Stasys Eidrigevičius
[Header Image Credit] Photo by Włodzimierz Wasyluk via Pinterest
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非常に有名なアーティスト・作家・デザイナー…なので紹介しよう等という魂胆は欠片もない。
何と称すれば良いのか悩むのは辞めて氏と呼ぶ。
最初の出会い
最初の出会いは私の記録によると 2026年4月2日、以下の可愛らしい作品であった。

直ぐに Cheshire Cat にニヤッとされる😼



はっ❓何かの間違い❓
Pagan art❓ハンガリーの Busójárás の記憶が蘇る。
仮面の「外形」を追う Charles Fréger の "YOKAI NO SHIMA" とは違う…

面白いことは間違いない😸









更に調べると🤔




これらの作品をみた私の反応は

要は物凄いのである。
この「物凄い」は古語にある「恐ろしい」の意味ではない。とは言えクールとは明らかに異質である…cool / kūru は万能な表現で、クールと表現すれば無難かもしれないが違う…
日本でも紹介されていた…
2019年、武蔵野美術大学美術館

どのように紹介されていたのかを知る由もないが、有識者による高度な解説を聞いて判った気になるよりは、感じる或いは推察する方が面白い😎
Commercial Posters
Seville Expo, 1492 - 1992, A Tribute to Christopher Columbus のポスター⬇️

⬆️これが万博のポスターに採用された😮
私見は Closing にて💥
4'th Ludwig Van Beethoven Easter Festival のポスター⬇️

Stasys Eidrigevičius 氏
つまり著名なデザイナーである。
氏の作品はちひろ美術館でも言及されている:
調べれば判ることだが、氏はポーランドで活動するリトアニア人である。
普通のポーランド語の姓ではないことは直ぐに見て取れる。語尾の -evičius はスラブ語起源であるが、リトアニア語の名前の体系に取り込まれている。
リトアニア語が属するバルト語派の話者は紀元前 2000~1000 年頃には Finno-Ugric Languages フィン・ウゴール語族の直ぐ西に居住し、更に西には Celts ケルト人が居住していた。従って非印欧語のフィン・ウゴール語族からバルト諸語に借用された形跡が見られ、長期間に及ぶ非印欧語との接触がバルト語派の「古風」な形態に繋がる…と書きたいところなのだが、このような議論は言語学の専門家に委ねるべきであろう。
Wiktionary で姓の語源を調べてみると

ここに登場する Ruthenian という用語が曲者である…
Wikipedia と Ethnologue で全く異なる説明がある⬇️

実はどちらも正しい。理由は "Ruthenian" は言語学的分類ではなく歴史的な政治ラベルで、時代によって指すものが違うからである。
Ethnologue は世界の現用言語について話者数、分布、方言、系統、聖書の翻訳の有無などを掲載している。キリスト教系の団体である為、純粋に言語学的な活動というよりも宗教的な側面がある。
Lithuania リトアニア ー 境界の国
所謂バルト三国の一つだが、若い頃は殆ど意識していなかったように思う。
1991年のリトアニアの独立回復後に最高会議議長として同国の国家元首となった Vytautas Landsbergis ヴィータウタス・ランズベルギス の名前が非常に独特な感じがあり忘れることが無かった。その後暫くして歴史言語学を少し勉強した際に印欧語としてのバルト・スラブ諸語を知った程度である。

少し調べるとこの国が境界の国であることが判る。
キーワードを列挙すると:
言語:バルト語派、スラヴ語派、
歴史:ドイツ騎士団、ポーランド文化、リトアニア大公国、ロシア帝国、ソ連
宗教:ヨーロッパ最後の異教の地、カトリックと正教の境界、ユダヤ人の大きなコミュニティ、バルト神話の残存
北に位置する Latvia ラトヴィアもバルト三国の一つである。
簡単に比較すると
Lithuania:バルト語+スラヴ語の基層の上にポーランド文化+ユダヤ文化が共存し、更に異教が残存する辺境の巨大国家、多民族混成の境界の国
Latvia:ドイツ騎士団に支配されたハンザ同盟の商業都市 Riga 中心に繁栄した都市文化が強い海洋商業の国
西を見ると Kaliningrad / Калининград がある。リトアニアとポーランドに挟まれたロシアの飛び地でまさに NATO とロシアの緊張の焦点である。古くは東プロイセンの Königsberg で、ケーニヒスベルクの七つの橋で知られるが、これは私が高校生の時に数学を専攻しようと決めた最大の理由である。
更に南に位置する古い歴史用語に残っているダンツィヒ回廊、現代用語では Polish Corridor、は地政学的にも文化的にも「境界の象徴」であった。その中心都市グダニスク Gdańsk は 1980年に日本でも「連帯」„Solidarność”で有名になった。この地域で話される西スラブ語は Kashubian カシューブ語と呼ばれるが、分類上は
Balto-Slavic > Slavic > West Slavic > Lechitic
この言語を調べると以下の記述に遭遇する:
Kashubians live right near Gdańsk, which serves as the capital of the Pomeranian Voivodeship and a major cultural hub for the Kashubian people.
ここに登場する voivodeship なる英語は「軍を率いる者=武人の長」を指すスラブ語が語源で、セルビア共和国の Autonomous Province of Vojvodina (ヴォイヴォディナ自治州)と共通の語源を持つ。この自治州は多くの少数民族が居住する中でハンガリー人が最大の少数民族を構成する (~10%) 地域であり、公用語が6つ存在する等、分解した旧ユーゴスラビア連邦の
七つの国境
六つの共和国
五つの民族
四つの言語
三つの宗教
二つの文字
一つの国家
で知られる遺伝子を継承しており、"Central European Palimpsest" 等と私には似合わない文学的表現をしてみたくなる😎
また、Lechitic は Lech / Lędzianie レフ族 というポーランド人の祖とされる伝説的民族に由来するが、その形跡がアルメニア語でポーランドという国名が Լեհաստան (Lehistan) と書かれることに残っている。ペルシャ語でも لهستان (Lehestān) であることは驚きでも何でもない。

まるで kaleidoscope 或いは dominoes...なのだが、続けると終わらない😉
以下は自分自身の為の記録として:
Polish–Lithuanian–Teutonic War:ポーランド・リトアニア・ドイツ騎士団戦争
Grand Duchy of Lithuania:リトアニア大公国
Litvaks:ユダヤ人の大きなコミュニティ
Vilan Gaon:16世紀の ポーランド王国及びリトアニア大公国におけるユダヤ人コミュニティの宗教的且つ文化的権威の一人、ユダヤ人の歴史における最も重要なラビの一人
文字の呪文・仮面
例外は勿論あるがポーランド語による文が書かれている作品がある。


最近『文字による遊び』という記事を投稿した⬇️
が、そこではポーランド語には言及していなかったので、少し補足:
ポーランド語は外交官養成の視点から以下のカテゴリーに分類される言語である(アルメニア語、アムハラ語等と同じ):
Category III: Languages with significant linguistic and/or cultural differences from English.
それと別にポーランド語の補助記号 (diacritical mark) の付いた文字が非常に魅力的である。特に ł 及び ogonek の付いた鼻母音 ą と ę。
判り易い例を挙げると、連帯のワレサ議長のポーランド語での綴りは

他にもポーランドの都市 Łódź は日本語ではウッチと表記される。
Dan Brown の小説が好きな方は "Inferno" に登場する The Consortium という組織の暗殺者である Vayentha という女性を連想するかもしれない:
Wałęsa➡️Vayentha
女性の名前の綴りで -tha は普通にあるが、この語根 Vayen- はどうも人工的で、Dan Brown が国籍不明を象徴する目的で作った名前のように思える。
氏の作品に戻ると、ポーランド語で書かれた文の文字が滑稽に歪んで見えるのだが、筆記体で書かれると ł や ą が視覚的に歪んで見えて、リトアニアの異教の呪文がポーランド語という仮面で表現されているように思える。
汽水域が生物進化において触媒になることと似たような芸術における創造の一形態がリトアニア・ポーランドにて起きているように感じられる…
以上は基礎的な文化的教養が欠落した座敷牢中の数学徒の構造的な妄想以外の何物でもない🤔

Hommage à Čiurlionis
リトアニア人画家・作曲家である Mikalojus Konstantinas Čiurlionis (日本語表記はチュルリョーニス)への hommage である。
(日本語への適切な訳語としてオマージュしか存在しない❓)
Čiurlionis はバルト神話の再構成者、象徴主義の異端児であり、彼の作品は、リトアニアという境界の国の構造がそのまま芸術になったと評価されているようだが、彼に関しては未だ勉強不足なので、断定は避ける。


Exhibition Stasys Eidrigevičius. Hommage à Čiurlionis | Stasys Museum



https://stasysmuseum.com/en/exhibitions/hommage-a-ciurlionis/
Closing
Seville Expo 1992 における "Columbus Quincentenary 1992" を手放しで称賛する程世界は幼稚ではなかったことを記憶している no+e コミュニティ住民は多いはず。"Discovery" の結果もたらされた植民地化、奴隷貿易、先住民の大量死や文化破壊を「一部にはそういう視点もある」と丁重に無視する人々が存在するのは想定内であるとして、Seville Expo 1992 が Stasys の不穏な雰囲気のポスターを否定しなかったことは「和を以て貴しとなす」発想からは受け入れ難く、「万博実行委員会」の有識者が「蜃気楼」センセイの苦渋に満ちた顔から場を読み取る構図が浮かび上がる。その一方でタヨーセイと念仏を唱えているのは滑稽というべきなのか…😉
"El descubrimiento" は単なる発見ではなく、世界の構造を暴露する行為でもあったが、単一民族の言語には正しく翻訳されなかったと推察される。
私が Cristóbal Colón (Krzysztof Kolumb) を否定している訳ではない旨を弁解する必要もないはずだが、残念ながら行動の批判と人格否定を混同する人が多いので敢えて付け加えると、以下は私の好きな本である:
『ことばの自転 コロンブスに習うスペイン語』(伊東章著)

関連して尊敬する作家の記事を紹介する:
『8月9日、手紙の続き』(niconeko🐾様)🙏
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