行列も「顧客の声」だった - 東筑軒で考えた社員の誇り
先日、福岡県北九州市の折尾を訪ねました。
目的は、駅弁「かしわめし」で知られる東筑軒です。
以前、東洋経済オンラインで東筑軒の記事を読みました。
9期連続赤字だった老舗駅弁会社に2025年、新しい社長が就任。
その新社長がまず取り組んだのが、「味を戻す」ことだったという内容です。
赤字会社の再建というと、まず思い浮かぶのはコスト削減です。
しかし、東筑軒の事例を見ていると、それだけでは会社は立て直せないことが分かります。
そしてもう一つ興味深かったのが、味を戻したことを喜んだのは顧客だけではなかったことです。
昔の味を知る社員も喜んだといいます。
なぜ顧客にとっての価値を取り戻すことが、社員にとっても喜びになるのでしょうか。
実際に折尾を訪ねてみると、そのことを考えるヒントがありました。
コストを削って、何を失ったのか
売上が落ちれば、企業はコストを削ろうとします。
もちろん、無駄なコストを削減することは必要です。
しかし、それによって顧客が評価している品質まで落としてしまったらどうでしょう。
短期的には原価が下がります。
しかし、顧客が「以前とは違う」と感じて離れてしまえば、売上はさらに落ちます。
しかも失うものは、そのときの売上だけではありません。
長年かけて積み上げてきた、
「この会社の商品なら大丈夫」
「かしわめしなら、この味」
という評判まで傷つけてしまいます。
これは帳簿には載っていませんが、企業にとって大切な無形資産です。
東筑軒の「かしわめし」は、長年地域で親しまれてきた商品です。
だからこそ、味が変わったときに失われるものも大きかったのでしょう。
2025年に就任した新社長が最初に取り組んだのは、新しい商品を作ることではなく、かつての味を取り戻すことでした。
これは単なるレシピの修正ではありません。
「なぜ顧客が東筑軒を選んできたのか」を取り戻す取り組みだったのだと思います。
実際に折尾へ行ってみた
それなら、自分でも食べてみたい。
そう思い、折尾まで足を運びました。
午前11時過ぎに折尾駅に着くと、かしわめしの立ち売りの方がいました。
現在はホームではなく、改札を入ったすぐのところです。
よく通る声でお客さんに声をかけていました。
私が東筑軒本店への行き方を尋ねると、手書きコピーの地図を渡してくれました。
出口から左へ出て、若松線の踏切を渡って右へ――。
丁寧に道順が描かれています。

おそらく私のように「せっかく折尾まで来たのだから本店へ行ってみたい」と尋ねる人も少なくないのでしょう。
立ち売りの方は、かしわめしを売るだけでなく、東筑軒と顧客をつなぐ接点にもなっているように見えました。
私自身も、東筑軒の記事を読まなければ、折尾までかしわめしを食べに行くことはなかったでしょう。
少し時間をつぶし、11時50分ごろに本店へ向かいました。

客足そのものが顧客の声になる
本店に着くと、すでに店のスロープには人が並んでいました。
少し待って店内に入り、自動販売機で食券を購入します。
「カウンターの立ち食いでしたら、すぐご案内できます」と言われ、私は「うきうきセット」をいただきました。
かしわめしとうどんのセットです。
かしわめしは、甘めのやさしい味でした。
もちろん私は以前の味を知りません。
ですから、「昔の味に戻った」と評価することはできません。
ただ、地元で長く親しまれてきた味とは、こういうものなのだろうと思わせる味でした。
店内では5、6人ほどの方が厨房できびきびと働いていました。
12時を過ぎると、スロープの行列はなくなりました。
しかし、客足は途切れません。
食べ終わったら席を空けないといけないと思うくらい、次々とお客さんが入ってきます。
私は12時半ごろまで店の外から様子を見ていましたが、その状態が続いていました。
店員さんに話を聞いてみたい気持ちもありましたが、とてもそんな雰囲気ではありません。
皆さん、目の前の仕事に忙しく動いていました。
しかし考えてみれば、言葉を交わさなくても、そこには顧客の反応がありました。
次々とお客さんがやって来ること、そのものです。
顧客は必ずしも、
「おいしかった」
「この味を待っていた」
と言葉にしてくれるわけではありません。
それでも店を訪れる。
昼前から並ぶ。
席が空けば、また次のお客さんが入ってくる。
客足そのものが、自分たちの商品が支持されていることを示しています。
そして東筑軒本店では、料理を作っている人たちのすぐ近くに、その光景があります。
自分たちが作ったものを求めて人がやって来る。
それを毎日、目の前で見ることができる。
これは、顧客と直接接するBtoC企業ならではの強みなのかもしれません。
顧客が求めていたものは、社員も大切にしていた
ここで、最初に感じた疑問に戻ります。
なぜ味を戻したことを、昔の味を知る社員も喜んだのでしょうか。
もちろん、単純に懐かしかったという面もあるでしょう。
しかし、それだけではないように思います。
顧客が求めていた味は、社員自身も大切にしてきた味だったのではないでしょうか。
会社がコストを優先する中で変わってしまったものを、顧客も社員も「以前の方がよかった」と感じていた。
そう考えれば、味を戻すことは単なる商品改良ではありません。
顧客が大切にしていたものと、社員が大切にしていたものを、もう一度一致させることだったとも考えられます。
そして味を戻した後、自分たちが作ったかしわめしを求めて、再び多くのお客さんがやって来る。
その光景を目の前で見ることができれば、
「自分たちが大切にしてきたものは、顧客にとっても価値があった」
と実感できます。
これは社員にとって、自分たちの仕事の意味を再確認することにもつながるでしょう。
評価を、価値を作った人に返す
さらに興味深い出来事があります。
駅弁グランプリで評価された際、東筑軒は表彰式を工場で行ったといいます。
これも単なるイベントではなかったように思います。
表彰されるのは会社です。
しかし、実際にその味を作っているのは現場の人たちです。
そこで表彰式を工場で開く。
外部から返ってきた評価を、価値を作った人たちのところまで持っていくわけです。
客足が戻ることもそうです。
駅弁グランプリで評価されることもそうです。
いずれも、
「あなたたちが作っているものを、顧客は評価している」
というメッセージになります。
経営者が「頑張ってくれ」と言うだけでは得られないものが、そこにはあります。
社員のやる気を高めようとすると、評価制度や報奨、研修などに目が向きがちです。
もちろん、それらも必要でしょう。
しかし、自分の仕事が誰かから必要とされていると実感することも、働く人にとって大きな意味を持つのではないでしょうか。
顧客に選ばれる理由を、社員にも見えるようにする
企業業績を考えるとき、売上、原価、利益といった数字に目が向きます。
もちろん数字は重要です。
しかし、その数字の前には顧客がいます。
顧客が価値を感じる。
だから買う。
その姿を社員が見る。
自分たちの仕事が求められていることを知る。
それが自分の仕事への誇りにつながり、さらに良い商品やサービスを生み出す力になる。
東筑軒の事例で興味深いのは、顧客価値を取り戻したことと、社員が自分たちの仕事の価値を再確認したことが重なっている点です。
折尾駅でよく通る声を響かせていた立ち売りの方。
昼前から本店を訪れ、途切れることのなかったお客さん。
そのすぐそばで、忙しく働いていた人たち。
実際に折尾を訪れてみて、その三者が一本につながっているように感じました。
顧客に選ばれる理由を見失わない。
そして、
その理由を、社員にも見えるようにする。
顧客が喜ぶものを作ることと、社員が自分の仕事に誇りを持つことは、別々の話ではないのかもしれません。
顧客に選ばれる理由を取り戻したとき、社員もまた、自分たちの仕事の価値を取り戻す。
会社の成長とは、その二つがつながった先に生まれる好循環なのだと思います。
顧客の反応が直接見えにくい企業であれば、なおさら、その評価を現場に届ける工夫が必要なのでしょう。
