【創作百合】真面目な死神【掌編小説】
「お迎えのお時間です」
インターホンが鳴ったので玄関の扉を開けた。そこには長い黒髪に白い肌が映える少女が立っていた。スミレの花の模様が入った黒い着物を纏う姿が、美しくもこの世の者とは思えない異様な雰囲気を漂わせていた。
「セールス?」
「いいえ、死神です」
「死神?」
「はい。あなたの家系は私が担当しています。あなたは今日死にます」
「は?何で!?」
死神は巾着袋から黒い手帳を取り出すとペラペラと頁をめくり、指で叩いた。
「心臓発作です」
「いやいや、待って今日死ぬのは困る」
「なぜですか?」
「明日、大事な棋戦があるの」
「棋戦…、ああ、あなたは将棋指しでしたね。手帳に書いてありました」
「そう、大事な棋戦なの!」
「お察しします」
さあ、行きますよと言わんばかりに私の手を取ろうとする。明日の為にどれだけ研鑽を積んできたか。ここで死ねるはずがない。一か八かの悪あがきに出ることにした。
「ねえ、一局指さない?」
「はい?」
「あなた、将棋指すでしょ?手帳を叩いた時、人差し指と中指使ってた。その手、駒を持つ手だもの」
「……囲碁かも知れませんよ」
「叩いたあとの指がほんの少し前に動いてた。石を置く囲碁に指を前進させる動作はないわ」
「探偵になったらどうですか?」
「それは投了と考えてよろしいですね?」
「一局指してどうするんです?」
「私が勝ったらもう少し長生きさせて」
やはりか、というような呆れた顔をして死神は溜息を吐いた。
「そうやすやすと延命させられるわけないじゃないですか。それに私が勝ったら私に何の利得があるんです?」
「素直について逝きます」
「不公平ですね」
「じゃあ、あなたの言う事なんでもきく」
「何でも、ねぇ……」
少し考えた後、死神は私の後方、部屋の中央に鎮座していた将棋盤を指差して
「私が勝ったらあれをもらいます。本榧ですよね?しかも足付。地獄では珍しい代物です」
「あ、あれは私がプロになった時に師匠にいただいた物で……」
「死んだら必要ないでしょう」
「うう……、わかったわ。でも勝ったらあと10年生きさせて」
「1年で」
「短い!」
「もともとは今日が命日なんですよ。明日の棋戦に臨めれば良かったのでは?」
ぐうの音も出ない。ど正論パンチとはこの事か。私はこの条件を飲むしかなかった。
明日の対局に勝てば私はタイトル四冠保持。現在最強の女流五冠に並ぶまであと一歩なのだ。まずは目の前の一局に是が非でも勝たねばならない。それにしてもこの死神、私がプロと聞いても動じない。相当、腕に自信があるに違いない。そう考えると急に緊張してきた。
死神を部屋に招き入れ将棋盤を挟んで向かい合う。振り駒の結果、死神が先手で対局は始まった。結果は……
「ありません」
死神があっさりと投了した。弱いわけではないが決して強いわけでもない何とも微妙な棋力。プロである私との対局を受けたのはもしや優しさか?何はともあれ私は余命一年を勝ち取ったのだ。
「負けた……、閻魔様に怒られる」
肩を落とし憂鬱な表情を浮かべて、また一年後に会いましょうと死神は去っていった。どうやら本気で私に勝つ気だったらしい。さて、いつまでも喜んでいられない。明日の棋戦に備えなくては。
◇
「お迎えのお時間です」
一年後の同じ時間に死神はやってきた。一年前と同じスミレ模様をあしらった黒い着物を身につけて。
「お久しぶり死神さん、さあ、上がって上がって」
「ちょ、いや、お構いなく。早くいきますよ」
「はい、座って座って。駒振って」
「はい?」
死神さんの眼前には本榧の将棋盤。一年前のように私と対峙して座らされ、あきらかに困惑している。
「私が勝ったら余命3年ね」
「待ってください、受ける訳ないでしょう。ただでさえ前回、閻魔様にこっぴどく怒られたのに……早くいきますよ!」
「私に負けたままでいいの?」
立ちあがろうとする死神さんの動きが止まった。一年前対局をしてわかったのだ、死神さんは負けず嫌いだと。相手がプロだろうと関係ない。負けることが許せない。でなければあれだけがっかりした表情をする訳がない。
「遅ればせながら女流五冠おめでとうございます」
「え?ありがとう」
「今年は二度目の五冠に王手がかかっていますね」
「うん。勝つよ、私は」
死神さんは静かに座り直して、着物の袖から扇子を取り出して膝の上に置いた。
「この一年間、将棋というものに真面目に向き合ってきました。あなたに負けてから……」
「ほうほう」
「女流五冠を降して地獄送りにしたとあれば、閻魔様への手土産には十分かと」
「そうこなくちゃね」
二度目の対局も死神さんの先手で始まり、部屋には駒を打つ音だけが響いている。持ち時間は決めていない。各々が好きなだけ長考した結果、勝負がついた頃にはすっかり日が暮れていた。
「ありません」
駒台に添えた手が震え、今にも泣き出しそうな顔をして私の方を見つめている。
「ありがとうございました」と、
返したら、死神さんは一礼したまま中々顔を上げない。相当悔しかったのだろう。しかし一年でプロの私と駒落ちなしでここまで指せるとは驚きだ。地獄にプロ制度はないのだろうか。名のある棋士に弟子入りして奨励会に入った方がよいのでは。そんなことを頭の中で巡らせていると、死神さんはただでさえ白い顔をさらに真っ青にして、閻魔様に合わす顔がないとつぶやき帰っていった。気の毒だが勝負は勝負。私も人生と将棋盤を賭けているのだ。三年後にまた会おう。
◇
「お迎えのお時間です」
私は玄関の方へ急いだ。死神さんの事だ、きっとこの三年間、私に勝つ為に研鑽を積んできたに違いない。史上初の女流八冠となった私との対局を待ち望んでいたはずだ。嬉々として玄関の扉を開けると、そこには見たことのない女の子が立っていた。
小柄でいて髪は黒から金髪へのグラデーションが綺麗なショートヘア。芍薬の花の模様が映える黒い着物を着ている。
「セールス……じゃないよね?」
「お迎えだってば。ほら行くよー」
「ま、待って!死神さんは?」
「あたし、死神ですけど」
「いや、ほら黒髪でロングの。スミレの花の模様が入った着物を着た子」
「あー、前任者っすね」
「前任者?」
「はい。あの子辞めましたよ、死神。正確には解雇っす」
「え!?なんで?」
あの真面目な死神さんが解雇?なぜ?もしかして私が延命したせいで……絶対私のせいだよね。
「仕事に来なくなっちゃったんすよね、あの子。朝から晩まで将棋指してて。仕事そっちのけで。勝ちたい人がいるとか言って、そんでクビっす」
理由は違えどやはり私のせいだった。死神さんは負けず嫌いで、将棋に真面目すぎた。
「あなた、将棋は指す?」
「いや全然っす。囲碁なら嗜む程度っすね」
「そう……」
将棋盤の方に目をやり、悔しがる死神さんの顔を思い出していた。
「あれ、持っていっていい?渡したい子がいるの」
「重そうっすね、自分で持つならいいっすよ」
私は将棋盤を風呂敷に包み、胸に抱えた。彼女との思い出がずしり両手にのしかかる。
「んじゃ、いきますか」
「ねえ、あの子は今、何をしているの?」
「前任者っすか?地獄で一番の棋士になりましたよ」
「ふふ、そう……」
思わず笑みが溢れた。これから鬼籍に名を連ねるというのに。この世に未練などなくなっていた。今はただ、彼女に会いたい。会ってあのかわいい顔をまた涙で濡らしてやりたい。そんな気持ちでいっぱいだった。
「また対局したいな」


↓白桔梗の死神さんのお話
