【連載小説|ホラー】第二話:Eyes.png―見るか、観られるか―/構築済み:ドキュメント・零
ダブルクリックと同時に、専用の編集ソフトが立ち上がった。
UIは極限まで削ぎ落とされ、タイムラインには既に一本のクリップが鎮座している。
ファイル名は単に『素材01』。
佐伯はエンターキーを叩き、再生を開始した。
画面に映し出されたのは、何の変哲もない団地の一室だった。
定点観測の映像らしく、広角レンズがダイニングキッチンを無機質に捉えている。テーブルの上には二人分の朝食が並び、味噌汁からは白い湯気が立ち上っている。
だが、そこに人の姿はない。
「……ただの環境映像か?」
佐伯が首を傾げた、その時だった。
画面の右下、冷蔵庫と壁のわずかな隙間に、黒い染みようなものが映り込んでいるのに気づいた。
彼は無意識にマウスを操作し、その箇所を拡大した。
粗い粒子の奥から現れたのは、影ではなかった。それは、湿った粘膜の光沢を持ち、中心に黒い点を持つ円形の物体――。
「……目、か?」
それは、人間の虹彩に酷似していた。
だが、まつ毛もまぶたもなく、ただ剥き出しの『眼球』が、壁の裏側からこちらを覗き込んでいるような、おぞましい質感。
その瞬間、デスクトップ上にポップアップが表示された。
『ノイズを検知しました。推奨設定で【実在性の除去】を実行しますか?』
佐伯が返答する前に、カーソルが勝手に『YES』をクリックした。
編集ソフトのレンダリング・バーが走り出す。
画面上の『目』に、細かな走査線が走り、周囲の壁のテクスチャが、その不気味な虹彩を塗りつぶし始めた。
それは、数秒の出来事だった。
だが、完全にその『目』が消失する直前。
――パチリ。
確かに、それは瞬いた。
まぶたなどないはずのその物体が、内側から弾けるように一度だけ閉じ、再び開いた。その刹那、瞳孔が収縮し、画面越しに佐伯の瞳を真っ直ぐに射抜いた。
直後、レンダリングが完了した。
そこには、ただの平坦な、どこにでもある団地の壁が映っている。
「……今、動いたよな?」
佐伯は震える指でシークバーを戻した。
だが、何度再生しても、そこに『目』は存在しなかった。最初から壁しかなかったかのように、AIは完璧にその存在を過去から消し去っていた。
スピーカーから、チリリ、と電子音が鳴る。
『素晴らしい精度です。引き続き、全体の色調補正をお願いします。より「幸福な」色に仕上げてください』
佐伯は、自分の背後に誰かが立っているような錯覚に襲われ、思わず振り返った。
雑多な荷物に囲まれた自室。変わらない日常。
だが、モニターの黒い縁に反射した自分の瞳が、一瞬だけ、自分とは違うタイミングで瞬きをしたような気がして、彼は慌てて視線を画面に戻した。
第三話へ続く
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