【SF掌編】金木犀⌇風まかせ文芸部
木星には、花が咲く。
「金木犀だ」
父はそう言った。
僕が10歳のときだった。
父は宇宙植物学者だった。
花の存在を確かめるために、何度も木星へ
向かった。
けれど、その調査の途中で事故が起きた。
父は帰ってこなかった。
それから15年。
僕は父の残した観測記録を、毎日見返して
いた。
映像には、木星の雲海と、橙色の花。
木星は巨大なガス惑星で、地面すらない。
ましてや、植物が根を張る場所など存在
しない。
それでも、観測船の窓から、たしかに橙色の光が見えた。
嵐の渦の中心で、無数の小さな花が揺れて
いる。
そして父の声。
『この花は、地球の金木犀と同じ香りが
する』
そんなはずはない。
香りは宇宙空間を漂えない。
だから僕は、父の記録を「幻覚だった」と
結論づけた。
木星に金木犀が咲くことなど、誰も信じてはいなかった。
そして今日。
僕は研究者として、木星へ来た。
観測船が降下する。
窓の外に、橙色の光が見えた。
初めは自分の目を疑った。
しかし、それはまさしく金木犀そのもの
だった。
花びらが、嵐の中を舞っている。
その瞬間。
船内に、香りが満ちた。
甘くて、少しだけ、もの寂しい。
思わず息を呑んだ。
金木犀の香りだった。
そして通信機から、ノイズ混じりの声が
聞こえた。
『大きくなったな』
窓の外を見た。
橙色の花の向こう。
木星の雲の中に、父が立っていた。
昔と変わらない笑顔で笑っていた。
僕は泣きながら、地球へ通信を送った。
《木星に生命を確認》
少しだけ迷ってから、報告書にこう付け
加えた。
《金木犀が咲いています》
船内の香りが強くなる。
父は笑って手招きをしている。
帰り道が。
分からなくなった。

こちらのお題に参加させていただきました。
iさん、ありがとうございます。
木星→金木犀
という言葉遊びから生まれた掌編です。
木星の金木犀は、もーくせー。
なんちゃって。
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