. MPNコーティングの研究
これまで紹介した、ポリフェノールと金属の錯体ネットワークによるナノコーティングは、材料研究分野でも注目されています。研究的には、金属-ポリフェノール錯体コーティング(Metal-Phenolic Network)、略してMPNコーティングと呼んでいます。
2013年に報告されて以降、基礎と応用、どちらの方向にも研究が進んできました。MPNの簡便性、安定性、生体内での安全性(生体適合性)に加えて、次の3点が注目されています。原料となるフェノールと金属イオンが持つ特性を材料に与えられること、フェノール基がさまざまな分子や基質と多様な相互作用を生み出すことができること、金属イオンとフェノール基の間の結合が様々な刺激によって切断および修復することができることです。


基礎研究としては、MPNコーティング手法、MPNコーティングが様々な種類のポリフェノールおよび金属イオンで可能であること、多様な物質をコーティング可能であること、様々な条件でのMPN膜の硬さや強さ(機械的特性)などが調査されてきました。
応用研究としては、自己修復材料、エネルギー貯蔵、がん治療まで、多様な用途が検討されています。
例えば、抗がん剤(DOX)をMPNコーティングでカプセル化し、「ドラッグデリバリーシステム」に利用されています。がん治療において、抗がん剤は、患部に届きづらく、患部以外の正常な細胞に影響して副作用を引き起こす問題があります。MPNで薬剤をカプセル化することで、細胞内に取り込まれた場合にのみ、MPNカプセルが分解して薬が放出され、患部だけに効率的に薬が届きます。これは、細胞の外(pH ≈7.4)と、取り込まれた後の細胞内部(pH 4.5〜5.0)のpHの違いを利用した刺激応答です。

ここで注目されているMPNの特徴が、刺激に応答した分解性です。

最もよく利用されているのが、pHによる刺激です。
pHが下がる、つまり溶液中に水素イオンが増えることによって、鉄イオンと結合していたフェノール基に、代わりに水素イオンが結合します(プロトン化)。pHが7以上では、鉄イオンは3つのフェノールと結合していますが、pH6以下では2つ、pH2以下になると1つだけになります。pH低下と共に、徐々に金属とポリフェノールの結合が切断され、最終的にはMPNのネットワークが分解されます。
pHの他にも、キレート剤の添加、鉄イオンの還元、フェノールからキノンへの酸化といった刺激が研究されてきました。
キレート剤というのは、金属イオンと配位結合しやすい物質のことで、フェノールよりも金属イオンに対する親和性が高いため、MPNの結合が切れて、代わりに鉄イオンはキレート剤と結合します。エチレンジアミン四酢酸(EDTA)が頻繁に使用されます。鉄イオンの還元には、アスコルビン酸(AA)が用いられます。3価の鉄イオンが2価の鉄イオンに還元され、フェノールに対する親和性が弱くなるため、MPNが分解されます。

最新の研究では、ポリフェノール自体を分解することで、MPNを壊す方法が提案されました。細菌の鉄吸収において、鉄イオンに配位した分子を分解するプロセスにアイデアを得ています。ここでは、過酸化水素(H2O2)が用いられました。消毒液に使われるオキシドールと同じ成分です。

刺激で分解するコーティングを使って、材料の表面・界面を制御し、新しい材料の研究が進んでいます。

5. 質問・コメント
発表の際にいただいた質問です。当日十分に答えられなかったものもあるので、後から自分なりに調べたことをまとめておきたいと思います。
発表の構成に関して、人間関係の例で集団の雰囲気の話をするなら、発表の最後は「要素が全体に影響する」とまとめるとよかったかもしれないです。
MPNは、身近な製品に使われているのか?
MPNコーティングは、タンニン酸と鉄イオンの組み合わせだけではなく、他のポリフェノールや金属でもできることがわかっています。例えば、草木染めでは、金属を溶かした溶液のことを媒染液と呼び、主成分は鉄・アルミニウム・銅・スズなどが使われています。錆びた鉄、銅線、ミョウバンを媒染剤として作っています。

ポリフェノールやそれぞれの金属イオンの特徴が、コーティングの特性に影響を与えます。Ag+は抗菌効果を持ち、 活性酸素種の生成による膜破壊や DNA 損傷など複数の相乗要因から生じることが知られています。
MPNコーティングがウイルスや菌を吸着しやすいこと、銀イオンが殺菌効果を持つことを活かして、抗菌・消臭スプレーが開発され、実際に販売されています。

分解の調整
・ポリフェノールに鉄イオンがどの程度結びつくのかは、液の条件などで変えられるのですか?
・分解性はポリフェノールの種類で変わるのですか?
pHが下がると結合数は変化します。pHが7以上では、鉄イオンは3つのフェノールと結合していますが、pH6以下では2つ、pH2以下になると1つだけになります。鉄イオン量でも結合数は変わります。
結合数が変わると、フェノールと鉄イオンとの相互作用の強さも変化します。鉄イオンにフェノールが2つ結合している場合の方が相互作用が強くなります。2つ結合している場合は平面的な構造をとっていますが、3つ結合している場合は八面体の立体的な構造をとります。立体的な構造の歪みによって、結合が弱まってしまうと考えられています。
また、pH1.7~2.9に設定すると、MPNコーティングが時間経過とともに成長していくことも観察されています。その後pHを上昇させると成長はストップします。高pHでMPNネットワークは安定化されるのです。

pH低下によるMPNの分解されやすさは、MPN中の金属イオン種類によって変わることがわかっています。

また、過酸化水素やキレート剤(EDTA)を分解開始の刺激として添加したMPN分解において、溶液のpHによって反応速度が変わることもわかっています。分解性は、MPNを構成するポリフェノールや金属イオンの種類だけでなく、分解のための刺激の種類、その組み合わせによっても変わることがわかってきています。

分解と温度に関係はあるか?
・結合が壊れる温度条件はあるのでしょうか?
・熱を加えるとMPNコーティングはどうなりますか?
MPNコーティングをするとき、MPNネットワークを構成するときには、水性溶媒中では温度の影響はほとんどありません。ちなみに非水性媒体では温度上げると、より粗い厚いコーティングが得られます。

Mazaheri, O., et al. (2022) Advanced Functional Materials, 32(24), 2111942.
MPNコーティングに熱をかけると、錯体のネットワークが組み変わってコーティングが強化されることがわかっています。特に、大きなフェノールを使って作られたMPNコーティングは、Tg(約109℃)まで加熱しても熱劣化や分解は生じずません。代わりに、MPNネットワークの構造再配列が起きます。高温では水素結合が切断、タンニン酸の腕(ガロール基ユニット)が回転、タンニン酸の分子内または分子間のπ-π相互作用が形成されるためです。150℃で15分間の熱をかけると、コーティングは収縮、厚みと多孔性が増加します。
300℃以上になってもコーティングは壊れず、500℃程度でフェノールが炭化し、元々の金属-ポリフェノールネットワークは、金属-炭素ネットワークや金属酸化物ネットワークに変換されます。

Pan, S., et al. (2021) Angewandte Chemie International Edition, 60(26), 14586-14594.
過酸化水素を添加する際に温度を上げることによって、分解が早まることもわかっています。過酸化水素による分解が温度依存性であり、それを促進しているためと説明できます。

ちなみに、MPNには光熱効果があり、MPNに近赤外光を当てると熱を発生します。細胞膜を損傷したり、必須の酵素やタンパク質を不活性化したりすることで細菌を殺す「光熱療法(PTT)」に応用が期待されています。

DDSががん細胞に届く工夫は?
・がん細胞に選択的に取り込まれるための工夫があるのでしょうか?
・ドラッグデリバリーの仕組みで、錯体分解時にpH値を生体内で変えるにはどういった工夫をするのでしょうか?
・細胞内のpH条件で壊れてしまうなら、届ける間に分解してしまわないのでしょうか?
・ポリフェノールの接着性で、他のものにくっついてしまわないでしょうか?
がんを取り囲んだり、がんに栄養を与えたりする細胞や分子、血管などの「腫瘍微小環境(Tumor microenvironment:TME)」が、通常細胞とは異なる性質を持つことが重要です。これがあることで、がん細胞への薬物送達が阻害されてしまい、がん細胞を殺すのに有効な投与量を届けられないといった問題がありました。
ここで、血液や健康な組織のpHは7.4、腫瘍細胞外のpHは6.0~7.2と、中性から塩基性を示しますが、TMEは酸性のpHを示します。腫瘍の細胞外pHは6.0~7.2程度、その後細胞内に取り込まれる(エンドサイトーシスされる)と、エンドソームではpH5.0~6.0、リソソームではpH4.0~5.0まで低下します。血液からTMEに入った後、この2段階のpH低下によって、MPNコーティングが分解されるのです。

確かに、天然ポリフェノール由来のMPNカプセルは、細胞に取り込まれやすく、臓器に蓄積されやすい弱点があります。長い血液循環時間が必要となるような薬剤には向きません。そこで、ポリフェノールの接着性を活かして、MPNカプセル表面に新しい物質をくっつけることもできます。また、ポリフェノールの構造を工夫することもできます。ポリエチレングリコール(PEG)と複合化したポリフェノールを用いることで、タンパク質吸着や細胞結合を防ぐ対策も試みられています。
MPNコーティングと染料やペンキの違いは?
・ペンキや染料との違いは何ですか?
・普通の服の色落ちはなぜ起きるの?染料もMPNと同様に分解できるのでしょうか?
繊維を染める方法はいくつかあり、繊維の種類によって異なる手法が用いられます。可視光を吸収して色を示す物質を色素と呼び、大きく分けて染料と顔料があります。
顔料の場合、色素分子そのものには吸着作用はなく、色素が集まった粒子が、塊のまま繊維の上に乗っかって着色します。染料は、色素分子に吸着作用があり、分子1個1個がバラバラになって繊維の表面などにほぼ均等に付着します。その際、染料分子は対象物と強く相互作用して結び付いています。化学結合だけでなく、酸・塩基、水素結合など、分子構造に基づく相互作用で固定されるのです。そのため大半の染料は溶媒に溶けた状態(つまり分子が1個1個バラバラになって溶媒分子に取り囲まれている状態)で使われます。例えば、繊維の分子にプラスの電気を帯びた部分があると、マイナスの電気を帯びた染料分子がイオン結合で結合できます。このような結合が起こるので、染料の分子は水溶性であるにもかかわらず、洗っても繊維から流れ出ません。これが「染まった」ということになります。

ペンキは顔料に分類され、「顔料+樹脂+添加剤+溶媒」の組み合わせでできています。他にもボールペンは、油性は「油性インク染料+溶剤+樹脂」の組み合わせ、水性は「顔料+分散剤+水」の組み合わせでできています。
染料は、汗や湿気などによって加水分解を起こし、色落ちしやすくなる性質があります。これが色落ち(変退色)です。MPNでは、繊維やコーティング内部の分子同士の相互作用が切れて剥がれるのに対して、染料では分子自体が壊れてしまうことで色落ちが起きているのです。
コーティングを何層も重ねることも可能か?
・コーティングを重ねることで堅牢になったり、強くなったりするのですか?
MPNコーティングは、何回もコーティングを重ねて厚くすることができます。コーティング方法もいくつかあります。タンニン酸と鉄イオンの水溶液に交互に浸ける方法や、2つの水溶液を混合する方法、スプレーする方法などです。それぞれの手法で、できるMPNコーティングの特性は異なります。厚みも異なり、それによる強度も違います。

Yun, G., et al. (2018) Chemistry of Materials, 30(16), 5750-5758.
余談 錯体の色メカニズム
余談ですが、タンニン酸と鉄イオンのMPNコーティングは、紫色になります。これは錯体の色で、可視光吸収が起きていることを示します。物質に含まれる電子のうち、低いエネルギー状態にある電子が高いエネルギーに移る際に、光エネルギ-を吸収します。紫色は、フェノールと金属イオンの間で電子の移動(遷移)が起きていることが原因です。
これは、配位子場理論で説明されます。中心金属原子である遷移金属は、d軌道と呼ばれる電子軌道を持ちます。もともと配位子がない場合、5種類のd軌道は同じエネルギーをもちます。負電荷を持つ配位子が近づいてくると、軌道電子と配位子の電荷との反発が生じ、d軌道のエネルギーレベルの分裂が起こります。金属イオンの軌道よりも、配位子の軌道エネルギーが低い場合、非共有電子対が金属イオンの軌道へ移動することがあります。この際に、エネルギーを吸収します。配位子の非共有電子対の軌道エネルギーが上昇し、電子を放出しやすくなった場合は、遷移エネルギーが低下し、吸収極大が可視光領域部の青色側をより強く吸収するようになって、色がついて見えます。

つまり、ポリフェノールと鉄イオンの錯体では、配位子から中心金属への電子移動「LMCT(Ligand to Metal Charge Transfer)遷移」が生じます。このとき、450〜750 nm程度の光エネルギーを吸収し、それに対応する青〜オレンジ色の光が吸収されるため、錯体は補色の紫色に見えるのです。

pHによって、鉄イオンとタンニン酸との結合数が変わると、吸収する光の波長も変わります。

Holten-Andersen, N., et al. (2011) PNAS, 108(7), 2651-2655.
余談 タンニン酸の構造
タンニン酸は通常、化学式C76H52O46(Glu1GA10)と書きますが、実際には異なる数の没食子酸(Gallic Acid, GA)でエステル化されたグルコース(Glu)分子の混合物です。分子量を測定してみると、さまざまな分子量の分子が混ざっていることがわかります。

Fu, L., et al. (2019) Journal of the American Society for Mass Spectrometry, 30(8), 1545-1549.
参考サイト
https://www.chemtex.co.jp/seihin/senryo/technology/pdf/souron.pdf
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