坂井新奈さんとのミーグリが、こんなにもに楽しい理由
どうも、とめです
本記事では、16枚目期間のオンラインミーグリを振り返りつつ、なぜ坂井新奈さんとのミーグリがこれほどまでに楽しいのかを考えていく
あくまで主観であり、一個人としての意見にすぎないが、一人でも多くの人に坂井新奈さんの良さが伝われば、これ以上嬉しいことはない
・はじめに
今期間が始まる前に感じていたこと
16枚目期間では、坂井新奈さんとのミーグリがなぜこんなにも楽しいと感じるのか
それを少しでも言語化できればという思いで臨んだ
ここで言う楽しいとは、僕だけが楽しければそれでいいというわけではない
にぃたん(坂井新奈さん)にも楽しんでもらいたいという意味も含まれている
最終的には、僕とにぃたん双方の幸福の総和を最大にすること、つまりお互いにとって楽しい時間を過ごすことを目指している
僕は五期生が初めて楽曲制作に参加した14枚目期間から、継続してにぃたんのミーグリに参加している
思い返せば、最初の頃からずっとにぃたんとのミーグリは楽しかった経験しかない
ちなみに今期間が始まる前は、坂井新奈さんのミーグリのいいところは、以下のような点ではないかとぼんやりと思っていた
・率直で心のこもった感情表現
・距離を一気に縮められるだけのリアクション
・存在するだけで和む空気感
実際に坂井新奈さんとのミーグリを体験した人には、これらを自分の体験と照らし合わせて、共感として受け取ってもらえたのならそれは嬉しい
一方でまだ体験したことのない人にはこの記事を通して、こんな良さもあるんだという想像を膨らませてもらえれば、それが一番嬉しい
ここからは16枚目期間のミーグリを振り返りつつ、より本質的な坂井新奈さんの良さについて追求していきたい
・16枚目期間のミーグリについて(振り返り編)
ここでは、16枚目期間に参加したミーグリを時系列順で振り返っていく
振り返ると言っても、過去に書いた記事を参照として引き合いに出すだけである
もちろん参照で挙げられている過去のミーグリ記事を読めば、にぃたんとのミーグリがどのようなものかが分かりやすくなるだろう
だが、如何せん長くてくどいため、結論だけ知りたい方は本編から読み始めていただいても全く問題はない
(体力と気力を消費してでも、この長いモノローグに付き合ってくれるのであれば、それはとんでもなく喜ばしいことだ)
応募期間での葛藤
これは毎期間同じなのだが、ミーグリの応募期間が始まると今回はトータルで何枚確保するか悩むところからスタートとなる
今回は16枚目期間の応募期間が12月から始まってしまったせいで、新参者の余韻が、悩む余地すら与えてくれなかった
あの熱い新参者を見て、五期生を応援したい気持ちがより強くなった人は多いのではないだろうか
少なくとも僕はそう感じてしまった一人だった
だから今後は、坂井新奈さんも、より本腰を入れて応援していこうと心に決めていた
その結果、16枚目期間のミーグリはめちゃくちゃ買ってしまった
これまでも定期的にミーグリに行っていたが、新参者で好きを越えたおかげで、ミーグリの過去最高枚数も越えてしまった
決して後悔はしていないが、今度はわずかにミーグリで何をするかという葛藤が生まれる
だが、この葛藤が16枚目期間を経てどんどん変わっていったというのが、以下記事の振り返りから分かる
① 2/1
この日のミーグリについてまとめた記事が以下となる(レポは少なめ)
今期間初のミーグリにして、久しぶりでも変わらなかったものを確かめられた日です
この日のキーワード:初めから確かにある安心
② 2/14
この日のミーグリについてまとめた記事が以下となる(レポは少なめ)
バレンタインデーという特別な日に普段通りのミーグリをした日です
この日のキーワード:無条件の肯定
③ 2/22
この日のミーグリについてまとめた記事が以下となる(ものすごく長い)
突飛な行動でも一緒に成立させてくれた日です
この日のキーワード:寄り添い切る姿勢
④ 3/1
この日のミーグリについてまとめた記事が以下となる
何気ない一言が道しるべとして照らしてくれた日です
この日のキーワード:言葉に救われた瞬間
⑤ 3/7
この日のミーグリについてまとめた記事が以下となる(レポ形式多め)
画面の向こうの人とではなく、すぐ隣の人と楽しいを共有した日です
この日のキーワード:一緒に今を楽しむ力
⑥ 3/20
この日のミーグリについてまとめた記事が以下となる(レポ形式多め)
特別なことをしなくても満たされた日です
この日のキーワード:信頼だけで成立する時間
振り返ってみて思うこと
こうして16枚目期間を振り返ると、最初はほんのわずかにミーグリへの不安があったのかもしれない
だが、それすらにぃたんに肯定として受け止められることで、どんどん全幅の信頼を置くように変わっていった
そして、最後には揺るがない安心へと変化していったことがそれとなく分かるはずだ
きっとこの安心感は初めてミーグリしたときからすでにそこにあって、今期間のミーグリを通して明確になったのだろう
ただ、今までもこれからも間違いなく胸を張って言えるのは、にぃたんとのミーグリは最高に楽しいということだ
・結局、坂井新奈さんの良さってなんだろうか(本編)
ここでは、16枚目期間のミーグリを踏まえて「なぜ楽しいのか」を整理しつつ、その楽しさの根源となる坂井新奈さんの良さについて整理していきたい
じゃあ結局なんで僕が、坂井新奈さんとのミーグリがこれほどまでにも楽しいと感じているのか
考えついた先での結論は非常にシンプルなものだった
坂井新奈さんが目の前の一人に対して
真剣に向き合ってくれるから
なんだか結論として抽象的なものにはなってしまったが、これが一番これまでのミーグリを通して何回も共通して感じたことなので仕方ない
というわけで、ここからは坂井新奈さんのこの良さについて深掘りしていきたい
①何者でもない自分でも迎え入れてくれる
一つ目は、話すネタがあまり決まってないときや、ミーグリの途中で事故りそうになったときの経験からそう確信した
にぃたんとのミーグリでは、面白いことを言えるか、準備は万全にしてきたか、会話が盛り上がるかといったことはそこまで求められていないと感じる
実際に、何をしに来たのかを問われることがほとんどなく、目的が曖昧なままでも参加できる空間となっている
要は、ミーグリの「入口」で既に、存在の肯定がされているということである
それは、にぃたんが単なる二元論から成る評価軸で人を見るのではなく、目の前の一人と真剣に向き合っているからこそ、自然と伝わってきたものだった
それがミーグリに来てくれただけで、存在価値があると肯定してくれることに繋がる
そこで何かをしなくても、どのような人であっても、このミーグリという場所にいてもいいといったように、心理的ハードルが一段下がった状態が行く前から既にできあがっている
ここで一つもどかしいのが、にぃたんのミーグリに行ってみないと、この良さを自分事として感じにくいという点だ
初めてミーグリに行く人にぴったりの良さであるのに、それは行かないと自分事として実感できないという矛盾も含んでいるわけだが、ここ最近はミーグリに関係なく坂井新奈さんのこの良さについて理解され始めていると感じる
きっとひなあいで若林さんが坂井に振っておけばなんとかなるだろうと考えていそうなところも、坂井新奈さんの良さについて知られ始めていることによるものだろう
もしかしたらぼんやりとした良さの認知から、確かな安心や信頼へと移り始めていく最中なのかもしれない
だからこそ、にぃたんに少しでも興味がある人にとっては、ミーグリに行ってみることが、実際にこの良さを体感できる選択肢の一つになるのではないだろうか
②完全でなくても許される
二つ目は、突飛なことをしたときでも全てを受け入れてくれた経験から感じたものである
前述の存在の肯定によって心理的ハードルが下がり、今度はこの受容によって心理的安全性が担保されるといった繋がりもある
ミーグリの「過程」で受容してくれるので、完全でなくても許されるという実感と、何を話してもいいのだという安心が生まれる
その結果として、いつしかにぃたんとのミーグリは深く考えずに参加できるようになっていた
にぃたんは基本的に共感してくれることが多く、会話も肯定側のスタンスで進んでいくことが多い
実際にミーグリのやり取りでは、こちらが詰まったり、うまくまとまらなくても、話の流れ自体が否定されることはほとんどなかった
もしどこかの過程で失敗した、不完全だとこちらが思っていたとしても、真剣に向き合ってくれているにぃたんなら受け入れてくれるだろうという安心感がそこにはある
だからこそ全てを受け入れてくれるであろうにぃたんに対しては、うまく話そうとしなくてもいいし、何をしようか悩むこともなくミーグリができるのかもしれない
話は少し逸れるが、にぃたんは「Love yourself!」の精神を強く持っているのだと考えると腑に落ちる
まずは、ありのままの自分を受け入れてみることが、他者を受け入れることに繋がっているのだと説明がつく
言い換えれば、完全でないことを受け入れているからこそ不完全を受け入れているような、完璧さも脆さも含んだ絶妙なバランス感でこの受容は成り立っているように思える
あと初期の頃から今までこの姿勢を一貫しているのも非常にいい
これからもずっとありのままの全てを受け入れてくれるんだろうなという安心が確信となるからだ
だから実際に、不完全のままでも、中途半端な状態でもありのままの姿を受け入れてくれるミーグリが成立している
③終わったあと、ちゃんと心に残る
三つ目は毎度ミーグリ後に感じる余韻から紐解いたものになる
先ほどまでの良さと連続したものになるのだが、ミーグリでの出来事や過程に対して、そのもの自体に肯定的な意味を与えてくれるということだ
その結果、ミーグリの「出口」にて、意味を付与されたことによる余韻が生じる
これまで、にぃたんとのミーグリ後にはよくはっと気づかされることがあって、その本意を考えたくなったことが多々ある
何をやってもにぃたんがそのことにいい意味を与えてくれるおかげで、あのミーグリでのやり取りがあったから楽しい時間を過ごせたのだし、ミーグリがあったから今日という日があるんだなと実感できる
ここで特筆すべきは、その意味を与えてくれるというのが、単なるポジティブ変換でもなければ感情の上書きでもないところである
これはこれで良かったねと、優しく文末に句点を置いてくれるような感覚になる
だから、にぃたんとこのミーグリをしたこと自体に自ずと意味ができてくる
もしミーグリである挑戦が結果として失敗に終わったとしても、にぃたんは挑戦しようとしたこと自体に価値があると意味を再定義してくれるのだろう
だからこそ、にぃたんとのミーグリでは多少無茶で未完成なことでもやってみたこと自体に意味が生まれてくる
何よりにぃたんには最後まで向き合って付き合ってくれるだけの忍耐力も持ち合わせているためそれが最後まで続く
いわゆるミーグリにおける失敗というものがむしろ意味があるものへと変化して、ミーグリに行ってよかったという感覚になりやすい
失敗することがないおかげでにぃたんとのミーグリの後では反省よりも先に楽しかったという感想が出てくるし、それはもちろんにぃたんのおかげだよなという振り返りの余地も出てくる
この余白とも言える余韻まで楽しめるところがすごいと思う
それでもまだ完全に言い表せてはいない
なんだかここまで書いているとふと、坂井新奈さんって「誰も置いていかない」の体現者じゃないかと思い始めてきた
悩みに悩んでここまで書いてきた結果、行き着いた先がシンプルな日向坂としての礎というのは原点回帰というほかならない
だが、ここでは趣旨がぶれるため、あくまで可能性の提示だけに留めておきたい
というわけで、以上がこの記事の本編となる、坂井新奈さんとのミーグリがこれほどまでにも楽しいと感じるのかについてだったのだが、その一方でこうも思う
結局、坂井新奈さんのいいところなんて一言で表せるわけない
迷いながら書き続けた結果として、こうした抽象的な要約になってしまったそれでも、16枚目期間を終えた現状では、より多くの良さを包含しているという点でこれが唯一解ではなく、ただの一つの解であると信じたい
その一方で逆に無理をしてでも言語化しようと挑戦した箇所もある
それは、本質に近く言葉にしづらい良さを、どこまで言葉にするのかという点だ
それは言葉にしない方が、良さが際立つという意味でもある
そういった意味では、シュレディンガーの猫くらいの曖昧さがちょうどいいのかもしれない
要は、僕の言葉で良さを断定するのではなく、皆さんが体験してみて、その良さを実感する方が本質に迫れるのではないかということだ
となると、この記事が成すべきことは、坂井新奈さんの良さが詰まった箱を開けるその一歩の後押しをすることなのかもしれない
だから、ここからは具体的にその良さがミーグリでどう表れるのかという実践的なことについて書いていきたい
・じゃあ具体的にその良さがミーグリでどう表れるのか(実践編)
僕も不完全を受け入れている側の人間だからこそ、これまでの文章が曖昧で抽象的なものに落ち着いてしまっている自覚がある
このままでは、これからにぃたんのミーグリに行ってみようという方に対してあまりにも不親切かもしれない
だから、ここからはより実践的なことを書いていきたい
これまでどちらかで言うと、坂井新奈さんの考え方に焦点を当てていたのに対して、これからは坂井新奈さんの行動に焦点を当てていきたい
そのなかには、これまでとの整合性が取れなくて書けなかったことや、これまで同様主観による表現の限界もあると思うので、あくまで参考程度に留めてもらいたい
①「はじめまして」からもう楽しい
ここまで本編ではいろいろと書いてきたが、結局のところ既に関係性が構築されているから楽しいんでしょ?という意見も当然出てきてもおかしくないと思う
確かに、今の僕は既に複数回にぃたんのミーグリを経験しているからこそ、これからにぃたんとはじめましてを迎える人に完全に寄り添えるかと聞かれると、そうとは言い切れないといったところが本音となってしまう
それでもやっぱり、にぃたんとのミーグリは最初から楽しかったということは念押ししておきたい
一番最初にミーグリしたときのことを思い返すと、こちらの画面がまだ3,2,1の段階にも関わらず、画面の向こうではにぃたんが喋り始めていて、僕も思わずえっ始まってんの?と言ってしまったのが最初の会話だった
その後訳も分からず二人で大笑いしたのも今となってはいい思い出である
要はにぃたんとのミーグリに参加するのに特別な関係である必要は全くないし、なんなら一番最初から楽しいミーグリができるだろうということである
少なくとも僕は、特別な関係を意識する前に、最初の数十秒でその楽しさに引き込まれた
②気づいたら会話が進んでいる
二つ目にして意外かもしれないが、にぃたんは頭の回転が速い
だから簡単な質問に対してはポンポン答えてくれるし、なんならこちらが聞いていないことまで言ってくれる
その結果、間延びすることなくスムーズなテンポで会話が進んでいく
これは決して早口だとかよく喋るといった次元の話ではない
この速さの裏には、こちらの言葉を意味として捉える傾聴力と、それを展開させる思考処理の速さがあるように感じている
その場や流れに適した返しが速いといったところだろうか
だからこそ、にぃたんとは会話を一緒に作り上げている感覚に落ち着きやすく、一方的なミーグリにもなりづらいのだと思う
これは、会話というよりも対話といった方が近い
会話のテンポが速いってことは、ひなあいでよくあるあわあわしているにぃたんはミーグリでは見られないのかという至極真っ当な意見が想定されるわけだが、この点は次で触れるとしよう
③全身で向き合ってくれる
先ほどの会話のテンポが速いというのは、あくまで比較的簡単な質問を投げかけた場合の話である
逆に簡単ではない考えさせるような質問を投げかけたときには、皆さんお待ちかねあわあわにぃたんが現れる
真剣に考えているからこそ、頭のなかが思考でいっぱいになり、それが身振り手振りに表れて、あわあわしている状態となるのだろう
ここで注目すべきはこの身振り手振りというリアクションが大きいということだ
にぃたんのリアクションが大きいという点については、もはや周知の事実に近いが、ミーグリでも本当に自然で大きなリアクションがよく出てくる
しかもその身振り手振りで必ずなにかを伝えようとしてくる
何かを伝えるときに言語だけに頼らないといった意味では、自ずとノンバーバルコミュニケーションを活用していることがうかがえる
一見、普通の仕草である、相づちやジェスチャーですらリアクションを全力で取ってくれるため、こちらに向き合っているという実感が湧きやすい
④言葉がなくても対話は続く
これも先ほどまでの続きになるのだが、ミーグリでは気まずいとされる無言の時間もにぃたんとなら楽しいとすら思える
それは言葉が出なくなり会話が続かなくても対話は続いているからであり、つまりは言葉以外のリアクションや表情によって対話が続いてるということだ
例えば大喜利のような考えさせる質問をしたとする
当然にぃたんは真剣に考えてくれるだろう
考えすぎた結果、そこには無言の時間が存在する瞬間もある
このように会話は続かなくなったとしても、身振り手振りによって対話は続く
言葉は出てこなくてもフィーリングで何かを伝えようとしているにぃたんの姿を想像するだけで愛おしく思えてくるのだから、実際にミーグリで無言の間ができたとしても、それすら自然と楽しい時間になっていくに違いない
要は何かを伝えたことだけでなく、何かを伝えようとすることにも価値があるということだ
⑤自然に流れていく間と時間
先ほど無言の時間ですら楽しいと述べたところでなんだが、そもそもにぃたんとのミーグリでは一般的に事故ったと言われる変な間が生まれづらい
それは会話のテンポが速いからというのもあるが、どちらが次に喋るのかという、あの気まずさを感じるより速くにぃたんが主体的に動き出すからでもある
これはにぃたんが間を埋めようとしているというより、その場の主導権を握ろうとしていると言った方が近いのかもしれない
たぶん、にぃたんにはミーグリという場を二人で作り上げていくという責任があるのだろう
だから、にぃたんとのミーグリでは、会話を回す、盛り上げるといったことを一人で背負わされている感覚が全くない
一点注意としては、あくまで最初の会話の主導権はだいたいこちらにあるということだ
こちらが話したいことがあるときや話しているときはそれを遮ってくることはまずないし、こちらが言葉に詰まっているときも穏やかに待ってくれる
そこから展開していく主導権は向こうが握るときもあるが、そこは程よいテンポで進んでいくだろう
ここで、だいたいという表現を選んだことからも分かるように、たまに最初から向こうのペースでミーグリが進むこともある
そういった意味ではこちらは最初の会話の主導権を握らされているだけで、その場の主導権自体は始めからにぃたんが握っているのかもしれない
⑥会話が勝手に広がっていく
先ほども少し触れたが、にぃたんから会話を展開していくことも多々ある
それは向こうから質問をしてくれることも多いと言えばそうなのだが、単なる質問というよりは、発言と発言の自然な接続のような形で展開していくと言った方が適切かもしれない
あまりにも会話が自然に展開されていくもんだから、こちら側からすれば気づいたら会話が広がっていた、盛り上がってたなんてことになっていて、不思議と自身のトーク力が上がったかのような錯覚すら覚える
たまに盛り上がりすぎて、ミーグリの終わり際にとんでもないパンチラインが飛んできて会話の途中で終わってしまうこともあるが、それはそれでツァイガルニク効果のような余韻が生まれて、またミーグリに行きたいとなるだろう
ここまで来ると、実はにぃたんが自ら展開していくのはあくまでも手段に過ぎなくて、ミーグリという場と時間を楽しいものに成立させるという目的のために働きかけているだけのようにも思える
⑦何気ない一言が刺さってしまう
先ほどはパンチラインという一言で片付けてしまったが、にぃたんは出てくる語彙もすごい
それは一発で笑いを取れると言った意味でのワードセンスでもあるのだが、どちらかと言うと言葉選びが繊細だと言った方がいいのかもしれない
言葉も人格を表すように、にぃたんの言葉からはその豊かな感性が表れている
実際に奇想天外では片付けられないような、はっとさせられるワードがよく出てくる
それに加えて、全体的に語気が柔らかいことや、こちらの想像力を掻き立てるような語感を始めとした言葉の節々から感性の豊かさが読み取れる
ワードセンスに関しては何がいいと感じるかは人それぞれなので、興味があればにぃたんのミーグリレポを見るなどしてその言葉選びの繊細さを味わってみてほしい
⑧いつの間にか相手の領域内
にぃたんのミーグリは、心理的だけでなく、物理的にも距離が近いことが特徴として挙げられる
まず、心理的に近いというのは、これまでの記述からもなんとなく分かるように、距離を詰めてくるのがうまいということだ
気難6も顔負けの気難しさを抱える僕であるが、そんな僕でも気づけば距離を詰められていた
それが何度かミーグリに参加するうちに、いつの間にか会話が自然なものになっていた
そのくらいにはにぃたんは人の懐に入るのがうまい
レポを見ていてにぃたんとの距離が近いと感じたのであれば、それはこちら側が距離を詰めに行ったからではなく、にぃたんの方から歩み寄ってくれたからだということは間違いないだろう
愛され力ともまた違った人の良さやコミュニケーション力があるからこそ、気づいたら仲良くなっていたという近さがある
一方で、物理的に近いというのは、シンプルに画面によった状態でミーグリが始まるということだ
最初は近すぎて驚くかもしれないが、画面のほとんどがにぃたんのその美しいお顔で埋め尽くされる
なんなら近すぎて服装の話をするときは一歩引いてもらうくらいだ
毎回引いてもらうのも大変だと思うので「最初から引いた状態でミーグリしたらいいんじゃない?」と言ってしまったことがある
そしたら「えーとめさんの顔をちゃんと見たいからな~」とやんわり断られてしまった
ぜひともこの近さは今後も変わらないでいてほしい
⑨知らないうちに釣られていた
今度はミーグリでよくある「釣ってください」という流れについてである
本人が乗り気かどうかは置いとくとして、実はにぃたんって無自覚ながら釣り対応もできてしまうタイプなのではないだろうか
かく言う僕はにぃたんに釣ってくださいとお願いしたことはないのだが、気づいたら釣られていたということが何度もある
要はこちら側に寄り添い過ぎた結果として、甘い言葉をかけてくれることが多々あるということだ
正確に言えば、甘い言葉で落とすタイプというよりは、身振り手振りも含めた総合的なかわいさで落とすようなタイプなのかもしれない
言葉の強さだけに頼らず、にぃたんは釣るときにも前後の文脈を含めて言葉を投げかけてくれることが多いように思う
そこに身振り手振りで伝えようとする姿勢も乗っかるため、自然体でありつつも釣るのがうまいのではないかと感じる
⑩点でも楽しいけど線だともっと楽しい
今度は、はじめましてのミーグリではなく、何回かにぃたんとミーグリを重ねた段階について述べたい
もちろんにぃたんのミーグリは最初から楽しいという前提のもと、何度か継続してミーグリに参加するとまた違った良さがある
その根本となるのは、にぃたんは記憶力もいいということだ
その日話したことを覚えているのはもちろん、前回話したこともよく覚えている印象なのでエピソードに関する記憶力は抜群にいいのではないかと思う
それはエピソードだけでなく、人を覚えるのも得意なのではないかと個人的には思う
だからこそ前後の文脈関係を含めた会話が徐々にできるようになっていく
要はその日のミーグリの体験が単発で終わるものでなく、継続することで前のミーグリの延長に今のミーグリがあるといった持続的な体験へと昇華していくのが良い点である
きっとそこには爆発的な面白さだけでなく、一緒に会話を作っていける感覚や同じ時間を共有できる喜びの方にも、いつしか安心を覚えるようになっていくだろう
点での楽しさに留まらず、線での楽しさを追い求めているからこそ定期的にミーグリに行きたくなるのかもしれない
結局「楽しい」ってなんだろうか
ここまで書いてきて、そもそも楽しいとは何なのかを考えたくなった
人それぞれの楽しいがあるとして、にぃたんにとっての楽しいとはなんだろうか、もっと言えば僕にとっての楽しいとはなんだろうかという論点に行き着いた
そうなると楽しさを共有する、一緒に楽しむってなんだろうかと難しく考えてしまう
それはミーグリをお互いにとって楽しい時間にするという最終目標のためにも避けては通れない話題でもあった
だけれども確かににぃたんとのミーグリでは常に楽しいと感じている
そんなあるとき、なんでか分からないけど楽しい状態が高まりすぎて、ふとにぃたんに「なんでこんなに楽しいんだろうね」と聞いてしまったことがある
するとにぃたんからこう返ってくる
「たしかになんでなんだろうね~」
「でもにぃなはとめさんが楽しそうだから楽しいよ!」
それは、まさしくJOYFUL LOVEだった
君がしあわせならば そう僕もしあわせな気がする
・おわりに
結局、僕が何を伝えようとしていたのか
この記事で伝えたかったのは、坂井新奈さんの良さを端的に要約して定義することではない
一言で収まりきらない坂井新奈さんの総合的な良さを、断片的であっていいので、一人でも多くの人に届いてほしいと願うばかりである
それをここまで長々と書いてきたなかで、あえて本編と実践編には明記しなかった点もある
それは、それぞれの良さとミーグリでの具体的なエピソードとの紐付けである
多少は補足として過去のエピソードを持ってきた箇所もあるが、基本的には本編や実践編には16枚目期間のミーグリでのエピソードは引き合いに出してはいないはずだ
それはあえてどのエピソードからそう思ったかを明記しないことで、皆さんのなかにある坂井新奈さんの姿と照らし合わせてほしいと考えていたからである
僕とは別のアプローチで坂井新奈さんの良さについて共感してくれるならそれは大変嬉しいことである
また、具体的なエピソードと紐付けなかったことで、逆にこの良さが一般化された状態で捉えることができ、坂井新奈さん以外にも当てはまるのではないかという余白が生まれる
これは決して比較を促すものではなく、自分の推しにもこういった一面があるんじゃないかという批判的思考を促すものであればいいなと思う
逆に言語化しすぎることでその良さが薄れてしまうこともあるので、あくまでニュアンスだけを読み取り、参考にする程度がちょうどいいのかもしれない
逆にそこまで坂井新奈さんに対する理解の引き出しが十分でない方も、ぜひにぃたんのミーグリレポを読み漁るなどしてまずはその雰囲気をつかんでほしい
そのレポの一例として、この記事での振り返り編で参照した記事群が用意されている
無論、ここに書いてあることが絶対正義でもないのは重々承知のことである
もちろん、網羅性も担保されてはいないので、ここにない良さも山ほどある
もしここにはない良さを知っているのであれば、それをもっと広めていただきたい
きっとその意見の交流の場に正しい正しくないで括られるような評価軸はなく、にぃたんのミーグリと同じように何者でもない人が誰でも受け入れられる空間であればいいなと考えている
最初の一歩
最後に坂井新奈さんに興味を持った方へ
2026年9月30日(水)に、日向坂46 18thシングル 『イチャイチャ虫』が発売される
この新曲の発売に伴いオンラインミーグリも開催される
以下のサイトからオンラインミーグリの申し込みが可能となる
(もちろん坂井新奈さん以外の日向坂メンバーも空きがあれば申し込める)
販売期間(応募受付期間)は、毎週水曜日14:00から翌木曜日14:00までとなっている
8月19日(水)14:00 から 8月20日(木)14:00 までとなっている
(8/14時点での情報)
18枚目期間のオンラインミーグリは(完売しなければ11月頃まで毎週申し込みが可能となる)
開催日程などの詳細、その他最新情報は公式サイトをご確認していただきたい
その他ミーグリの購入の仕方や当日の流れなど、ミーグリ全般に関して不明な点があればぜひ周りのおひさまに聞いてみてほしい
それはもちろん僕でもいい(Twitterをフォローの上DMを送っていただきたい)
ミーグリに参加したことのない方にとっては、最初の一歩を踏み出すことはとても勇気のいることだと思う
それは間違いない
その一方で、僕は誰かを好きになるのにも、誰かを推し始めるのにも、別に理由なんてなくてもいいと思っている
好きだから好きでいいし、推しだから応援しているくらいがちょうどいいと感じている
だからミーグリに応募するのだって、ちょっと興味があるから応募してみたくらいの気持ちでいいのではないだろうか
その最初の一歩を踏み出した後に考えるべきことは、ミーグリ当日をどう楽しむかだが、それは坂井新奈さん(あるいは他の日向坂メンバー)が一緒に楽しい時間を作り上げてくれるはずなので、緊張は最低限に抑えてありのままを楽しむべきなのかもしれない
少なくともにぃたんなら後悔はさせないだろうし、むしろ次への期待が膨らむくらいには楽しいものとなるだろう
迷いながらもここまでこれたのは
以上が書きたかったこと、伝えたかったこととなるわけだが、想定以上に長くなってしまった(13000字超え)
というより書いていたら止まらなくなったと言うべきなのだろう
それでも、これが坂井新奈さんの良さを全て包含できているとは全く思ってもいない
そもそもにぃたんのいいところなんて無数にあるのでそりゃ全部を書き切れるわけがなかった
しかも、昨日のにぃたんよりも今日のにぃたん、明日のにぃたんの方が成長しているに違いないので、今書いていることすら霞むようなより魅力的な一面が今後もどんどん表れてくるのは明らかだろう
とまあ、最後の最後まで迷いながら向き合い続けている
迷っているというより、もがいているのかもしれない
それでもこの記事を書いているのは、一人でも多くの人に坂井新奈さんの良さが伝わってほしいからに他ならない
ただ、元々あったこの想いをこうして、文字にする、記事にするといったように形あるものにしようと思わせてくれたのもにぃたんである
にぃたんの17枚目期間に対する姿勢が僕を突き動かしたといっても過言ではない
まず、ひな誕際の翌日に送られてきたトーク
あれを見て、元々あったにぃたんを応援したい気持ちにより大きな火が付いた
そして最近のトークからも分かる、にぃたん自身が前に進もうと頑張っている姿に感銘を受けた
(#ninatalkを取ってない方へ、にぃたんは最近質問返しと称した疑似ミーグリ体験動画を1日2分×2,3本も送ってくれています、まじで今から取るのがおすすめです)
その上、にぃたんはいつも「恩返しできるように頑張る」といった姿勢で前を向いていることが多い
恩返しという点で言うなら、もらってばっかりなのはもちろんこちらなわけなので、逆に僕が恩返しをしたいと思うようになった
その恩返しでは、にぃたんに直接感謝を伝えるだけでなく、一人でも多くの人に坂井新奈さんの良さを広めたいと考えるようになっていた
もしこの記事の中に、少しでも自分の感覚に近い物を見つけたのなら、きっとそれが答えなのだろう
結果として、坂井新奈さんの良さがうまく伝わったのかはまだ分からないが、伝えようとしたことに意味があると信じて、この記事を公開したいと思う
ここまでお付き合いくださりありがとうございました
この記事を読んで、何か一つでも共感してもらえる点があれば、僕はそれに幸せを感じています
