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ぼくのSRYと、鍵のかかった初恋 〈19.プレゼント〉

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十九、プレゼント

十二月二十四日。創から電話が来た。

『一緒に星南のところへ行ってくれない?』

そわそわする気持ちを落ち着けていつも通り実験をする。顕微鏡を覗き込み、細胞の輝きに目を細める。細胞は順調に育っている。もう少ししたら、細胞からDNAを取り出し、塩基配列を読んでみよう。

培養室を出て、廊下を歩く。突き当たりの窓の外では、深々と雪が降っている。学振の一次選考に落ちてから、二か月半が経った。それは同時に、創に出会ってからの日々でもある。創とは、毎週、病院の温室でアイスを食べている。創は稽古を終えてから来るので、一日の疲労が顔に滲んでいる。それでも一緒に星南の病室に行くと、創はまるで舞台に上がったように輝きだす。

彗は、利用されている。創は、彗の本当の気持ちに気づいていない。彗は、出会った瞬間からずっと、創に恋をしている。創を目の前にすると、彗の理性はいつも容易く吹き飛んでしまう。こんなにも苦しく、痛いのに、それでも彗は、創を好きでいることをやめられない。

去年のクリスマスは、一人で実験をして過ごした。研究こそが恋人だと信じていた。彗は、他者を排除することで、脆弱な孤独の城を必死に守ろうとしていた。

「本降りになってきたわね」

頭の中の世界から、現実に引き戻された。阿藤が、彗の横に立ち、窓の外を見つめている。

「ホワイトクリスマスですね」
「本当ね。明日の朝はきっと雪かきが大変でしょうけど」

阿藤が笑うと、かすかにサンダルウッドが香った。

「阿藤教授の息子さんたちは、小学三年生と一年生でしたっけ?」
「そうよ。毎日元気があり余っていて、大変なの」

阿藤は、柔らかそうなオフホワイトのニットを着ている。首をすくめ、幸せそうに笑った阿藤は、教授でありながら、二人の男の子の母親でもある。

「お子さんたち、サンタさんを信じているんですよね?」
「そうね。今のところは」
「今年のプレゼントは何ですか?」
「上の子が、顕微鏡。下の子は、天体望遠鏡ね。サンタさんへのお手紙に書いてあったわ」
「すごい……。二人とも、もう科学者なんですね」
「親の仕事の影響もあるんでしょう。けれど私は、私の研究分野とは関係なく、あの子たちを望む道へ進ませてあげたいの」

阿藤の表情が、柔らかい。

——いいな。優しいお母さんって。

「一条さんにも、きっと予定があるのね」

彗は目を丸くした。

「顔に書いてあるわ」
「はい。実は、友人の妹さんが、この大学の病院に入院していて。今日、一緒にお見舞いに行くことにしているんです」
「そう。妹さんはおいくつ?」
「十七歳です。脳腫瘍を患っています」

阿藤が暫し、言葉を飲み込んだ。

「その子は、お兄さんが大好きです。それから、ひとが大好きです。お兄さんと二人だけで過ごすよりもきっと、賑やかな方が、好きなんだと思います」
「一条さんは、その妹さんに何をあげるの?」

阿藤が、静かに呟いた。彗は、星南の笑顔を思い浮かべ、言葉を探した。

「プレゼントはこれにしました。知的好奇心が旺盛な子なんです。すごく賢い。製薬会社で研究員になって、新薬を開発することが夢だと言っていました」

彗は、抱えていたプレゼントを阿藤の前に差し出した。付箋が沢山ついた、年季が入った教科書だ。生物学を志す学生たちが必ず読む、細胞生物学の基礎がみっちりと詰まっている。

「『The Cell System』ね。素敵だと思うわ」
「本当は新品を買おうかと思ったんです。でも、付箋や書き込みがついているほうが、理解がしやすいと思って」
「そのとおりね。一条さん、なんだかその子の本当のお姉さんみたいよ」

阿藤が目を細めた。彗は俯いて、オレンジ色のサンダルのつま先を見つめると、顔を上げて窓の外に焦点を合わせようとした。しかし雪の花びらは絶え間なく風に吹かれ、凍てつく空気の中を無作為な方向へ流れていく。何一つとして、留まったままのものはない。

「阿藤教授は、ひとは死んだらどうなると思われますか」

阿藤は、白い頬をほんの少しだけ赤く染めて、「そうね」と思案した。

「私個人の考えを言えば、生きているひとも、亡くなったひとも、皆等しくこの世界を循環しているのだと思うわ。あなたがいま吸い込んだ空気中の酸素は、誰かの体のなかにあった酸素原子からできているかもしれないでしょう?」
「循環、ですか」
「ええ。私は昨年、母を亡くしたわ。母の体は燃やされて空へ昇って、どこかで雲になって、それから雨になって大地に降り注いで、きれいな花を咲かせているかもしれないって思うの」
「目には見えないけれど、いのちはいつもこの世界を巡っている、ということですね」
「そうね。そう信じたいものだわ」

クリスマス・イブだから、今日は早く上がってもいいと阿藤に許可をもらい、彗は足早に研究室を後にした。走る。創が待つ温室へ。

>>第二十話


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