森博嗣「夏のレプリカ」が良かったので感想を
2025年8月に森博嗣のミステリーVシリーズを読み、読み終わったので、今はS&Mシリーズを読んでいる。
Vシリーズの感想はこちら
S&Mシリーズとは犀川創平と西之園萌絵の2人が主人公のミステリーだ。全10冊。読み進めていて、今7冊目の「夏のレプリカ」まで読んだ。
この「夏のレプリカ」がとても良かったので、感想を書きます。
※この記事には、ネタバレが含まれます。ネタバレを踏みたくない人は、ここで戻ることをおすすめします。(ちなみに森博嗣の「黒猫の三角」のネタバレも含みます)
ネタバレを含みますよ?
とてもいいミステリーなので、感想を読む前に、まずは本を読むことをおすすめします!というかぜひ読んでほしい。
……OKですか?
ネタバレ、含みますからね?
「夏のレプリカ」のあらすじ
西之園萌絵の親友、簑沢杜萌がこの話のメインキャラクターだ。
本の裏面のあらすじを抜粋すると、こんな話。
「T大学大学院生の簑沢杜萌は、夏休みに帰省した実家で仮面の誘拐者に捕らえられた。杜萌も別の場所に拉致されていた家族も無事だったが、実家にいたはずの兄だけが、どこかに消えてしまっていた。」
なぜ簑沢杜萌の家族(父は大物政治家)は誘拐されたのか?その後、なぜ、誰に、誘拐者たちは殺されたのか?事件後に逃げた仮面の男は誰で、どこにいるのか?そうして家にいたはずの兄はどこに消えてしまったのか?
という複数の謎が盛り込まれた話だ。
解決編の美しさ
「夏のレプリカ」で私が特に好きだったのは、解決編だ。
「夏のレプリカ」は全506ページ。
事件で犯人が明かされるのは、なんと450ページあたりだ。
残り50ページ。
読みながら本の残りページ数がどんどん少なくなっても、謎は説明されず、犯人が明かされない。
読み手としては、「え、もしかしてこのまま終わる??これは最後に犀川がヒントが提示して、解決は読者に委ねて終わるパターン?」と、ドキドキしてきたところ、西之園萌絵は簑沢杜萌と悠長にチェスを始める。
そこで突然、西之園萌絵は、チェスの駒の動かし方で、事件の真相と犯人に気づく。そうして謎を解いた西之園萌絵は、静かに涙を流す。犯人は、いま目の前にいる、親友、簑沢杜萌……。
こんな美しい解決、ある??
犯人がはっきり示されたのは、465ページだった。ほぼラストだ。
犯人が明確になった途端、読み手の私としては、これまで読んできた描写が頭の中をプレイバックし、時間が巻き戻る。
「犯人が簑沢杜萌…?たしかにあり得るかもしれない。でも簑沢杜萌が捕まってたときの描写はどうなってる?撃ったのはいつ?気づかなかった。本の中でどう書かれている?」そう思って、慌てて文章を読み直し、そうして納得する。
これまで読んでた文章が、たった一つの解決により、全然別のシーンに置き換わる。
なんて美しい解決…!
犯人に気付くきっかけ
犯人が簑沢杜萌と分かれば、チェスをした西之園萌絵より前に犀川が気づいたきっかけも、想像がついてくる。
①誘拐犯は簑沢杜萌に目隠しをしなかった。
②誘拐犯ではなく簑沢杜萌が車を運転して別荘に向かった。
この2点で、簑沢杜萌が犯人という仮説を立てることができるのだろう。
私も、たしかに、②簑沢杜萌が車を運転、は、強い違和感だった。
「誘拐してる人に運転なんてさせる?いつどこかに駆け込まれるかわからないし、自分が助かるために事故を起こしたり崖から落ちたりされる可能性もあるのに?車内に他に守るべき人質がいる状況でもない。しかも誘拐者は後部座席に乗っている。助手席で銃で脅すのでもなく、ただただ後部座席に。夏なのにクーラーがついてないことにすら文句も言わず。なんか変…?」と違和感を持ったはずだったのだ。違和感だったはずなのに、そのままスルーしてしまった
あの違和感を追えば、犯人にたどり着ける可能性があるんだろう。美しい。
構成の美しさ
「夏のレプリカ」は、構成も合理的で美しい。
「夏のレプリカ」は、S&Mシリーズの6冊目「幻惑の死と使途」と同時進行になっている。
2つは全く別の事件の話だが、「幻惑の死と使途」は奇数章のみ、「夏のレプリカ」は偶数章のみになっている。合わせて読んでみたら、違和感のない時系列になっているんだろう。
S&Mシリーズのメインキャラクター犀川創平と西之園萌絵は、A面「幻惑の死と使途」のマジシャン殺害事件の謎に遭遇し、その裏で発生したB面「夏のレプリカ」の政治家誘拐事件にも時々顔を出す。
犀川と西之園が「幻惑の死と使途」に出ているので、「夏のレプリカ」は簑沢杜萌主体の話になっているのは仕方ない。と読者に思わせる。
だがメタ的な目線で見ると、「夏のレプリカ」で犀川・西之園でなく、簑沢杜萌を物語の主体とした目的は「信用できない語り手」の手法を使いたかったら、だ。
普段は犀川・西之園が主人公なので、2人のいずれかを犯人(あるいはその関係者)にしない限り、「信用できない語り手」手法は使えないはずだ。それを2冊セット構成にすることで違和感なく隠している。うまい。
ちなみに、森博嗣のVシリーズの「黒猫の三角」でも同じ手法が使われている。
こちらは語り手自体を別のキャラクターと誤認させるという手で。こちらもすごい。
「黒猫の三角」は、解決編への入り方も「夏のレプリカ」と同じくらい良い。仲間たちと楽しく和やかに夜ごはんを食べたあと、夜のBarで2人きり。そこで女性が軽やかに突然切り込む。「これから殺人の話を聞かなければならないの。貴方から。」
あの解決編も美しかった。
森博嗣の解決は、シンプルかつ美しい。
周到なミスリード
ミステリーにおけるミスリードのやり方も「夏のレプリカ」は良かった。
物語の最初に、姿を現さない謎めいた盲目の美しい兄を出す。
その後、事件が発生し、2人の誘拐犯が殺され、逃亡した誘拐犯が1人。しかし姿を現さないもう1人の誘拐犯がいるのでは?と匂わせる。
簑沢杜萌目線では失踪した兄の謎を、警察目線では失踪した3人目の誘拐犯と、いるかわからない4人目の誘拐犯の謎を強調することで、そもそもの証言や状況に目を向けさせないようにする。
1つのミスリードだけなら、もしかしたら別の犯人がいるかもと気づくかもしれない。だが、強調されたミスリードの謎が3つもあることで、どうしても読み手の考えはそちらに向いてしまう。
謎の人物がいるのかいないのか?犯行に関わっているのかいないのか?もしかしたらどれかが同一人物の可能性があるのか?
しかしこの謎を考える限り、本当の答えにはたどり着けない。
東野圭吾の探偵ガリレオ「容疑者Xの献身」で言う、「幾何の問題に見せかけて実は関数」だ。幾何の問題を解いても解けないようにできている。うまい。
S&Mシリーズは残り3冊
「夏のレプリカ」、私はとても好きな話だった。
S&Mシリーズを7冊目まで読んだので、残りは、
「今はもうない」「数奇にして模型」「有限と微小のパン」の3冊だ。
知人のミステリー好きな人が、「特に好きなのは「今はもうない」と「有限と微小のパン」だ」と言っていた。つまり、「夏のレプリカ」がこれだけ良かったのに、もしかしたらこれからさらに良い作品に出会えるのかもしれないということ。
続きを読むのが楽しみだ。

