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狂いなき調和〜光悦寺つれづれ 表編

鷹峯にいった。

下界では、紅葉はまだまだ先だが、光悦寺ではうっすら色づきはじめている。
それでいて、すっかり小声になった蝉もまだ鳴いている。季節の重なりが美しい。

光悦寺の参道は「撮影禁止」と書かれていたから
すっかり意気消沈してしまったのだが、中は撮影しても大丈夫ですとのことだった。

しかし、参道からして心を奪われたのである。

幾何学模様を思わせる、美しい菱形が一直線に伸びる。

踏みしめる感触は、ヨーロッパの古い石畳を思い出す。

中に入ってからも圧倒的な美しさであった。

正伝寺や円通寺など、借景が有名な寺は多い。

しかし、光悦寺の借景はまったく趣を異にする。

正伝寺や円通寺は、「見る側」と「見られる側」が
完全に仕切られ、いわば額縁の絵をみるような作りである。

しかし、光悦寺での山々は、「見られる」だけの側ではない。
私たちを見下ろし、飲み込むかの如き迫力がある。

それでいて、そこには自然がもつ恐怖感はまったくない。

賀茂川の源流に位置する志明院などは、圧倒的な自然への畏怖を感じさせるが、光悦寺はちがうのである。

庭木を侵食する雑草はもちろんのこと、蚊の侵入さえも防いでいるのではないかと思わせる。完璧なまでの人の手と計算下に置かれているのだ。

鷹峯は洛外。御土居の外であり、丹波への入口に位置する。光悦がこの地を与えられた頃は、追い剥ぎがよく出る物騒な地であったという。

その野趣は残しつつも、一寸の狂いもなき「美学」のもとに鷹峯を再構築した。

当時の光悦村は、光悦寺の18倍の広さだったというから、さぞや村全体にさまざまな趣向をこらし、来る人々を魅了したのであろう。

「江戸」へと時代が移り、鬱屈した気持ちを抱えた京の文化人は、光悦村へと何度も足を運んだに相違ない。TDLに何度も足を運ぶ現代人のように。

「光悦垣」がその「趣向」の痕跡を遺している。

遠近法を取り入れていると気づかせつつも、あざとさをまったく感じさせない。まさに「狂いなき調和」。

光悦寺だけでも「美の天才ぶり」は、じゅうぶんに堪能できるが、光悦村ぜんたいを体験できないのはほんとうに残念至極である。

裏編につづく



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