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三角比が腑に落ちなかった高校生だった――黒大数で救われ、でも刺さらなかった理由

皆さん、こんにちは。
HSP×アンチ東大主義の、@おはようございますです。

高校生の現役時代、私が参考にしていた本の一つに『大学への数学(黒大数)』がありました。今振り返っても、この本との出会いは、自分の数学観を形づくった大きな出来事だったと思います。

高校一年のとき、学校ではまず鋭角三角形における三角比を学びました。sin、cos、tanは直角三角形の辺の比として導入され、そのあとに鈍角の場合の三角比が説明される、という流れです。しかしこの説明を聞いたとき、私はどうにも腑に落ちませんでした。

「なぜ鋭角から始めるのか」
「では直角そのものはどう扱われるのか」
「sin²θ+cos²θ=1という式は、いったい何を言っているのか」

式は使える。でも、何をしているのかが見えない。そんな“うやむやさ”がずっと残っていました。

そんな中で読んだ黒大数では、教科書的な流れ——鋭角の三角比から始めて鈍角へ、という説明——をいったん脇に置いたうえで、「一般角の場合の三角関数」から捉え直す、という構成が取られていました。単位円を用いて角を実数全体に拡張し、sinやcosを“辺の比”ではなく“座標としての関数”として定義する。この説明に触れたとき、初めてすとんと腑に落ちた感覚がありました。東京出版の『大学への数学シリーズ』では、三角関数は円関数だという標語がありました。

ああ、私はずっと“三角形の話”をしているつもりで、“角の関数”の話をされていたのだ、と。

黒大数が他の参考書と明らかに違っていたのは、こうした基礎部分に強く力を入れていた点だと思います。教科書に書いてある事柄をそのままなぞるのではなく、「なぜそういう順番で教えられているのか」「別の見方はできないのか」を整理し直して提示してくれる。一方で、『青チャート』や『解法のテクニック』など、いわゆる“網羅系”と呼ばれる参考書では、基礎事項は簡潔にまとめられ、すぐに問題演習へと進んでいきます。

当時の私は、そこで小さな違和感を覚えました。

黒大数は確かに丁寧だ。でも、三角関数以外の分野では、教科書をなぞっているだけで、決定的に刺さる説明が少ないようにも感じたのです。「深いことが書いてある」というより、「整理されている」という印象に近かった。一方で、問題集中心の参考書は、自然と「数学とは問題を解くものだ」という学習観を植え付けてくる。

この二つの間で、私は揺れていました。

今思えば、ここで露わになっていたのは、個々の参考書の良し悪しではなく、数学の学び方そのものの狭さだったのだと思います。問題が解けることだけが数学なのか。定義や見方に立ち返って考えることは、受験においては“遠回り”なのか。

黒大数が示してくれたのは、少なくとも「教科書の順番は絶対ではない」という事実でした。そして同時に、丁寧さだけでは人の理解は動かない、ということも教えてくれたように思います。

数学を学ぶとは、解法をまねることでも、式を暗記することでもない。自分が今、何を前提にして、何を定義し、どこまで一般化しようとしているのかを意識すること。その視点を持てたかどうかが、私にとっての高校数学の分岐点だったのだと思います。

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