ぼくのSRYと、鍵のかかった初恋 〈17.ポラリス〉
十七、ポラリス
彗は、雪道を大股で歩いた。夜十時。新雪に覆われた街はしんと静かだ。革のブーツのゴム底が、雪を踏みつけてみしみしと鳴る。空を見上げた。彗は無意識に、北極星を探していた。
「彗!」
振り向く前に、後ろから勢いよく抱きしめられた。背の高い、あたたかな体に。
「……博人」
「助けてあげられなくてごめん」
「博人。ぼくは」
「彗が創の恋人でも、俺は構わない。いつまでも待つ。彗以外の人間を好きになるなんて、俺にはできない」
博人の腕の中で、彗の体から力が抜けていく。その代わりに、涙が溢れて止まらない。
「博人は優しいね。いつもぼくがぼろぼろの時に駆けつけてくれる。ぼくを守ってくれる。ぼくを温めてくれる」
「泣かないで、彗」
背中から回した手が、彗の頬を拭う。博人の服から、太陽の香りがふわりと漂った。
「どうして泣いているの」
「ぼくは……。ぼくは、博人の幸せを叶えてあげられない」
「どういうこと?」
彗は、博人と向き合おうかと思った。けれど怖くて、振り向くことはできなかった。
「ぼくは、完全型のアンドロゲン不応症なんだ。ぼくはY染色体を持つ女性で、ぼくの体には、子宮も卵巣もない。精巣だってない。だからぼくは、子供を作れない。前に博人は言っていたでしょう? 普通の家庭を築くことが夢だって。ぼくは博人の子供を産めない。だからね博人——」
彗が言い切る前に、博人は彗を抱きしめる腕に力を込めた。
「彗を傷つけた。本当にごめん」
博人の声に、嗚咽が混じる。
「彗……。彗。本当にごめん。彗にひどいことを言った。許されないことをした」
博人が、彗の肩に頭を預けた。
「気にしてないよ。博人」
「ごめん……。ごめん、彗……」
彗は、博人の頭に手を乗せた。
「博人。けれどぼくは、創が好きなんだ」
博人の体が、震えた。
「どうして……?」
「わからない。今でもわからないんだ。理由はない。ただ、創が好きなんだ。心に刻印されたように、創を好きな気持ちは、おかしいくらい、いつまでも消えないんだ」
「行かないで、彗」
「博人。ごめん」
「どうしても?」
「うん」
博人が腕を解いた。彗は、振り返らずに歩き始めた。空に北極星を探して、走り始めた。博人から見えないくらい遠くまで走ったと思った時、凍った道でバランスを崩し、彗は転んだ。頭を打って、痺れたように動けない。止まったと思った涙が再び溢れそうになる。街灯が眩しい。涙で乱反射した視界で、冬の星座が滲んでいく。
「彗。こんなことになると思って、セルロティ、作っておいた」
聞き慣れた声がして、差し伸べられた手を取る。クリティカが、息を切らしながら、笑っていた。クリティカの長い髪が彗の顔をくすぐる。一度も染めたことがないという髪は、とてもしなやかで、柔らかだった。
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