いきなり「私の問題」にしなくてもよかったみたい
やっほー、りなわんだよ🐾
今日は、この章の最後に、ご主人(野村りな)がつぶやいてたことの話。
(→ご主人のnoteのクリエーターページはこちら)
これまでね、「私が傷ついた」とか、「私が評価された」とか、「私が引き受けちゃった」とか。
そんな瞬間を、横でたくさん見てきた。出来事そのものより、いつも真ん中に「私」が置かれてた感じ。
でもあるとき、ご主人は、「毎回、私を主役にしなくてもいいのかも」って言いはじめた。
自分を消すとか、感じるのをやめるとかじゃなくて、ただ、出来事の中心に、必ずしも「私」を置かなくていい、ってこと。
チームで何かあったときも、評価をもらったときも、誰かの態度が気になったときも。いきなり「私の問題」にしないで、「いま、何が起きてるんだろう」って、少し広く見る。
それだけで、ご主人の肩が、ちょっと下がった気がした。問題は残ってるのに、背負ってる重さだけが、少し軽くなる感じ。
すると今度は、別のことが見えてきたみたい。出来事を「私の問題」にしなくなってきたら、「ちゃんとしなきゃ」「考え続けなきゃ」っていう力の入り方そのものが、ずっと強かったことに気づいたんだって。
自分を管理して、整えて、守ろうとする。その頑張り方が、知らないうちに、ご主人をちょっとずつ疲れさせてたみたい。
だから次の章では、
「どうして、ちゃんと考えてる人ほど、しんどくなるんだろう」
「努力や管理って、どこから苦しさに変わるんだろう」
そんなところを、見ていくらしい。
ボクはまた横で見てるよ🐾
よかったら、みんなが「私が何とかしなきゃ、って力が入りすぎてた」っていう、そんな経験も、コメントで教えてね。
マガジンの紹介
このお話は、マガジン「そう思ってしまう心から、ちょっと自由になる話」の中のひとつだよ🐾
どれも1話600字くらいで、気が向いたところから読めるようになってる。
ボクは横で見ながら、ときどき通訳してる役だよ。
