ケアプラン有料化は最適解か? 「セルフケアプラン」というもう一つの選択肢
財政審(財政制度等審議会)による提言は、国の財政健全化というマクロな視点や自らの職務に基づいた、極めて合理的な論理だと言える。
しかし、それはあくまで財政面から見た一側面に過ぎない。最前線にいる私たちは、現場の実態を踏まえた情報を発信し、財務省側の論理に対して感情論ではなく、具体的な「対案」を提示していく必要があると考える。
それを僕なりに少しまとめてみた。
財政審の資料を見ていると、以下のように記述されている。
介護報酬は、利用者の要介護度が進むにつれて報酬が高くなる構造(注)だが、利用者のwell-beingや給付費抑制の観点からは、本来、要介護状態からの自立や、要介護度の改善を促進する構造にすべき。ケアマネジメントの報酬における自立・要介護度改善へのインセンティブ付けを検討すべき。
(注)例えば、ケアマネジメントの労働投入時間は、要支援1に対して要介護5は1.4倍だが、基本報酬は3.0倍となっている。
なるほど、一見すると論理的に見える。
だが、『利用者のwell-being』を語るのであれば、目指すべき自立支援の終着点の一つは、利用者が「自分で考え、選択し、プランを立てる」というセルフケアプランの確立にあるのではないだろうか。
セルフケアプランでは居宅介護支援費が発生しないので、セルフケアプランに移行すればその分、給付費抑制の観点にも繋がる。
財務省はケアマネジメントの報酬における自立・要介護度改善へのインセンティブ付けや、利用者負担の導入(有料化)を検討すべきとしているが、ケアマネジメントを受ける利用者に負担を強いる前に、本人や家族が主体となってプランを構築できる、運用可能なシステムを整備することが先決ではないかと考える。
いまやAIの精度は飛躍的に向上している。
AIの補助を受けながら、本人が納得して選択し、作成したケアプランであれば、一部で問題視される「特定事業所への不正な囲い込み」も構造的に抑制する効果も期待できるのではないか。
なお、全員にそれを強いるわけではない。認知機能の低下や介護負担などでセルフケアプランを立てることが難しい方には、これまで通りプロであるケアマネジャーが担当すればいい。
もちろん、高齢者本人や介護家族がデジタルツールを使いこなすためのサポート体制や、操作性の確保など、解決すべきハードルは少なくない。
しかし、デジタルやAIで代替できる部分はセルフケアプランとして効率化し、本当に人の手や専門知識が必要なケースにケアマネジャーの資源を集中させることこそが、持続可能な制度設計につながるはずだ。
もう一つ、資料の「ケアマネジメントの労働投入時間は、要支援1に対して要介護5は1.4倍だが、基本報酬は3.0倍」という点についても触れておきたい。
このデータは「比較の前提条件」に疑問が残る。そもそも介護保険制度の歴史において、要支援の枠組みは後から新設されたものだ。
要介護5を基準として捉えた場合、要支援1の基本報酬が「現場の実態に対して過小評価されている」という見方も成り立つ。
さらに、本来は地域包括支援センターが主体となってマネジメントを行う「要支援」と、居宅介護支援事業所が主体の「要介護」では、制度上の位置づけや役割が異なる。
性質の違う二つの報酬構造を単純に比較基準として持ち出すことの合理性については、より慎重な検証が必要ではないだろうか。
ケアマネジメントにおけるアセスメントや多職種連携、家族との調整といった基礎的な業務負担は、利用者の要介護度に関わらず一定以上発生する。
要支援だからといって手間が省けるわけではなく、インテーク、アセスメント、担当者会議の開催といったマネジメントのプロセス自体は、要支援でも要介護でも変わらないからだ。
現状は、低い報酬設定の中でも現場の専門職が介護予防のために注力しているからこそ、制度が機能している側面がある。
もし、この予防マネジメントの価値を軽視し、低報酬のまま放置をすれば、結果として利用者の状態の重度化を招き、長期的には「将来の給付費増大」という、財政審の意図とは逆の結果を招く恐れがある。
最前線からの対案なき反論は、時としてただの愚痴のように思われてしまうかもしれない。
けれど、僕はその声の集まりも大事にしたいと思う。
最前線が「苦しい」「辛い」と声を挙げるのであれば、僕自身は、たとえ拙く未熟であっても、財政審が示すデータの本質を見極め、現場のリアルに基づいた発信を続けていきたいからだ。
この記事は noteマネー にピックアップされました

